政府が、「働き方改革」を進めようとしており、現在、厚生労働省が意見募集を行っています。
127日までに、電子メールか郵送で受け付けるとのことですので、関心のある方は次のURLからぜひ。)
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000148414.html

 

日経リサーチの調査によれば、上場企業301社の7割超が「長時間労働の是正」を働き方改革の最優先課題としているとのこと。長時間労働等による痛ましい事件が昨年起きましたし、長時間労働の是正は、直ちにおこなわなければならない問題です。

 

ただ、解くべき(本質的な)課題は「長時間労働の是正」ではなく、組織全体としての「生産性の向上」にあるという指摘があります。

日本の生産性の低さは皆さまご存知のとおりです。昨年1219日にリリースされたレポート(次のURLご参照)でも、その低さを露呈しています。

http://activity.jpc-net.jp/detail/01.data/activity001495/attached.pdf

就業者1人当たりでみた労働生産性は、OECD加盟35か国中22位であり、主要先進7か国の中では最下位をひた走っています(悲)。

 

ここで、ぜひ皆様におすすめしたい書籍、それは『生産性―マッキンゼーが組織と人材に求め続けるもの』(ダイヤモンド社)です。マッキンゼーで人材育成、採用マネージャーを務めた伊賀泰代さんの著書。書店にいっても、ランキング上位で紹介されていますので、今、売れている本です。



 

伊賀さんは、この本の中で、長時間労働の問題について、以下のように喝破しています。

「現在、長時間労働は企業にとっても社会にとっても大きな問題だと認識されています。たしかにそれは、『よいことではない』という意味では問題です。しかし、解くべき課題(イシュー)が長時間労働なのかといえば、そうではありません。解くべき課題は長時間労働ではなく、働いている人の生産性が低いまま放置されていることです。もしくは、売上げを伸ばす方法として、社員をより長く働かせること以外の手段を思いつかない(生産性の意識を欠いた)前時代的な経営者の意識や、それ以外の方法では付加価値を生み出せない古いビジネスモデルこそが、解くべき課題なのです。」

 

本でも紹介されている例ですが、生産性のマインドをチェックしてみましょう。

人材採用の場面を考えてください。採用目標は10人です。ところが、説明会の告知をしたところ、10人の応募しかありませんでした。

経営者や人事部門としてはどのように考えるのが、生産性の観点からは正しいのでしょうか?

50人に集めてようやく1人くらい採用できる優秀な学生が含まれている。だから、とにもかくにも、説明会の応募者数を増やそう」という量を追う発想は、生産性の観点からはもっともNG

生産性の観点からは、「どうすれば、50人に1人ではなく、2人、3人…と採用できる人材を増やせるか」という質を追う発想が正しいということになります。(具体的な施策も本では紹介されています。)

 

量ではなく、質を追う――言うは易し、行うは難しですが、質を問い続けない限り、競争力を維持できません。

そもそも生産性は、「得られた成果(アウトプット)」を「投入した資源(インプット)」で割った概念です。「競争に勝つためには、より長く働く必要がある」「人手が足りないから人を増やせばよい」という労働投入型の発想は、NG

伊賀さんは、「高い成果を高い生産性で生み出してこそ高い競争力が維持できる」という労働の質を問い続ける考えが必要であり、量ではなく質を重視し、成果の絶対量の大きさではなく、生産性の伸びを評価する組織になることが、今後の組織づくりにおける重要なポイントであると指摘しています(よくある成果主義の人材評価システムがうまく機能しないのは、成果を「質」ではなく「量」で測ろうとしているからであるとのこと。生産性を基準とする人材評価手法についても、紹介されています。)

 

また、伊賀さんは、個人レベルにおいても、「生産性が上がる」ことこそが「成長」にほかならないと言い切ります。具体的には、以下の①から④までのサイクルが繰り返されること、と。

① 今まで何時間かかってもできなかったことが、できるようになった

② 今まで何時間もかかっていたことが、1時間でできるようになった

③ 今まで1時間かかって達成していた成果よりはるかに高い成果を、同じ1時間で達成できるようになった

④ ②や③で手に入った時間が、別の「今までは何時間かけてもできなかったこと」のために使われ、①に戻る

 

 

2017年、私は、チャレンジの1年にします。限られたリソースでさまざまなことを達成していきたい、だからこそ、「生産性」をテーマにしたい、しなければならないと考えています。

記事の最後に、「働き方改革」というテーマに戻って、伊賀さんのメッセージを引用致します。

 

「『働き方改革』の最大の目的は『生産性を上げること』です。人口は三割以上も減ってしまいますが、これだけ多くの革新的な技術が実用化されようとしている今、人口減少のインパクトを上回る生産性の向上を目指し、高いレベルで職業生活と個人生活を両立できる人を増やすこと――これこそが、今後の日本が目指すべき方向なのではないでしょうか。」

尊敬する永遠の旅人のH先生が激賞していたので、私も読んでみましたが、本当に素晴らしい!いつもH先生には良い映画や興味深い本を紹介してもらっています。ありがとうございます。

 

 この本は、題名のとおり、ホモサピエンスの歴史書です。えっ、なに?ホモサピエンス???と仰るかもしれませんが、人類(ホモ=ヒト属)にも実は色々な「種」があって(ちなみに、白人とか黒人とかの「人種」のことではありません。)、250万年前にアウストラロピテクスという猿人が誕生し、その後人類に進化していき、その過程で色々な「種」が誕生し、10万くらい前には、ヨーロッパのネアンデルタール人とか中国の北京原人とかその他にもいろいろな人類の「種」がいて、その中で、東アフリカにいたホモサピエンスという「種」だけが現在までに生き残ったということらしいのです。

 

 で、「種」とは何か?と問われると、子孫を残せるか?ということがポイントで、たとえば、馬とロバは同じ科(属のさらに下の分類)に属する動物なのですが、馬とロバが積極的に交尾して子供を残すなどということはないので、違う「種」だそうです。犬はどんなに姿、形が違っていても、(ゴールデンレトリバーとチワワはサイズ的に無理だと思いますが)交尾して子孫を残すから同じ種だそうです。ホモサピエンスとネアンデルタール人はセックスして子孫を残すことはなかったので、違う「種」なのだそうです(ただ、最近になって、ヨーロッパの人たちの遺伝子からネアンデルタール人の遺伝子情報がみつかったとのことで、多少の例外はあったようですね。)。

 

 で、何が言いたいかというと、7万年くらい前に、なぜかホモサピエンスの脳にだけに認知革命が起き、高度な言語を操ってコミュニケーションができるようになってしまったのだそうです。その結果、ホモサピエンスだけが、文化(虚構)を作って、何万人、何百万人単位で協力できるようになり、他の動物や人類の種に対し圧倒的な優位性をもってしまったとのことです。それから、ホモサピエンスの大躍進が始まります。全地球上に広まっていき、大型の哺乳動物や人類の他の種を駆逐していきます。著者のユウァル・ノア・ハラリによれば、ここからホモサピエンスの「歴史」が始まるのだそうです。それまでは脳や体の進化と環境が一致していたので、歴史ではなく、生物学の対象だとのこと。なるほど!ですね。

 

 そして、ホモサピエンスは、認知革命により、文化(虚構)を作り出したがゆえに、脳や体と環境との不一致が起こり、苦悩の歴史が始まっていきます。そして、今現在、ホモサピエンスは、みずからの遺伝子情報をいじって、他の「種」(超人)を自ら作り出せるような段階まで来てしまったとのこと。自らによって、違う種を作り出してしまうのですが、その種はホモサピエンスとは違う種なので、我々が理解することもできないし、彼らが我々を理解することもできません。

 

 この辺の壮大な歴史をまるで他の惑星から眺めているかのように記述しているのがこの本です。ただ、単に歴史を記述しているだけではなく、ホモサピエンスが作った帝国、宗教、貨幣、人権(差別)などの諸制度(虚構)に対する洞察、分析も鋭いです。

 最後の章は、ホモサピエンスの未来に関する洞察が書かれていますが、前述のとおり、遺伝子を操作して全く新しい超人が生まれるのか、コンピューター(AI)がサピエンス(人類)を超えるのか、少々恐ろしい世界ですね。

 

 それにしても、帝国も宗教も貨幣も人権(差別)も、みんなが信じているから存在するもので、実体はありません。だから虚構とのこと。法律学は悲しいかな、虚構に関する学問の典型ですね。( ;;)

 

是非ぜひ、一読をお勧めしたい本です!

 

 


いつも弊所のブログをご愛読頂き、誠にありがとうございます。
 

さて、今年も残すところあとわずかとなりました。

弊所では、下記の日程で年末年始休業とさせて頂きます。

平成28年12月29日(木)~平成29年1月4日(水)

新年は1月5日(木)より業務を開始致します。
休業期間中は、ご迷惑をお掛け致しますが、何卒ご理解の程よろしくお願い致します。

皆様どうぞよいお年をお迎えください。


今月1日(平成28年12月1日)、最高裁判所の判決が出されました。

有期労働契約を締結していた短期大学の元教員が、学校法人からの雇止めを争い、労働契約上の地位の確認(雇用継続)と賃金の支払いを求めていた、以下のような事案です。

・1年間の有期労働契約を最初に締結。

・1年後に雇止め、同雇止めを争い、教員が訴訟提起

・採用から2年後に(予備的に)雇止めの通知

・採用から3年後に(さらに予備的に)雇止めの通知

・職員規程には、契約職員の雇用期間の更新上限を3年とする定め、及び、法人側が任用を必要と認めた場合には無期労働契約への異動を可能とする定め等がある

 

この事件、第一審判決(福岡地裁小倉支部平成26年2月27日)は、1回目の雇止めも2回目の雇止めも客観的に合理的な理由を欠くものとして、教員側の主張を認め、第二審判決(福岡高裁平成26年12月12日判決)では、これに加えて、第一審判決後の3回目の雇止めについても認めず、「採用当初の3年の契約期間に対する上告人の認識や契約職員の更新の実態等に照らせば、上記3年は試用期間であり、特段の事情のない限り、無期労働契約に移行するとの期待に客観的な合理性があるものというべきであ」り、教員側から「無期労働契約への移行を希望するとの申込みをしたものと認めるのが相当であ」り、法人側においてこれを「拒むに足りる相当な事情が認められない」として、無期労働契約への移行を認めました。

これに対し、最高裁判所は、3年後の雇止めは有効と認め、無期労働契約への移行は否定し、原判決のうち3年を超える部分は破棄し、当該部分の第一審判決を取り消したうえで、教員側の労働契約上の地位確認と3年経過以降の賃金の支払いの請求を棄却しました。

理由部分を一部引用すると、次のとおりです。


本件労働契約は、期間1年の有期労働契約として締結されたものであるところ、その内容となる本件規程には、契約期間の更新限度が3年であり、その満了時に労働契約を期間の定めのないものとすることができるのは、これを希望する契約職員の勤務成績を考慮して上告人[法人]が必要であると認めた場合である旨が明確に定められていたのであり、被上告人[教員]もこのことを十分に認識した上で本件労働契約を締結したものとみることができる。上記のような本件労働契約の定めに加え、被上告人[教員]が大学の教員として上告人[法人]に雇用された者であり、大学の教員の雇用については一般に流動性のあることが想定されていることや、上告人[法人]の運営する三つの大学において、3年の更新限度期間の満了後に労働契約が期間の定めのないものとならなかった契約職員も複数に上っていたことに照らせば、本件労働契約が期間の定めのないものとなるか否かは、被上告人[教員]の勤務成績を考慮して行う上告人[法人]の判断に委ねられているものというべきであり、本件労働契約が3年の更新限度期間の満了時に当然に無期労働契約となることを内容とするものであったと解することはできない。


非常にシンプルな理由となっており、わかりやすいです。

当たり前のことですが、労働契約の内容(規程の整備)、そして運用の実態がポイントとなることがよくわかります。

最高裁判所の判決全文は、以下のURLからご覧いただけます。

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=86307

「主文」があり、次に、その「理由」が記載されています。理由欄は、「よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。」と一度締めくくられつつ、「なお、裁判官櫻井龍子の補足意見がある。」として補足意見が付されています。

最高裁判決に表示される意見には、「意見」「補足意見」「反対意見」の3種類があります(なお、これらの意見が表示される根拠は裁判所法11条)。

・意見とは、主文に賛成であるが理由が異なる場合の個別意見。

・補足意見とは、主文及び理由に賛成であるが、なお補足した個別意見。

・反対意見とは、主文に反対である場合の個別意見。

 

櫻井裁判官の補足意見は、その冒頭で述べられているとおり、「近年、有期労働契約の雇止めや無期労働契約への転換をめぐって、有期契約労働者の増加、有期労働契約濫用の規制を目的とした労働契約法の改正という情勢の変化を背景に種々議論が生じているところであるので、若干の補足意見を付記しておきたい。」として、展開されています。櫻井裁判官は、労働省でのキャリアを有する行政官出身の裁判官です。定額残業代の最高裁判決やマタハラの最高裁判決でも、補足意見を書いていらっしゃいます。

 

今回の櫻井裁判官の補足意見の内容の当否は措くとして、そもそも補足意見を書くことの意義はなんだろう?と思いました。すごく難しいところがあります。補足意見が出されると、それは法廷意見ではないとしても、やはり実務では注目しますし、影響を及ぼすこともあります。

確かに、法廷意見が形成された合議の内容を示唆し、法廷意見をより深く解釈するために有益な場合はあると思います。ですので、積極的な(プラス)評価もできます。が、しかし、事案から離れて本当に個人的な意見を書かれてしまうと、裁判所の役割からしてどうなのかな?という違和感も拭えませんし、実務に混乱を招く可能性もあるのでは?と思ったりもします。

法廷意見は、合議のうえで無駄を徹底的にそぎ落とした、いわば「ライザップ」された文章だと思いますので、「あー、言い足りない」「これも言っておきたい」という思いが個人的に生じることは想像できるのですが、他方で「書きすぎにはならないか」、という意識もお持ちいただくことも重要では、と思ったりします(私が言うのも大変烏滸がましいのですが、、、)。

皆様、どう思われますか。

気付けば、もう、12月に入り、来年も近づいてきましたね。年末年始の予定は、既にお決まりでしょうか。

来年は閏年ならぬ「閏秒」の年だそうで、1月1日の8時59分59秒の次に、8時59分60秒が挿入されるそうです。

「年始早々、1秒得できて超ラッキー☆」みたいに思いますが、ちょっと注意が必要です。数年前の閏秒の際には、某SNSなどの一部のサーバーが、閏秒に対応できず、サイトにアクセスできなくなったことがありました。どうしてもインターネットを使わなければできない用事がある方は、念のため、年内に済ませておいたほうが良いかもしれません。



 さて、最近のビットコインの動向ですが、11月25日、世界4大会計事務所の一つであるアーンスト・アンド・ヤングのスイス支社は、来年から、ビットコインでの報酬支払を受け付けると発表しました(http://www.ey.com/ch/en/newsroom/news-releases/news-release-ey-switzerland-accepts-bitcoins-for-payment-of-its-services)。アーンスト・アンド・ヤングは、日本では新日本有限責任監査法人がメンバーファームとなっていますね。

こういった国際的な会計事務所などでビットコイン決済の採用が進むと、国内にも、ビットコイン決済が徐々に浸透してゆくのかもしれません。



また、投資の対象としても注目されているビットコインですが、最近、価格の上昇が目を引きます。

今年の8月には、香港の取引所(Bitfinex)へのハッキングにより、数十億円相当のビットコインが盗まれ、ビットコインの相場は、日本円で1BTC=5万円代にまで下がっていました。しかし、現在(平成28年12月8日時点)の取引価格をみると、なんと、日本円で1BTC=9万円を超える価格にまで上昇しています。

そもそも、今年のはじめには4万円台だったので、1年で約倍になっています。



このような値上がりの背景には、米国大統領選、中国人民元への不審、インドでの高額紙幣廃止によるルピーへの不審などが影響していると囁かれていますが、それにしても大きな価格上昇です(もちろん、下がるときは、大きく下がりますが・・・。)。

ビットコインの値動きについては、多くの取引所が、価格の推移(チャート)を公表し、リアルタイムの価格がインターネットですぐ分かるようになっています。これらのチャートを見ていると、なんだか、外貨の値動きを見ているような感覚になります。現状では、個人の方にとって、「ビットコインって、結局何なの?」という問いに対し、「インターネット銀行で、外貨を買うようなもの」という答えが一番しっくり来るのかもしれません。外貨預金をされている方もいらっしゃるかとおもいますが、ドルやポンドの他に「ビットコイン」が選択肢に入ってくるのではないでしょうか。



その一方で、注意を要するのが、やはりハッキングによる被害です。ビットコインを含め、仮想通貨は、投資の対象として非常に注目されている反面、大口投資家に対するハッキングにより仮想通貨が盗まれるという被害も発生しています。直近でも、中国の投資家がハッキングを受け、約3700万円相当の仮想通貨を盗まれたなどと報道されています。


ただ、デジタルか、アナログか、の違いはありますが、お金の盗難自体は、現金でも日々発生している現象です。結局、人が集まり、お金が集まるところには、悪い奴らも集まってくる、という当たり前のことが起きているだけのように思います。


形は違えど、現金であれ、ビットコインであれ、セキュリティー対策を万全にする、ということが重要ですね。

最近「逃げるは恥だが役に立つ」(主演:新垣結衣、星野源)というテレビドラマに出てくる恋ダンスという踊りが流行っていると聞きました。恋ダンスは、主演の星野源さんが歌う主題歌「恋」に合わせて、ドラマの出演者が踊っているもので、そのダンスを一般の方だけでなく出演者以外の芸能人やスポーツ選手なども踊り、各々その動画をネットにアップロードしているようです。

 

さて、恋ダンスを踊り、その動画をネットにアップロードしたりする等して無断で公表することは許されるのか、ということについて考えたいと思います。

 

まず、恋ダンスのBGMの「恋」という曲は、著作物として著作権法上の保護を受けます(1011号、同2号)。

次に、恋ダンスの振り付け部分は、「舞踏」(1013号)に該当して著作物といえるかどうかが問題になります。ダンスの振り付けは全て著作権法上の「舞踏」に当たるかというとそうでもなく、特徴の無い簡単な振り付けであれば著作物性が否定されます。例えば、映画「Shall we ダンス?」(主演:役所広司、草刈民代)に出てくる社交ダンスの振り付けの著作物性が問題になった裁判では、ダンスの振り付けに著作物性が認められるためには「顕著な特徴を有するといった独創性」が必要であるとされています(判決では、映画の社交ダンスの振り付け部分について著作物性は否定されました)。

 

恋ダンスを見ると、ロボットみたいな動きや細かい指の動きなど、なかなか他に見たことがない振り付けですので、おそらく独創性があり、「舞踏」(1013号)に該当するとして著作権法上の保護を受けるものと思われます。

 

そうすると、恋ダンスを踊って、公衆に見せることを目的として無断でその動画をネットにアップロードすることは、原則として著作権法上の公衆送信権(23条)の侵害に当たります(なお、例えば恋ダンスを家の中で特定の数人に見せるために

踊るのであれば、公衆送信権や上演権(22条)の侵害には当たりません)。

そのため、恋ダンスを踊って、公衆に見せることを目的として無断でその動画をネットにアップロードすることは、権利者の許可を受ける必要があります。

 

著作権の帰属先は契約内容によることになりますが、特に契約で規定していない場合は、原則として著作物を作成した著作者に帰属します(ただし、職務著作の場合には会社や法人に帰属します。)。

この点について、恋ダンスの楽曲使用部分については、星野源さん所属のレコード会社が、「すでに多くの皆様が“恋ダンス”を楽しんでいらっしゃる現状を考慮のうえ、CD配信で購入いただいた音源を使用し、ドラマエンディングと同様の90秒程度の“恋ダンス”動画をドラマ放送期間中にYouTubeに公開することに対し、弊社から動画削除の手続きをすることはございません。但し、この音源を使った動画を営利目的に利用する等、その利用方法が不適切であると判断したものに関しては、予告なく削除手続きを行う可能性もございますので予めご了承ください。」(http://www.jvcmusic.co.jp/

-/Information/A023121.html?article=news132#news132と発表しており、また、ダンス部分について、振り付けを行ったMIKIKO氏(Perfumeの振り付けも行っている方。)も同じ考えであるそうです。

 

この条件を守って動画をYouTubeで公表するのであれば少なくとも動画削除の手続きはされないことになりますが、あくまでも「動画削除の手続き」をしないと述べただけなので、許可をしたのかどうか明確にして欲しかったところです。法律家としては、結局著作権法上はどうなったの?という疑問が拭えません。

 

ちなみに、著作者には著作者人格権として同一性保持権(20条)という、勝手に著作物を改変されない権利を持っています。そのため、恋ダンスとは違った振り付けのダンスを踊って、これを恋ダンスです、とは言えないということになりますので、恋ダンスを踊るのならば、キチンと踊りましょう。

住友銀行秘史
國重 惇史
講談社
2016-10-06


今、売れに売れている本だ。著者の國重惇史氏は、1990年(平成2年)当時、住友銀行本店の業務渉外部の部付部長であったが、いちはやくイトマン事件が住友銀行に重大な害を与えることを察知し、幅広い人脈を生かして情報をとりまくり、匿名で大蔵省や日銀に内部告発のレターを出しまくるとともに、日経新聞や読売新聞などのマスコミにも情報を流して、(IS氏やKA氏といった闇の勢力に浸食されつつあった)住友銀行のI会長を辞職させ、イトマンのK社長を解任させ、遂には、IS氏、KA氏、K社長逮捕まで追い込むところまでが語られている。

当時、國重氏がつけていた手帳の記載をそのまま引用し、それに解説を加える形で物語が進んでいくのでとてもリアルだ。しかも、登場人物はほぼ実名。住友銀行内の人事や人間関係があからさまに記載されており(誰が誰のどんな悪口を言っていたかも沢山出てくる。)、よくこのような本を出版できたなとこちらが心配になるほどだ。とにかく面白い。感想を4点ほど。

 

1.手帳には、住友銀行のI会長、M頭取、その他当時の住友銀行の取締役らの会話などがそのまま出てくるのだが、國重氏が立ち会っていない場面の会話も多く、どうしてこのような会話がとれたのかかなり不思議だ。秘書室等に國重氏の内通者がいたのだろうか?

 

2.日銀の担当者、検察の担当者、IS氏から顧問になるようお願いされているT弁護士など、本来、守秘義務を負っているような人からも、國重氏はどんどん情報をとってくる。この情報網には本当に感心する。ところで、この本では稀なことなのだがT弁護士はイニシャルが使われ実名が明らかにされていない。完全に守秘義務違反(秘密漏えい罪)でアウトなので、名前を書けなかったのだろうと思うが、誰なのだろう。私は、バブル紳士の守護神と言われたTS弁護士のことかと思ったが、終わりの方にTS弁護士は実名で登場していたので、TS弁護士とは別人だ。いったいT弁護士とは誰なのだろう?

 

3.住友銀行内で最終的にI会長を辞任に追い込むまでのストーリーや、それまでの住友銀行内の取締役たちの風見鶏的な行動は、なんだか江戸時代のお家騒動を見ているような感じだった。結局、日本の組織は、江戸時代から全然変わっていないのかもしれませんね。

 

4.國重氏は、自分や当時の住友銀行の取締役たちについて、

「仕事は部下がやってくれるから、皆時間はあるのだ。それをいかに使うか。私は銀行を変えたいと思って情報を集め、工作をする。少し格好つけて言えば、自分の信念があり、正義を貫こうとしていた。他の人たちは自分の拠って立つもの、一貫した筋がない。変幻自在、いかに出世をするかに腐心をして、人ごとに言うことを変えるようにする。そこに気を配って時間を使う。」

と述べている。強烈な自負心であるが、このような本を出版するくらいなので、かなりの人物だと思う。住友銀行を出た後、楽天の副会長なども経験しているので、住友銀行後の人生にも興味がありますね。

最近ちょっと残念な最高裁判決(H28.10.18)があったので紹介します。

 

前提として、弁護士には、弁護士法23条の2という条文により、弁護士会を通じて、公の団体や会社等の私的な団体に対して事実の照会をすることができます。条文の記載は次のとおりです。

 

(報告の請求)

第二十三条の二  弁護士は、受任している事件について、所属弁護士会に対し、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることを申し出ることができる。申出があつた場合において、当該弁護士会は、その申出が適当でないと認めるときは、これを拒絶することができる。

2 弁護士会は、前項の規定による申出に基き、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる。

 

これは、国民の権利を守るためには、弁護士にこのような照会権限を認めた方がいいだろうという判断からなのですが、ただ、個々の弁護士に照会権限を認めるのは適当でない場合があるので(悪い弁護士もいますからね。)、弁護士会に適切な照会か否かを判断させて、弁護士会を通じて照会権限を行使させようとしているのです。

 

ところが、近年の個人情報保護の高まりなのでしょうか、最近、この弁護士会照会を拒絶する団体が増えています。そのため、個々の弁護士が、拒絶した団体に対し、照会に回答する義務があるにもかかわらず回答を拒否するのは不当だとして損害賠償を求める案件が頻発したのですが、裁判所は、弁護士法第23条の2に基づく報告義務は弁護士会に対するものであり、個々の弁護士に対するものではないから、個々の弁護士に対する不法行為は成立しない(拒絶しても、照会をした弁護士に対して損害賠償を支払わなくて良い)という判例を連発したのです。

 

そこで、今度は、個々の弁護士ではなく、弁護士会自体が立ち上がりました。弁護士会が、照会を拒絶した団体に対して、損害賠償を求めるようになったのです。

事案は次の通り。

 

1.AさんがBさんに対して、株式の購入代金名目でお金を騙し取られたと主張して、損害賠償を求める訴訟を提起したところ、おそらくAさんの主張に理由があったのでしょう、BさんがAさんに損害賠償金を支払うことを内容とする訴訟上の和解が成立しました。

 

2.しかし、Bさんが和解に従って損害賠償を支払わず、かつ、住む場所も移転して(しかも住民票は移転していない)、どこにいるかわからず、ただ郵便物は転送されている形跡があったため(ここまでは、判決には記載されていない私の推測です。)、Aさんの弁護士は、強制執行準備のため、所属する弁護士会を通じて、日本郵便株式会社に対し、転居届が提出されているか及び転居届記載の新住所について弁護士法23条の2に基づく照会をしました。

 

3.しかし、(最高裁判決からは理由が不明ですが)日本郵便は、報告を拒絶。

 

4.そのため、弁護士会が日本郵政を相手に、不法行為を理由に損害賠償を求めました。

 

というのが事案の概要です。

原審の名古屋高裁は、1万円という信じられないような少額ですが、日本郵政の不法行為を認め、弁護士会への損害賠償の支払を命じました。

 

ところが、最高裁は、次のように述べて、損害賠償の成立を否定しました。

 

「23条照会の制度は、弁護士が受任している事件を処理するために必要な事実の調査等をすることを容易にするために設けられたものである。そして、23条照会を受けた公務所又は行使の団体は、正当な理由がない限り、照会された事項について報告をすべきものと解されるのであり、23条照会をすることが上記の公務所又は行使の団体の利益に重大な影響を及ぼし得ることなどに鑑み、弁護士法23条の2は、上記制度の適正な運用を図るために、照会権限を弁護士会に付与し、個々の弁護士の申出が上記制度の趣旨に照らして適切であるか否かの判断を当該弁護士会に委ねているものである。そうすると、弁護士会が23条照会の権限を付与されているのは飽くまで制度の適正な運用を図るために過ぎないのであって、23条照会に対する報告を受けることについて弁護士会が法律上保護される利益を有するとは解されない。したがって、23条照会に対する報告を拒絶する行為が、23条照会をした弁護士会の法律上保護される利益を侵害するものとして当該弁護士会に対する不法行為を構成することはないというべきである。」

 

(以下、私の感想です。)

 

1.えっ!信じられない。とても変な理屈だ。個々の弁護士が損害賠償請求をしたら、弁護士会照会に基づく報告は照会を申し立てた個々の弁護士に対する義務ではないから、という理由で損害賠償を否定しておきながら、弁護士会が損害賠償請求をすると、今度は、弁護士会には法律上保護されるべき利益はないから、という理由で損害賠償請求を否定する。これでは、弁護士会照会制度が侵害されても、誰も利益を侵害されないということなのか???

 

2.この判決は、弁護士会の主位請求である損害賠償請求については弁護士会に法的に保護されるべき利益はないとして否定しておきながら、予備的請求である報告義務確認請求については、「さらに審理をつくさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すこととする。」などと仰っている。えっ、えっ、じゃあ、差戻審の名古屋高裁で、日本郵政に報告義務があると確認されたらどうなるの?義務違反が認定されても誰も損害賠償を請求できない?義務加害者の違反が認定されても、損害賠償も請求できないなんて、そんな法律上義務、意味ないじゃん!

 

3.法律学は科学ではないので、原審のように弁護士会には法律上の利益はあると考えることもできるし、最高裁のように法律上の利益はないとも考えることができます。要するに重要なのは価値判断です。ところで、この判決は、いったい誰のどのような利益を保護しているのだろう?詐欺の被害者であるAさんが権利の実現に苦しんでいるのに、Bさんは単に居住場所を変えることで(転送届によって郵便物もちゃんと受領しながら)のうのうと暮らしている。まさかAさんの権利実現よりもBさんのプライバシーを優先しているのではないですよね?おそらく、そうではなくて、日本郵政がいちいち照会に応じなければならない不利益を優先したのかもしれないけど、それってAさんの権利実現よりも優先すべきなのかな?それで良い社会になるのかな?この判決を出した裁判官が一回でもAさんの立場になってみれば、きっとわかると思うな。

最近、東京・後楽園にある宇宙ミュージアムというものに行ってきました。

そこでは、宇宙の歴史を映像で楽しめるようなプロジェクションマッピングや、まるで宇宙空間にいるような体感型の映像等があり、非日常を味わうことができて楽しめました。

ある部屋では、プロジェクターで地面に月の表面の映像が投影されており、あたかも月の上を歩いているような感覚にさせてくれます。「月」の上を歩くと、歩いた場所に足跡(の映像)がついていくという遊び心もあります。宇宙自分診断(?)というものもあり、複数の項目に答えていくと、その人がどの宇宙人の性格であるかが分かるという不思議なゲームもありました(ちなみに私は火星人でした)。

 

常に地球を周っている国際宇宙ステーションは、わずか90分で地球を1周しているそうです(国際宇宙ステーションから撮影された迫力ある地球の映像もありました。)。

国際宇宙ステーションは、日本、アメリカ、ロシア、カナダ及び欧州が参加し、その中には多様な国籍の宇宙飛行士が滞在しています。多国籍の人々が狭い空間にいるわけですから、当然クルーの間で揉め事が起きた場合の手当て(法律等)が必要になってきます。もし宇宙飛行士の間で刑事事件が起きた場合には、どのように取り扱うのでしょうか。

 

まず、日本の刑法の適用場面で主なものを整理すると、①日本国内で起きた犯罪は日本の刑法が適用される、②日本国外にある日本の船舶や飛行機の中で起きた犯罪についても日本の刑法が適用される(日本籍の飛行機のハイジャック犯は、飛行機がどこにあっても日本の刑法が適用されます。)、③日本国外において日本の公文書や通貨を偽造した場合等(公文書偽造罪、通貨偽造罪)は日本の刑法が適用される、④日本国外で日本人が殺人や傷害の被害者になった場合は日本の刑法が適用される、というものになっています。

③や④の場合には、日本の刑法が適用されますが、外国にいる被疑者をどうやって逮捕・起訴までもっていくかという問題があります。外国にいる被疑者を自国に引き渡すことを請求できる、いわゆる犯罪人引渡し条約は、我が国はアメリカと韓国としか締結していません。そのため、締結していない国にいる被疑者を日本の刑法で裁くことは実際には困難です。

 

さて、国際宇宙ステーションについての揉め事については、日本、アメリカ、ロシア、カナダ及び欧州の参加国が、「国際宇宙基地協力協定」という条約を締結しており、この協定で対応することになります。

この協定では刑事事件に関する規定もあり、国際宇宙ステーションで犯罪行為が行われた場合は、ステーションのどの区画で犯罪があったかどうかは関係なく、被疑者である宇宙飛行士の国の法律で裁かれることが原則となっています(協定221項)。そのため、A国の宇宙飛行士がB国の宇宙飛行士に傷害行為等を加えた場合には、A国の法律で裁かれることになります。

被疑者になったA国の宇宙飛行士を、スペースシャトル等が乗せてA国にたどり着けば話は早いと思うのですが、B国にたどり着いたときに、先に述べた犯罪人引渡し条約をAB国間で締結していない場合はどうなるのでしょうか。もっとも、この場合には協定で手当がされており、この協定を犯罪引き渡しの条約の根拠とすることができるとされています(協定223項)。

地球への帰還予定が狂い、国際宇宙ステーションに未参加の国に到着してしまった場合は、引き渡しについて協定を根拠とすることができないので、国家間の交渉ということになるでしょう(昔の連合赤軍の引き渡しのように)。

 

宇宙飛行士は数多くの困難な試験を通過してきた超人的な方達なので、犯罪行為は想像できませんが、万が一何かあってからでは遅いので、協定で規定しているようです。

実際の刑事裁判を考えると、捜査にあたり、実況見分(警察がやる現場検証)ができないですし、引き当たり捜査(実際の現場に被疑者も立ち会って行われる現場検証)で犯行の再現をすることもできません。犯行は無重力下で行われるので、犯行再現はCGやワイヤーアクションを使って行うのでしょうか。

宇宙飛行士の国際宇宙ステーションでの犯罪は考えたくないですが(考えるのも失礼な話ですが)、刑事裁判の証拠の観点からすると興味深いものがあります。

 


最近、東京は、急に寒くなってまいりましたが、風邪などひかれてはいないでしょうか。どうも、今年は、秋が短く、すぐに冬になってしまったような感覚がします。


さて、ビットコインの近況ですが、これまで、ビットコインの取引に関しては、取引所からビットコインを購入する際、消費税が課税されていました。しかし、近時の報道で、財務省と金融庁は、2017年春を目処に、これをなくす調整に入っているとの報道がされています。ますます、ビットコインが、実際の「通貨」に近づいてきましたね。



また、直近のニュースをみると、「ビットコイン取引所に対して、詐欺を行い、ビットコインを入手した者が逮捕された」などとも報道されています。

こういったニュースを聞くと、また、取引所にハッカーの攻撃があったのか!!??と思われる方もいるかもしれません。しかし、報道内容を見てみると、今回の件は、他人のクレジットカード番号等を入手して、単純に、ビットコインを購入しただけのようです。

古くから、他人のクレジットカードを(盗むなどして)、お店で商品を購入する、といった事件では、商品の購入行為に関し、詐欺罪が適用されてきました。ごくごく簡単に言えば、「本人じゃないのに、本人のように振る舞って、相手を騙した」ということです。

そのため、今回の事件は、言ってみれば、昔から「よくある話」であって、他人のクレジットカードで買った商品が、ビットコインだった、というだけの話のようです。報道のタイトルだけを見ると、何事が起きたのか!?と思ってしまいます。ちょっと、ミスリーディングですね。



ただ、思い返せば、過去、インターネットの黎明期では、インターネットに対するミスリーディングな報道が多くされていたように思います。今から見れば、どれもナンセンスな話ですが、おそらく、メディアや国民の多くが、当時、まだインターネットとは何かを知らず、使ったことも無い人が多かったため、得体の知れない物に対する不信感が募っていたのだと思います。しかし、その後、インターネットは爆発的に普及し、今では、生活に欠かせない存在になっています。

そうしてみると、ビットコインも、今、まさに、昔のインターネットと同じ道を辿っているのではないでしょうか。全く関心のないものについては、不信感もわかないので、ある意味、国民の関心が高まりつつあるのかもしれません。


ただ、メディアの報道については、注意深く見てゆく必要があるかもしれません。

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