労働者が始業及び終業時刻を自由に選択できる「フレックスタイム制」(労基法第32条の3)ですが、フレックスタイム制を採用する企業では、顧客対応の必要性等の理由から、労働者が必ず勤務しなければならない時間帯の「コアタイム」を設けることが多いでしょう。

フレックスタイム制を導入するにあたり、コアタイムを設けることは必須ではありませんが、コアタイムを設ける場合には、労使協定においてコアタイムの開始及び終了時刻を定める必要があり(労基則第12条の3)、また就業規則にもコアタイムの開始及び終了時刻を規定する必要があります。

例えば、以下のような内容を就業規則及び労使協定に定めることが考えられます。

・フレキシブルタイム:午前6時~午前10時、午後3時~午後7

・コアタイム:午前10時~午後3

・休憩時間:正午~午後1時(1時間)

(以上につき下記図参照)

図:フレックスタイム制(コアタイムを設けた場合の例)

フレキシブルタイム

コアタイム

休憩

時間

コアタイム

フレキシブルタイム

6:00                 10:00          12:00    13:00          15:00                  19:00

さて、労働者が必ず勤務しなければならない時間帯の「コアタイム」ですが、このコアタイムに遅刻したり、早退したりする従業員がいる場合には、コアタイムを設けた意味がなくなりますので、使用者としては非常に困ったことになります。
そのため、使用者としては、コアタイムに遅刻・早退した時間分の従業員の賃金を控除する、又は就業規則の遅刻早退規定に基づいてその従業員を懲戒処分する・・・ことができるかといったらそう簡単にはいきません。

そもそもフレックスタイム制は、労働基準法第32条の3が「始業及び終業の時刻をその労働者の決定にゆだねる」ものであると定義しており、行政解釈においても、フレックスタイム制は始業及び終業の時刻の両方を労働者の決定に委ねる必要があるとしています(昭63.1.1基発1、平成11.3.31基発168)。
すなわち、フレックスタイム制は労働者が始業時刻も終業時刻も自由に決定できることに眼目があり、いつ出社・退社するのかは労働者の意思に委ねられているのです。
このような前提があるため、フレックスタイム制ではあくまでも清算期間の総労働時間をもって労働時間の過不足を清算しており、清算期間の総労働時間をみたしている限り、ノーワーク・ノーペイの原則は妥当せず、コアタイムに遅刻・早退した時間分の賃金控除を行うことはできないことになると考えられます。

それでは、賃金控除ができないとしても、就業規則の遅刻早退規定に基づいてその従業員を懲戒処分することはできないのか?という点ですが、就業規則に「正当な理由なく欠勤、遅刻、早退するなど勤務を怠ったとき」には懲戒処分を行うことができるという規定を設けている会社は多いと思いますが、この規定がそのままコアタイムの遅刻・早退に適用できるかといったらそれは難しいと考えられます。

というのも、懲戒処分を行うには、①懲戒事由の該当性、②懲戒の種類・程度(量刑)の相当性、③適正手続の遵守というステップを踏んでいく必要がありますが、「懲戒事由の該当性」(①)は罪刑法定主義の観点から、あらかじめ懲戒となる事由が明示的に定められている必要があり、特に実務上は労働者保護の見地から懲戒事由の文言を限定解釈する傾向にあります。
そのため、遅刻・早退の観念がそのまま妥当しないフレックスタイム制の下では、ましてやフレックスタイム制の労働者と通常の労働者とが混在している職場では特に、「正当な理由なくコアタイムに欠勤、遅刻、早退するとき」に懲戒処分を行うことができると明確に規定する必要があります。

ここで、フレックスタイム制は労働者が始業時刻も終業時刻も自由に決定できることに眼目があるのに、コアタイムの遅刻・早退を懲戒事由にして良いのか?という疑問がでてきます。つまりコアタイムの遅刻・早退を処分したら始業及び終業の時刻を労働者の自由な決定にゆだねたことにならないのでは?という疑問です。

フレックスタイム制においても、任意に出退勤可能なフレキシブルタイムに上限を設けることを認めており、また勤務時間も清算期間の範囲内にすることが前提となっていますので、完全に労働者に勤務時間の自由を与えているわけではありません。深夜労働や休日労働も通常の労働者と同じく割増されるため、深夜労働や休日労働を使用者が制限することも可能です。(厚生労働省 フレックスタイム制QAhttps://www.mhlw.go.jp/www2/topics/seido/kijunkyoku/flextime/980908time06.htm
この点、出退勤時刻だけでなく、勤務時間までも完全に自由な「高度プロフェッショナル制度」とは異なり、フレックスタイム制は、ちょうど通常の労働者と高度プロフェッショナル制度の労働者の中間の位置付けというイメージです。

そのため、フレックスタイム制においても完全に労働者に勤務時間の自由を与えているわけではなく、企業秩序維持の観点(コアタイムに出勤しないと引継ぎができない、取引先との打ち合わせができない等)から、労働者の出退勤時刻決定の自由という利益は一歩後退し、コアタイムの遅刻・早退を懲戒事由にすることが可能であると考えられます。ただし、懲戒処分の種類・程度(量刑)については、フレックスタイム制の趣旨を加味して慎重に判断する必要があります。
その他のコアタイムの遅刻・早退への対応策は、コアタイムの出退勤を、勤怠考課や賞与の査定項目に反映させることが考えられます。


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一昨日(2018年10月16日)、積水ハウス西五反田詐欺被害事件の地面師グループが一斉逮捕されましたが、この事件は非常に興味深いです。

1.まずは、本人確認の難しさ。

報道によれば、地面師たちは、まず今回対象になった西五反田の土地の所有者(女性)のパスポートを偽造し(もちろん写真は今回逮捕された成りすまし役の女性のものにする。)、そのパスポートをもとに、区役所でその土地所有者の印鑑登録をして、印鑑登録証明書の発行を受けたようです。また、積水ハウスのプレスリリースを読むと「〔なりすまし役の女性の〕パスポートや公正証書等による本人確認を過度に信頼し切って〔中略〕契約を進めてしまいました。」とあるので、地面師たちは、土地の権利証が手に入らなかったためだと思いますが、本人確認情報の制度(不動産登記法23条4項)により登記手続きを行うことを計画して、成りすまし役の女性が土地の所有者であることを公証人が認証する公正証書も作成したようです。その公正証書作成の際に利用されたのもおそらく偽造パスポートでしょう。したがって、本件では、偽造パスポートが成りすましの出発点なのです。で、そのパスポートは、ネットで写真が見れますが、司法書士や公証人が見ても偽造されたものと気が付かないくらいなのですから、かなり精巧に作られていたのでしょう。世間では、なぜパスポートや公正証書以外の本人確認をしなかったのだ?などと非難めいたことが言われていますが、不動産登記法では、パスポートや運転免許証などの写真付きの身分証明書の提示を受けた場合、それで本人確認をして良いということになっておりますので(不動産登記規則72条2項1号)、何か相当疑わしい事実でも出てこない限り、わざわざ物件の近所の人たちに聞き取り調査をする必要まではないことになるかと思います。実際、私もよく破産管財人として不動産の売却をしていますが、司法書士の先生から運転免許証の提示は求められますが、それ以上に、私の近所の人たちに私が本当に飛田博という人物なのか聞き取り調査をしたなどということは聞いたことがありません。まして、昨日の報道では、地面師グループは、西五反田の土地上にあった建物(旅館)の鍵を勝手に付け替えて、積水ハウスの担当者に建物の内覧をさせていたり、地面師グループ側にも本当の弁護士がついており、その弁護士も成りすましの事実を知らずに積水ハウスに対応していたりしたようなので(ちなみに、その弁護士は今回逮捕されていません。)、いくら不動産取引のプロといっても、積水ハウス側が成りすましを見破るのはかなり難しかったのではないかと思います。

追記)本日の報道では、司法書士の本人の確認の際になりすまし役の女性が、本人の生年月日や干支を間違えて答えたそうなので、司法書士の本人確認に問題があったかもしれません。

2.次に、報道によると、売買契約を締結し、手付の14億円を支払ってから、残代金49億円を支払うまでに、積水ハウスは、本当の所有者を名乗る人物から「仮登記がされて驚いている。無効なので抹消せよ。」などと警告する内容証明を4通も受け取っていたらしいのですが、なぜそのような内容証明を受け取っていながら地面師に騙されていることに気が付かなかったのでしょうか?

この点については、積水ハウスのプレスリリースでは、「これらリスク情報を取引妨害の類と判断し、十分な情報共有も行われませんでした。」ということなのですが、「取引妨害の類」と判断されるような内容・形式の文章であったのか少々興味がありますね。ネットで調べても、どのような内容証明だったのかは公表されていなかったので、何とも言えないところですが、もし普通に読めば「この取引は大丈夫か?」という内容だったのであれば、積水ハウスのガバナンスには重大な問題があったということになるかと思います。

3.さらに本件で、最終的に法務局で所有権移転登記が却下された経緯についても気になります。

報道によれば、印鑑証明書が偽造であることがわかって、申請が却下されたようなのですが、印鑑踏力証明書自体はきちんと区役所で発行されたものでしょうから、本件では、真の所有者または周りの人たちがあらかじめ法務局に事情を話して所有権移転登記を阻止しようとしていない限り、法務局が印鑑証明書の偽造を見破るのは難しかったのでは?と思います。そのように考えないと、なぜ契約締結時点に仮登記を入れられたのに(したがって、このときは法務局は印鑑登録証明書の偽造に気が付かなかった。)、本登記の際に、印鑑登録証明書の偽造に気が付いたのでしょう。

4.とまあ、この件については色々な論点・疑問点があるのですが、最後に、不動産取引特有の事情についても指摘したいと思います。

不動産取引では、対象となる土地の価格が大きいため、①買主にとっては代金を支払ったにもかかわらず所有権移転登記を移転してもらえない事態を防ぐため、また、②売主にとっては物件の登記を移転したのに代金の支払いを受けられない事態を防ぐため、ほとんどの場合、代金の支払いと登記の移転は同時履行とされます。しかし、実際には、登記手続には1週間くらいかかるため、同時履行とされるのは、代金の支払いと(登記手続の完了ではなく)登記移転に必要な書類の受け渡しなのです。

不動産取引の最終決済のイメージはこんな感じです。不動産に担保権がついていると、その担保権者にも来てもらわなければならないので複雑になりますが、最も単純な担保権がついていないパターンで説明すると、
① まず、買主は売買代金の融資を銀行から受けることが多いので、多くの場合、その銀行の会議室に、売主、買主、担当司法書士が集合する。
② 次に、売主が司法書士に登記必要書類(委任状、住民票、登記識別情報、原因証書)を交付する。
③ 司法書士が登記必要書類に不備がないことを確認し、OKを出してから、買主は、売主の口座に売買代金を振り込む。
④ 買主が着金を確認したら、取引は終了し、解散する。
⑤ その後、司法書士が法務局に行き、移転登記や銀行の担保権設定の手続きをする。

実務的には、司法書士のOKが出て買主が振込みの手続して売主の口座にお金が着金するまでに時間を要することがあり、会議室の中で、皆なにもすることがなく気まずい雰囲気になることが多いので、そこをどう乗り切るかが課題だったりするのですが、そのようなつまらないことは置いておいて、いずれにしても、我が国の不動産取引で代金の支払いと同時履行になるのは、登記手続の完了ではなく、その前段階の司法書士への登記書類の引渡しなのです。したがって、不動産取引において司法書士の先生方は非常に重要な役割を果たしているのですが、本件の場合、印鑑証明書と公証人の本人確認書面で移転登記をしようとしているので、登記必要書類には不備はなかったのでしょう。だとすれば、本件のようなケースは、通常の不動産取引のプロセスのなかでは防ぎようがなかったということになるかと思います。

このような事態を防ぐにはどうしたら良いのでしょう?

それは、簡単で、代金が売主に支払われるタイミングを登記の完了まで遅らせれば良いのです。もちろん、売主が移転登記手続の申請をしたのに、買主が何もしなくてよいというのは公平ではありませんので、例えば、買主は、中立公平な第三者に売買代金を預け、移転登記が完了した時点で、その売買代金が売主にリリースされるという仕組みを確立すればよいのです。そうです。外国でいうエスクローの仕組みを不動産取引に広く導入するということです。私は、不動産取引においける司法書士の先生方のこれまでの経験や役割からして、このエスクロー制度は司法書士会などが先鞭をきって導入するのが良いのではないかと思うのですが、いかがですかね?最近司法書士の先生の仕事が減っていると聞いていますので、業界の起爆剤になるのでは?

もっとも、最終的に移転登記も完了して、売買代金も売主にリリースされたが、後で地面師による売買であることが判明したような場合には、無権利者からの売買であり、登記には無効な売買を有効にするまでの効力はありませんので、買主は保護されないということになります。

不動産取引は難しいですね。

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馬場弁護士の「高度プロフェッショナル制度のメリットは?」という記事に刺激を受けての投稿です。

私は、実はこの「高度プロフェッショナル制度」を好意的に考えています。それは、私の経験に基づきます。

私は2000年から2010年まで10年間大手法律事務所で働いていましたが、そのときの状況はまさに「高度プロフェッショナル制度」が適用されるにふさわしい状態だったと思います。自分が任された案件をどのように進めるかについてはかなり裁量が認められている反面、最終的には結果が求められますので、かなり緊張感があり、拘束時間も長かったのです。が、その反面、今とは比較にならないくらい高い給料を貰っており、仕事も日経新聞の1面を飾るような案件がゴロゴロしていたので、日本経済のために頑張るというような気概もありました。月に300時間を超えて働くことはザラにありましたが、それでも、嫌でやっていたというよりは好きでやっていたという感じであり、今思い返してみてもあまりネガティブな気持ちはないのです。まして残業代が欲しいと思ったことは1度もありません。そもそも貰っている給料が残業代を欲しがるようなレベルではなかったからです。当時は高度プロフェッショナル制度などというものはなかったので、残業代のことを言い出せば請求できたかもしれませんが、誰も残業代のことなど問題にしません。このような職場においては、基本的に労働時間のみで管理される従来の雇用制度には相当違和感があり、まさに高度プロフェッショナル制度がふさわしい制度だと思います。

馬場弁護士は、一般的に言われている高度プロフェッショナル制度のメリットとして、効率的に仕事を進めることができれば、残業しないでも仕事を終えられることを紹介しながら、高度プロフェッショナル制度の対象となる業種がいずれも長時間労働で有名なことから、実際はそうならないのではないか、と反論していました。
この点、私も、高度プロフェッショナル制度の対象となるような労働者は、実態としては、かなりの長時間労働をしているのではないかと思います。なぜなら、良い成果を出すにはある程度時間が必要ですし、何より、高度プロフェッショナル制度の対象となるような人は、仕事が面白くて、良い成果を残すために、自己研鑽の時間を含め惜しみなく時間を使うタイプの人が多いと思われるからです。しかし、これは仕事に集中したいというポジティブな気持ちからであって、特にデメリットとして考える必要はないのではないかと思います。
逆に言えば、「定時に帰りたい。」「もし定時を過ぎて働くのであれば残業代が欲しい。」というマインドの人は、高度プロフェッショナル制度の対象とすることに向かない人であり、そういう人を高度プロフェッショナル制度の対象にできるような制度設計は適切ではないということになるでしょう。

馬場弁護士の記事の中に、「(高度プロフェッショナルに向いているような)方は、そもそも雇用契約上の労働者としてではなく、業務委託契約でフリーランスとして働いた方が良いのではないか」という文章がありますが、良いポイントを付いていると思います。

つまり、高度プロフェッショナル制度の対象とするにふさわしい人は、会社に頼らずフリーランスとしてもバリバリにお金を稼げる人であるが、企業側に、その人を囲い込んで他社では仕事はさせたくない等の思惑があり雇用契約で縛らざるを得ない、というイメージで考えるのがわかりやすいと思います。だからこそ、高度プロフェッショナル制度のもとでは、普通のサラリーマンより高額の年収を保証しなければならないのです。会社の社長よりも高給取りということも珍しくないでしょう。

以上のように考えると、現状の1075万円という年収要件はちっと低いのではないかという気がします。

大企業などでは、通常のサラリーマンでも1075万円くらいの年収を得ている方はそれなりにいますし、また、法律事務所のような専門職の職場では、新人弁護士で1075万円を貰っていることがあるとも聞きます。これらの方のマインドがサラリーマン的なものであれば、高度プロフェッショナル制度を適用するのは気の毒と言わざるを得ません。

したがって、私としては、高度プロフェッショナル制度の年収要件としては2000万円が良いのではないかと思っています。2000万円の年収があれば、1つの会社からしか収入を得ていないサラリーマンであっても確定申告が必要であり、税務的にももはや普通のサラリーマンではありません。残業代が欲しいという年収額でもないでしょうから、高度プロフェッショナルとして認める一つの指標になると思うのです。

皆さんはどう思われますか?

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少々前のことになるが、女性国会議員の不倫疑惑が報道された。
彼女は、かつて人気女性グループで躍したが、結婚後、政治家になり、現在は国会議員をしている。
しかし、週刊誌が、彼女と市議会議員の男性との不倫疑惑を報道した。その雑誌には、新幹線の中で彼女が男性市議と手をつなぎながら寝ている写真が掲載されており、また、一緒に女性議員が東京に借りているマンションや大阪のホテルに泊まっていたことが書かれていた。しかし、彼女は、この市議と一緒にホテルにいたことは認めたが、男性が現在妻子ある身で、離婚調停中なので、きちんと身辺の整理がつくまではということで、「一線は超えていない」ことを強調した。「一線を越えていない」ということの意味は、肉体関係はないということである。

しかし、どうしてこの女性議員は「一線を越えていない」と答えたのだろう。
そこには何らかの法的な意味あいはあるのだろうか?
本当のことはわからないが、弁護士としてちょっと推測してみよう

報道によれば、市議は結婚しており、妻と子供が2人いる。しかし、市議によれば、5〜6年前から妻との婚姻関係は破たんしていて、昨年の夏からは別居を開始し、現在、離婚調停中とのことである。

日本の民法(家族法)では、夫と妻は、合意によって離婚できるが(民法763条)、合意が成立しない場合には、①相手方に不貞行為がある、②相手方から悪意によって遺棄された、③相手方の生死が3年間不明、④相手方が強度の精神病にかかり回復の見込みがない、⑤その他婚姻を継続しがたい重大な事由がある、場合しか、離婚をすることが認められない。
そして、最高裁の判例により、たとえ夫婦関係が破たんしていて、婚姻を継続しがたい重大な事由が認められる場合でも、破たんの原因を作った側からの離婚請求は棄却される(最高裁昭和27年2月19日判決)。つまり、たとえば、既に夫婦が長期間別居していて、婚姻関係を継続しがたい重大な事由がある場合という場合であっても、その別居が夫の不倫から開始されたのであれば、夫からの離婚請求は棄却される。これは「有責配偶者の理論」と言われている。

したがって、本件では、市議会議員としては、なんとしても不貞行為(女性議員との間の肉体関係)の存在を認めることはできないのだ。
もちろん、本件の場合、市議は昨年の夏から既に別居を開始しており、その時点で婚姻関係は破たんしていたと主張しているから、今回の不倫が婚姻関係を破たんさせた原因ではない可能性がある。しかし、報道によれば、妻は、婚姻関係はまだ破たんしていないと主張しているとのことであり、また、別居も彼が一方的に開始しただけだと主張している。したがって、婚姻関係が破たんした後に女性議員と関係をもったという彼の主張が否定される可能性はある。その場合のリスクを考えると、市議としては、少なくとも不貞の事実は認めたくないところであろう。

また、この女性議員にも、何としても肉体関係の存在を否定しなければならない理由がある。それは、この女性が、男性市議が妻帯者であることを知りながら肉体関係を持った場合、妻としての権利を侵害したものとされ、妻に対して不法行為に基づく損賠賠償金(慰謝料)を支払わなければならないというのが判例(最高裁昭和54年3月30日判決)だからだ。もちろん、関係をもった時点で既に夫婦関係が破たんしていたのであれば、女性議員が原因で妻としての権利が侵害されたわけではないので、損害賠償金を支払う必要はないのであるが(最高裁平成8年3月26日判決)、前述のとおり、破たんしていかどうかはどうもはっきりしない。したがって、女性議員としては、男性市議の離婚紛争に巻き込まれないためにも、肉体関係の存在を認めるわけにはいかないのだ。

ところで、この男性市議は、新幹線の中で女性議員と手をつないでいたり、ホテルの部屋に一緒に泊まっていたりしたのだから、一般的には「肉体関係はある」と推測するのが普通であろう。それなのに、「一線を越えてない」と言うのは、かえってこの女性議員と男性市議の誠実性を疑わせることにならないのであろうか?

この点は、日本の裁判所のことを良く知っていないと回答することは難しいだろう。というのは、私の経験からすると、日本の裁判官には、直接的な証拠がない限り、不貞の事実を認定しない傾向があるように思えるのだ。私が経験した例で最も甚だしかったのは、夫から(私のクライアントである)妻が離婚を請求された事例で、妻側が夫の携帯電話のメールを調べたところ、ある女性との間でベッド上での関係を描写した内容のメールのやり取りがあることがわかったのだ。私たちは、夫は有責配偶者であり、離婚請求をすることは許されないと主張したのだが、裁判所は、夫の言い訳を採用して、不貞関係を認めなかった。そのいい訳とは、「妻と別れたくて知り合いの女性にこのような嘘のメールを書いてもらった。妻がメールを覗き見ることはわかっていた。」などと言うのである。その女性の証言すらないのに、夫の言い訳を採用した裁判所の判断にはちょっとあきれたが、このように裁判所はなかなか不貞の事実を認めないように思うのである。

では、どうしてこのように不貞の事実の立証に辛い態度をとるのであろう?私の分析では、日本の裁判官も、この「有責配偶者の理論」が実は不合理な結果を生じさせていることが多いことに気が付いているからなのではないだろうか?一般に、有責配偶者の理論が問題となる案件では、夫婦の別居が長く続いており、婚姻関係としては完全に破たんしているケースが多い。それなのに離婚を認めないのは、いくら離婚を請求している配偶者に当初の原因があるといっても、(嫉妬と憎しみに満ち溢れた)何も生まないネガティブな関係だけが残るだけであって、社会的に見ても適当でないケースが多いのだ。

そこで、最高裁は、有責配偶者の理論に例外を認め、別居が相当期間経過し、夫婦に未成熟子がいない場合には、離婚によって相手方がきわめて過酷な状況におかれる等の著しく社会正義に反する特段の事情がない限り、有責配偶者からの請求を認めることにした(最判昭和62年9月2日判決)。
ただ、この例外が適用されるには別居が8年間以上は続いていなければならないなどといわれており、この例外をもってしても、なかなかハードルは高いなのだ。そこで、裁判官の感覚としては、そもそも有責配偶者などという変な論点が出てこないように、そもそも不貞の事実の立証を(無意識的に)厳しくしてしまっているのではなか、というのが私の分析なのだ。

ということで、冒頭の問題にもどって、なぜ女性議員は、「一線を越えていない。」ことを強調したのか?それは、一線を越えたことを認めてしまうと、恋人の市議会議員の男性が、今後の離婚調停・訴訟で不利益な立場になるからであり、自分にも火の粉が飛んでくるからであろう。では、なぜ「一線を越えていない」などというちょっと一般的には通じないような言い訳ができるのか。
それは、裁判所では、直接な証拠がない限り、なかなか不貞の事実は認められないからなのだ。

と私は思いましたが、以上は、事実関係に関しては何の根拠もない推測です。
女性議員と男性市議会議員は、彼らが言うように「講演の原稿の打ち合わせ」をしていただけなのであって、本当に一線を越えていないのかもしれません。したがって、このお話の取り扱いにはくれぐれもご注意くださいね。
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金融庁が無登録営業を理由に世界最大の仮想通貨交換業者の香港に本社があるバイナンスに改正資金決済法に基づく警告を出す方針との報道がなされました。以下、2018年3月23日(金)日本経済新聞朝刊1面の「香港仮想通貨業者に警告」という見出しの記事から抜粋です。

「同社は2017年の設立。扱う仮想通貨は約120種類で手数料も比較的安い。利用者数は世界約600万人。そもに世界最大とされ、日本でも国内業者から同社に取引を移す利用者が多い。
 金融庁は、同社が日本人の口座開設時に本人確認していなかった点を問題視。匿名性の高い仮想通貨を複数扱い、マネーロンダリング(資金洗浄)対策も未整備とみる。警告と同時にホームページを公表する。」

「2017年の設立」って、昨年のこと?という感じでとても驚きますが、こういう業者がいるから、NEMについても、流出したNEMを追跡できても、なかなか犯人の特定には至らないのかな?と思います。少々気になるのが、金融庁のホームページで公表されて、それがどのような意味があるのか?という点。香港の業者が日本の金融庁の指示に従ってくれるのかしら。この分野の規制については、国際的な取り決めが必要という感じがしますね。
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2018年3月23日(金)朝刊社会面の「流出NEMほぼ全額交換」「580億円分 財団追跡中止で加速か」との見出しの記事で、コインチェックから流出した約580億円のNEMのほぼ全額が、匿名性の高い闇サイト「ダークウェブ」で他の仮想通貨と交換された疑いがあることが報道されています。私が注目したのは次の部分。

「警視庁は2月下旬に捜査本部を設け、捜査員約100人体制で流出の経緯を調べている。
 捜査本部は同社システムの通信記録(ログ)を解析。流出の数時間前まで同社のシステムが欧米のサーバーと不信な通信をしていたことを確認した。流出に関与した人物が不正にアクセスしてNEMの移動に必要な「秘密鍵」を盗んだ疑いがあるが、発信元の特定には至っていない。
 捜査本部は交換に応じた人物から事情を聴き、ビットコインなどの取引状況を注視している。」

流出したNEMについては、先日、NEM財団が追跡を中止したとの報道がありましたが、警視庁は、流出NEMとの交換に応じた人物から事情を聴いているとのことであり、徐々に犯人の包囲網が狭まっているような印象です。

少々わからないのは、この交換に応じた人物というのは、不正に流出させられたNEMであることがわかっているのに交換に応じたということなのでしょうか?通貨という以上、不正に流出させられたNEMであっても、占有とともにその所有権(権利)は移転し、民法の善意取得条項の規定の適用はない、つまり、不正に流出されたものであることを知っていたとしても、そのNEMの権利は、譲受人に移転する、というふうに考えるのでしょうかね?そもそも何法が適用されるのか、という問題も含め、法的に興味深い論点が沢山あるように思いました。
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日本経済新聞2018年3月20日夕刊1面の「自動車運転で死亡事故 ウーバー車、米で歩行者はねる」との見出しの記事の抜粋


「米ライドシェア最大手ウーバーテクノロジーズの自動運転車がアリゾナ州で歩行者をはね、死亡させる事故が起きたことが19日までに分かった。同社はペンシルべニア州ピッツバーグなど他地域を含む北米4都市すべての公道での自動運転車の走行試験をいったん中止した。」


「米紙サンフランシスコ・クロニクルによれば、地元警察は歩行者が急に飛び出し、人間でも避けるのが難しい事故だったとみているという。」


「米国では既に1000台以上の自動運転車が実験走行中で、台数は急速に増えている。事故が起きたアリゾナ州は規制緩和が進み、無人運転の実験も始まっている。自動運転開発の世界的な中心地カリフォルニア州でも4月に無人運転が解禁される予定だ。」

(私のコメント)
事故でお亡くなりになった方にはお悔やみ申し上げますが、自動運転がもうそこまで来ているなと少々衝撃を受けました。あと5年〜10年後には、人間が自動車を運転することはなくなっていくのかもしれませんね。そうすると、たしか、損保会社の売り上げの半分は自動車保険と聞いたことがありますので、損保業界には大変動が起きることになるのでしょう。そして、もちろん、交通事故を主な収入源としている法律事務所・弁護士先生の仕事にも大変動が起きるのでしょうね。そんなことを考えた記事でした。
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2018年3月20日日本経済新聞夕刊社会・スポーツ面の「ネットの人権侵害 2000件超 5年連続で最多更新」「『名誉棄損』が48%増加」という見出しの記事から抜粋。


「法務省は20日、2017年に全国の法務局が救済手続きを始めた人権侵害の状況を公表した。無断で個人情報を掲載するなどのインターネット上の人権侵害は前年比16.1%増の2217年と5年連続で過去最多を更新し、初めて2千件を上回った。」


(私のコメント)
裁判所の仮処分案件でも、今やネットの名誉侵害の削除請求等がとても多い状況なので、たとえば東京地裁あたりに、ネット関係の仮処分案件やネットの名誉侵害案件の専門部を作って、これらの案件を効果的に審理するようなことができないかな、と思います。高齢化・人口減の影響なのかはよくわかりませんが、裁判所の事件が年々減少傾向にあるので、時代の流れに即応して、少しでも国民の役に立つような制度・運用に変えていけたらな、と思うのですが、いかがでしょう?
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以下は、ITmediaNEWSが3月20日に配信したニュースの抜粋ですが、「追跡調査打ち切り」とはちょっと残念ですね。

「コインチェックから巨額の仮想通貨「NEM」が流出した事件で、NEMの推進団体「NEM財団」はこのほど、流出したNEMの追跡を打ち切ったと声明を発表した。同団体は「盗んだNEMをハッカーが換金するのを効果的に妨げ、法執行機関に実用的な情報を提供できた。捜査に影響するため、われわれは詳細を公開する予定はない」とコメントしている。」

記事によると、「MEMの追跡を打ち切った」ということの意味は、NEM財団が、盗んだ犯人のものとみられる送金先のウォレットアドレスに特定のマークを付け、資金移動を追跡する技術(モザイク)で犯人の手掛かりを探っていたのですが、今や匿名サイトなどにより資金洗浄が進んだので、そのモザイクを無効にしたことを意味するようです。

NEMの巨額流出事件が起きたときに、流出したMEMがどのアカウントに入ったかを追跡できるのを見て、ブロックチェーン技術は「凄いな」と思ったのですが、アカウントと個人との結びつきがわからず、結局、匿名サイトなどで交換されていくと犯人を捕捉するのは難しいということでしょうか。しかし、そもそも現金の場合はどの財布に入ったかを追跡することは難しいので、それと比べると仮想通貨の方が犯罪者にとってリスクが高い、つまり安全な通貨のようにも思えます。まだ捜査機関によるNEMの巨額流失事件の捜査は進行中だと思いますが、早く犯人が捕まることを願っています。
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2018年3月19日日本経済新聞朝刊社会面の「偽アカウント削除命令 地裁 ツイッターで成り済まし」という見出しの記事から抜粋

「ツイッター上で「成り済まし」の被害に遭った埼玉県内の女性が、ツイッター社(本社・米国)を相手に偽アカウントの削除を求め仮処分をさいたま地裁に申請し、認められていたことが18日、女性の代理人弁護士への取材でわかった。」

(私のコメント)
弁護士的には、米国のツイッター社に仮処分を申し立てた際に、申立書の副本をツイッター社に送らなければならないのですが、その副本の送付の際に英訳を付けることが求められるのかとか(多分求められる)、米国の会社であるツイッター社が日本の裁判所の決定に従ってくれるのか?などというところが気になりますね。もちろん、ツイッター上の特定の発言や記事ではなく、アカウント自体の削除命令が出たという点で画期的な決定だと思います。
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