残暑お見舞い申し上げます。

平素は、ひとかたならぬご厚情を賜り、深く御礼申し上げます。

 

さて、2007年3月の開設以来、ウイズダム法律事務所は南青山で活動してまいりましたが、この度、業容拡大のため、銀座に移転することになりました。

場所は、歌舞伎座のすぐ傍、晴海通り沿い、三原橋交差点に面した好立地です(住所は下記をご参照ください。)。

8月13日(月)より銀座事務所にて業務を開始致します。

 

銀座では、同じフロアに事務所を構える鎌田特許事務所と連携し、知的財産分野を強化致しますが、これまでどおり、企業法務、(使用者側の)労働法務、不動産、建築紛争、土地区画整理などにも旧に倍して取り組む所存です。

 

ウイズダム法律事務所の理念である「圧倒的に質の高いリーガルサービスを提供しよう」を実現すべく、一意専心致しますので、今後ともご指導ご鞭撻の程よろしくお願い申し上げます。

                   


弁護士 石 川 正 樹
弁護士 飛 田    博
弁護士 萩 原    勇


【新事務所所在地】

 〒104-0061

 東京都中央区銀座4-10-10 銀座山王ビル6階(http://goo.gl/maps/q1ypN

 TEL 03-6853-3660 FAX 03-6853-3770

 HP http://www.wisdom-law.com


1. 「労働契約法の一部を改正する法律」(改正労働契約法)の成立

昨年末に労働政策審議会による建議がなされ、当ブログでも記事を掲載しました有期労働契約に関する法改正についてですが(http://blog.wisdom-law.com/archives/2020569.html)、その後、内閣から「労働契約法の一部を改正する法律案」として今国会(第180回)に提出され、平成24726日に衆議院本会議にて可決され、本日(平成24年8月3日)、参議院本会議にて可決されました。

これにより、労働契約法の一部を改正する法律が成立しました。

 

既にインターネットを通じて速報という形で多くの報道がなされておりますが、いずれも「無期転換」に関するものに焦点を当てたものが多いようです。

しかしながら、改正内容は、「無期転換」についてだけではありませんので、参議院のサイト上にアップされている法律案(http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/gian/180/gian.htm)をもとに、改正内容を整理してご紹介しておきたいと思います。

 
 

2. 改正内容


今回の改正法は、その施行時期を異にする内容が含まれています。施行時期を基準とすると「2ステップ」の改正となります。

 

(1) 第1ステップ(新第18条)

1ステップとして第18条が追加されます。条文の内容は、次のとおりです。この改正に伴い、現在の労働契約法第18条及び第19条はそれぞれ第19条、第20条となります。

 

(有期労働契約の更新等)

第十八条 有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって、使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。

一  当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって、その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが、期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。

二  当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること。

 

新しく追加される第18条は、いわゆる「雇止め法理」の法定化を実現したものです。

後で述べますとおりこの第1ステップの改正は公布により施行されますので(公布日=施行日)、公布日以後にされた「雇止め」については、裁判所は、基本的にこの第18条を適用して解決することになります(第1号は東芝臨時工解雇事件に代表される実質無期型、第2号は日立メディコ柏工場事件に代表される期待保護型を念頭においております。龍神タクシー事件のような継続特約型についても第2号でカバーされるものと考えられます)。

したがって、労働者も使用者も、雇止めに関する紛争を裁判所に持ち込んだ場合には、この第18条が定める要件を意識した主張立証が必要となります。過去の判例では要件とされていなかった「申込み」の有無(契約満了後の場合は「遅滞なく」)といった点も争点になりえます。

 

なお、第1ステップの改正は、「公布の日から施行する」となっております(附則第1条)。

法律は、法律の成立後、後議院の議長から内閣を経由して奏上された日から30日以内に公布されるものとされておりますので、まもなく公布されるものと思われます(法律の公布に当たっては、公布のための閣議決定を経た上、官報に掲載されることによって行われます)。

 

 

(2) 第2ステップ(新新第18条、新第20条)

2ステップとして、第1ステップで新しく追加された第18条が第19条になり、さらに新しい第18条が追加されます。

また、新しく第20条が追加されます。これに伴い、第1ステップの改正により、条文番号が変動した現在の第18条及び第19条は、第21条と第22条にそれぞれ変更されます。

2ステップで追加される各条文の内容は次のとおりです。

 

(有期労働契約の期間の定めのない労働契約への転換)

第十八条  同一の使用者との間で締結された二以上の有期労働契約(契約期間の始期の到来前のものを除く。以下この条において同じ。)の契約期間を通算した期間(次項において「通算契約期間」という。)が五年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。この場合において、当該申込みに係る期間の定めのない労働契約の内容である労働条件は、現に締結している有期労働契約の内容である労働条件(契約期間を除く。)と同一の労働条件(当該労働条件(契約期間を除く。)について別段の定めがある部分を除く。)とする。

2  当該使用者との間で締結された一の有期労働契約の契約期間が満了した日と当該使用者との間で締結されたその次の有期労働契約の契約期間の初日との間にこれらの契約期間のいずれにも含まれない期間(これらの契約期間が連続すると認められるものとして厚生労働省令で定める基準に該当する場合の当該いずれにも含まれない期間を除く。以下この項において「空白期間」という。)があり、当該空白期間が六月(当該空白期間の直前に満了した一の有期労働契約の契約期間(当該一の有期労働契約を含む二以上の有期労働契約の契約期間の間に空白期間がないときは、当該二以上の有期労働契約の契約期間を通算した期間。以下この項において同じ。)が一年に満たない場合にあっては、当該一の有期労働契約の契約期間に二分の一を乗じて得た期間を基礎として厚生労働省令で定める期間)以上であるときは、当該空白期間前に満了した有期労働契約の契約期間は、通算契約期間に算入しない。

 

(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)

第二十条  有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。

 

新新第18条は、報道でも大きく取り上げられている「無期転換」規定です。

たとえば、1年間の有期労働契約を締結した労働者を5回契約更新して継続雇用した場合に、労働者から「期間の定めのない契約にしてください」という申し出があったときには、1年間の有期労働契約ではなく、期間の定めのない労働契約に転換することになるということを意味しています。また、転換後の労働条件は、特に定めがない限り、従前と同一となるとしています。

使用者側としては、①無期転換を防ぐという観点からは、通算契約期間が5年を超えない段階で契約を終了させるという対応が必要となります(この点が法改正によって5年未満での雇止めが多発するのではないかと懸念されているところです)。

②また、無期転換後の労働条件を適切に整備するための対応としては、転換後に適用される別段の定め(就業規則)を作成しておく必要があります。

 

新第20条は、同一労働同一待遇の考え方から定められた規定です。

以上の第2ステップの改正は、公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日から施行するとされています(附則第1条ただし書)。そのため、第1ステップから遅れて施行されることになります。一部報道によれば、来年春が予定されているようです。

次に、ここが重要ですが、附則第2条によれば、新新第18条の規定は、施行日以後の日を契約期間の初日とする有期労働契約について適用し、施行日前の日を契約期間の初日とする有期労働契約については、通算契約期間に算入しないとされています。

この点は、建議の段階でも、「制度導入後に締結又は更新された有期労働契約から、利用可能期間の算定を行うこととすることが適当」とされていたところですが、今回の一部報道をみますと、無期転換という部分だけが大々的に報じられてしまっていて、「既に通算契約期間が5年を超えてしまっている(又はその予定である)から転換してしまう」といった誤解を抱かれる方も多いと思います。

 

あくまでも、無期転換については、施行日以後の日を契約期間の初日とする有期労働契約について適用されるため、慌てる必要はありません。ただし、改正法への対応につきましては早めの着手をおすすめ致します。「慌てず、されど、油断せず」という点が今回一番お伝えしたかった点です。

新しく追加される条文の要件・効果等については、これから実務の現場において議論され、裁判例も蓄積されていくところですので、今後とも情報発信をして参ります。 


3.
 平成24年8月10日公布されました(平成24年8月10日追記) 


労働契約法の一部を改正する法律が本日(平成24810日)、官報に記載されることにより、公布されました。

したがって、「第1ステップ」が本日(平成24年8月10日)より施行されます。 





1. 
既にネットのニュースなどで大きく取り上げられているので、ご存知の人が多いと思いますが、野村ホールディングス株式会社の平成24627日開催の予定の定時株主総会における株主提案の内容が少々変わっております。

ネットで検索すれば、同社の招集通知自体を見ることができるので、興味のある方は、直接招集通知をご覧になることをお勧めしますが、簡単に紹介させていただくと、この株主は、野村ホールディングスの商号を「野菜ホールディングス」へ変更することをはじめとして、100個の提案を行い、そのうち「株主総会に付議するための要件を満たすもの」として、第2号議案から第19号議案までの18議案が招集通知に記載されています。


正直に申し上げると、あまりまじめに考えたとは思えないような提案があり、例えば
 


3号議案 定款一部変更の件(商号の国内での略称および営業マンの前置きについて)

提案の内容:当社の日本国内における略称は「YHD」と表記し、「ワイエイチデイ」と呼称する。

営業マンは初対面の人に自己紹介をする際に必ず「野菜、ヘルシー、ダイエツトと覚えてください」と前置きすることとし、その旨を定款に定める。

提案の理由:「社を挙げた意識改革」を求めて提案する。

貴社の現在の称号は長すぎて、著しく業務効率を悪化させている。17のモーラがあれば俳句も詠めようというものだ。これから三菱東京UFJ銀行の支配下に入りでもしたら、野菜證券は三菱UFJモルガンスタンレー野菜證券となってしまうのではないかと考えると今から悩ましい。

ただ、まあこの変更によって当面年間のべ1000人日の人件費を節約することができる。


12号議案 定款一部変更の件(日常の基本動作の見直しについて)

提案の内容:貴社のオフィス内の便器はすべて和式とし、足腰を鍛練し、株価四桁を目指して日々ふんばる旨定款に明記するものとする。

提案の理由:貴社はいままさに破綻寸前である。別の表現をすれば今が「ふんばりどき」である。営業マンに大きな声を出させるような精神論では破綻は免れないが、和式便器に毎日またがり、下半身のねばりを強化すれば、かならず破綻は回避できる。できなかったら運が悪かったと諦めるしかない。


13号議案 定款一部変更の件(取締役の呼称について)

提案の内容:取締役の社内での呼称は「クリスタル役」とし、代表取締役社長は代表クリスタル役社長と呼ぶ旨定款に定める。

提案の理由:取締役という言葉の響きは堅苦しい。また昨年の株主総会で気がついたのだが、取締役会では支配下の子会社の業績に関して全く取り締まっている様子がない。トマト栽培が儲かっていないという報告があった場合、取締役会では「なぜ儲からないのか」「どうやったら儲かるか」を諮らねばなるまい。しかし「利益はそれほど出ていません」で済ませるのは取締役会ではない。従って呼び方はいい加減なもので済ませることとする。


17号議案 定款一部変更の件(暦法について)

提案の内容:定款第21条に「定時株主総会は、毎年41日から3カ月以内に招集し」とあるを「定時株主総会は、毎年グレゴリオ暦協定世界時における41日および101日からそれぞれ3カ月以内に召集し」と改める。

提案の理由:太陰暦およびグリニッジ標準時に基づいて貴社社員が有給休暇を取得する事故を防ぐため。


などの提案があります。

(もっとも、第4号議案(報酬委員会の定める役員報酬の制限について)、第6号議案(取締役の責任軽減について)、第8号議案‐定款一部変更の件(役員報酬としてのストックオプション制度について)、第9号議案‐定款一部変更の件(増資の方法について)等は、個人株主であれば会社の方針について一言意見を言いたい箇所であり、それほど変な提案ではないと思います。)

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よく顧問先の土地区画整理組合から組合の文書開示について相談を受けることがあります。
組合員の方から正当な権利行使として組合に文書開示の要請がある場合には、当然のことながらその文書を開示しなければなりませんが、中には、事業に反対する組合員の方が、突然、組合事務所を訪問して、「全ての理事会議事録をコピーさせろ!直ぐにさせろ!」と騒ぎ立てるような、嫌がらせとしか思えないケースもあり、組合の事務局が対応に困っているという話がよくあるのです。

ところで、この文書開示について、土地区画整理法はどのように定めているのでしょうか?

まず、土地区画整理法上、個々の組合員に閲覧謄写請求権が認められる(注1)のは、以下の書類です。
(1)  定款、事業計画に関する図書、換地計画に関する図書(土地区画整理法841項)
(2)  土地区画整理事業に関し、組合が受けた行政庁の許可その他処分を証する書類(同法施行令731号)
(3)  組合員名簿、総会及び総代会の議事録並びに通常総会の承認を得た事業報告、収支決算書及び財産目録(同法施行令732号)(注2)
(4)  施行地区内の宅地について権利を有する者(所有権以外の登記のない権利で土地区画整理法851項及び2項の申告のない権利または同法853項の移転・権利削減の届出のない権利を有する者は含まれない)の氏名(法人にあっては名称)及びその権利の内容を記載した簿書(同法施行令735号)

(注1) ただし、「正当な理由」があれば閲覧謄写請求を拒否することができます。

(注2) なお、事業報告書、収支決算書及び財産目録については、過去のもの以外に、これから通常総会の承認を求めようとするものについては、通常総会の5日前までに主たる事務所に備え置かなければならないとされ、それらの書類についても、組合員に閲覧謄写請求権が認められています(土地区画整理法32条)。

次に、(個々の組合員からではなく)組合員から、総組合員の10分の1以上の同意を得て請求があった場合には、上記の書類以外にも、組合員には広く「会計の帳簿及び書類」の閲覧謄写権が認められます(同法28条9項)。

以上が法律の定めですが、組合施行の土地区画整理事業は、直接的には、組合員のために行っている事業ですから、組合の事業に支障が生じたり、組合員のプライバシーや個人情報保護の問題と抵触したりしない限り、上記にない文書についても開示に応じても良いし、むしろ積極的に応じるべきと考えます。手続的には、法律で開示しなければならない文書以外の文書については、理事会において開示又は非開示を判断するのが適当です。

ただし、前述のとおり、組合員が突然組合事務所を訪れ、大量の文書開示を要求するような事態も現実に発生していますので、文書開示について一定のルール作りが必要でしょう。多くの組合では定款で、そのようなルールを理事会で定めることができることになっていますので、

① 文書開示の申込方法(所定の申込書の提出等々)

② 開示・非開示の判断(理事会又は理事会から委任を受けた理事長が申込みから〇日以内に判断する。期間内に判断しなかったときは開示の判断があったと見做す。等々)

③ 文書閲覧・交付の方法(組合事務所で閲覧・交付又は組合員の住所に郵送、等々)
④ 料金(コピー1枚〇円)

というような文書開示規程を定めておくことをお勧めします。

以上

1 裁判の概要及び経過

 

最高裁判所は、平成24427日、会社が従業員に対して行った諭旨退職の懲戒処分(本件処分)について、就業規則所定の懲戒事由を欠くものとして無効、とする判決を出しました(裁判所の判例データベース、

http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=82225&hanreiKbn=02 )

 

本件最高裁判決は、「精神的不調をかかえる従業員に対してどのように対応すべきか」という問題に関連しておりますので、重要な労働判例として取り上げておきたいと思います。

 

なお、本件の裁判経過は、以下のとおりです。

第一審(東京地裁平成22611日判決・労判102514頁)では、①当該従業員の欠勤は就業規則上の解雇事由に該当する、②当該従業員による債務不履行の態様が悪質で、職場秩序を著しく乱したことに照らすと、本件処分に社会的合理性があると判断されました。

原審(控訴審・東京高裁平成23126日判決・労判10255頁)では、①本件処分の理由となった懲戒事由は認められないと判断されました。“会社側逆転敗訴”という結論なったわけです。

そして、本件最高裁判決は、原審と同じ結論を導いています(会社側の上告を棄却しました)。

つまり、従業員側の、

① 会社における従業員としての地位確認

② 平成2010月から毎月末日限り428059円(月額給与)及び同年12月から、毎年610日、1210日限り100万円(賞与)に加えて、各支払時期の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員の支払い

の各請求が認容されました(遅延損害金を含めないとしても、2000万円を超えることになります。)いくら大企業とはいえ、訴訟にかかった時間や弁護士費用等をも考えると、非常に大きな負担になったのではないかと思われます。

 

 

2 事実関係

 

さて、本件の事実関係を見てみましょう。

 

本件最高裁判決の要約によれば、

・ 被上告人〔当該従業員〕は、被害妄想など何らかの精神的な不調により、実際には事実として存在しないにもかかわらず、約3年間にわたり加害者集団からその依頼を受けた専門業者や協力者らによる盗撮や盗聴等を通じて日常生活を子細に監視され、これらにより蓄積された情報を共有する加害者集団から職場の同僚らを通じて自己に関する情報のほのめかし等の嫌がらせを受けているとの認識を有していた

・ 被上告人〔当該従業員〕は、そのために、同僚らの嫌がらせによる自らの業務に支障が生じており自己に関する情報が外部に漏えいされる危険もあると考えた

・ そこで、被上告人〔当該従業員〕は、上告人〔会社〕に対し、上記の被害に係る事実の調査を依頼したものの納得できる結果が得られなかった

・ 被上告人〔当該従業員〕は、上告人〔会社〕に休職を認めるよう求めたものの認められず出勤を促すなどされた

・ 被上告人〔当該従業員〕は、自分自身が上記の被害に係る問題が解決されたと判断できない限り出勤しない旨をあらかじめ上告人に伝えた上で、有給休暇を全て取得した後、約40日間にわたり出勤を続けた

ということのようです。

 

原審を確認すると、以下のような事実が認定されています(最高裁判所のいう「原審の適法に確定した事実関係」を把握するためには、原審が第一審の東京地裁判決を引用しているため、同判決まで確認する必要があります。以下は、私がこれらを確認したうえで適宜まとめたもので、要約もしております。したがって、裁判所が認定した事実関係を精確に把握されたい場合には、恐縮ですが原審に必ずあたっていただきたいと思います。)。

・ 当該従業員が、会社に対して、平成204月上旬以降、被害事実の内容を申告し、調査を依頼した

・ 申告した被害事実は、「秋葉原にある某メイド喫茶のウェイトレスとの間のいざこざがきっかけで、加害者集団が雇った専門業者、協力者らによる控訴人〔当該従業員〕に対する盗撮・盗聴・つけ回しが始まって、情報が控訴人〔当該従業員〕の見えないところで加害者集団により共有され、加害者集団は、控訴人〔当該従業員〕の上司や同僚を強迫したり、欺罔することにより、約10名ほどの被控訴人〔会社〕社員を使って、控訴人〔当該従業員〕に対して仄めかし等による嫌がらせをしたなどというものである」

・ 当該従業員の有給休暇が消化する平成2063日、会社は、当該従業員に対して、周囲の従業員からの聞き取り調査、当該従業員が提出したICレコーダーの調査を行ったが被害事実を確認されなかったことを説明した

・ 同日、当該従業員は、欠勤となるのは嫌なので、犯罪被害に対しては休職として認めて欲しいとか、正式に休職届を出せばいいのか等を質問したが、会社側(部長)は直接回答しなかったり、私は別にお勧めしていない、必要ないと担当人事としては思いますなどと回答した

・ 当該従業員は、申告した被害事実は調査の結果存在しなかったと説明されてもなお被害事実に固執し、平成2064日以後も、有給休暇をすべて消化している事実を知りながら数度の出社要請にもかかわらず、出社しなかった

・ 会社において、当該従業員の申告した被害事実は、当該従業員の被害妄想など何らかの精神的な不調に基づくものではないかとの疑いを抱くことができた

・ 会社は、平成2063日から71日まで、特別な理由による休職は認められないとの回答を繰り返した

・ 当該従業員は、平成20730日まで欠勤を継続した

・ 会社は、当該従業員に対し、平成20725日、6月上旬以降、勤務を放棄し、欠勤していること、理由なき欠勤が更に続くと最悪の事態を招くことになるので、直ちに出社し就業するよう命ずるメールを送った

・ 会社は、当該従業員に対し、平成20828日、諭旨退職処分(本件処分)とする旨の通告をした

・ 本件処分は、当該従業員が就業規則51条(欠勤多くして、正当な理由なしに無断欠勤引き続き14日以上に及ぶとき)に該当することを理由にされた処分である

 

このうち、会社側において、当該従業員の申告した被害事実が、当該従業員の被害妄想など何らかの精神的な不調に基づくものではないかとの疑いを抱くことができたこと、当該従業員は休職を認めて欲しいと質問していたことは、特に重要なポイントとなっていると思います。

 

 

3 最高裁判所の判示と分析

 

本件最高裁判決は、(あくまでも本件の事実関係を前提としてですが、)精神的な不調を抱え労務提供が行われていない当該従業員への対応に関し、下記のような判断を示しました。

 

「このような精神的な不調のために欠勤を続けていると認められる従業員に対しては、精神的な不調が解消されない限り引き続き出勤しないことが予想されるところであるから、使用者である上告人としては、その欠勤の原因や経緯が上記のとおりである以上、精神科医による健康診断を実施するなどした上で(略)、その診断結果等に応じて、必要な場合は治療を勧めた上で休職等の処分を検討し、その後の経過を見るなどの対応を採るべきであり、このような対応を採ることなく、被上告人の出勤しない理由が存在しない事実に基づくものであることから直ちにその欠勤を正当な理由なく無断でされたものとして諭旨退職の懲戒処分の措置を執ることは、精神的な不調を抱える従業員に対する使用者の対応としては適切なものとはいい難い。」(下線部は私が付加しました。)

 

懲戒処分の前段階として、猶予を伴った一定の措置を採るべきであったという価値判断が読み取れます。

 

一般に、私傷病を理由とする「休職」は、解雇猶予を目的とした制度といわれており、(菅野『労働法』454頁)、過去の裁判例でも、「休職制度は、……六か月を限度として休職期間とし、この期間中の従業員の労働契約関係を維持しながら、労務への従事を免除するものであり、業務外の傷病により労務提供できない従業員に対して六か月間にわたり退職を猶予してその間傷病の回復を待つことによって、従業員を退職から保護する制度である、と解される」とされています(札幌地裁平成11921日判決・判タ1085172頁)。

 

本件最高裁判決も、会社側の指示による健康診断制度や休職制度が設けられていたこともあり、いきなり懲戒処分をするのではなく、そのような制度を利用して一定の配慮をすべきであったという趣旨であると理解できます。

会社としては、当該従業員に対して、休職の措置を講じるか、それとも休職させずに解雇するかという決断をしなければなりませんが、当該従業員側のダメージ等もしっかり検討しながら、適切な選択をしなければなりません。

 

また、本件の事実関係を措いて一般的抽象的に考えても、やはり、私傷病で労務を提供できない従業員への基本対応としては、解雇ではなく、休職を適用してケガや病気を治して復職するチャンスを与えるのが適切であるといえます。(仮に、休職制度を適用せずに解雇する場合には、当該企業の規模や業種、雇用形態等を考慮して、その解雇が社会的に相当かどうか判断されるといえます。私は、休職制度は、通常は就業規則に定められるものとはいえますが、それがなくとも従業員との個別の合意によっても可能であるため、「当社には休職制度がない」という形式的理由のみでは社会的相当性は認められず、休職措置をとることが難しい実質的理由も要求される場合があると考えています。)

 

チャンスを与えつつ、他方で、しっかり治療に専念し職場に戻るインセンティブを残すためにも、休職期間中の給与については無給として対応することで問題はないですし(従業員は、傷病手当金等を申請)、また、休職期間満了しても私傷病が治癒したものと認められない場合には、「当然退職」として対応することも問題はありません。

 

ただし、就業規則の休職規定をしっかりと整備したうえで、かつ、実際の運用の場面でも、11つのステップを慎重に行うことが重要です。

本件最高裁判決が出たこともあり、今後さらにこの重要性が高まってくると思われます。




私は、土地区画整理組合の顧問や、代理人となって仕事をすることが(他の弁護士よりも比較的)多いので、よく「土地区画整理法関係の仕事で役に立つ実務書を教えてください。」という質問を受けます。そのようなとき、独断と偏見が入っていると断りつつ、推薦させていただくのが、この土地区画整理実務研究会編『問答式 土地区画整理の法律実務』(新日本法規、平成11年)です。
この本は、いわゆる綴式の本で、値段もそこそこしますが、何といっても、大場先生、松浦先生、坂和先生、小澤先生といったビッグネームが執筆されており、土地区画整理の実務をしていると、疑問が生じる問題について丁寧な、しかし問題によってはかなり踏み込んだ説明がなされているのです。出版されたのは平成11年ですが、綴式の利点を生かして、問題や回答がup dateされていくのも魅力ですね。

土地区画整理組合を扱う法律事務所、コンサル、そして組合自身も揃えていて損はない本だと思います。(ちなみに、私は新日本法規出版とは全く関係ありません。念のため。)
ぜひぜひおすすめします。

企業法務の教科書: ビジネスパーソンのための (文春新書 862)

この本は、所属弁護士数約500名の我が国最大手の法律事務所(law firm)である『西村あさひ法律事務所』の気鋭の弁護士が、朝日新聞社のネット上のニュースサイト『法と経済のジャーナル Asahi Judeciary』(http://astand.asahi.com/magazine/judiciary/outlook/)で連載していたコラムを編集し、新書という読者にやさしいサイズの本にしたものです。
①M&A/コーポレート・ガバナンス、②労働法/企業年金、③訴訟/紛争、④IT/IP(知的財産)、⑤独占禁止法、⑥事業再生/倒産、⑦企業危機管理(クライシス・マネジメント)、⑧金融/ファイナンス、⑨タックス(税務)、⑩アジア新興国の法律問題
という、ビジネスパーソンにとって重要な10のテーマについて、合計で30のコラムが収録されています。最近のトピックが取り上げられているので、これを読めば、最近のビジネスローの分野で何が起きているのかを知ることができるでしょう。
一つ一つのコラムも、3000字から7000字ということで、通勤・通学の電車の中で一つ一つ読み進めるというのも良いのではないでしょうか。

それにしても、よくまあこれだけhotなissueを一つの事務所で集められるものだと感心します。このあたりの情報摂取量の違いが、大手事務所とその他の事務所の違いなのでしょう。うらやましい。

この本で取り上げられているコラムは、弁護士としてはどれも興味深いものばかりですが、一覧してみると、「第7章 企業危機管理(クライシス・マネジメント)」の中の各コラムがとても面白いですね。梅林弁護士の「『情報』は十分に保護されているのか」というコラムは、個人的に考えさせられましたし、渋谷弁護士の「『大学不正受験』事件の教訓」というコラムは、飲み屋のネタとしても使えそうです。危機管理の話題は、煩わしい法律の条文の説明をそれほどしなくてもよいですし、ネタとしても面白いので、この種の本には向いていると感じた次第です。

もちろん、その他も充実していますので、ビジネスローを志す人には、是非是非お勧めします。

1 以前、このブログで、「通帳を拾ってくれた人には、いくらの報労金を支払わなければならないか?」という記事を書きましたが、その記事は意外にもアクセス数が多く、しかも、「携帯電話」とか「報労金」とかいうような言葉で検索をかけて、この記事までたどりついた方が多いようです。
そこで今回は、「携帯電話を拾ってくれた人には、いくらの報労金を支払わなければならないか?」という問題でリサーチしてみました。
まず、この問題を取り扱った判例はないか?を調査するところから始めましたが、弊事務所が契約している有料の判例検索サービスでは、携帯電話を拾得したケースが問題となった判例は見当たりませんでした。
そこで、「遺失物法」の文献や判例を手掛かりにして、自分の頭で考えてみることにしました。

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 始めに、基礎的な知識のおさらいですが、我が国には、遺失物の拾得・返還その他の取扱いについて定める法律として、「遺失物法」という法律があり、その第28条第1項は次のように規定しています。

物件(誤って占有した他人の物を除く。)の返還を受ける遺失者は、当該物件の価格〔中略〕の100分の5以上100分の20以下に相当する額の報労金を取得者に支払わなければならない。

したがって、何らかの物件を拾って警察に届けたような場合、その物件の拾得者は遺失者に対し、その物件の価格の
5%~20%に相当する報労金の支払を請求することができます(ただし、放棄の規定や時効の規定もあるので注意すること。)。

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 では、「物件の価格」とはどうやって算定するのでしょうか?

この点、蔭山信著『注解遺失物法』(東京法令出版、20102月)477頁~483頁などを参考にすると、以下のように整理できると思います。

(1)    「物件の価格」とは、物件の返還を受ける時点における物件の価格をいい、原則として、市場価格をもって判断する(遺失物法の解釈運用基準 第35-1)。

(2)    手形、小切手、株券等の有価証券については、券面額や時価をそのまま「物件の価格」とするのは適当でない場合があることから、判例では、券面額のみならず、拾得者に現金化されることにより遺失者に経済的損害が発生する「危険性」をもって判断している(例えば、小切手について、「小切手が現金化され又は第三者に善意取得されて遺失者が財産上の損害を被る危険の程度を勘案し、当該小切手全額及び右危険の程度を考慮して『物件の価格』を定めるべきである。」と判示し、具体的には善意取得の恐れはなかったとして、券面額の5%を物件の価格として認定してものがある(東京高判昭和58628日))

(3)    割引債券は、取扱銀行の窓口に持っていけば誰にでも容易に換金でき、ほとんど現金と同様の性格を有するものであるため、一般的には券面額が「物件の価格」となる。しかし、遺失者が、遺失に気づいた時点で銀行に事故届を提出する等すれば、当該割引債券の換金を阻止できるため、現金同様の性格を有するものであっても、(2)と同じように、遺失者の講じた措置等を勘案して「物件の価格」を定めることになる。

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 それでは、携帯電話についてはどのように考えられるでしょうか?
(1)    まず、携帯電話端末自体の価格が「物件の価格」となることは問題ないと思われます。その価格は、上記3-(1)に鑑みれば、新品であれば携帯ショップや量販店で売っている価格(市場価格)が参考となりますし、購入してから時間が経過したものであれば、ネットなどで調べられる中古価格が参考になるはずです。
(2)    問題となるのは、携帯電話に「おサイフケータイ」などの電子マネー機能が付いているときです。おサイフケータイ機能付きの携帯電話は、それを機械にかざすだけでお買い物が出来たり電車やバスに乗れたりしますので、いわば“プリペイドカード”のように、携帯電話を持っている人であれば誰でも容易に限度額まで消費できる、現金類似の性格を持つものということができます。とすれば、当該おサイフケータイの利用限度額が「物件の価格」ということになりそうです。

しかし、上記
3-(2)及び(3)を参考にすると、結論は変わってきます。

まず、3-(2)にあるとおり、電子マネーとして利用できる限度額が設定されていたとしても、拾得者がその限度額まで利用できる可能性があったかどうかを勘案する必要があります。

一般的に、おサイフケータイ機能等が付いた携帯電話は、ロックをかける等して容易に第三者が利用できないようにするのが通常です。したがって、仮にロック等により容易に第三者がおサイフケータイ機能を使えないような場合には、携帯電話の電子マネー機能が悪用される危険性は低いということができますので、それほど『物件の価格』についての加算要素にはならないと考えられます。

次に、3-(3)のとおり、たとえロックがかけられていない携帯電話で、現金同様に誰でも容易に電子マネー機能を利用できるような状態であったとしても、遺失者の講じた措置によって当該機能の悪用を阻止できる可能性がある場合には、そのような遺失者の講じた措置等も勘案して「物件の価格」を定めるべきである、と考えられます。

この点、電子マネー機能付きの携帯電話は、万一紛失した場合に悪用されないように、セキュリティサービスが充実しているのが一般的で、紛失に気付いた場合には、携帯電話会社に連絡をすれば、24時間対応で電子マネー対応サービスを中止することができるようです。したがって、紛失後すぐにそういうような措置を講じていたのであれば、遺失者がおサイフケータイ機能により損害を被る危険性は高くなりませんので、「物件の価格」が高くなることを防ぐことができるでしょう。

以上のように、たとえ「おサイフケータイ」機能付の携帯電話であったとしても、セキュリティがしっかりしているものや、すぐにサービスを中止させる等の措置を講じた場合には、「遺失者が財産上の損害を被る危険」が無かったあるいは少なかったと認定され、おサイフ携帯だからといって「物件の価格」が高くなるということはなさそうです。

(3)   
なお、携帯電話の場合、気を付けなければならないのは、プライベートな写真や友人・知人の電話番号等のデータです。このように、他人にとっては価値はないが、持ち主本人にとってはとても価値があるものについてはどのように考えたらよいのでしょうか?このような主観的には価値があるものが「物件の価格」を増加させるかという問題です。


この点は、「例えば、遺失者の思い入れが深い物件(例えば遺品、研究論文)等、必ずしも市場価格をもって判断できかねる物件については、遺失者と取得者の合意により、「当該物件の価格」が決されるべきであると解される。」(前掲・蔭山『注釈遺失物法』483頁)と考えられています。遺失者と取得者の合意により決められるべきなどと言われても、「決められない場合はどうするのか?」と突っ込みを入れたくなりますが、上記の合意においては、「常識的に見て感謝のしるしに値する程度のものであるか」という点も斟酌して行われるべきだともされていますので(同文献同頁)、それほど高額になることを想定していないようです。遺失物法の議論としては、結局、プライベートな写真や知人のメールアドレス・電話番号等のデータがあるからといって、「物件の価格」が、大きく高騰するというわけではないようです。

以上


今回は、ちょっと内輪の話をしましょう。

1.     
弁護士が、自己破産の申立ての代理人となる仕事を受任するにあたり、注意しなければならないのは、東京地判平成21213日(判例時報2036-43)です。この判決が出たときは、法律事務所が損害賠償義務を負った事例として新聞等で報道されたようですし、最近の破産の実務書には必ず載っている判例ですので、ご存知の方も多いかと思います。

事案は、「ある法律事務所が、ある会社の自己破産の申立て業務を受任し、債権者にも受任通知を出しましたが、実際に破産の申立てをしたのが、それから約2年経過後で、その間、会社では、会社口座に入金されたお金を、経営者の元の近親者、取締役、法律事務所、一部債権者への返済に充て、また金融機関から相殺されてしまい、結局、消失してしまったので、この会社の破産管財人が、『会社の自己破産申立てを受任し、受任通知を債権者に送付した法律事務所は、会社の印鑑や通帳類を依頼者から預かるなどして、会社財産の散逸を防止すべきである。しかるに、この法律事務所は、自己破産の申立てを受任し、債権者に受任通知を発送しながら、印鑑や通帳類を預かることもせず、2年間破産申立てを遅延させたから、その減少額を賠償すべきである』との趣旨の主張をして、法律事務所を訴えたのです。


2.     
裁判所は、次のように述べて、破産管財人の損害賠償請求を認めました。


破産申立てを受任し,その旨を債権者に通知した弁護士は,可及的速やかに破産申立てを行うことが求められ,また,破産管財人に引き継がれるまで債務者の財産が散逸することのないよう措置することが求められる。これらは,法令上明文の規定に基づく要請ではないが,上述の破産制度の趣旨から当然に求められる法的義務というべきであり,道義的な期待にとどまるものではないというべきである。そして,破産申立てを受任した弁護士が故意又は過失によりこれらの義務に違反して破産財団を構成すべき財産を減少・消失させたときには,破産管財人に対する不法行為を構成するものとして,破産管財人に対し,その減少・消失した財産の相当額につき損害賠償の責めを負うべきものと解する。


また、上記のような規範を導くうえで重要だと思われる理由付けは、次の点でしょう。


破産申立てを受任した弁護士からその旨の通知を受けた債権者は,個別の請求・執行を差し控えることとなるが,もしも,弁護士が破産申立ての受任通知を発しながら破産申立てを長期間せず,債務者の財産の散逸も防止しないという事態が許容されることとなれば,債務者としては,破産申立てを弁護士に委任して受任通知を発送して貰いさえすれば,債権者から請求・執行を受けることなく,財産の自由処分を引き続き行い得ることとなって,債権者を害すること著しいし,そのような事態が常態化すれば,受任通知を受けた債権者は,それを信頼することができず,個別の請求・執行を自制することがなくなり,早い者勝ちの無秩序と混乱を避け難い結果となり,倒産法制を設けた趣旨を没却することにもなりかねない。




3.     
この判例の事案は、自己破産の申立てを受任し、債権者に受任通知を出したにもかかわらず、(法律事務所側の主張では、会社が債権者の名簿を送ってこなかった等の事情があったようですが)実際の申立てまでに2年もかかり、その間に会社の財産を保全するような措置を何も講じないで、財産が消失してしまったというちょっと“極端”な事例なので、結論としては妥当でしょう。 

また、少なくとも債権者に受任通知を出した後は、印鑑や通帳を預かる等の財産保全措置をとって、速やかに自己破産の申立てをすべきであるという趣旨の規範部分にも異議はありません。というか、この判例が指摘する他の債権者とのバランス論を考えると、これが正解なのでしょう。

しかし、ちょっと考えてしまうこともあります。実務では、いわゆるソフトランディングの自己破産の申立てを望む債務者(会社)もたくさんあります。例えば、(一部の債権者のみというのは論外として)仕入先には迷惑をかけたくないので、仕入先がうまく片付いてから(つまり弁済してから)破産をしたいというものです。このような要請は、仕入先以外にも債権者(一番は金融機関)がいるので、法律上は偏頗弁済に該当する可能性がありますが、これによって迷惑を被る金融機関自身が、(すくなくとも担当者レベルでは)「取引際に迷惑をかける事業の止め方はするな。」などと経営者に述べて、暗に、仕入先への弁済を優先するよう示唆することもあると聞きます(その背景には、いわゆる貸し渋りや貸し剥しで、金融機関が倒産の引き金を引くこともあるでしょうし、仕入先がその金融機関の顧客で、そちらへの波及を避けたいというような事情もあるでしょう。)。

ただ、上記の判例を前提とすると、このようなソフトランディング案件に関わることは、弁護士(法律事務所)として、相当にリスクのあることということができます。

金融機関も、現場と本部とでは必ずしも考えが一致するとは限りませんし、破産管財人にもいろいろな人がいるので、このあたりの実務の機微がわかる人だとも限らないからです。また、債権者には色々おり、完全なソフトランディングが可能かというと、そうとも限らないからです。

したがって、このような場合には、

① 破産事件として受任するのか(いつ受任するか)
② 債権者に対して、受任通知を出すべきか否か(いつ出すべきか)
③ そもそも自分が破産の申立代理人となるべきか(関与すべきか)

を慎重に検討すべきということになるでしょう。


実務で、破産法関連の仕事をする場合、一番役立つのが、東京地裁破産実務研究会著の『破産管財の手引き』(きんざい、平成23年6月)という書籍です。この種のいわゆる実務本は世に沢山存在しますが、この本は、破産手続を運用している裁判所の裁判官と書記官が集まって書いた本ですので、役に立つのは当然です。

しかし、同じような本を大阪地方裁判所第6民事部(破産部)も書いています。こちらは、『破産・個人再生の実務Q&A はい6民ですお答えします』(大阪弁護士協同組合、2008年)という名称です。ただ、この大阪地裁第6民事部の本は、結構チャレンジングです。先日、ちょっと“おやっ”と思った記述を見つけたので紹介します。

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