説得の論理3つの技法 (日経ビジネス人文庫)

草野弁護士が昨年12月に出版された『会社法の正義』を読んで、その高度な内容に感銘を受けたことは以前の書評に書かせていただきましたが、再び草野弁護士の本を読みたくなり、アマゾンで購入してみました。

この本は、草野弁護士が、19975月(今から15年も前です。)に講談社より刊行された『日本人の知らない説得の技法』という本を、20031月に改題のうえ文庫化したものとのことです。実は、私が弁護士登録したのは、19973月ですので、ちょうどそのころに出版されていたことになります(全然知らなかった。)。

で、どうだったか?ですって。

この本も素晴らしい! とても高度な内容なのに、非常にわかりやすくて、失礼ながら弁護士とは思えない。人を説得しなければならない職業に就いている人にとってはバイブルとなり得る本ですし、そうでない人にとっても、一般教養本として十分に楽しめる本だと思います。(どれくらい売れたのかは知らないのですが)この本は、もっと人々に読まれるべきだと思いました。

この本の「あとがき」(314頁)によると、そもそも草野弁護士は、学生時代に、自らが選択した法律学が科学でないことについて知的コンプレックスを感じていたとのことです。法律解釈額は、真実の発見を目的とした営みではないため、自分と違う「答え」を出した人に対し、その答えが間違っていることを示す絶対的根拠は存在しない。数学や物理の勉強に慣れ親しんだので、そのような法律学の「非科学性」に強い失望をいだいた、というのです。

実は、(私は数学や物理のことはわかりませんが)私も法律学について同じ思いを抱いていました。このことは、『会社法の正義』の書評に記載したとおりです。

しかし、草野弁護士は、この本を書いた当時において、次のように述べています。

「法律家となって18年目を迎えた今日、私は自分の仕事に知的コンプレックスを感じてはいない。〔中略〕率直に言えば、実社会での経験を通じて、人間の知性ないしは理性の果たす役割についての視野が広がったからだと考えている。」

「たしかに法律家は真理の発見に仕えるものではない。しかし人間が発見しうる真理とはしょせんわずかなものであり、我々は、真理と呼ぶにはほど遠い不確かな知識や、それ以上に不確かな「価値」の問題をあれこれ考えながら日々の生活を送っている。人間はそのような日常の営みにおいてもできる限り理性を働かせたいと願っており、理性の力をその表現手段である言語を用いて他人に及ぼしたいと考えている。説得とはこのような営みであり、法律家の仕事の中心もまたここにある。法律家は法律という巨大な行為規範の体系を手掛かりとして説得を行うものである。法律解釈学の任務は、法律家が行うこの説得の技法を研究することだ。それは決して科学ではないが、人間の理性の営みとして十分な存在意義を持つに違いない。そう考えるようになったのである。」

そして、草野弁護士は、余暇にラテン語の勉強をするようになり、古代西洋で盛えた説得の技法(Ars Persuadendi)の魅力や歴史等を知り、「現代社会に生きる人々の役に立つような説得の技法を私なりに体系化してみようと考えるに至〔り〕」、この本を書いたというのです。

いやいやいや、この本で、説得の技法がもつ、科学には包摂しえない豊饒な説得の技法の世界を勉強させていただきました。

実務の世界では、何を言ってもダメ、という相手によくぶち当たりますが、この本の技法を応用して、説得を楽しみたいと思います。

是非是非皆様にもお勧めいたします。

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昨年10月のオリンパスのウッドフォード社長解任や、今年2月のTSIホールディングスの中島社長解任のように、取締役会において代表取締役を突然解任してしまうことがよくあります。
 
たいていの場合、反現代表取締役派(以下「反社長派」といいます。)が事前に多数派工作を根回ししておき、取締役会の冒頭で、「代表取締役解任の動議を提出します!」などと動議を出して(なお、社長自身は、特別利害関係人のため、自分を解任するか否かの決議に加われません。)あまり審議もしないで速やかに決をとって解任してしまい、続いて直ぐに新しい代表取締役を選任するという手続がとられます。
 
この場合、ちょっとうっかりしがちなのが、取締役会の議事を事前に各取締役に通知することを定める定款や取締役会規程との関係です。すなわち、多くの会社では、定款や取締役会規程の中で、取締役会開催の37日前までに会議の目的事項を記載した招集通知を各取締役に送付しなければならないとの規定が存在するため、その通知の中に記載されていない代表取締役解任を議題とすることができるかが問題になるのです。
 
この点について、江頭憲治郎「株式会社法 第4版」(有斐閣、201112月)391頁の注10には、
 「定款・取締役会規程等に取締役会の招集通知は会議の目的を記載した書面で行う旨定められていた場合でも、招集通知に記載のない事項を審議・決議することは、本文記載の取締役会の制度趣旨に鑑み、当然に違法とはならない(名古屋高判平成12.1.19金判108718頁〔代表取締役の解職〕〔中略〕)」
と記載されており、我々の業界では、ほぼ決着のついた問題であると理解されています。つまり、単に定款や取締役会規程に、取締役会を開催するには、事前に議題を記載した招集通知を送付することが必要と規定されていても、招集通知に議題として記載されていなかった代表取締役解任の動議が提出されれば、取締役会はこれを審議することができるのです。
 
しかし、定款又は取締役会規程に、単に事前に議題を通知することが必要であると書いてあるにとどまらず、招集通知に記載された議題しか審理できない(つまり積極的に禁止する)と規定されていた場合はどうなるでしょうか?

実は、このように踏み込んだ規定があるときに、代表取締役解任の動議が出せるか否かを論じている文献はあまりないようなのですが(私が単に知らないだけかもしれません。)、おそらく、このような場合にまで取締役会が審議できるという結論にはならないと考えられます。
なぜなら、会社法の強行法規性には議論があるところですが(前掲・江頭『会社法』5354頁参照。)、取締役会の招集手続を定める会社法第366条~第368条を見ても、定款で、事前に通知された議題しか取締役会で審議してはならない、と定めることを禁止しているとまでは読むこと(解釈すること)はできないと考えられるし、後述のように、このような定款の定めにも、一定の合理性が認められると考えることができるからです。
 
前述の江頭「会社法」391頁の注10が引用する名古屋高判平成12.1.19金判108718頁は、取締役会規程に、「取締役会の招集通知をする場合には、開催日時、場所及び会議の目的事項を記載した書面をもってすべきことを要求している」ケースですが、判旨は、代表取締役の解任決議を有効と判断するにあたり、〔上記のような取締役会規定の条項のみでは〕「取締役会において右招集通知に記載されていない事項について審議又は決議することを禁じているものと解することは出来ない。」と述べているので、定款又は取締役会規程で、あえて招集通知に記載されていない事項について審議及び決議することを禁じる条項を設けた場合については、この判決の結論は適用されないと考えることができると思います。
 
最近、私個人としては、この問題がちょっと気になり出しています。というのは、このところ、日本の上場会社に社外取締役の設置を義務付けようという議論がされていますが、社外取締役というと、少なくとも理屈上は、会社内の社長派とか反社長派のいずれにも属さない人が多いのではないかと思うので、取締役会に行ったら、いきなり一方の派閥から代表取締役解任の動議が出て、訳がわからないうちに決議されてしまったということになると、株主に対する責任を果たすことができず、困るのではないかと思うからです。
 
さらに言うと、米国や英国のように、上場企業のボードの過半数を社外の者が占めるような制度を構築する場合、取締役会では、あまり社内の細かいマネジメントのことは議題としてふさわしくなくなり、株主の代表者として、会社の経営が株主価値を増大させるものであるかという大きな方向性のチェックというものが主なものになると考えられますし(したがって、一刻を争うほど「機動的」である必要は小さくなります。)、また、普段、社内にいない人たちの会議ということになるので、事前準備というものが今よりも重要なものになると考えられるからです。
 
したがって、結論としては、定款等で、事前に通知されていない議題を決議することはできないと規定したら、それを認めてあげる必要があると思うのですが、いかがでしょうか。

1 イントロ


従業員に対して一定の時間の時間外労働手当をあらかじめ支給している会社の社長の皆様、労務担当者の皆様、貴社の労働契約書や就業規則、給与明細はどうなっていますでしょうか。

 

書店にいくと、残業代請求のマニュアル本が平積みされていたり、電車内にも「残業代を取り戻そう」という大きな広告があったりと、残業代請求の問題が昨今ますます認識されてきているように感じます。

弊事務所にて使用者・会社側にて労働法務を担当している私は、紛争の予防的措置がより一層重要視されなければならないと考えております(適切に紛争を予防することは、会社にとってのみならず、従業員にとっても望ましいはずです)。

 

平成2438日に時間外労働手当(残業代、割増賃金手当)に関する最高裁判例が出されました(裁判所の判例検索システム全文PDFファイル)。労働契約の内容が少々変わっている事案でしたが、同判例は従前の最高裁判例に沿った判断をしています。

そうであれば、わざわざ紹介しなくてもいいのでは、と思われてしまうかもしれませんが、紛争予防の観点から、ぜひ今一度、貴社の労働契約書や就業規則、給与明細の内容を見直していただきたく、上記最高裁判例をご紹介したいと思います。

 

2 事案及び事実関係


本件は、人材派遣業を営む会社Yにおいて、派遣労働者として就労していたXが、Yに対して、平成175月から同1810月までの期間における時間外手当等を求めた事案です。


事実関係としては、

  • (1) XYとの間の労働契約において、①基本給は月額41万円としたうえで、②月間総労働時間が180時間を超えた場合にはその超えた時間につき1時間当たり2560円を支払うが、③月間総労働時間が140時間に満たない場合にはその満たない時間につき1時間あたり2920円を控除する旨の約定がされている
  • (2) Xは、平成175月から同1810月までの間の各月において、いずれも1週間当たり40時間を超える労働又は1日当たり8時間を超える労働をした
  • (3) Xの月間総労働時間は、平成176月にあっては180時間を超え、それ以外の各月においては180時間以下であった

等が認定されています。


 

3 原審(東京高裁平成21325日判決)の判断及び論理構造


1審は、Xの請求の一部を認容し、時間外手当として147708円の支払を命じる旨の判決を言い渡したが、原審(東京高裁)は、月間180時間を超える労働時間中の時間外労働に対する時間外手当の請求は認容すべきであるが、その余の時間外労働に対する時間外手当の請求は棄却すべきものとしました。

この原審について、最高裁判所は下記のとおり整理しています。

 

  •  XYは、労働契約を締結するに当たり、月間総労働時間が140時間から180時間までの労働について月額41万円の基本給を支払う旨を約したものというべき
  •  Xは、労働契約における給与の手取額が高額であることから、標準的な月間総労働時間が160時間であることを念頭に置きつつ、それを1か月に20時間上回っても時間外手当は支給されないが、1か月に20時間下回っても上記の基本給から控除されないという幅のある給与の定め方を受け入れ、その範囲の中で勤務時間を適宜調節することを選択したものということができる
  •  これらによれば、本件雇用契約の条件は、それなりの合理性を有するものというべきであって、X基本給には、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働に対する時間外手当が実質的に含まれているということができる
  •  Xの本件雇用契約に至る意思決定過程について検討しても、有利な給与設定であるという合理的な代償措置があることを認識した上で、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働に対する時間外手当の請求権をその自由意思により放棄したものとみることができる

 

 

4 最高裁判所の判断


最高裁判所は、上記原審とは全く異なる判断を示しました。

 

Xが時間外労働をした場合に、月額41万円の基本給の支払いを受けたとしても、その支払によって、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働について労働基準法371項の規定する割増賃金が支払われたとすることはできないというべきであり、……月間180時間以内の労働時間中の時間外労働についても、……割増賃金を支払う義務を負うものと解するのが相当である。


 上記の結論を導くにあたって、最高裁判所は、最高裁平成6613日判決を参照しています。タクシー運転手の歩合給が問題となった事案でしたが、同判決は、①当該歩合給の額が、時間外及び深夜の労働を行った場合においても増額されるものではなく、②通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別することもできないものであったことから、会社側の時間外及び深夜の割増賃金が支払われたとすることは困難というべきと判断しています。

 本件においても、「月間180時間以内の労働時間中の時間外労働がされても基本給自体の金額が増額されることはない」し、その「月額41万円の基本給について、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同項の規定する時間外の割増賃金に当たる部分とを判別することはできないものというべき」という理由付けをしたうえで、上記のとおり割増賃金が支払われたとすることはできないと判断しました。

 


原審の確定した事実関係の下では、Xの自由な意思に基づく時間外手当の請求権を放棄する旨の意思表示があったとはいえず、Xにおいて月間180時間以内の労働時間中の時間外労働に対する時間外手当の請求権を放棄したということはできない


 まず、時間外手当の請求権に限らず、労働者の賃金債権の放棄の問題については、今回の判決が参照している最高裁昭和48119日判決によって示されたとおり、①放棄の意思表示があること、②それが当該労働者の自由な意思に基づくものであることが明確でなければならないとされています。

 今回の判決も、この規範に沿って判断されています。
 すなわち、①労働契約締結時及びそれ以後に労働者が時間外手当の請求権を放棄する旨の意思表示をしたことを示す事情の存在がうかがわれないこと、②労働者の毎月の時間外労働時間は相当大きく変動し得るのであり、その時間数をあらかじめ予測することが容易ではないこと、から自由な意思に基づく放棄の意思表示があったとはいえないと結論付けています。

 

5 今後の実務対応(櫻井龍子裁判官の補足意見)


以上のとおり、今回の判決は従前の最高裁判決を参照しながら出されたものであり、実務対応に大きな変更を与えるものではないと考えられます。

 

冒頭で述べました予防法務の観点から、今回改めて指摘しておきたいのは、毎月の給与の中にあらかじめ時間外手当を算入して支給する場合は、基本給とは区別すること、仮に基本給の中に含まれるのであればその内訳を明確にすること等、これまで実務的に注意すべきといわれてきた点を維持及び徹底する必要があることです。

判決に付された櫻井龍子裁判官の補足意見では、

① 毎月の給与の中にあらかじめ一定時間(例えば10時間分)の残業手当が算入されている旨が雇用契約上明確である

② 支給時に支給対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されていなかえればならない

③ さらには①の一定時間を超えて残業が行われた場合には当然その所定の支給日に別途上乗せして残業手当を支給する旨もあらかじめ明らかにする

ことが必要である旨が述べられています。

 

この補足意見を踏まえ、毎月の給与の中にあらかじめ時間外手当を算入して支給する場合には、上記①及び③を雇用契約書(就業規則に規定してそれを援用する方法でもよいと考えられます)にてクリアし、②については給与明細等で明確にするという方法を徹底すべきです。
 

仮に会社としてはいくら時間外手当を基本給の中に含めて支給していたつもりであっても、上記のような適切な方法を講じておかないと、裁判になった場合に、その主張がとおらず別途時間外手当を払わざるを得なくなってしまう可能性があります。


今一度、労働契約書・就業規則、そして給与明細等を見直していただけたらと思います。

 

 

3月末から4月頭にかけて何かと忙しく、すっかりブログの更新が滞ってしまいました。ブログのup体制を整える必要がありますが、新しい記事を仕込むには時間がかかりますので、今回は、3月号の弊事務所メルマガに掲載した記事をちょっと修正してアップさせていただきます。

私は、企業法務(General corporate)と不動産(Real property)を専門にしていますが、この両者の範囲がかなり広いので、顧問先の会社等から、それこそ種々雑多な相談が持ち込まれ、リサーチに難儀することがあります。ちょっと前のことになりますが、こんなケースの相談を受けました(かなりデフォルメしています。)。

(相談内容)
ある会社の従業員の給料について、裁判所から差押通知書が送られてきて(消費者金融の会社が、強制執行により差押えをしてきたとのことです。)、その後に、さらに税務署から差押通知書が送られてきました(この従業員は税金を払っていなかったので、税務署が滞納処分に基づき差押えをしてきたのです。)。
このような場合、どのように処理すればいいのでしょうか?


ある程度実務の経験を積んだ弁護士であれば、この種の問題はよくありますので、比較的「答え」を見つけ出すことは簡単です。強制執行による差押えと滞納処分による差押えが競合しているので、こういうときには、「滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する法律」(以下「滞調法」といいます。)という法律を調べてみようということになり、その法律を調べると、第36条の61項に、はじめに強制執行による差押えがあって、その後に滞納処分による差押えがあったときには、第三債務者(本件の場合は会社)は、債権の金額を供託所に供託しなさいと書いてあります。したがって、弁護士の回答としては、「供託すればよいです。」などと答えることになるでしょう。

しかし、このケースの問題は、「差押禁止財産」に関連していました。
強制執行による差押え(裁判所による差押え)は、民事執行法という法律に基づいて行われ、滞納処分による差押え(税務署等による差押え)は、国税徴収法という法律に基づいて行われるものなのですが、両法は、差押えを受ける人の最低限の生活にも配慮して、差押えをすることができない財産(一般にこれを「差押禁止財産」と言います。)についても定めています。本件の差押対象財産である給料(債権)についても、当然のことながら給料(債権)は、最も生活保障に直結するものですので、差押禁止の範囲を定めています。

しかし、あまり知られていないのですが、民事執行法と国税徴収法とでは、給料(債権)について、差押禁止の範囲が異なっているのです(理由はよくわかりません)。

どういうふうに異なっているのかと言うと、民事執行法上は、給料の4分の3は差押えることが禁止されますが(ただし「4分の3」が月額33万円を超えるときは、33万円を超える部分は差押えることができます。民事執行法第152条第1項、同法施行令第2条)、逆に言えば、どんなに給料の額が少なくても、4分の1については差押えることができるのです。
それに対して、国税徴収法の方は、①月額10万円及び②生計を一つにする配偶者や子供等の親族がいる場合には一人当たり45000円、さらに③給料から所得税等の法定控除額を控除した額の100分の20の合計を差押禁止財産にしているため(国税徴収法第76条第1項、同法施行令第34条)、給料の額が少ないと全額差押えができないということも生じるのです。

本件がまさにそのようなケースでした。強制執行による差押え(消費者金融の差押え)の方は、たしか23万円は差押えできる部分がありましたが、滞納処分による差押え(税務署による差押え)の方については、差押え可能額はなかったのです。
しかも、問題はさらに根深いのです。
このケースの場合、強制執行による差押えが過去半年ぐらい続き(実務上、「請求債権が完済されるまで」という表示をして、1回の差押えでその後の給料をずっと差押えすることが認められています。)、今回でようやく完済できるところでした。しかし、今回、滞納処分による差押えもあったということで、これを滞調法第36条の61項に基づき供託しなければならないとすると、供託したお金については、裁判所によって配当表が作られ、差押債権者に対し配当が実施されるわけですが(滞調法第36条の101項)、この場合、租税債権優先の原則(税金は、一般の債権よりも優先して弁済しなければならないという原則のことです。国税徴収法第8条)から、常に税務署の方が優先しますので、消費者金融の債権は完済にならず、いつまでたっても差押状態が続くということです。単独で差押えれば、差押可能財産がないとして不奏功だったはずなのに、たまたま消費者金融の差押えが先行していたということで、税務署としては、「棚から牡丹餅」的な利益を受けることになります。会社としては、今回で差押えは終わりだと思っていたのに、税務署の差押えがあったばかりに(しかも、その税務署の差押えは単独の差押えであったら、差押可能部分がないので無視できたのに)、今後23年間税金が完済されるまで毎月供託をしなければならないというはめに陥ります。

そこで、私がリサーチすることになりました。テーマは、「先行する強制執行による給料債権の差押えには差押可能部分があるが、後行する滞納処分による差押えには差押可能部分がない場合、滞調法第36条の61項の適用があるか?」ということになります。

しかし、弊事務所の少ない蔵書の中には、この問題の手掛かりとなる文献はありませんでした。そこで、弁護士会の図書館に行き、滞調法や供託法関係の文献をあたってみたのですが、やはりこのテーマを扱っている文献は見当たりません。さらに、最近ではネットから有益な手がかりを取得できることがありますので、ネット上も調べてみましたが、残念ながら、この問題に直接回答するような情報は得られませんでした。そこで、関係する行政機関に電話で問い合わせをしてみたのですが、行政機関により、結論が違っていたりして、余計にわからなくなってしまいました。

私としては、「ちょっと困ったぞ」という感じでしたが、事務所で考えていても始まらないので、思い切って、最終的に九段下にある東京法務局の窓口相談に行き、聞いてみたところ、既に廃刊となっている「登記インターネット」という雑誌の20091月号(109号)102頁~106頁にこの問題が論じられていることを教えていただきました。このような資料を知っているのは、まさに、東京法務局供託課だなと感心した次第です。そこには、TMというイニシャルの筆者がこの問題を論じており、差押可能額の重なり合いがなければ、滞調法第36条の61項の適用はないとの解釈論が展開され、さらに、その結論が、昭和61年度全国供託課長会合における協議問題決議や昭和55年名古屋高裁管内民事事件担当裁判官等協議会議結果とも一致していることが示唆されていました。
そこで、私は、単に「私がそう思うから、こうだ」などとアドバイスするのではなく、文献を示しながら、自信を持って「滞調法第36条の61項の適用がない」とクライアントにアドバイスすることができました。

なかなかお目にかからないような問題でしたので、紹介させていただく次第です。ご参考になれば幸いです。


鯨とり 対訳シナリオで学ぶ韓国語

先日、このブログで、弊事務所の顧問先である西ヶ原字幕社が発売したDVD『鯨とり』をご案内させていただきましたが、その続編というべきか、今般、西ヶ原字幕社が、『鯨とり 対訳とシナリオで学ぶ韓国語』という本を発売いたしました。

この本では、映画『鯨とり』の脚本と西ヶ原字幕社の日本語訳と、さらにそれに対する同社の林原圭吾社長の解説が見開き1頁で見通すことができます。韓国語を学ぼうとしている方にはとても嬉しい一冊ではないかと思いますので、このブログでもご案内させていただきます。

ちなみに、私は韓国語を話せませんし、勉強をしたこともないのですが、この本には、12あるChapterごとに、80年代の韓国の時代背景、映画『鯨とり』やその出演者等々について、林原社長のコラムがついており、それがけっこう秀逸です。

『鯨とり』という映画には、80年代の軍事政権下における韓国の「民主化運動のメタファー」という解釈があるという点(9頁)には、解釈好きの私にとっては、「この映画を見る目が変わった」という感じがしました。ちょっとネタバレになってしまうかもしれませんが、この映画には、「口のきけない少女は、言論の自由のメタファーで、政治的に目覚めていない学生と厭世に走るインテリ層が力を合わせて、これを取り戻す」というメッセージがあるものと受け止められたとのことです(まだ見ていない方は、見てのお楽しみですね。)。

また、『鯨とり』の言葉の意味についてのコラム(96頁)も、「そうなのか!」という感じで、思わず笑ってしまいました。韓国語の「捕鯨」と「包茎」とが同じハングルだそうで、韓国の方は、「鯨をとる」と聞くと、「包茎手術をする」という意味を連想するとのことです。初めの方で、主人公の学生ミヌと、ホームレスのビンテが、「鯨をとる」ということで、何故か売春宿に行くのですが、その謎が解けました。

韓国語の勉強だけでなく、『鯨とり』という映画を理解するうえでも、とても有益な本であると思いました。韓国に興味のある方、是非ぜひお勧めいたします。



以上

1 はじめに

 前回の私の記事(http://blog.wisdom-law.com/archives/2754293.html)では、高年齢者雇用安定法の改正にかかわる建議についてご紹介いたしました。

 その際、「継続雇用をする際に、労働条件の合意ができず、結果として継続雇用に至らなかった」というケースに関し、私見も述べさせていただきました。

 実は、この問題は、現行の高年齢者雇用安定法の中でも問題となるケースです。そこで、この問題について今回はさらに丁寧に私見をまとめてみたいと思います。

 

2 問題の所在

 まずは、事案を設定します。

 

60歳定年制のX株式会社に勤める正社員Yさん。Yさんは、60歳を迎え、定年退職することになりました。もっとも、Yさんは、X社が就業規則に定めている継続雇用制度に沿って、継続雇用を希望しました。

Yさんは、就業規則に定められた継続雇用対象者基準を満たすのですが、X社は、継続雇用する者の雇用形態は契約社員と就業規則で定めており、Yさんに対しても期間を1年とし(更新前提)、契約社員として採用する旨打診しました。

ただし、その労働条件は、他の契約社員の平均月給(手取り18万円)やYさんが継続雇用後担当する業務の内容や時間を考慮したうえで、手取り18万円を提案しました。

 

Yさんとしては、定年退職直前の平均月給(手取り30万円)を基準とすると大幅に下がることから、納得しかねるということで、X社に対して、条件を上げるように求めました。

X社とYさんは、何度か面談をし、交渉をしたのですが、結局条件の点で折り合えませんでした。

Yさんは、X社が継続雇用を拒否したとして、X社に対して地位確認請求、賃金支払請求及び損害賠償請求の労働審判の申立てをしました。

 

 このような事案で、Yさんの請求について、どのように考えたらよいでしょうか。

 

 確かに、Yさんの給料が40%も減額されてしまいます。ただ、業務内容や時間からしたら不相当ともいえないのであれば、会社が提示した条件も合理性があると考えられますよね。それに加えて、例えば、このX社の経営環境は厳しく、定年退職者を継続雇用しないという訳にはいかないもののその労働条件はかなり低いものを提案せざるを得ないという事情があるとしたら、ますますX社に言い分があるように思われます。

 

 この継続雇用の問題は、会社の経営に大きな影響を及ぼす問題(若年者雇用の妨げになる等も議論されていますよね)であり、何が何でも継続雇用、とりわけ労働条件も下げてはいけないという考えは、究極的には、会社経営を逼迫させ、今まさにその会社に勤められている労働者全員の雇用さえを失う危険性を帯びております。

 このような考え方から、(私も継続雇用を安易に拒否していいとまでは全く思っておりませんが、)せめて、使用者側に、労働条件を柔軟に決定できる強い裁量が認められてしかるべきなのではないかと考えています。

 

3 政府見解及び裁判例

 政府や裁判所はどう考えているのでしょうか。

 

 厚生労働省は、ホームページ上で「改正高年齢者雇用安定法Q&A(高年齢者雇用確保措置関係)」を公開しており、下記のような見解を示しています。http://www.mhlw.go.jp/general/seido/anteikyoku/kourei2/qa/ 


Q8 本人と事業主の間で賃金と労働時間の条件が合意できず、継続雇用を拒否した場合も違反になるのですか。

A8 改正高年齢者雇用安定法が求めているのは、継続雇用制度の導入であって、事業主に定年退職者の希望に合致した労働条件での雇用を義務付けるものではなく、事業主の合理的な裁量の範囲の条件を提示していれば、労働者と事業主との間で労働条件等についての合意が得られず、結果的に労働者が継続雇用されることを拒否したとしても、改正高年齢者雇用安定法違反となるものではありません。

 

 つまり、事業主の合理的な裁量の範囲の条件を提示しているかどうかがポイントということになります。

 

 裁判所はどうでしょうか。2つの裁判例を紹介いたします。 

  • 西日本電信電話定年制事件控訴審判決(東京高裁平成221222日判決・判時2126-133)では、「同法〔雇用安定法〕912号の継続雇用制度は、年金支給開始年齢である65歳までの安定した雇用機会の確保という同法の目的に反しない限り、各事業主において、その実情に応じ、同一事業主による継続雇用に限らず、同一企業グループ内による継続雇用を図ることを含む多様かつ柔軟な措置を講ずることを許容していると解される。また、賃金、労働時間等の労働条件についても、労働者の希望及び事業主の実情等を踏まえ、各企業の実情に応じた労使の工夫による多様で柔軟な形態を許容するものと解される」と判示されています。
     そして、同判決では、労働者側の「最大3割の賃金削減は労働者に著しい不利益を課すものである」との主張につき、①激変緩和措置が存在する、②会社においては人件費の削減を含むコスト構造の見直しなど経営合理化が必要であった、③労使の利害を調整した上で本件制度導入が合意された、④本件制度は、必ずしも従前と同一水準の賃金を確保することまで要求されるものではないことを勘案し、「賃金水準が被控訴人〔労働者〕在職時より下がることをもって同一労働・同一賃金の原則に反するとはいえない」として斥けています。

  •  NTT東日本事件控訴審判決(大阪高裁平成221221日判決・労経速2095-15)においても、「高年雇用安定法912号の継続雇用においては、高年齢者の60歳以降の安定した雇用を確保するための措置を講じることによって、年金開始年齢までの間における高年齢者の雇用を確保するとともに、高年齢者が意欲と能力のある限り年齢に関わりなく働くことを可能とする労働環境を実現するという、同法9条の趣旨に反しない限り、各事業主がその実情に応じて多様かつ柔軟な措置を講ずることを許容していると解すべきものであり、上記継続雇用によって確保されるべき雇用の形態は、必ずしも労働者の希望に合致した職種・労働条件による雇用であることを要せず、従業員の希望や事業主の実情等を踏まえた多様な雇用形態を含むと解するのが相当である」とされています。
     そして、同判決では、労働者側に「再雇用型を選択した従業員が転籍先の地域会社で受領する賃金は、転籍前の賃金から20ないし30%ダウンする」等の不利益があることを認定しながらも、会社が「安定した経営の継続が危ぶまれる状況」であったことから、労働者側に課せられる「本件不利益は、その必要性や合理性が認められる以上、再雇用型が本件不利益をその内容とするからといって、これが高年雇用安定法の継続雇用制度の趣旨に反するものと認めることは躊躇せざるを得ない」としました。

 

4 私見

 これらの裁判例においては、「裁量」というワードは用いられておりません。

 上記東京高裁判決の「賃金、労働時間等の労働条件についても、労働者の希望及び事業主の実情等を踏まえ、各企業の実情に応じた労使の工夫による多様で柔軟な形態を許容」という表現からは、裁量が認められるのか不明瞭です。

 他方、大阪高裁の判決は、「各事業主がその実情に応じて多様かつ柔軟な措置を講ずることを許容している」と表現しており、使用者サイドの裁量を前提にしているように感じます。

 私としては、大阪高裁の判決の方にシンパシーを感じますし、さらに進めて明示的に「裁量」を認めるべきであると考えています。

 もちろん、使用者側に裁量が認められるとしても、無制限に許されてはいけませんので、上記判例が行っているように、①その労働条件により労働者が被る不利益と、その労働条件を示す必要性や合理性との利益衡量(具体的事実を検討しながらどっちに天秤がふれるか)、②手続面(交渉過程)についても労使間の交渉を踏んだかどうかという方法で、使用者側の行為が許容されている裁量の範囲から逸脱しているか否かを判断すればよいのではないかと考えています。

 使用者側の代理人となったら、裁判所に対して、しっかりと主張していきたいと思っています。

 

 今後、高年齢者雇用安定法が改正され、希望者全員が継続雇用されるようになったら、ますます使用者側から提示する労働条件は低くせざるを得ない状況になりますので、「継続雇用と労働条件」に関する問題が今以上に増えてくるでしょう。

 使用者としては、まず、自らが提示する労働条件について、その合理性及び必要性をしっかりと労働者にプレゼンし交渉していくことが(後々紛争となった場合には、裁判所に対して説得的なプレゼンをしなければならないという観点からも)大切だと思います。

 

1. はじめに
新聞報道等からしか事件を知らない第三者の無責任な話しという前提ですが、大王製紙事件については、よくわからない(理解できない)点が多いので、今回はその点に触れてみたいと思います。

2. 事件の概要
大王製紙事件については、皆さん、よくご存知かと存じます。簡単にまとめると次のようになるかと思います。


① 東証第1部上場の大王製紙の代表取締役会長(以下「元会長」といいます。)は、平成22年5月から平成23年9月まで、合計23回にわたり、同社の連結子会社7社の取締役等に指示して、適正な社内手続を経ることなく、主に、元会長個人のマカオやシンガポールでのバカラ賭博で負けたお金を払うため、貸付金として、合計106億8000円を支出させた。その現在の残高は59億3000万円であり、本件が発覚後元会長から差し入れられた株式14億5000万円を除く44億7400万円については返済の目途がたっていない。

② 元会長は、会社法上の特別背任罪として起訴され、昨日(平成24年3月1日)、東京地裁で第1回公判期日が開催され、元会長は、冒頭で、公訴事実について、「間違いありません。」と罪を認めた(なお、特別背任罪における被害金額は、約55億3000万円とのこと。)。

③ 大王製紙は、元会長の祖父が創業した会社であり、創業者である祖父、中興の祖と言われている父親、その直系の元会長の3代で発展させた会社である(以下、元会長の一族を「創業家」という。)。
創業家は、ファミリー企業を介して大王製紙の株式を保有する大株主であり(ただし、詳しくは不明ですが、有価証券報告書からすると10%程度のシェアではないでしょうか?)。また、大王製紙の国内連結子会社35社のうち、大王製紙が50%以上の株式を持っているのは3社しかなく、残りの32社については、創業家が過半数のシェアを握っていると推測されている。また、連結子会社の代表者等は、元顧問、元会長ら創業家の人間が占めている。このように、創業家は、ファミリー企業を介して大王製紙の大株主であるとともに、連結子会社の支配を維持することにより、大王製紙に対し影響力を維持していた。

④ この事件が起きた当時、元会長の父親は大王製紙の顧問をしており、元会長の弟は、連結子会社を統括する大王製紙の関連事業部の担当取締役であったが、事前に元会長の借入行為を知ったにもかかわらず、元会長に借り入れを止めさせられなかったことから、顧問及び関連事業部取締役は、それぞれ職務を解職された。

⑤ 元会長が事件発覚後、代表取締役を辞任したこと等に伴い、平成23年10月1日以降、大王製紙の(国外も含め)連結子会社37社のうち、28社が連結の範囲から外れ、9社に減ってしまい、大王製紙の決算に悪影響をおよぼすことになった。
その後、大王製紙は、連結子会社から、(連結子会社同士が持ち合っていた)他の連結子会社の株式を購入して、平成24年1月から3月期については、19社を連結子会社として復活させた(しかし、元顧問は、その際の連結子会社側で取締役会の決議に瑕疵があったとして、現在、元顧問は、株式譲渡の無効を主張している。)


⑥ 大王製紙の現経営陣は、平成23年10月27日に公表された、「大王製紙株式会社元会長への貸付金問題に関する特別調査委員会」の報告書における提言を参考にして、創業家の支配力を弱めるため、創業家からの連結子会社株式の買い取りを表明したが、元顧問はこれに対して反発し、現在までのところ、買取交渉は進んでいないようである。また、元顧問側は、大王製紙のグループ会社の臨時株主総会を開催し、大王製紙側から派遣されている役員を解任し、自分に近い役員を選任する対抗策に出ている。

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(弊事務所の先月号のメルマガに書いた記事ですが、このブログにもアップさせていただきます。)

少々マニアックな話になりますが、私が学生だった頃(今から20年以上も前のことです。)、民事訴訟法の学説の中に、『手続保障第三の波』というものがありました。学説というよりも、民事訴訟法の目的や機能について、「第三の波」と言われていた考え方をとる学者グループの名称という側面もあったので、学派というのが正しいかもしれません。


どのような考え方なのかというと、それまで裁判所中心に組み立てられていた手続理論を、当事者中心にして、民事手続きを「当事者相互の論争・対話という相互作用によって紛争を解決するルール」と捉え直します。そして、手続内における当事者の役割分担を意識した行為規範をきめ細かく探求していこうとする立場です。このように書くと、ますます良くわからなくなると思いますが、それまでの「上から目線」的な議論を、利用者・市民の側の目線によって再構築するものと考えればわかりやすいと思います。「市民のための民事訴訟」ではなく、「市民による民事訴訟」を目指したものです。具体的な結論においては、従来の考え方とそれ程違いが生じませんが、生身の人間としての当事者に着目しようという発想や、当事者間の論争・対話、和解による解決、裁判外の手続(ADR)を重視しようという発想には、とても広がりがありました。


当時、それまで有力だった東京大学の新堂幸司教授らの議論に真っ向から挑んだ(もしくは発展させた)のが、この『第三の波』学派であり、その中心人物が(当時)立教大学教授であった井上治典教授でした。井上教授がこの立場に立つことを宣言した『手続保障の第三の波』(法学教室28号・29号)という論文を読んだときには、私はとても感動して、血沸き肉躍るような状態になったことを覚えています。同論文には、当事者の主体性(自由)と自己責任を重視するというような、私の好きなフレーズがあったことと(要するに、「自由」を目指すようなイメージがあったということだと思います。)、これまでの権威に挑戦し、新たな解釈論を打ち立てるというような元気さがあったことに興奮したのだと思います。


それから、民事訴訟法をとても面白くさせてくれたのが、井上教授と東京大学の高橋宏志教授の共著『エキサイティング民事訴訟法』でした。この本は、テーマごとにゲストを招いて、井上教授と高橋教授と対談するというものでしたが、あたかもケンカが始まるような勢いで議論されていて、本当にエキサイティングでした。最近、もう一度読みたくなって、アマゾンで検索してみましたが、中古マーケットで2万5000円もしていました。なんであんな良い本を処分してしまったのだろうと、本当に「後悔先に立たず」状態であります。


私は、大学が違ったので、井上教授から直接教わったことはありません。しかし、司法試験の予備校の答案練習会の出題者講師として、2回ほど教えを受けたことがあります。この井上教授は、とにかく格好が良かった。長身ですらっと痩せていて、手足が長く、顔はちょっと岩城晃一に似ていました。言葉には、九州なまりがあり、目つきが鋭いので、ちょっと不良っぽい。不覚ながら、一遍にファンになってしまいました。


たしか2度目の答案練習会の時だったと思います。答案練習会が終わった後、あまりそのときの出題とは関係がなかったのですが、講師控室まで押しかけて、井上教授に対し、「第三の波が好きでいろいろ読んでいますが、判決効を理由中の判断まで及ぼす点は、主文中の判断のみに既判力を認める民訴法の規定とどのように整合性をとるのですか? 答案を書くときに書きづらくて。」などと生意気な質問をしてみました。すると、井上教授は、私の目をギロッと見据えられて、「君の質問はもっともだから、答案には第三の波で書かない方がいい。だけど、君が実務に出たときには、第三の波の考え方を忘れないでほしい。」と答えてくださったのです。私は、ちょっと感動して、平身低頭、「わかりました。」と言って、顔を上気させながら部屋を出てきたことを覚えています。


残念ながら、井上教授は、2005年10月にお亡くなりになられてしまいました。(私が言うのは大変僭越なのですが)とても惜しい人を亡くしました。


現在、私は実務に出ているわけですが、頭の中には、やはり学生時代に好きだった「第三の波」があります。


話は少し変わって、先日、同僚の萩原弁護士と労働審判事件を経験しました。この労働審判事件では、①原則当事者を同行する、②当事者対席で当事者にも事情を聞きながら審理する、③事前に書面は提出するものの、裁判官や労働審判官にその場で口頭で説明する、④原則として1回で解決できるようにする、というもので、「第三の波」の考え方に親和的であり、とても感銘を受けました。我々が100%勝ったわけではありませんが、事案に即した妥当な解決をしていただき、クライアントの満足も高かったと思います。全ての民事訴訟を労働審判型の審理方法にするのは難しいかもしれませんが、通常の民事訴訟にも取り入れられるところは多いように思いました。


このブログを読んでいただいている方には、同業者の方も多いと思いますが、皆さん、「第三の波」方式でいきませんか?きっと日本の民事司法は良くなると思います。

会社法の正義

私が司法試験を受験していた頃、論文試験のために、ひたすら論証パターンを覚えた。これは、ある条文についてAという解釈とBという解釈がある場合、まず、その条文の趣旨を説明して、「この条文の趣旨からすると、Aという解釈をとると趣旨が没却されるからB説が適当である」と論証するものである。この論証パターンの変形として、「Aという解釈をとると、そこに登場する甲さんにとってあまりにも酷だから、Bという解釈が適当である」などというものもあった。
しかし、よく考えてみると、「没却される」とか「酷である」などと言われても、本当に趣旨が「没却される」のか、本当に甲さんにとって「酷である」のかはよくわからないし、そもそも、条文の趣旨自体に対立があり、果たしてどちらの趣旨が正しいのかすらわからないときがある。何かカチッとした判断基準がないのだ。数字による定量化が図られているわけでもないし、多くの場合、趣旨が没却されていることや、甲さんに酷であることについて実証的な研究が行われているわけでもない。「何でそうしなければいけないの?」と問われると、「みんなが選挙で決めた代表者で構成される国会で決まったルールだから」とか、「判例でそう言っているから」とか、「コンメンタールにそう書いてあるから」などと形式論的な説明をする他なく、その法律や解釈の正しさの実質的論拠を説明できていないように思うのだ。
というわけで、何か底の浅い学問だなあという印象を受けたことを覚えている。弁護士になってからも、そういう印象は変わっていない。

ところが、この本はスゴイ。法の善し悪しを判断する基準として、ある法が存在する社会とそうでない社会を比較して、その優劣を決めるという「規則帰結主義」の立場をとり、その規則帰結主義の判断において、「法と経済学(Law & Economics)」の成果を活用するのだ。これによって、(私にとっては)何かあやふやなイメージのあった会社法の解釈に、一貫した柱、明確な根拠が与えられたように感じた。
「法と経済学」などというと、難しい数式が並んでいるのでは?と思うかもしれないが、嬉しいことに、あまり数式を使わないで易しく説明してくれている。「替え歌で覚える会社法」というユーモアたっぷりのコラムもあり、「笑い」もあるのだ。
こんなに内容の濃い本なのに、たった2600円。法律の専門書としては破格だろう。会社法の深い世界を知りたい人には、是非お勧めしたい本である。

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武器としての決断思考 (星海社新書)

東京大学卒業後マッキンゼーで働き、今は、京都大学の一般教養課程で、『起業論』などの講義を持っている瀧本哲史さんの著書です。瀧本さんは、日本経済が衰退期を迎えた現在、かつてのような高度成長時代の大会社に入っていれば安心というような時代は終わり、若者は将来について予測不可能な状況に置かれていると考えています。そのような状況の中で、いわばゲリラである若者たちに日本社会というフィールドで戦えるように、軍事顧問として「武器としての教養」を配りたいと言います。そして、今重要なのが、予測不可能な状況の中で、変化に対応できるように意思決定ができる思考方法であり、それに役立つのがディベートの技術なのだということで、ディベートの解説をしています。

裁判も、原告と被告、検察と弁護人が、法律の適用をめぐる議論(ディベート)をして、第三者である裁判官を説得する作業とみることができ、瀧本さんのディベートの説明は、とても参考になりました。日頃なんとなくわかってはいるのですが、体系的に説明されると、目からウロコなところがあります。この本は、若者のみならず弁護士にも武器を与えますね。よかったら、ご一読をお勧めします。



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