不動産賃貸業を営まれる顧問先の方々から、「賃貸借契約解除後の賃貸物件への立入り及び残置物の処分」というテーマについて、よく相談を受けます。ここでは、このテーマについて、より深く検討した結果を報告したいと思います。

[ケース] 

 建物の賃借人が賃料の不払いを継続したため賃貸人が賃貸借契約を解除した場合(注1)、賃貸物件の立入り及び残置物の処分が問題となるのは、以下のようなケースです。

(ケース①―「夜逃げケース」)

 賃借人と連絡がとれず、しかも賃借人が、借りている部屋に数ヶ月間帰宅している形跡がなく、部屋の中にも無価値な物(又は必ずしも無価値とまでは言えないが、ほとんど価値がなく賃借人が捨てて行ったとしか思われないような物)しか残っていない場合

(ケース②―「退去表明ケース」)

 退去交渉の中で、賃借人が一定の日に退去することを表明したが、その後連絡がとれなくなり、その一定の日に退去したかどうかが不明であるものの、その後賃借人が部屋に帰宅している形跡はなく、部屋の中にも無価値な物(又は必ずしも無価値とまでは言えないが、ほとんど価値がなく賃借人が捨てて行ったとしか思われないような物)しか残置されていない場合

(注1)  本ケースにおいては、あくまでも賃貸借契約が解除されたことを前提としています。賃貸借契約が解除されていない限り、賃借人は賃貸物件(部屋)について賃借権という明確な権利を有しているので、賃貸物件への無断立入りは、原則として住居侵入罪(刑法第130条)を構成し、損害賠償(民法第709条)の対象になると考えられるからです。

 ただし、東京弁護士会易水会編『賃貸住居の法律Q&A〔4訂版〕』(住宅新法社、2008年10月)285頁〔弁護士荻野明一執筆部分〕は、「賃貸借の期間中とはいえ、賃借人が黙ったまま家財道具や荷物を運び出して室内をからっぽにしたまま出ていき、何の連絡もなく戻って来ないうえ、また賃料も払わないといった状態が相当長い間続くなど、社会常識的にみて賃借人がみずから賃貸借契約を終了させて賃貸物件を明け渡したと認められるような例外的な場合には、新入居者を入れても住居妨害にはならないでしょう。」との記述もあります。

[問 題] 

 上記のケースにおいて、賃貸人としては、賃貸物件を開錠し、立ち入ったうえで、残置物を処分したいと考えるのが通常です。そこで、「果たして、これらの行為をして法的に問題はないのか」ということが問題となります。

 この問題を、より分析的に記述すると、以下のとおりとなります。

1. 賃貸人(賃貸人から部屋の管理業務の委託を受けている管理会社も含む。以下同じ。)が、賃借人に無断で解錠し、賃貸物件(部屋)の中に立ち入った場合、刑事の問題として、住居侵入罪(刑法第130条)が成立するか? また、民事の問題として、不法行為(民法第709条)を理由に損害賠償請求の対象になるか?

2. 賃貸人が、賃借人の残置物を無断で処分した場合、刑事の問題として器物損壊罪(刑法第261条)が成立するか? また、民事の問題として、不法行為(民法第709条)を理由として損害賠償請求の対象になるか?

[検 討]

 さて、それでは、上記の問題について検討していきたいと思います。

第1 一般的な理解及び本問の特殊性

 (1) 類似質問についての一般的な理解

 弁護士に相談すると、どのような回答が返ってくるのでしょうか。

 まず、本問に類似する質問に対する一般的な理解を調査してみますと、次のような書籍の記載がありました。

① 水本浩他編『借家の法律相談(第3版補訂版)法律相談シリーズ』(有斐閣、2002年2月)406頁~407頁〔水本浩=東川始比古執筆部分〕は、「賃借人が夜逃げした場合、荷物を処分し空家にして他の人に貸せるか」という設問について、次のように回答しております。

 「最近、サラ金などの借金苦のため、借家人が家財道具をそのままにして夜逃げをする例がよくあるそうです。そのような場合、借家人が残していった荷物を運び出したり、残された家財道具を勝手に処分して滞納した家賃に充当していることもあるそうですが、そのような行為は、強制執行手続による明渡および他人の財産の差押・競売による滞納家賃の充当という法的手続を潜脱する違法な行為なのです。したがって、夜逃げした賃借人やその家族から後にそのような行為の責任を追及された場合、損害賠償等の民事上の責めを負うことになるのはもちろん、場合によっては窃盗や横領などの刑事上の責任を追及されかねませんので、そのような手段は避けるべきでしょう。」

② また、野辺博編『借地借家の法律実務』(学陽書房、2001年3月)207頁~210頁〔上條司執筆部分〕も、「建物の賃借人が長期不在となってしまいました。賃貸人としては、借家契約を解除して、建物を明け渡してもらいたいのですが、どのように対処すればいいでしょうか。」という設問について、次のように回答しております。

 「賃借人の部屋に勝手に入る行為は、たとえ賃貸人であっても刑事上は住居侵入罪などの犯罪行為に該当する可能性があり、また、民事上も違法な行為として慰謝料などを請求される可能性が高いと考えます。したがって、賃借人に無断でその部屋へ入るべきではありません。」

 「長期不在の賃借人との借家契約が解除できたとしても、賃借人が建物内にその所有物などを残していたばあい、賃貸人としては、その残置物を搬出しなければ、他の者に建物を貸すことができませんし、また、残置物を廃棄処分できないとなると、近親者などが保管してくれないかぎり、その置き場にも困ることとなります。

 しかしながら、賃貸人が困るとはいっても、勝手に賃借人の残置物を廃棄処分することができないのは当然です。」

 したがって、弁護士に本問のような質問をすると、弁護士の標準的な回答は、「無断立入りには住居侵入罪(刑法第130条)、残置物の処分には器物損壊罪(刑法第261条)が成立する可能性があり、無断立入り・残置物の処分のいずれについても不法行為として損害賠償の対象になる可能性がある(民法第709条)。建物明渡訴訟を提起し、判決(債務名義)を取得したうえで、建物明渡の強制執行を実施し、その中で処理した方が適当である。」というものと考えられます(注2)。

(注2) このように考える背景として、賃貸人の自力救済は、強制執行手続を潜脱する違法な行為に該当する可能性があるので、可能な限り避けるべきであること、及び、この場合に賃貸人に(自力救済ではなく)建物明渡訴訟・強制執行といった法的手続きの履践を求めても、公示による意思表示(民法第98条ノ2)により賃貸借契約は解除でき、建物明渡訴訟の提起、判決の取得、強制執行の申立てにより、強制的に賃借人を退去させることができ、執行手続の中で残置物も処分できるため、何の支障もないという認識があるものと思われます(前掲・水本浩編『借家の法律相談(第3版補訂版)法律相談シリーズ』407頁参照)。

  しかしながら、本問のような夜逃げケース及び退去表明のケースの中には、もはや賃借人が住居から退去しているとみられるケースが多く存在し、あえて賃貸人が「自力救済」をしたとか、強制執行手続を潜脱したとか言うほどの必要もないと思われます。また、現実の実務では、建物明渡訴訟の提起、判決の取得、強制執行の実施といった手順を踏むには、最短でも3か月から5か月(公示による意思表示や公示送達を行う必要がある場合には更に時間がかかる。)の時間を要するのが通常であり、賃貸人にとって決して軽い負担ではありません。

 もう少し事案を細かく分析して、裁判制度を利用する必要のないケースを検討すべきではないだろうかというのが当職の問題意識です。

 (2) 一般的理解の評価

① 確かに、刑法第130条(住居侵入罪)は、「正当な理由がないのに、人の住居〔中略〕に侵入し〔中略〕た者は、3年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。」と定めているところ、判例は、「住居侵入罪は故なく人の住居〔中略〕に侵入す〔中略〕〔る〕ことによって成立するのであり、その居住者〔中略〕が法律上正当な権限を以って居住〔中略〕するか否かは犯罪の成立を左右するものではない〔傍点は筆者による。〕」(最判昭28.5.14刑集7巻5号1042頁)と判示するため、たとえ賃貸借契約が解除され、実体的には不法占拠者に過ぎない可能性がある者であっても、居住権者として認められることになり、その住居に無断で立ち入れば、住居侵入罪(刑法第130条)が成立する可能性があるということができます。

② また、民法第709条(不法行為による損害賠償)は、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護されている利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」と定めているところ、上記のとおり、賃貸借契約が解除された後であっても、賃借人の住居に対する居住権(占有)が刑法上保護される以上、民法上も賃借人には法律上保護される利益があるというべきであるから、賃貸人が無断で住居に立ち入る行為は、その利益を侵害することとなり、民法第709条により損害賠償の対象になる可能性があるということになります(注3)。

(注3) 建物賃借人が賃借建物から退去し、約半年間賃料の支払いを怠り連絡がない場合に、賃貸人が同建物の施錠を破壊し内部に立ち入って残置物を廃棄処分した事案について、大阪高判昭和62年10月22日(判タ667号161頁)は、賃借人から賃貸人に対するプライバシー侵害を認め慰謝料請求の一部を認容しました。

③ さらに、たとえ賃借人が退去したと認められるような場合であっても、賃借人が残置物の所有権を放棄したとは限らないから、賃貸人が賃借人の同意を得ることなく残置物を処分すれば、刑事的には、その態様により、窃盗罪(刑法第235条)、占有離脱物横領罪(刑法第254条)、器物損壊罪(刑法第261条)が成立する可能性があり(注4)、さらに民事的には、民法第709条の不法行為により損害賠償請求の対象になる可能性があるということになります。 

(注4) 賃借人の住居に対する占有が失われていなければ、賃貸人が残置物を第三者に売却して処分する場合、不法領得の意思に基づく占有侵害が認められるから、窃盗罪(刑法第235条)が成立することになると思われます。それに対して、賃借人の住居に対する占有が失われていれば、残置物は占有離脱物になるから、第三者に売却する場合等不法領得の意思が認められれば占有離脱物横領罪(刑法第254条)、単に廃棄処分する場合には器物損壊罪(刑法第261条)ということになると考えられます。


 したがって、上記の各書籍の見解は、上記の各書籍でとりあげれた質問への回答としては、いずれも正しいとの評価が可能です。

 しかしながら、このような見解を本問にそのままあてはめることは適当ではないと考えられます。

 というのは、個々の案件には、それぞれ特徴があるので、個々のケースを具体的・詳細に考えなければなりません。そのうえで、本当に刑法犯が成立し、民事賠償の対象になるといえるかが問題なのです
(3) 本問の特殊性

 上記(1)で検討した書籍の設問は、「夜逃げ」又は「長期不在」は認められるものの、もっぱら残置物の処分を問題にしていることからして、賃借人が賃貸物件(部屋)の中に私物を殆ど残していったことが想定されています。これに対して、本問については、賃借人は残置物がないか、あったとしても無価値(又は必ずしも無価値とはいえないが、ほとんど価値がなく、賃借人が捨てて行ったとしか思えないような物)といえるような物です。

 つまり、これまで上記の各書籍で検討されている案件は、賃借人の行方が不明であるものの、まだ客観的には住居内に多くの残置物が残っている等の事情から、賃借人の住居に対する占有が認められるような案件であるのに対し、本問の事例は、残置物もなく(又はほとんどなく)そもそも賃借人に「占有」が認められるかが争点となるようなケースであるといえます。 

 実務上、賃借人が夜逃げ等をするケースでは、住居内にあるもののうち必要なものは賃借人が持って出るのが通常であり、賃借人が着の身着のままで逃げることはむしろ稀です。したがって、従来の設問は、実務において問題となる多くの案件を補足できないうらみがあるといえます。

 では、本問を具体的に検討した場合、どのように考えればよいのでしょうか。以下、本問のケースについて、立入りと残置物の処分に分けて検討していきます。

 

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 最近、濫用的会社分割について質問を受けることがしばしばあります。濫用的会社分割とは、典型的には次のような事例です(図が書けないのでわかりにくくて申し訳ありません。)。

① 経済的危機に瀕したA社が、再生を図るため、採算がとれる事業の継続等に必要なGoodな資産(及び契約関係)と、買掛債務のように事業継続に不可欠な負債のみ(ただし、資産とつり合うような借入金等の負債を含めることがある)を、会社分割により、B社に移転する。その際B社は、会社分割の対価として、A社に対しB社株を発行するが、多くの事例では、その後B社株は、A社から協力者の第三者に譲渡され、さらにB社において第三者割当て増資を行い、A社に発行したB社株の価値を薄める。

② 会社分割後のA社には、ほとんど資産は残っていないか、又はBadな資産しか残っていない状態であるのに対して、金融債務等の負債はほとんど残っていることから、当然のことながら、その後、債務不履行状態になるが、もう収入はないので、そのまま放置される又は、A社の経営陣に法的にきちっとやろうなどという意識が残っているときは、破産や民事再生の申立てがなされることもあるが、いずれにしても資産はほとんどないので、A社に残された金融機関等の債権者は、微々たる配当しか受けられない。

③ B社(新会社)は、過剰債務を抱えることなく採算のとれる事業を譲り受けたので、(見事?)再生を果たすことができる。他方、A社(旧会社)に残された債権者にとっては、上記のように弁済を受けられず、実質的には債権放棄を強制される結果となる。 

 もともとこのような方法は、『第二会社方式』などと呼ばれ、事業再生の業界ではおなじみのスキームであったと思います。 

 しかし、平成18年5月に会社法が施行される前には、分割会社と分割承継会社の双方において「債務の履行の見込みがあること」が会社分割の効力要件であると考えられていたので、債務超過の会社は会社分割はできないと理解されており、事業を移す手段としては『事業譲渡』(当時は「営業譲渡」と呼ばれていた)が利用されていました。しかし、事業譲渡スキームの場合、これによってA社(旧会社)に残された債権者が不利益を受けるとなると、民法424条の債権者取消権を行使され、事業譲渡を取り消される可能性があるし、A社(旧会社)がその後破産したような場合には、破産管財人が事業譲渡を否認する可能性があるとのことで、このスキームを利用するには、A社(旧会社)に残される債権者の同意が必要だとされていました。

 ところが、会社法制定により、債務超過会社も会社分割ができると解釈されるようになり(ただし、学説上は有力な反対説がある。注1)、しかも、事業譲渡の場合は、契約関係を譲受会社に移転するときには相手方の承諾が必要ですが、会社分割の場合はそれが必要ではなく(注2)、さらに、移転の際の税金も少なくて済む場合が多いため(注3)、事業再生の分野では、『事業譲渡』ではなく『会社分割』により、資産、負債を含む事業を移転させるスキームが多くなったのです。 

 ただし、事業譲渡であろうと会社分割であろうと、A社(旧会社)に残された債権者に、実質債権放棄という不利益を与えることには変わりありません。そこで、きちんとした専門家が関与しているスキーム(例えば、中小企業再生支援協議会が策定を支援しているスキーム)では、必ず、不利益を受ける債権者、上記の例でいえばA社(旧会社)に残される債権者(金融機関)から、スキーム(計画)についての同意を得ることになっています。

 しかし、この債権者の同意を得るのがけっこう難しいのです。計画に同意した方が同意しない場合よりも、結果的に回収が多くなること(経済合理性があること)をきちんと説明し、理解していただかなければなりません。その過程で、債権者(金融機関側)からは経営陣の退陣を求められたり、経営陣の保証債務を求められたりする等の厄介な問題も発生します。そこで、ちょっと怪しげなコンサルタントが提案するスキームの中には、債権者の同意を得ないで会社分割による第二会社スキームをやってしまえ、というものが現れてきます。これが濫用的会社分割と呼ばれているものです。

 では、このような濫用的会社分割をされた場合、A社(旧会社)に残された債権者(多くは金融機関でしょう。)としては、どのような対抗手段があるでしょうか? 

 実は、つい最近まで、この対抗手段がはっきりしませんでした(注4)。不当な事業譲渡がされた場合の対抗手段である債権者取消権(民法第424条)についても、会社分割に対して行使できるのか、否定的な見解もあったのです(注5)。ここに、このような怪しい再生スキームが跋扈(ばっこ)してしまった原因があると思います。


 しかし最近は、このような濫用的会社分割の問題性が広く認識されるに至り、裁判所は、A社(旧会社)に残された債権者に救済の手段を認めるようになっています。

 まず、債権者取消権ですが、これは、東京地裁が平成22年5月27日判決(金融商事法務1902号144~156頁)で会社分割の事例でも行使できることを認め、東京高裁が平成22年10月27日判決(金融商事法務1910号77~87頁)でこの東京地裁判決の判断を追認しています。

 次に、債務者会社(A社、旧会社)であるサービサーが、弁済計画等について協議している最中に、債務者会社が会社分割を利用して、黙ってB社(新会社)に事業を移してしまったという少々特殊な事例ですが、福岡地方裁判所平成22年1月14日判決(金融法務事情1910号88~116頁)は、法人格否認の法理により、A社(旧会社)に残されたサービサーに対し、B社(新会社)に対して請求することを認めています。 

 さらに、A社(旧会社)とB社(新会社)が同じ店舗の名称で事業を営んでいるような場合には、会社法22条1項適用により、B社に連帯債務を認める判例(東京地方裁判所平成22年7月9日判決 金融法務事情1903号14~15頁)も現れています。
 さて、実務家として濫用的会社分割の相談を受けた場合にどうするか?という問題ですが、理論的には、法律学は自然科学ではありませんので、①そもそも現行会社法下でも債務超過会社となるような会社分割はできないという見解も成り立ちますし、②債務超過会社も会社分割をすることができ、それに対する債権者取消権等の行使は認められない、というような見解も成り立つのだと思います。 

 しかし、現在の社会的状況や判例の動向を見ると、私としては「債務超過であっても会社分割はできるが、A社(旧会社)の債権者を害するようなスキームはのちのち債権者取消権によって取り消されたり、破産管財人によって否認されたりするおそれがあり、リスクが高いので、やめた方がよい。」とアドバイスするのが適当であると考えています。

 特に重視すべきは、A社(旧会社)に残された債権者に債権者取消権の行使を認めた前述の東京地裁平成22年5月27日判決は、民事第8部(商事部)のものだということです。民事第8部は、会社関係訴訟や会社更生法を担当している専門部で、いわゆるエリートの“できる”裁判官が集まっているところです。この部に属していた裁判官・書記官による「類型別会社訴訟ⅠⅡ」という

 本も出版されており、(事実上)部としての統一的見解を持っています。

 「類型別会社訴訟Ⅱ」(第2版)778~779頁の該当箇所を読むと、民事第8部が、会社分割に債権者取消権を行使できると考えているのか否かいまひとつはっきりとしなかったのですが、上記判例によって、行使できると考えていることが明確になりました。しかも、上記判例を読んでいただくと、濫用的会社分割の社会的な問題性にも触れられており、かなり気合が入っていることが窺えます。今後社会の状況がかなり変化しないと、民事第8部の個々の裁判官がこの判決と違う判断をするのは期待できません(注6)。そうすると、私の主戦場とする東京23区内でこの種の紛争が起きて、

 民事第8部で判断されるに至った場合、よもや、解釈論として「債権者取消権の行使は認められない。」などと判断されることはないと思うからです。 

 弁護士として濫用的会社分割の問題に関与せよと言われれば、私としては、A社(旧社)に残された債権者(金融機関)側の代理人として、債権者取消権を主張する側に付きたいですね。


 以下の脚注は少々専門的になるので、興味のある方以外は読み飛ばしてください。



注---------------------------------------------------------------

1) 正確に言うと、会社法制定前は、会社分割を行う際に、分割会社(旧会社)及び分割承継会社(新会社)のいずれについても「各会社ノ負担スベキ債務ノ履行ノ見込アルコト及其ノ理由ヲ記載シタル書面」の開示が要求されていたため(会社法制定前商法第374条ノ2第1項第3号・第374条ノ18第1項第3号)、「債務の履行の見込みがあること」が会社分割の効力要件であると解されていたが、会社法では、事前開示事項については会社法規則に委ねられ、その文言も「債務の履行に関する事項」(会社法規則第183条第6号、第192条第7号、第205条第7号)に改められたことから、「会社分割をする場合において、仮に債務の履行の見込みがないというときは、上記事前備置書面にその旨を記載すれば足り、そのために会社分割が無効となることはない。」(『論点解説 新・会社法』674頁)と解されている。ただし、江頭憲治郎『株式会社(第3版)』829頁は、「会社法の下でも、いずれかの会社に債務の履行の見込みのないことが会社分割の無効事由であることに変わりはない。」という。


2) なお、事業譲渡とは異なり、会社分割では、債権者保護手続を経る必要がある(会社法第789条、第798条、第806条ないし第809条)。これは、会社分割をする前に、債権者に会社分割をする旨及びこれに異議があれば述べることができる旨を公告し(定款上の会社の公告方法が官報公告の場合は、知れたる債権者に個別に通知することも必要。)、債権者から異議が述べられたときは、会社分割をしても債権者を害することがないと言えない限り、会社は、弁済、担保提供又は弁済のための財産信託をしなければならないという制度である。


  しかし、会社法上、(剰余金の配当又は全部取得条項付種類株式の取得をしない場合には)分割会社(A社・旧会社)に対し債権の全額を請求することができる債権者は、債権者保護手続の対象ではないとされており、また、分割会社(A社・旧会社)が分割承継会社(B社・新会社)の債権者の連帯保証人になるときにも、分割承継会社の債権者について債権者保護手続を行う必要はないとされている(会社法第789条第1項第2号、第810条第1項第2号)。したがって、濫用的会社分割のケースでも、適法に債権者保護手続を省略することができ、実際にも省略されているのが通常である。


3) 事業譲渡よりも会社分割の方が、事業を移転する際に要する登録免許税、不動産取得税、消費税、印紙税について有利又は有利になる可能性があることについては、藤原敬三著『実践的中小企業再生論』217頁~219頁参照。


4) 会社法上は、会社分割の効力を争う手段として、「会社分割無効の訴え」が用意されているが、この訴えの提起権限は(すべての債権者にあるわけではなく、)債権者保護手続において異議を述べた債権者にしかなく(会社法第828条第2項第9号・第10号)、そもそも債権者保護手続の対象ではない本件のA社(旧会社)に取り残された債権者の救済には役立たない。


5) 岡信浩「濫用的会社分割と民事再生手続」NBL922号8頁~9頁


6) 債権者取消権を行使して会社分割を取り消すという類型の訴訟が、会社関係訴訟として常に民事第8部の担当になるのかは少々分からないのですが、上記の判例を前提とすると、原告代理人は会社訴訟として当然民事第8部に直接事件を持ちこむであろうと推測できます。



弁護士 飛田 博
2011年12月15日






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1 はじめに

 建物の賃貸人・管理会社・保証会社の担当者の方の多くは、「賃借人が賃料の滞納を続けるため賃貸借契約を解除したにもかかわらず、一向に退去しない」とか、「夜逃げ同然で既に本人はどこかに行ってしまったのに、部屋の中はそのままの状態でとても明け渡しを受けたといえるような状態ではない」という事件を経験したことがあるかと思います。このような場合、裁判(建物明渡請求訴訟)を提起して、判決を取得したうえで、さらに、建物明け渡しの強制執行をしなければなりませんが、実際に裁判を提起してみると、裁判の提起から明け渡しの強制執行を終えるまでに6カ月とか1年とか、かなりの時間がかかってしまうため、「やっぱり裁判は割にあわないな」などという印象をもたれた方も多いかと思います。

 これはある面で仕方がない面があります。なぜなら、裁判は国家権力の発動によって権利の実現を図る制度ですから、逆の立場にいる人々、つまり、義務を強制される側にも配慮して、慎重に審理する必要があるからです。よく言われるように、実際に「裁判には時間がかかる」のです。

 しかし、建物明渡請求事件の多くは、賃借人の賃料不払い、賃貸借契約の解除といった事実関係に争いはなく(したがって、賃借人の明渡義務は比較的簡単に認定することができる。)、ただ、訴訟『手続』や強制執行『手続』を進めるために時間がかかっているという側面が多分にあります。したがって、賃貸人(原告・債権者)の代理人である弁護士側の工夫次第で、建物明渡請求事件の処理にかかる時間をある程度は縮めることができます。

そこで、以下では、建物明渡請求事件の手続について簡単に説明するとともに、これを迅速に処理するために弊事務所が実践している工夫についても記載したいと思います。


2 「訴訟手続」と「執行手続」

 よく誤解されている方がいますが、賃貸借契約を解除したからと言って、裁判所に行けば、直ぐに執行官が出てきて、建物明渡の強制執行をやってもらえる、というわけではありません。その前に、まず、裁判(訴訟手続)を経て、賃借人に建物の明渡しを命じる判決(勝訴判決と言えばわかりやすい。)を取得しなければならないのです。

 何故、このような迂遠な制度になっているかというと、それは、(もちろん当事者は明らかなのですが)賃借人が本当に賃料を支払っていないのかとか、賃貸借契約が適法に解除されたのかとか、まだ賃借人が建物を占有しているのかとかいう(建物明渡請求権を認定するための)事実の存否については、第三者にはよくわからないので、国家権力(裁判所の執行機関)によって強制的に賃借人を部屋から退去させる前に、中立公正な第三者(裁判所の判決機関)によってこれを確認する作業が必要だと考えられているからです[注1]。そのため、強制執行の申立てをする際には、確定判決等のいわゆる「債務名義」と言われている書類を添付する必要があるとされています(民事執行法第22条参照)。

 したがって、建物明渡請求事件を処理するためには、まずは、建物明渡請求訴訟を提起して、その訴訟手続を迅速に進めなければならないということになります。

3 訴訟手続の迅速化の工夫

(1) 訴訟提起前

 当たり前のことですが、法律事務所からすると、クライアントから相談を受けてから、一刻も早くしっかりとした訴状を裁判所に提出することが、訴訟手続を迅速に進めるための第一歩です。そのために、弊事務所では、次のような工夫を行っています。 

①    クライアントに相談にいらしていただく前に、クライアント側で用意していただきたい書類(賃貸借契約書・賃貸借部分の図面・駐車場賃貸借契約書・建物登記簿謄本・賃借人の入金の記録・交渉経緯について記載した書面・解除通知書・会社謄本等々)の一覧表を事前に交付して、相談の効率化を図っています。 

②    建物明渡請求事件の種類(賃料不払か用法違反か、催告解除か無催告解除か、夜逃げ案件か、駐車場はあるか、明渡遅延損害金の額は賃料の1倍か2倍か等々)ごとに訴状の雛形を作成しておいて、訴状作成のスピードアップを図っています。 

③    事件の種類ごとに雛形を作成していても、個々の案件には、それぞれ特徴がありますので、どうしても雛形におさまらない加工(カスタマイズ)が必要になってきます。そこで、過去に扱った事件をそれぞれの特徴ごとにデータベース化し、新件の訴状作成に活用しています。 

④    被告の住所の記載が1か所間違っていた、未払金の合計金額が間違っていた等のミスがあると、後日、訴状を訂正する必要があり、その分、手続きが遅滞していきます(訂正するまで、裁判所は後記(3)で述べる送達手続を実施してくれません)。そのため、ドラフトした訴状については、弁護士及びパラリーガルによるダブルチェックを徹底しています。 

 これにより、弊事務所では、相談を受けてから、(代理人として、賃貸借契約の解除通知を送付する必要があるなど特別な事情がない限り)5営業日以内に、裁判所に訴状等を提出して、訴訟提起を行うようにしています。

(2) 訴状審査・第1回口頭弁論期日の指定

 裁判所の受付に訴状を提出すると、事件番号が付され、それぞれ担当する部に配転され、裁判官による訴状審査が行われます。その訴状審査をクリアーすると、裁判所書記官から事務所に電話があり、約1ヶ月くらい後の開廷日について第1回口頭弁論期日が指定されることになります。

 しかし、この訴状審査が、建物明渡請求事件の時間管理における最大のクセ者です。というのは、担当する裁判官・書記官によっては、なかなか訴状審査を行わず、平気で10日くらい経過してしまうことがあるからです。弊事務所の経験からいうと、不思議なことに、東京地裁のような事件の多い裁判所では、比較的このようなことがなく、事件があまり多くはないと思われる地方の裁判所の方が訴状審査が遅い傾向があるようです(地方の裁判所は人手不足なのかもしれませんし、地方の裁判所の支部などでは、そもそも裁判官が勤務している日が限られていることが影響しているのかもしれませんが、原因は不明です。)。

 そこで、弊事務所では、原則として、訴状提出から3営業日が経過したら、「第1回口頭弁論期日の日程の打ち合わせをしたい。」などと口実を作って、裁判所の担当書記官に電話を入れるようにしています。この時点では、まだ書記官が訴状審査に着手できていないこともよくありますが、そのような場合には、「あまり事実関係には争いがない単純な案件ですので、早めにお願いします。」などと言ってプレッシャーをかけます。実務では、このような些細な努力が結構重要だったりします。

 なお、第1回口頭弁論期日は、裁判所から提示される候補日のうち、もっとも早い日を指定してもらうようにすることについては言うまでもありません。夏休みや正月休みを挟むような時期には、2ヶ月くらい後の日を候補日として打診されることもありますが、そのような場合には、「もう少し早いところで入れられませんか。この案件、6ヶ月も賃料が支払われていないので、かなり急いでいるので。」などと交渉して、可能な限り、第1回口頭弁論期日を早めます。

(3) 「送達」について

 前述のとおり、建物明渡請求事件の場合、未払の賃料の額、賃貸借契約解除の通知、それ以降の不法占有、等の主要な事実にはほとんど争いがありません。また、賃借人の方でも、答弁書を提出せずに、かつ、第1回口頭弁論期日に出頭しないのが通常です(きっと、出頭しても何も言い訳できないし、和解するようなお金もないから、ギリギリまで放っておこうというのが実情だと思います。)。したがって、大部分の案件は、第1回口頭弁論期日で、(専門的に言うと擬制自白が成立して)結審され、1週間から2週間後に設定される第2回期日に原告勝訴の判決の言渡しとなります。したがって、審理自体にはさほど時間がかからないのです。 

 しかし、ここにネックがあります。それは、審理に入る前の「送達」です。「送達」とはなにかというと、訴状を裁判所に提出して、前述の訴状審査が終わり、第1回口頭弁論期日の日程が決まると、裁判所書記官は、原告から提出された訴状(副本)や書証(証拠)を、第1回口頭弁論期日の呼出状とともに、被告に送ることになります。この「送る」ことを「送達」というのです。被告に届いたことを「送達できた」などと言いますが、法律上は、この「送達できた」状態にならないと、裁判(審理)を開始できません。

 このように言うと、建物明渡請求訴訟では、被告が住んでいる場所(=物件の所在地)はわかっているので、何故送達ができないのか不思議に思うかもしれませんが、賃借人が意図的に訴状を受け取らなかったり、そもそも夜逃げをして居場所がわからなかったりして、この「送達」ができないことが多いのです。この「送達」をどのようにして早めるかが建物明渡請求事件の一番の肝なのです。

 ここで、通常、裁判所の送達がどのようになされるかを理解しておく必要があります。 

 民事訴訟法上、訴状等の送達事務は裁判所書記官が行うことになっています(民事訴訟法(以下「民訴法」という。)第98条第2項)。「裁判所書記官」と言われてもピンとこないかもしれませんが、個々の裁判官には、事務的な仕事を補佐してくれる秘書のような人が付いており、これが「裁判所書記官」です[注2]。 

一般に、裁判所書記官は、まず、訴状に記載されている被告の住所地に宛てて、訴状等を発送[注3]します(民訴法第103条第1項)。

 もし、訴状等が「不在」を理由に戻ってきた場合には、休日を指定して送達したり、それでも送達ができないときは、原告代理人に上申書を提出させて、被告の勤務地に訴状等を送ることになります(民訴法第103条第2項)。

しかし、そのような被告の住所地に宛てた通常の送達、休日送達、就業場所への送達ができないときは、郵便に付する送達(民訴法第107条)を実施することになります。郵便に付する送達は、被告の住所地に被告が居住していることが明らかな場合に実施されるものであり、この送達は、発送した時に「送達ができた」という効果が発生します(民訴法第107条第3項)。したがって、被告が不在がちだったり、部屋の中にはいても居留守を使って訴状等を受領しないときには、とても効果的な送達方法ということができます。

 これに対して、訴状等が「宛所に尋ね当たらず」を理由に戻ってきた場合には、公示送達(民訴法110条ないし113条)を実施することになります。公示送達は、被告の住所地、居所、就業場所が不明なときに、裁判所の掲示板に、訴状と呼出状を掲示して行われるもの(民訴法第111条)で、掲示を始めた日から2週間経過したときに「送達ができた」ことになります(民訴法第112条)。裁判所の掲示板などほとんど誰も見てはいないと思いますので、多分に擬制的な制度なのですが、このような制度がなければ、いつまでたっても「送達」ができず、裁判が始められないので、やむを得ず認められている制度なのでしょう。

 この「郵便に付する送達」とか「公示送達」は、実際に被告本人が訴状等を受け取ったことを裁判所が確認しないまま「送達できた」ことを認める制度ですので、裁判所としては、結構神経質になります[注4]。原告側に対して、被告の住民票の取り寄せを要求するのは当然のこととして、現地調査を行い、部屋の外観(窓から住んでいる様子がわからないか、洗濯物が干していないかetc.)、いわゆるライフラインの状況(電気、ガス、水道は供給されているか、止められていないか)、近所の人への聞き込み等により、被告である賃借人が、その建物に居住しているか否かについて報告書を作成し、その報告書を添付した上申書の提出を要求されるのです。

 では、このような送達の実務を前提にして、弊事務所が行っている工夫について説明したいと思います。

 一般的に言うと、裁判所書記官は、原告側が訴状提出の段階から「被告は夜逃げしており、(賃借していた)建物には居住していない。」というような上申書を提出したとしても、それが本当のことか否かはわからないので、まず、訴状記載の被告の住所地(建物明渡訴訟では、賃借していた建物の住所地の場合がほとんどでしょう。)に訴状等を送付します。ここまでは変えようがありません。しかし、その後、休日送達をするか、就業場所への送達をするか、それらを省略して、いきなり郵便に付する送達をするか、公示送達をするかについては、ある程度原告代理人の意見を聞いてくれます。

 そこで、弊事務所では、送達について問題が生じそうな案件の場合は、最初の送達は訴状記載の被告の住所地宛に行われることは承知しつつ、戦略として、訴状提出の段階から、調査報告書添付の上申書を提出して、裁判所書記官に注意を促しておきます。そして、期日の日程の打ち合わせの際に「この賃借人は、我々が内容証明を出しても、全て不在による留め置き期間経過により返送されてきているし、現場に行っても、中にいることは明らかなのに出てこないので、訴状等は受け取らない可能性が高いです。働いてもいないようで、郵便に付する送達になる可能性が高いと思います。そこで、1回目の送達が不成功になったら、すぐに改めて上申しますので、お電話をいただけないでしょうか?」とか、「実は、部屋の中に残置物が多かったので、訴訟を提起せざるを得なかったのですが、賃借人自身は、すでに夜逃げをしていて、建物には居住していません。住民票を取り寄せてありますが、住所を移していないので、現在どこにいるのか行方不明です。公示送達になる可能性が高いので、第1回目の送達が失敗に終わったら、すぐに上申書を提出しますので、お電話いただけないでしょうか?」とか話しておくのです。これにより、休日送達等の無駄な送達を省略して、時間を短縮することができるのです。

 このようなコミュニケーションを書記官ととっていないとどういうことになるかというと、期日直前になって書記官から、「まだ送達できていません。」などと電話がかかってきて、第1回口頭弁論を1か月後ぐらいに延期しなければならなかったり、甚だしい場合は、第1回口頭弁論期日に出頭したときに、その場で、裁判官から、「まだ送達できていないので、今日は審理できませんね。次回期日を指定します。」などと言われてしまうのです。

したがって、建物明渡請求事件においては、「送達」について、書記官とのコミュニケーションを十分に図っておくことが重要[注5]なのであり、弊事務所では、書記官に「ウイズダム法律事務所」という名前を覚えてもらうような覚悟で毎回接するように心がけているのです。

(4) 和解について

 稀な例ではありますが、たまに、裁判所外で賃借人が○年○月までに退去するなどと申し入れてきて、裁判手続の中で和解を成立させることもあります。そのような場合、弊事務所では、既に何十件も実績を積んでいますので、必ず期日までに条件を詰め、期日には和解条項(案)を持参し、その期日において和解を成立させるように心がけています。 


(5) 建物明渡強制執行について

 建物明渡強制執行は、①強制執行の申立て、②執行官との打合せにより明渡催告日を決める、③明渡催告の実施、④明渡断行の実施、という流れで進みます。この中で、注意すべき点は次のとおりです。 

① 判決が出たら、直ちに強制執行の申立てをすることが望ましいのですが、申立てに必要な賃貸人の委任状や(賃貸人が法人の場合の)資格証明書が手元になかったり、判決に執行文が付与されていなかったり、判決送達証明書が取得できていなかったりすることが多いのです。一般に弁護士は忙しいので、どうしてもこのような事務的な作業が遅れがちになります。そこで、弊事務所では、この辺の作業が自動的に処理できるようマニュアルを作成し、事務局が効率的に強制執行の申立てに必要な書類の整備を行うようにしています。強制執行の申立ての際には、1件7万円~10万円の予納金を裁判所に納めなければなりませんが、その仕事も事務局が行います。  

② 次に明渡催告日については、(当然のことではありますが)早い期日を入れてもらうようにしています。法律事務所によっては、明渡催告の際に弁護士は立ち会わず、事務局を立ち会わせているところもあるようですが、現場では何が起きるのかわかりませんので、弊事務所の場合は、全件弁護士が立ち会うことにしています。現場に賃借人がいれば、弁護士から任意の退去を促すことになります。

③ 明渡断行日における注意点は、いわゆる夜逃げ案件の場合などには、残置物について執行官に無価値認定をしてもらうようにしています。執行官に無価値と言っていただかないと、執行業者は、残置物を執行官が指定する1か月くらい後の売却期日まで倉庫で保管しなければならず、それまで執行が終わりませんし、倉庫の保管費用もクライアントにかけることになるからです。

 ただ、現実に(元)賃借人がまだ生活している建物に、明渡断行をする場合には、執行官も搬出する家財道具等の動産について無価値認定はしてくれません。その場合には、倉庫に保管される家財道具等がはやく売却されるように執行官に可能な限り早い日を売却期日に指定してもらうよう交渉することになります。

④ なお、上記のように、明渡断行を行う際には、執行業者を連れて行かなければならず、その費用は、債権者(賃貸人)側が用意することになります。もちろん、後日債務者(賃借人)に対して請求することができますが、債務者(賃借人)はお金がないのが通常ですので、回収は期待できないでしょう。この執行業者に支払う費用は、残置物の量等によって異なりますが、現実に人が住んでいる建物に明渡断行をかけるとすれば、感覚として、一人住まいのワンルームマンションであれば、40万円くらい、一家四人が住んでいる100㎡ぐらいのマンションであれば100万円を超えることもある、という感じです。したがって、賃貸人によってはかなりの負担です。何カ月も家賃を滞納されて、弁護士費用まで支払って裁判と強制執行を行い、挙句の果てに執行業者に対して40万円~100万円も支払わなくてはならないということは、まさに「泣きっ面に蜂」状態なのです。弊事務所では、いくつかの執行業者と一緒に仕事をしており、クライアントにとって最も価格競争力があり、適切に業務を遂行できる業者を選ぶことができることを最後に申し上げたいと存じます。

注:

[1] したがって、既に裁判所の即決和解手続を経ることにより、賃借人の明渡義務の存在が明らかになっている場合には、訴訟手続を経ることなく、即決和解の調書を添付することにより、建物明渡の強制執行をすることができます(民事執行法第22条第7号、民事訴訟法第267条)。

[2] ちなみに、検察庁では、個々の検察官を補佐するのは「検察事務官」と呼ばれます。法律事務所では、特に法律上の呼び名があるわけではありませんが、「事務員」「秘書」「パラリーガル」「スタッフ」などと呼ばれます。(豆知識)

[3] 実務においては、大部分が郵便による交付送達(実務では「特別送達」と称されます)であり、日本郵便(郵便局)が利用されています。

[4]  場合によっては、裁判所書記官が、本来「郵便に付する送達」や「公示送達」が可能でないにもかかわらず、それを行ったとして、国が損害賠償請求をされるリスクがあります(過去に、最高裁まで争われた事件もあります)。

[5]  本文で述べてきましたとおり、送達事務は裁判所書記官が司っております。大枠の法律や規則はありますが、実際の運用は、各裁判所の書記官によって区々です。例えば、ほとんどの書記官は、訴状等の返戻理由を重視し、「不在」であれば、再度送達を試みようとします。郵便局員が「不在」(居住しているが不在)の理由をつけて裁判所に返送すると、原告代理人がどんなに「居住していません。夜逃げです。」と言っても、直ちに公示送達の手続をとってもらえず、再度同所に送達します。ただし、中には、再度送達をせずに、原告代理人からの報告書を重視して、公示送達を行ってくれる書記官もいます。

 送達の運用については立法的手当てが必要であると考えておりますが、現在のところ、その事件の担当書記官の運用に応じて、原告代理人弁護士が柔軟に処理することが求められているといえます。

今後も、いかに早く送達手続を実現するかという点については研究を積み重ね、書記官への働きかけを続けていきたいと考えております。例えば、最初から休日送達(休日送達は2回郵便局が訪問して交付を試みます)を実施すれば、再度同所への送達を経ることなく付郵便送達や公示送達をしてくれる運用も過去にありましたので、そのような処理をしてもらえるかの交渉を実践するなどです。


弁護士 飛田 博
2011年11月11日


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1. はじめに

  土地区画整理組合の仕事(特に再生の仕事)をしていると、よく組合員の方から「土地区画整理組合は破産できるでしょうか?」という質問を受けます。何故こんな質問を受けるかというと、組合の財政が苦しくなり、組合員に賦課金の負担を要請しなければならない段階になると、組合員の方でも、「いっそのこと、組合は破産してしまえばよいのではないか?そうすれば自分たちが賦課金を負担する必要がないのではないか?」との発想になるからのようです。つまり、賦課金を負担するぐらいなら、組合を破産させてしまおうと考えての質問であることが多いようです。

  では、初めの質問に戻って、そもそも土地区画整理組合は、破産できるのでしょうか?この問題は、講学上は「土地区画整理組合の破産能力」というテーマで論じられています。「破産能力」というと、「破産するのに何か特別な能力を要求されるのか」などと、変な感じがしますが、法律用語で「破産手続開始決定を受け得る資格」とか「債務者が破産者たり得る資格」とかいう意味です。一般には、個人、法人、法人でない社団等に破産能力が認められ(破産法第13条、民事訴訟法第28条、第29条)、さらに、破産法上、相続財産や信託財産にも破産能力が認められています(破産法第10章、第10章の2)

  一介の実務家である私がこの問題を論じてもあまり影響力はないかもしれませんが、よく質問される問題なので、自分自身のためにも、ここで整理しておきたいと思います。私が知る限り、いまだ土地区画整理組合が破産手続を利用した実例はないので、ここでの議論は、判例上どうなっているかではなく、理論的にどのように考えるべきかという問題になります。 

2. 破産法学者の見解

  この問題は、伝統的には、「公法人に破産能力が認められるか?」という論点の応用として考えられてきました。公法人とは、「国家のもとに特定の国家的・公益的事業を行うために設立された法人」と定義され(注釈民法〈新版〉(2) 15頁〔林良平〕)、土地区画整理組合も土地区画整理法という法律のもとで公益的事業を行う公法人と考えられているからです。

  そして、従来、破産法学者の世界では、公法人に対しては破産能力を否定するのが通説的見解でした。その理由としては、「破産の宣告があれば、債務者の総財産は破産管財人の占有管理に移され、債権者のために換価処分に附されるので、公法人はその公共的機能を果たすことができなくなる。債権者の私的利益のために公法人の公共的使命の達成を不可能にすることは許されない。」(兼子一著『破産法』142頁(青林書院新社))というのです。しかし、この通説的見解は、総論としては公法人の破産能力を否定しながらも、各論として、土地改良区、土地区画整理組合、健康保険組合等の公共組合については、「公共的色彩の薄い公共組合などは別途考慮すべきものがある。」とし、これを規律する各法律の定めを検討することにより破産能力の有無を検討すると考えます。では、土地区画整理組合はどうなるのかというと、実は、あまり深く論じられていません。結局のところ、土地区画整理組合に破産能力が認められるか否かは判然としませんでした。

  しかし、最近では、「公法人の事業がいかに公共的であっても、支払不能や債務超過に陥り、清算の必要があるときには、破産手続の開始を認めるのが合理的である。」とする有力な見解が見られるようになりました。これは、「いわゆる本源的統治行為と呼ばれる国家や地方自治体などについては、破産清算の結果、法人格が消滅することを法秩序上是認しえないから、破産能力が否定されるが、それ以外の公法人については、破産能力を肯定できないものは、その法人限りで資産・負債の清算をする必要のないものだけである。」(伊藤眞著『破産法・民事再生法(第4版)』60頁(有斐閣))と考え、法に特別の規定がない限り、公法人にも破産能力を認めるとするものです。この近時の有力説からは、「土地改良区や土地区画整理組合についても同様である。」(伊藤・前掲書61頁)とするので、(土地区画整理組合の場合、債務超過に陥っても国や地方公共団体が当然に債務を引き受けてくれるわけではなく、その土地区画整理組合限りで資産・負債の清算をする必要があるということになりますので)土地区画整理組合の破産能力は認められることになるでしょう。 

3. 土地区画整理の実務家の見解

  しかし、このような土地区画整理組合の破産を認める考え方は、土地区画整理の実務家の間では、あまり評判がよくありません。おそらく、実務に鑑みると、次のような不都合があるからだと思います。

①      経済的に破綻している組合の大部分は、換地処分に至る前に、金融機関に対し借入金を返済することができず、事業が頓挫している組合です。したがって、組合の主要な財産というべき保留地は、いまだ保留地『予定地』の段階にあり、組合の所有物ではなく(土地区画整理法第104条第11項参照)、破産管財人がこれを換価しようとしても、換価しようがないと思われるのです。したがって、換地処分前の組合には、預金、多少の事務用品などを除けば、ほとんど資産が無い状態なので、この時点で破産手続によって清算を行うことは、意味がないということになりそうです。それどころか、破産管財人は、既に道路や宅地造成等の工事が行われた部分、建物等の移転が行われた部分、販売済みの保留地予定地部分(購入者の家が建っていることが多い)等について、(換地処分が行われる見込みがなく、従前の権利関係が維持されるので)現状を土地区画整理事業が開始される前の状態に戻す必要があると解するとすれば、組合の資産はほとんど無いのですから、およそ破産手続の遂行自体が不可能な場合も多いということになります。

②      また、仮に管財人が裁判所の許可を得て事業を継続し(破産法第36条)、少なくとも換地処分まで事業を行うことを試みるとしても、換地処分を行うには、未払工事費と(換地処分のための)調査設計費などに数億円から数千万単位でお金がかかることが想定されますので、その資金をどこから調達するかの問題が発生します。保留地予定地を売るにしても、破産した組合から、しかも換地処分ができるか否か不透明な組合から購入しても良いと考える買主は普通はいないように思われますし、組合員から賦課金を徴収しようとしても、賦課金の聴衆には、組合員で組織される総会の決議が必要なので(同法第31条第7号)、組合員との間に地縁的な繋がりのない管財人が、組合員に賦課金の負担を説得することはかなり困難であるということが言えると思います。

③      さらに、破産管財人は、弁護士が選任されるのが通例ですが、多くの弁護士は土地区画整理事業のことを知らないので、そのような者にたとえ換地処分までであったとしても、土地区画整理事業をまかせて大丈夫かとの心配もあるでしょう。事業の進捗に従い必要となる行政の許認可の取得についても、行政との事前の綿密な打ち合わせが必要とされるので、弁護士の破産管財人では支障が生じる心配もあります。

  そこで、(土地区画整理法について多くの著書がある)大場民男弁護士は、「土地区画整理組合が事業執行中においては、総会(総代会)、理事、監事等の機関のもとで事業目的を達成させるべきであって、破産管財人に事業の執行を委ねるべきでないので破産を認めるべきではない。」(大場民男『土地区画整理組合に対する融資・回収上の諸問題(11)』銀行法務21・612・72)と主張されています。条文上の根拠としては、平成18年6月の公益法人制度改革による改正前の民法第81条第1項は「清算中に法人の財産がその債務を完済するのに足りないことが明らかになったときは、清算人は、直ちに破産手続の申立てをし、その旨の公告をしなければならないと規定されていたところ(現在は、一般社団・財団法人法第215条に受け継がれている。)、土地区画整理法にその種の規定がないのは、土地区画整理組合の破産を否定したからであると考えることになります。

  しかし、大場弁護士も、土地区画整理法第45条1項4号が定める「事業の完成又はその完成の不能」により解散に至る場合についても、破産があり得ないのかという問題については、「賦課金の決議を得ることは容易ではなく、借入金があるときはその債権者の同意がなければ解散も出来ず、仮に解散しても債権放棄がなければ清算結了もできないということでは、好ましくない状態が永続することになる。解釈論として破産ができるとの説に与し得ないが、立法的に破産を考えるべき時代が到来したように思う。」(大場・前掲論文(11)72頁)とも述べており、破産手続きの利用を認めるべき場合もあるとも考えているようです。

4. 私の見解

  では、どのように考えるべきでしょうか。私は、かつてこの問題を問われたときに、上記のような実際上の難点を考慮して、「換地処分前は破産能力が認められないが、換地処分後は(保留地・換地の登記も終了しており、組合を破産させても大きな混乱はないと思われるので)破産能力を認めることができるのではないか。」などと回答しておりました。

  しかし、破産能力が換地処分の前後であったりなかったりするのは理論的にはすっきりしません。したがって、最近は、「理論上は、土地区画整理組合には破産能力は認められるが、時期によっては破産手続の利用が適当でない場合がある。」というふうに説明するようにしています。このように考えるに至ったのは、一律に破産能力を認めないよりも、認めた方が適切な解決を導くことができるケースもあることに気が付いたからです。

 例えば、

①      設立後まだ間もなく、工事があまり進んでいない段階で、財政的な事情により事業が頓挫したような場合には、破産手続を利用し、事業自体を止めるのが適当でしょう。まだ工事もあまり行われておらず、保留地『予定地』の販売も行われていないような場合には、地域に混乱を引き起こすことなく、破産手続の遂行が可能であるとも考えられるからです。

②      ある程度事業が進んだ組合であっても、組合の執行部において不正が行われているようであるが、外部からはよくわからないというような場合(例えば賦課金等の組合財産が隠匿されていそうな場合)には、債権者としては、色々な困難が伴うとしても、裁判所が選任した破産管財人に関与してもらって、(少なくとも換地処分までは)公明正大に事業を進めてほしいという場合があると思います。この場合には、債権者申立てによる破産を認めるのが適当でしょう。

③      さらに、財政的に破綻し、組合員から賦課金を徴収できる可能性もなく、行政の助成金も、銀行等の債権放棄も期待できず、事実上、事業が凍結しているような組合の場合でも、破産管財人が関与すれば何とか工事を完成させ、換地処分まで到達できそうなケースの場合、事業を凍結したままの状態にしておくよりも、破産手続を利用した方が組合員にとっても、債権者(銀行)にとっても適当なのではないかと思います。

  上記②及び③の場合には、裁判所の事業継続についての許可を得て、破産管財人のもとで換地処分まで事業を進捗させることが必要になりますので、はたして残工事や調査設計費等の資金を調達できるのか、また弁護士の管財人に、実際問題として、土地区画整理事業を適正に行うことができるのか、などが問題となってきますが、資金調達の問題については、残保留地『予定地』の売却(換地処分が行われることを条件にして業者に一括して売却するようなスキームにすることになるでしょう。)、行政の助成金、組合員の賦課金等を利用することにより、(それぞれハードルは高いものの)不可能とまでは言えないと思います。また、破産管財人が具体的な区画整理事業や行政との交渉ができるかとの問題については、コンサル等の専門家を雇えばよいだけの話のようにも思うのです。

  要するに、私としては、土地区画整理組合の多くの案件では、破産手続の利用は適切ではないと考えるものの、前記の例のとおり破産手続でしか処理できない(又は破産手続きを利用した方がうまく処理できる)ケースもあるのであって、それにもかかわらず、破産能力を否定することによって、土地区画整理組合に破産手続利用の道を閉ざしてしまうのは適当ではないと考えている次第です。

  ただし、理論としては以上のとおりですが、(土地区画整理法関係の著作も多い)坂和章平弁護士が指摘されているとおり、土地区画整理組合の破産能力が認められることによって、「赤字を抱えて解散できないでいる土地区画整理組合や市街地再開発組合が、破産すればこと足りると考える風潮が蔓延することは妥当ではない」(土地区画整理実務研究会編『問答式土地区画整理の法律実務』1110ノ31頁(新日本法規、平成11年3月))ということはいえると思います。

  したがって、賦課金を負担したくない等の安易な理由から破産手続が利用されることは適当ではないし、あくまでも破産手続の利用は、行政による公的支援、組合員の賦課金負担、債権者の債権放棄などの手段が尽きたときの最後の手段と考えるべきであると思います(注)

 

(注)

 土地区画整理組合の破産能力を認めることによって懸念されるのは、事業に反対の組合員や、賦課金の負担に反対の組合員から、濫用的に破産の申立てがなされないかということだと思います。しかし、具体的に考えてみると、破産法上、破産の申立権を認められているのは、原則として「債権者」と「債務者」です(破産法第18条第1項)。組合員自身は、組合の債権者ではなく、また、この条文にいう「債務者」とは、破産する者自身(つまり組合自身)のことをいいますので、通常の組合員は、組合に対する破産申立権を有していないということになりそうです。

 そうすると、次に懸念されるのは、破産法上、理事に破産申立権が認められていますので(破産法第19条第1項第1号、同条第4項)、理事会に内部対立などがあり、組合員に賦課金を課すことに反対の一部理事から、組合の破産が申し立てられるような場合でしょうか。

 この点で参考になりそうな判例は、広島高裁岡山支部平成14年9月20日決定(判タ1905-90)です。事案は、岡山市にある窮境に陥ったある再開発組合について、県の是正処理案に基づいて、行政の助成、債権者の債権放棄、組合員の賦課金の負担を柱とする清算スキームが進行中のところ、これに反対する一部理事から、組合の破産が申し立てられたというものです。これについて、広島高裁岡山支部は、①債権放棄をすることになる債権者が上記スキームによる弁済を希望しており、破産手続きによる清算を望んでいないこと、②そのほかの債権者も上記スキームの実行に同意しており、破産宣告の必要性に乏しいこと、③本件スキームは組合が窮境に至った原因を踏まえて総会で決議されたものであり、組合員の多数の同意を得ていること、を認定して、理事の破産の申立てを「申立権の濫用」として認めませんでした。

 したがって、仮に、まだ債権者や行政との間で再建に関する話し合いが続いているにもかかわらず、一部の理事から、破産が申し立てられたような場合には、このような破産申立権の濫用(破産法第30条第1項第2号)という理屈で対抗すべきなのではないかと考えています。

弁護士 飛田 博
2011年4月18日

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 企業法務とは、具体的に何をするのか?特に法律事務所が顧問となり企業法務を行う場合、どのような仕事を行うのか?なんとなく理解できているようでいて、実は具体的にはイメージができない方が多いと思います。そこで、ここでは私が考えている企業法務について説明したいと思います。

 法律事務所が、会社の顧問として企業法務を行う場合、パターンとしては3つぐらいあると思います。

(1) 日々の業務の中で、具体的な紛争や問題が発生したときだけ事後的に弁護士に相談があるパターン

 例えば、

  •     再三督促したのに、売掛先がお金を払わないので、法的手段を講じたい。
  •     自社製品について顧客から常軌を逸するようなクレームがあったので、その対応をお願いしたい。
  •     業務の縮小に伴い従業員を解雇したところ、従業員から解雇無効の確認を求めて訴えが提起されたので、これに対応してほしい。

というようなパターンです。

 従来の顧問弁護士のイメージは、まさにこのパターンであり、企業側から見ると、顧問弁護士とは何かあったときの用心棒的な存在であり、よく「『保険』として顧問をお願いしている。」などと言われたりもします。

 顧問料としては、月10万円~5万円程度の定額の場合が多いでしょう。ただ、企業側からすれば、何か問題が発生しない限り、弁護士とは何もお付き合いがないので、顧問料は「高い」(若しくは無駄)と思われがちであり、不景気になると、顧問契約を解消したいとの申し入れが多くなります。


(2) 日々の業務の中で、問題が発生しそうなときに、事前又は予防的に弁護士に相談するパターン

 例えば、

  •     ある取引先と重要な契約書を締結したいが、このような契約書で良いか?契約書(案)のレビューをお願いしたい。
  •     新しい事業を行いたいが各種の業法上の制限を受けることがないか(つまり適法に新事業を行うことができるか。)?
  •     不良債権の処理(債権放棄等)を行いたいが、後日株主代表訴訟等で問題となることがないよう検討してほしい。場合によっては、取締役会の資料とするために意見書を書いてほしい。
  •     株主総会、取締役会をはじめとして、会社のコンプライアンス体制なども継続的にみてもらいたい。内部通報制度の窓口にもなってほしい。

というようなことを相談するパターンです。

 これから企業が行う事業や行為についての相談であることが多いので、事前法務とか予防法務とか言われています。企業の法務部や関連部署との密接な協同が要請される仕事が多く、現在の企業社会において顧問弁護士として期待されているのは、この分野であると考えられます。

 顧問料としては、顧問先の会社の業務内容によって弁護士側の作業量が異なってくるので、その会社の案件に費やした時間によって顧問料が決まるタイムチャージ制が適していると思います(顧問料としては月額5万円と定額を決めておき、6カ月ごとにタイムチャージでも弁護士報酬を計算し、タイムチャージでの弁護士報酬が定額顧問料を上回るときは、その超過部分を支払ってもらうというような方式も考えられます。)。


(3) 専門分野についての外出し

 さらに、銀行が、ノンリコースローンやアセットファイナンス等の案件物を扱う場合に、ファイナンスの諸契約を弁護士に依頼する場合、事業会社が、M&Aを行う場合に、関連する契約書一式を依頼する場合、破綻の危機に瀕した会社が、事業の存続をかけて民事再生や会社更生の申立てをする場合などのパターンです。

 ただし、このような分野ではかなりの専門性が要求されますし、クライアントの方でも、案件ごとにそれに適した弁護士をお願いしたいとの希望があるので、通常顧問案件としては扱いません。

 

 私の夢は、ある程度、企業側が、これまでは法務部等が行っていた仕事を外出ししても、対応ができるような法律事務所を作ることです。例えば、法律事務所内にgeneral corporate を専門に扱う部門があり、その部門にはA~Cという3つぐらいのチームがあって、1チーム3~5名くらいの弁護士で組織され、1チームで30~50程度の企業をクライアントとします。各チームは、『外部』としての法律事務所の独立性は維持しつつ(つまり『外部』の観点からの意見は言えるようにしておく)、従来の弁護士事務所よりも深くクライアント企業の法務に関わります。求められれば会社の法務部等と連携して、日常発生し、または発生すると予想される問題について対応するとともに、取締役会に参加して、法律上の論点について説明したり意見を述べたり、意見書を書いたりします。何か具体的な問題が発生して、ある程度の専門性が要求されるような場合には、法律事務所内の専門チームと共同して対処します。

 顧問料としては、タイムチャージ制が良いでしょう。大手の法律事務所も、M&A、ファイナンス、事業再生、訴訟といった専門性の高い分野では組織的な対応がなされていますが、general corporateという分野は、実は、まだまだ個々の弁護士がそれぞれに対応するという街弁護士事務所的対応がなされ、必ずしも組織的な対応やノウハウの蓄積がされているわけではないように思います。そこを組織化、効率化、高品質化できないかと考えています。


弁護士 飛田 博
2011年2月25日

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