弁護士の飛田です。昨年末の弊事務所のメルマガに載せた文章ですが、時事ネタなので、今の時期にブログにもアップさせていただきます。

 企業法務の世界における今年(2011年)の最大の事件は、何と言ってもオリンパス事件でしょう。

 読者の皆さんの方が詳しいかもしれませんが、簡単に振り返ってみると、今から2ヶ月くらい前の10月14日の夕刊紙で、突然、オリンパスのマイケル・ウッドフォード社長が、同社取締役会で代表取締役を解職されたと報道されたのが発端です。当初のオリンパスの発表では、ウッドフォード氏が日本の文化的風土に配慮を欠いた経営をしたことが原因という説明でしたので、外国人経営者によくありがちな問題だな、などと考えていましたが、同氏のインタビュー等により、実際には、2008年に同社が実施した英国の医療機メーカーの買収に伴いFA(ファイナンシャル・アドバイザー)に支払われた手数料や、同年に国内3社を買収したときの買収金額があまりにも多額であったことが問題であり、ウードフォード氏が、買収を進めた菊川会長や森社長の辞任を要求したところ、逆に解職されてしまったことが明らかになりました。

 そこから、何か裏にありそうだということで騒ぎが大きくなり、10月26日付で、菊川会長兼社長と森副社長が、(騒ぎの責任をとってと言うことだと思いますが)退任し、新たに高山専務が社長に就任しました。

 ただ、その時点では、まだオリンパスの説明では「買収の手続も金額も訂正」ということでしたが、11月1日に同社内に弁護士・会計士等から構成される第三者委員会が設置されて調査に乗り出したところ、11月8日には、手数料や買収額が多額だったことは過去の損失隠しと関連していたことが発表されたのです。すなわち、オリンパスでは、1990年代の財テクの失敗により金融資産の含み損が1000億円を超えていたところ、2001年の時価会計の導入によりそれが表面化することを回避するため、2000年ころ、含み損を抱えた金融商品を海外の投資ファンドに移す「飛ばし」が行われ、それがそのまま解消されないまま逆に膨らんできたので、2008年に行われた企業買収の手数料や買収代金を多額にして、それを損失解消のために使ったということでした。

 その後、12月6日に、第三者委員会は最終報告書(オリンパスのホームページで読むことができます。)を提出し、翌7日には、オリンパスから、その報告書を踏まえた今後の対応が発表されています(とても手際が良い!)。この対応では、取締役会の委嘱機関として、オリンパスとは利害関係のない有識者で構成される経営改革委員会を設置し、経営体制の見直し等について指導・勧告・答申を受けるということと、来年3月から4月にかけて、臨時株主総会を開催して、経営体制を刷新することが骨子となるようです。新聞報道では、この臨時株主総会において、役員は総退陣するような報道がなされていますが、会社の発表を見る限り、そこまで突っ込んだコミットメントはなされていないようです。現在は、この経営改革委員として、弁護士らが選任されたこと等が報道されています。

 オリンパス事件では、その他に、今後、東京証券取引所がオリンパスの上場を廃止する判断をするのか、他社による買収があるのか、増資をするのか、旧経営陣らに対する刑事責任の追及はどうなるのか等々、様々な動きがあるところです。この問題が表面化した約2ヶ月前から、怒涛の勢いで事態が動いているという感じで、この案件に関わっている、弁護士・会計士の方はさぞ大変なのではないかと思いますし、初期のころを除いて、結構、タイムリーかつ適切な対応がなされているように思いますので、「かなりやるな」という感想を持っています。
  
   ところで、ようやく本題です。

 このように、オリンパスを巡っては、現在、様々な動きがあるわけですが、私が最も注目しているのは、マイケル・ウッドフォード氏の動きです。同氏は、取締役会で代表取締役を解職されたものの、株主総会で取締役であることの解任決議されたわけではありませんので、代表取締役解職後も、オリンパスの取締役にとどまっていました。代表取締役を解職された後、様々なところでマスコミの取材に応じていましたので、動向を注目していましたが、11月30日の日経新聞の報道では、同氏がトップ復帰に改めて意欲を表明したとの趣旨の記事がでていましたので、このまま内部にとどまって改革を進めるのかなと思っていました。しかし、12月1日には、自ら申し出て、オリンパスの取締役を辞任してしまいました。その際、「新たな経営陣を構成する取締役の候補者を提案すべく、あらゆるステークホルダーと連携していく。現経営陣に直ちに臨時株主総会を招集することを求める。」との声明を出しています。したがって、外部の大株主と連携して、臨時株主総会で取締役に選任してもらうという形で外部からオリンパスを改革していくものと考えられ、一部では、臨時株主総会で、オリンパスの現経営陣とウッドフォード氏との間で委任状取得合戦が行われるのではないかという報道もなされているところです。
  
    どうしてウッドフォード氏の動向に注目しているのか?ですって。一般にはちょっとうっかりするところなのですが、企業法務の観点からすると、取締役報酬がいったん具体的に定められたら、その金額は取締役と会社間の契約内容となるので、代表取締役を解職されていわゆる平取締役になっても、本人の同意がない限り、株主総会等の決議等によっても、その金額を変更できないというのが最高裁判例(平成4.12.18民集46巻9号6006頁)です。下級審の中には、あらゆる場合について本人の同意が必要というのではちょっと厳しすぎると思ったのか、取締役の報酬等が個人ごとではなく、役職ごとに定められ、任期中に役職の変動が生じた取締役に対し当然に役職につき定められた報酬等の額が支払われている会社において、当該報酬等の定め方・慣行等を了知した上で取締役に就任したような場合は、任期中の役職の変動に伴う報酬等の減額に黙示に同意したものと判断するものもあります(東京地判平成2.2.20判時1350号138頁)。しかし、会社法第339条第2項が、(取締役会よりも更に上位の機関である)株主総会が(正当な理由がなく)取締役を解任したような場合にすら、(解任自体は認めるものの)損害(残任期の報酬額合計と解釈されている。)を賠償しなければならないと定められていることとの均衡から、このような黙示の同意は簡単に認められるべきではないと解されています(安易に黙示の同意を認めなかった最近の判例として、福岡高判平成16.12.21判タ1194号271頁)。

 何が言いたいかというと、オリンパスとウッドフォード氏との間でどのような(取締役報酬に関する)契約が締結されていたかがわからないので安易な推測はできませんが、オリンパスの2011年の有価証券報告書によると、12人の(社内)取締役の報酬額の上限が約6億2900万円ですので、単純に12で割ったとしても約5200万円になり、ウッドフォード氏は、アメリカの企業のプロのCEOまではいかないにしても、それなりに高い報酬を貰っていたものと思われます。そして、その報酬は、ウッドフォード氏が自ら辞めない限り、残任期中は保障されていた可能性が高かったのです。それを投げ打って、外部からオリンパスの改革を図ろうとするのは、ちょっと生き方として感じるところがあります。実は大株主等の有力なスポンサーがいて、かなり高い勝算があるのか、明確な勝算はないが、とにかく正義心からそうせざるを得なかったのか、のどちらかだと思いますが、ウッドフォード氏は、イギリスのオリンパスの子会社から、本社の社長になった人で、いわゆる会社から会社を渡り歩くプロの経営者ではないようですので、私としては後者のような感じがしております。いずれにしても、この先も、オリンパス事件、特にウッドフォード氏の動向には注目してきたいと思います。