マンション外観


(以下の記事は、弁護士飛田博及び弁護士萩原勇の意見にとどまり、裁判等における結果を保証するものではないので、ご注意ください。)

 

残置物の処分と法律的な論点

 

建物の賃貸人(管理会社及び保証会社)が日々頭を悩ませている問題として、賃借人が、賃料を支払わないようになり、その後、いわゆる夜逃げをしてしまったような場合、建物内に残った残置物をどのように処分したらよいか? という問題があります。

この問題に関する法律的な論点は次の3点となります。

 

(1) 契約関係の処理

賃貸借契約をどのように解除したら良いのか(具体的には、賃借人の居場所がわからないため、解除の意思表示が賃借人に到達しないのではないか)?

 

(2) 物件への立ち入り

賃借人に無断で部屋に立ち入った場合、住居侵入罪(刑法130条)は成立しないか?

立入りは、不法行為(民法709条)に該当し、損害賠償義務を負わないか?

 

(3) 残置物の処分

賃借人の同意なく残置物を処分した場合、器物損害罪(刑法261条)が成立しないか?

処分は、不法行為(民法709条)に該当し、損害賠償義務を負わないか? 
 

一般的な解釈

 

一般的な解釈によれば、概ね次のようになるでしょう。

 

(1) 契約関係の処理

賃借人がいないことがわかっている以上、単に建物の郵便受けに解除通知書が届いただけでは、解除の意思表示が到達したとは言えない(民法97条1項の解釈上、了知可能な状態に置かれたとは言えない。大判昭9.10.24新聞3773号17頁参照)。したがって、賃貸借契約を解除するには、公示による意思表示(民法98条)をするか、裁判の中で契約を解除する必要がある(民事訴訟法113条参照)。

 

(2) 物件への立ち入り

夜逃げしたといっても、帰ってくるかもしれないし、残置物がたくさん残っている場合には客観的にも占有が残っていると評価できるから、(賃貸借契約中で認められた又は正当行為として認められる)安否確認又は緊急の場合の立入りを除き、賃借人の同意なく立ち入れば住居侵入罪(刑法130条)が成立する可能性がある。また、不法行為に該当し、損害賠償義務を負う可能性がある(民法709条)。

 

(3) 残置物の処分

所有者である賃借人が処分に同意していない以上、器物損壊罪(刑法261条)が成立する可能性がある。また、不法行為に該当し、損害賠償義務を負う可能性がある(民法709条)。

 

以上のことから、賃貸人側の対応としては、夜逃げして、どこにいるかわからない賃借人を相手にして、建物明渡訴訟を提起して(送達は、公示送達(民事訴訟法110条以下)による。)、判決を得てから建物明渡の強制執行を行い、その執行手続の中で残置物を処分しなければならないということになっていたのです。

 

一般的な解釈の問題点

 

しかしながら、このような処理は、賃貸人にとっても、賃借人にとっても、更に国民全体にとっても、良いことではありません。
 

(1) 賃貸人の不利益

まず、賃貸人にとっては、裁判や強制執行が完了するまで現在の手続では68か月かかりますが(送達に時間がかかり更に長期になる場合もある)、賃借人が住んでいないにもかかわらず、部屋を空室にして日々損失を拡大させていくことになります。

当然ながら、賃料又は賃料相当損害金も、そして弁護士費用も、執行のために出捐する費用(執行補助者に支払う費用、残置物の保管代)等も賃借人から回収することは実質的に望めません。
平均的な例として、

  • 賃料及び賃料相当損害金 1か月6万円 × 10か月 = 60万円
  • 弁護士費用 40万円
  • 執行費用(業者費用含む) 50万円
となどと考えると、賃貸人側の損害は150万円ぐらいになってしまいます。

(2) 賃借人の不利益

次に、賃借人としても、夜逃げをするくらいであれば、部屋や残置物についての権利を放棄したという気持ちでいるでしょうが、実はその後68か月間は、賃貸人に対し、賃料又は賃料相当損害金が発生し続けるのです。
賃料が月6万円の部屋であれば36万円から48万円の債務の発生ということになりますし、賃貸借契約によっては賃料相当損害金を賃料の2倍と定める例がありますので、その場合には、72万円から96万円の債務の発生となります。
賃借人からしてみれば、「賃貸人は部屋を新しい賃借人に貸せばよかったではないか。私の苦境も察してほしい」と言うかもしれませんが、賃借人にその意思が表示されていないのですから、裁判でそのような言い訳は通りません。
賃借人は、その物件を使用していないにもかかわらず、使用の対価(賃料)あるいは占有侵害のペナルティ(賃料相当損害金)の支払義務を負担し続けなければならないのです。
 

(3) 国民全体の不利益

更に、国民全体の不利益もあります。
賃貸人は、このような一部の不正な賃借人にかかるコストを分散させるため、全体の賃料を上げる、敷金を上げる、与信審査を厳しくすることになりますが、そうすると一部の不正な賃借人のために賃料の価格形成過程が歪み、部屋が借りにくくなるという不都合が発生することになります。
また、本来もっと重要な紛争に司法手続を利用してほしいのに、このような実質的に争いがない定型的紛争に司法制度の労力がとられることになり、司法制度のコスト増や効率性維持に問題が発生します。

したがって、現状では、この問題の関係者の誰もが損をしている状況です。誰も得をしません。


新しいスキーム―事前合意に基づく処分

 

そこで、私たちは新しいスキームを考えました。

賃貸人と賃借人間において、賃貸借契約締結時及び更新時に、(十分な説明を前提として)合意書を取得し、その合意書に基づいて残置物の処分までを実現する方法です。コンセプトとしては、いわゆる夜逃げ状態(賃料の不払いが継続し、かつ、賃借人が部屋に居住している実態もない状態)が発生している場合に、賃貸借契約を終了させること及び残置物を処分することをあらかじめ合意しておくというものです。

合意書の内容は次のとおりです。


(1)
 契約関係の処理

一定の条件(賃借人の賃料不払が●か月以上+居住している様子が●か月間みられず連絡もつかない)を充足した場合には、解除を待たず本件契約は当然に終了する。

なお、「居住している様子が●か月間みられず、連絡がつかない」か否かは、①通知書や置手紙に対する返答の有無、②賃借人が届け出ている電話番号に電話をかけた際の応答状況、③訪問の際の状況、④近隣住民からの聴き取り結果、⑤ライフラインの開通・使用状況等を考慮したうえで決めることになりますが、可能な限り一義的な基準を定めることが望ましいということができます。


(2)
 物件への立ち入り

(賃貸借契約書に何ら規定がない場合の備えとして)一定の条件を充足した場合、安否確認等のために物件へ立ち入ることにあらかじめ同意する。
 

(3) 残置物の処分

上記(1)に基づき契約関係が終了した場合、残置物の所有権を放棄し、自由に処分することに異議を述べない。

 

合意の有効性への批判

 

私たちが提案する新しいスキームに対しては、そもそも賃貸人及び賃借人間の合意は有効なのかという批判が考えられます。

具体的には、

(1) 消費者である賃借人にとって不利な合意であるから、消費者契約法10条により無効ではないか?

(2) 借地借家法30条は、建物賃貸借の存続保障に関する特約で賃借人に不利なものは無効である旨定めているところ、夜逃げ状態が発生した場合に賃貸借契約を終了させる旨の合意は賃借人に不利なものとして無効というべきではないか?

(3) 法的手続によらずに自力救済に該当するとして、公序良俗に反し無効ではないか?

という指摘が考えられます。

 
 

これらの指摘に対して、私たちは次のように考えます。
 

(1) 消費者契約法10条は適用されない

消費者契約法10条は、「民法、商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。」と定め、「公の秩序に関しない規定」すなわち任意規定を基準としています。

しかし、本件合意(契約終了特約、残置物処分等)に関連する民法、商法、その他の法律の“任意規定”は存在しないと考えられます。
つまり、ここで問題となりうるのは、公の秩序に関する規定、すなわち強行規定(借地借家法30条や民法90条)に反しないかですので、
消費者契約法10条は適用されないと考えます。
(仮に、任意規定が存在すると考えても、消費者契約法10条が適用されるかは、公序良俗に反しないかを検討しなければなりませんので、実質的には、下記(2)及び(3)の判断と重複することになると考えられます。) 

 

(2) 賃借人にとって不利とはいえないから借地借家法30条によって無効とはならない

借地借家法30条は、同法第3章第1節の規定(建物賃貸借の存続保障に関するもの)に反する特約で、建物賃借人に不利なものは無効であると定めています。

そこで、本件合意のうち問題となりうるのは、いわゆる夜逃げ状態が生じた場合に契約を終了させる条項です(借地借家法30条との関係では、残置物の処分に関する条項等は問題とならない)。

 

この点について、「条件付・不確定期限付明渡特約」については、条件成就・期限の到来が専ら賃貸人の事情に係っている場合には無効であり、条件成就を賃借人の事情にかからしめる場合において、賃借人に不利と判断されるときも無効と解されています(稽本洋之助・澤野順彦編『コンメンタール借地借家法』第2版、日本評論社、227頁参照)。

 

この点、いわゆる夜逃げ状態を条件として契約終了とすることは、条件成就を賃借人の事情にかからしめているといえますが、必ずしも賃借人にとって不利であるとは評価できないと考えます。

なぜなら、前述のとおり、夜逃げをしているのに、既に使用していない物件について契約を存続させておくと、未払賃料ないし未払賃料相当損害金が発生し続けることになりますので、契約を早期に終了させることは賃借人の利益を図るものと評価できるからです。

したがって、賃借人にとって必ずしも不利と考えることはできず、借地借家法30条に抵触しないと考えるべきです。

 

(3) 立入り及び残置物の所有権放棄についても、民法90条により無効とはならない

裁判例(東京地裁平成18530日判決 判時195480頁)としては、賃貸借契約中に「賃借人が賃料を滞納した場合、賃貸人は賃借人の承諾を得ずに本件建物内に立ち入り適当な処置をとることができる」という条項があり、滞納3回が経過した後、まだ賃借人が建物内に居住しているのに、賃貸人側が、建物内に立ち入り、建物内に入れないように扉や窓に施錠具を取り付けたという事案があります。この事案では、次のように判断しています。

「[注:このような条項は]X[注:賃借人]に対して賃料の支払や本件建物からの退去を強制するために、法的手続によらずに、Xの平穏に生活する権利を侵害することを許容することを内容とするものというべきところ、このような手段による権利の実現は、法的手続によったのでは権利の実現が不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情がある場合を除くほかは、原則として許されない」、「そのような特別の事情があるとはいえない場合に適用するときは、公序良俗に反して、無効である」

しかし、この判決で問題とされている立入条項は、賃借人がまだ建物に居住しているのに、無断立ち入りを認めるというものであるのに対し、本件合意は、賃借人が建物に居住していないと評価できる場面での適用を問題にしており、全然ケースが異なります。すなわち、本件合意の発動は、「賃料の支払いや本件建物からの退去を強制するため」のものではなく、既に賃借人が夜逃げをして建物内で生活をしていない(占有をしていない)場合を前提としておりますから、同判決のいう「賃借人の平穏に生活する権利」を侵害することもありません。
要するに、本件合意が発動されるような場面は、自救行為の禁止を潜脱するようなものではなく、このような合意をすることには当事者双方に合理性も認められるのであって、公序良俗に反するとして無効にする理由はないと考えられます。
刑事的には、そもそも物件の占有が認められていない場合においては住居権者が存在しませんので、刑法130条の定める「侵入」(住居権者の意思に反して、住居等に立ち入ること)には該当しないと考えられますし、また、民事的にも、権利(又は法によって保護される利益)を侵害する行為ではない以上、民法709条の不法行為も構成しないと考えるべきです。

 

また、残置物に関する所有権放棄や自由な処分に異議を述べない旨の条項についても、裁判例に照らし、次のように考えます。

裁判例(東京高裁平成3129日判決 判時137664頁)としては、賃貸借契約中に、「賃貸借終了後、賃借人が建物内の所有物件を賃貸人の指定する期間内に搬出しないときは、賃貸人はこれを搬出保管又は処分の処置をとることができる」旨の条項があり、賃貸借契約が解除された後、まだ建物の明渡しが未了であるにもかかわらず、賃貸人が建物内の物件を搬出し、売却してしまったという事案に関し、次のように判断されています。

「本件建物についての控訴人の占有に対する侵害を伴わない態様における搬出、処分(例えば、控訴人が任意に本件建物から退去した後における残された物件の搬出、処分)について定めたものと解するのが賃貸借契約全体の趣旨に照らして合理的であり、これを本件建物についての控訴人の占有を侵害して行う搬出、処分をも許容する趣旨の合意であると解するのは相当ではない。これが後者の場合をも包合するものであるとすれば、それは、自力執行をも許容する合意にほかならない。そして、自力執行を許容する合意は、私人による強制力の行使を許さない現行私法秩序と相容れないものであって、公序良俗に反し、無効であるといわなければならない。これに対して、前者は、控訴人の支配から離れた動産の所有権の処分に関する問題にすぎず、これを他人に委ねることに何らの妨げもないというべきである。したがって、右合意は、前者のように解する限りにおいてのみ効力を有するものと解するのが相当である」

同判決は、「本件建物についての控訴人〔賃借人〕の占有に対する侵害を伴わない態様における搬出、処分」については、「他人に委ねることに何らの妨げもないというべき」であるから有効と解しています。結論として、賃貸人による搬出処分行為は、賃借人の建物に対する占有侵害を伴って行われたものであるから、違法性が阻却されるものではないとしましたが、その前提として賃借人が建物を依然として占有していたことを認定しているのです。

そうすると、本件合意は、賃借人が夜逃げにより既に生活していないケースを前提にしていますから、同判決に従えば、夜逃げにより占有が残されていない残置物の処分に関する合意は有効であるとになりそうです。
前述のとおり、本件合意が発動されるような場面は、自救行為の禁止を潜脱するようなものではなく、このような合意をすることには当事者双方に合理性も認められるのであって、公序良俗に反するとして無効にする理由はないと考えられます。
したがって、本件合意が有効である以上、残置物の所有権は放棄されていますので、
器物損壊罪も、不法行為も成立しないというべきです。 


終わりに

以上述べた新スキームの出発点は、現在の夜逃げ事案に対する現在の実務の対応が、関係者の誰もを幸福にしていない(権利を保護するための適切な法的解決手段を提示できていない)という認識です。どのようにして、夜逃げ(=占有なし)を認定するかという難しい問題はありますが、現状を改善しなければならないという認識については共有していただけるのではないでしょうか。
 

前述のとおり、以上は、弁護士飛田及び弁護士萩原の意見を述べたものであり、裁判における結果を保証するものではありませんので、ご注意ください。