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建物を見たときは、このモダンな建物はなに?と思いましたが、浄土真宗の築地本願

寺でした。とても風格があっていいデザインですね。)


5月にある金融機関のご依頼で私的整理の考え方についてセミナーをさせていただきましたが、その中で、私的整理の原理原則について考えたことを記載してみたいと思います。私的整理の原理原則といわれているものの根拠を遡り、その原理原則がどれだけカチッとしたものなのか、例外が許されないのかを考えてみるというマニアックな試みです。

 

ここで「私的整理」といっても、かつてのように、裁判所の関与がないところで任意に倒産処理が行われる手続一般というような広い意味の「私的整理」のことではありません。①「私的整理に関するガイドライン」に基づく手続、②中小企業再生支援協議会のスキームに基づく手続、③株式会社整理回収機構RCC)の再生支援スキームに基づく手続、③事業再生実務家協会の事業再生ADRに基づく手続などのいわゆる「公表された私的整理手続」のことを意味しています。

 

この公表された私的整理手続は、平成13年9月に策定された「私的整理に関するガイドライン」(以下「私的整理ガイドライン」)が一番早く世に登場していますので、その原理原則を考えるにあたっては、私的整理ガイドライン策定の歴史的経緯をおさえておくことが重要です。


私的整理ガイドラインの歴史的経緯は次のとおり。
 

(1) バブル経済崩壊の影響により、平成9年の山一、平成10年の長銀、日債銀、拓銀、平成11年のマイカル、平成12年の千代田生命、共栄生命、そごうと、平成10年前後から企業の大型倒産が相次ぎ、企業にとっては過剰債務処理、銀行にとっては(それと裏腹の)不良債権処理が早急の課題になっていた。

 

(2) 上記(1)には、バブル崩壊という原因のみならず、次のような事情もあった。すなわち、国際金融のシステム安定化や銀行間の競争不平等を是正することなどを目的として、(先進諸国の中央銀行および金融監督を担う行政当局の代表で構成されている)バーゼル銀行監督委員会が銀行の自己資本比率規制(BIS規制)を発表し、日本では、BIS規制が平成5年から適用になっていたが、その後自己資本比率の算定に、従来の信用リスクに加えて市場リスクも考慮するなど算定方法が厳しくなっていった(日本には平成9年に適用)。それに呼応する形で、日本の金融庁は早期是正措置を導入し、平成11年には、銀行の(自己資本比率の前提なる)自己査定を適正に行わせるために、金融検査マニュアルを作成した。これによって、いよいよ銀行が、破綻状態にある融資先の企業を支えていくことは難しくなり、企業の倒産が早まっている面もあった。

 

(3) したがって、企業側には、過剰債務問題を解決するために、銀行に債権放棄等の支援をしてもらいたかったし、銀行側でも債権放棄等により企業側の財産状況を改善し、(金融検査マニュアル上の)債務者区分を高め、きちんとお付き合いできるような企業になってもらいたかった。しかし、銀行が債権放棄した場合に、それが損金に算入できるか税務上の取扱いが明らかでなかったし、企業側も、債権放棄を受けた場合に発生する債務免除益について、青色欠損金のほか、期限切れ欠損金と損益通算できるか等、税務上の取扱いが明らかでなかった。

 

(4) そこで、政府は、平成13年4月、緊急経済対策を発表し、その中で、「金融機関の不良債権問題と企業の過剰債務問題の一体的解決」として、「経営困難な企業の再建及びそれに伴う債権放棄に関して、関係者の調整プロセスの公正、円滑化を図るために、私的整理における再建計画の策定等に係る調整手続等について、関係者の共通認識が醸成されることが望まし〔く〕、このために、関係者に働きかけて政府も参加する検討の場を設け、いわゆるガイドラインとして早急にとりまとめた上、公表する」とした。

 

(5) これを受けて、全銀協と経団連が、金融庁のバックアップを受けて、「私的整理に関するガイドライン研究会」(座長:高木新二郎弁護士)を立ち上げて、法律ではなく、法的拘束力はないが、私的整理に関する金融界・産業界の経営者間の一般的コンセンサス(紳士協定)として、平成13年9月に、私的整理ガイドラインを策定した。

 

(6) その後、私的整理ガイドラインによる私的整理が行われるようになったが、いわゆるメイン寄せ等の問題があり、期待されたほど使われなかったため、政府は、平成154月に、産業再生機構を作り、産業再生機構に債権買取機能や債務者企業に対する融資機能等を持たせて私的整理を促進した(その後、この手法は、企業再生支援機構→地域経済活性化支援機構に受け継がれる。)。また、同じころ、産業活力再生特別措置法に根拠を有する中小企業再生支援協議会が、私的整理ガイドラインを基に中小企業にも使いやすい私的整理手続を作るようになった。さらに、RCCも企業支援に乗り出し、(民間の事業再生の専門家の団体である)事業再生実務家協会もADR手続により私的整理手続を行っている。

 

 

いわゆる公表された私的整理には以上のような歴史的経緯がありますが、これを踏まえて特徴を整理すると次のとおりです。

 

① 対象債権者は金融機関のみである。
これは、「商取引債権者に犠牲を求めると債務者企業の事業価値を毀損するから、金融機関に限っている。」というような説明がされることがありますが、商取引債権者に負担を求める法的整理をしても、事業価値がそれほど毀損しなかったというケースもありますので、「商取引債権者に犠牲を求めると債務者企業の事業価値を毀損する」というのは一種のドグマのように思われます。むしろ、前述の歴史的経緯からして、もともと私的整理が、債務者企業側の必要性と銀行側の必要性が合致したところで生まれてきたということろに根拠を求めるのが説明しやすいでしょう。だから、「対象債権者は金融機関のみ」というのは絶対的な要請ではなく、色々な事情から大口の商取引債権者を対象債権者に含められるのではという例外が議論されています。

 

②手続の透明性・公平性が確保されている。

第三者の専門家アドバイザーを入れて、計画の合理性を検証させることが行われます。これなどは、前述の歴史的経緯から、私的整理をあえて行う目的は、税務上の取り扱いを明確にすることにありましたので、そのために(税務上必要とされる)手続の透明性とか公平性が確保されるようにしなければならなくなった、といことであると考えられます(もちろん、株主や世間に対する説明の問題として考えても、手続の透明性や公平性が必要になりますが、直接的な要請としてはやはり税務かと思われます。)。

 

③対象債権者の全員同意が必要である(又は同意しない銀行には再生計画の効力を及ぼすことができない)。

法律上の手続ではありませんので、債権放棄等の不利益な法的効果を及ぼすには、その銀行の同意が無ければダメということです。
私的な手続であることからくる限界でしょう。

 

④税務上の取り扱いが明確になっている。

どの手続きも国税庁に照会して、各手続従い債権放棄等がなされた場合の銀行側及び債務者企業側の税務が明確になっています。それが「公表された私的整理手続」を作る目的だったのですから、当然のことともいえるかもしれません。

 

 

さらに、私的整理の原理原則を整理すると次のとおりです。

 

①計画に同意するには経済合理性が無ければならない。

銀行は営利企業なので、債務者企業を破産・民事再生・会社更生等の法的整理手続によって処理するよりも、私的整理手続によって処理した方が回収額が多い(回収率が高い)ということでないと、(私的整理の)再生計画に同意することはできません。もし、経済合理性が認められないのに、貸付金という貴重な財産を捨てたということになれば、経営者の善管注意義務違反ということになり、株主代表訴訟などで責任を追及されることになるでしょう。この関係では、次の原則が導かれます。

 

() 清算価値補償(保証)原則

破産(清算)する場合よりも回収額が高くなければならない、という原則です。ただ、この原則は、民事再生および会社更生の法的再建型手続を選択する際の原則でもありますが、私的整理の場合には、清算・再建をとわず、回収率が高い法的手続きがあるのであれば、そちらを選択しなさいという意味ですので、破産手続のみならず、民事再生および会社更生の再建型手続との比較も求められます。したがって、法的手続価値補償(保証)原則と言った方が適当かもしれません。

 

() 債権放棄(カット)の対象になるのは非保全部分のみ

債権放棄の対象になるのは、貸付債権のうち、担保権(保証協会のような確実な保証も含む)でカバーされていない部分(非保全部分)のみということです。これも、法的手続きでも回収が保証されている担保権によりカバーされている部分(保全部分)にまで債権放棄が及ぶのであれば、法的手続よりも回収額が下がるので、認められないということでしょう。

 

このあたりの原則は、営利企業である銀行にとって譲れない原則なはずですから、絶対的な原理原則であり、例外は認められないといってもいいかと思います。

 

②原則として債権者間は衡平でなければならない。

この原則がどこから導かれるか考えてみましたが、銀行間で不平等が発生すると、もはやこの手続きが使われなくなってしまうから、というところに根拠があるのではないでしょうか。
ただ衡平性がカチッと確保されないと本当に使われなくなるのかよくわかりません。
また、我が国では、メイン寄せの傾向がつよく、厳格に形式的な衡平(非保全プロラタ)を貫くと、私的整理そのものの成立が怪しくなりますので、この原則は絶対のものではなく、合理的な理由があれば例外が認められる、ということになりますね。

 

③経営責任

債権放棄がなされるときは、債務者企業の経営者は退陣しなければならない、という原則です。

この原則の根拠は、モラルハザードを防ぐというところにありますが、中小企業などでは、従来の経営者がいないと会社(事業)の存続自体が怪しくなるなどの事情があって、形式的に、父親から息子に社長を変えて対処するということも行われています(経営責任を果たしたのではなく、事業承継を支援したあげたといううわさもありますね)。しかし、この原則自体の根拠がモラルハザードにありますから、個別的に考えてモラルハザードの心配がないような場合には、例外を認めるのもやむを得ない、ということになりましょうか。

 

④株主責任

債権放棄がなされるときは、支払株主の権利を消滅させ、増減資などにより既存株主の割合的地位を減少又は消滅させるという原則です。これを求める根拠は、モラルハザードと、残余財産の分配で、債権者は株主より優先するのだから、債権者が債権放棄により一定の負担をしているときに、株主が何も負担しないのはおかしいという会社法の論理からでしょう。

ただ、中小企業の場合には、例えば経営者一族の株式を全て消滅させてしまうということにすると、会社(事業)の存続そのものが成り立たなくなることがあり得ますので、新たに他の株主を入れることである程度ガバナンスを働かせることが期待できるような場合には、モラルハザードの心配はないし、残余財産の規律の問題よりも、今目の前にある経済合理性の方が重要ですので、一定の例外は認められる考えてよいでしょう。