武器としての決断思考 (星海社新書)

東京大学卒業後マッキンゼーで働き、今は、京都大学の一般教養課程で、『起業論』などの講義を持っている瀧本哲史さんの著書です。瀧本さんは、日本経済が衰退期を迎えた現在、かつてのような高度成長時代の大会社に入っていれば安心というような時代は終わり、若者は将来について予測不可能な状況に置かれていると考えています。そのような状況の中で、いわばゲリラである若者たちに日本社会というフィールドで戦えるように、軍事顧問として「武器としての教養」を配りたいと言います。そして、今重要なのが、予測不可能な状況の中で、変化に対応できるように意思決定ができる思考方法であり、それに役立つのがディベートの技術なのだということで、ディベートの解説をしています。

裁判も、原告と被告、検察と弁護人が、法律の適用をめぐる議論(ディベート)をして、第三者である裁判官を説得する作業とみることができ、瀧本さんのディベートの説明は、とても参考になりました。日頃なんとなくわかってはいるのですが、体系的に説明されると、目からウロコなところがあります。この本は、若者のみならず弁護士にも武器を与えますね。よかったら、ご一読をお勧めします。



(ここからは、ネタバレ的なところがあるので、興味のある方のみお読みください。)


瀧本さんの説明するディベートの技術ですが、ディベートは単なる議論ではありません。ルールがある議論ということです。そのルールには4つあります。


① 特定の論題について議論する

② 賛成側と反対側に分かれる(どちら側を持つかはクジで決める)

③ 話す順番、発言時間(制限時間)が決まっている

④ 第三者を説得する(第三者が判定をする)


ということだそうです。
ディベートで特に重要なのが、論題の設定です。論題としては、「転職は良いことか悪いことか」とか、「海外赴任は是か非か」とか、「結婚とはどうあるべきか」とか、抽象的で結論が出ないような論題設定はダメとのことです。「○○社に転職すべきか否か」、「会社の海外赴任命令を受けるべきか否か」、「○○さんにプロポーズすべきか否か」というように、具体的な行動をとるべきか否かという政策論題にすべきであるとのことです。さらに、問題が大きくて漠然としているときは、小分けにして考えるべきであるといいます。いずれにしても、結論の出ないどうでもいい問題に時間をかけるのは避けなればなりません。

次に、具体的な行動をとるべきか否かという政策論題についての議論の進め方は、その行動をとった場合のメリットとデメリットの比較です。


ここで、メリットが成立するためには、3つの条件があるといいます。


① 内因性(何らかの問題があること)

② 重要性(その問題が深刻であること)

③ 解決性(問題がその行動によって解決すること)


例えば、「日本は原発を全廃すべきか否か」との論題が与えられた場合、賛成側から、「日本の原発は、大地震があると大爆発する可能性がある(内因性)。大爆発が起きると、周辺地域が放射能に汚染される(重要性)。原発を全廃すれば、事故の可能性はなくなる。(解決性)」とメリットを主張する場合です。


また、デメリットにも3つの成立条件があります。


① 発生過程(論題の行動をとったときに、新たな問題が発生する過程)

② 深刻性(その問題が深刻であること)

③ 固有性(現状ではそのような問題が生じていないこと)


例えば、前述の「日本は原発を全廃すべきか否か」という論題について言えば、「全廃すれば、電力を他の発電所で補わなければならない(発生過程)。しかし、外の発電所では原発の電力を補いきれず、大規模な停電が発生する(深刻性)。原発を全廃しなければ、このような問題は発生しない(固有性)。」というデメリットを主張するような場合です。

そして、このメリット・デメリットに対して反論を加えますが、それはそれぞれの3つの成立条件に対してツッコミを入れる形で行うことになります。
これを整理すると次のようになります。

メリットへの反論

<内因性への反論>=そんな問題はそもそも存在しないのでは?
 ① プラン(論題の行動)をとらなくても問題は解決する。

 ② そもそも現状に問題はない。


<重要性への反論>=問題だとしても、大した問題ではないのではないか?

 ③ 質的に重要ではない。

 ④ 量的に重要ではない。


<解決性への反論>=重要な問題だとしても、その方法では解決しないのではないか?

 ⑤ プランをとっても別の要因が生じるため、問題は解決しない。

 ⑥ プランは問題の原因を正しく解決しない。

デメリットへの反論


<発生過程への反論>=新たな問題は生じないのでは?

 ① プランだけではデメリット発生には至らない(他の条件が必要)。

 ② プランの影響はデメリット発生に至るには弱すぎる。


<深刻性への反論>=問題が生じたとしても、大した問題ではないのでは?

 ③ 質的に問題ではない。

 ④ 量的に問題ではない。


<固有性への反論>=重要な問題だとしても、既にその問題は生じているのでは?

 ⑤ プランをとっていない現状でも、問題は起こっている。
 ⑥ プランをとらなくても、将来、同様の問題が起きる。


このようなメリット、デメリット、それに対する双方からの反論を通じて、正しい主張が導かれます。その「正しい主張」は、

① 主張に根拠がある。

② 根拠が反論にさらされている

③ 根拠が反論に耐えた


という3条件を具備したものということになります。


ところで、主張に根拠があるという場合、主張と根拠の間にある、それをつなぐ前提(推論)を吟味することが重要です。


推論には、大きく分けて、①演繹、②帰納、③因果関係、があります。しかし、①の演繹については、前提が間違っていたら誤った結論になる、前提で使っている言葉の定義が曖昧でも結論がおかしくなるという問題があります。②の帰納については、いくら個別の事例を集めても、結論が絶対に正しいとは言えないという欠点があり、また、得てして、都合の良い事例、偏った事例だけを集めてしまうという問題があります。さらに、③の因果関係については、原因と結果の先後関係の誤り、相関関係と因果関係の混同が起こりがちという問題点がありあます。


最後に、ディベートで欠かせないのが情報収集(証拠資料収集)です。それには、


       マスメディア、ネットの情報を鵜呑みにしない

       マスメディアの報道とは逆の意見を集める

       原典にも当たってみる


ことが必要です。


また、本当に価値のある情報とは、みんなが知っているような情報ではなく、「本当はこうだ!」というような情報です。そのためには、直接インタビューをするということが役立ちます。


インタビューのコツですが、


       全ての人は「ポジショントークする」


ということを前提として、


① 結論ではなく理由を聞く

② 一般論ではなく例外も聞く


ということだそうです。


さらに、証拠資料への反論は、


① 資料の拡大解釈

② 想定状況のズレ

③ 出典の不備

④ 無根拠な資料


という点を突けばよいでしょう。


以上のディベートの技術を使い、フローシートを作って、どのメリット・デメリットが反論に耐えたかということを吟味し、最終的に自己の「主観」により、今の最善攻を導き出すのです。


さて、本の内容の紹介が長くなってしまいました。


私のコメントですが、以上のディベートの技術は、私の弁護士としての仕事を進めるうえでも、非常に非常に参考になります。


ある法律でA説・B説があり、まだ判例も固まっていないような状況の場合、その優劣を決めるのは、メリット・デメリットの比較、即ちディベートの技法が適当でしょう。条文の「文言」や「趣旨」から解決を導ければ、それに越したことはありませんが、そのような単純な問題は少ないと思います。


また、法律家として何らかの解決手段を提案する場合にも、メリット・デメリット比較のディベートの技法は大いに参考になります。クライアントを論理的に説得できますね。


裁判では、証拠から事実を推認していきますが、その推認では、演繹、帰納、因果関係がもっともらしく利用されます。そこでは、まさにこの本で述べられている反論方法が役に立ちますし、証拠自体に対する反論も、①資料の拡大解釈、②想定状況のズレ、③出典の不備、等の反論が使えるでしょう。



以上