本文とは全く関係ありませんが、有楽町不二家のペコちゃんです。夏らしく衣替えですね。
企業に勤める研究者らがその企業の職務上発明をした場合のことを「職務発明」といって、現行の特許法では、
① 特許を受ける権利は発明をした研究者個人に属しますが(29条1項柱書及び35条1項)、就業規則等で予め定めることにより、企業はその特許を譲り受けることができ(33条1項及び35条3項)、
② 他方、従業員は、職務発明の承継等について「相当の対価」を受ける権利を有し(35条3項)、さらに、
③ その対価については、特許就業規則等で定めることができるものの(35条4項)、それが不合理なものであれば、裁判所に「相当の対価」の支払いを求めて訴えを提起できる(35条4項・5項参照)
という制度になっています。
しかし、このような制度では、企業が高額の支払いを迫られる訴訟リスクが高いとして、経団連等の強い要請があって、政府は、2013年6月25日、「知的財産推進計画2013」を決定し、(1)職務発明を当初から企業が保有する(対価については特に定めない。)こととするか、(2)(帰属についても特に定めないで)従業員と企業の契約に委ねることにするか、のどちらかに改めるとの制度を示しました。
この政府の方針に対しては、朝日新聞が、「会社での発明 特許権は従業員に残せ」という社説(2013年6月19日)を発表し、批判的な論調であり、また、ネット上でも産業界の要請に屈して労働者(研究者)の権利がはく奪されるというような論調の意見が散見されるところです。
私としては、あまりこの問題には関心がなかったのですが、先日、ある大学教授の論考に接し、前述の「産業界が労働者の権利を奪う」というような主張は、そもそもこの問題の本質を全く理解していないことが良くわかりました。理由は以下のとおり。
(1) 職場で仕事として行った発明を、発明した従業員個人の自由に任せる制度など世界のどこにもなく、日本を含めて、最終的には企業が使えるような制度になっているのです。したがって、特許を受けられる権利を従業員個人に残せと主張してみても、実質的には、あまり意味がありません。
(2) 意味があるのは、対価についてどのように考えるかということですが、この論点について、
① 「相当の対価」を最終的には裁判所が決める制度にするか、
② 最終的にも企業と技術者間の契約に委ねるのか(この場合、大部分の場合、「特許権の譲渡の対価」というよりも、給料や賞与や待遇という面で考慮されることになるでしょう。)、
という問題です。後者のような提案をすると、労働者(研究者)が搾取されるのではないかというのかもしれませんが、そこはマーケット原理による牽制が働くということでしょう。アメリカの法律では、職務発明という制度はなく、全て会社と研究者間の契約により、特許の帰属と対価が決められるということのようですが、だからといってアメリカの研究者の待遇が日本の研究者よりも悪いという話は聞いたことがありません。むしろ、日本の研究者が引き抜かれることが問題となっているということは、少なくとも、能力のある研究者の待遇は良いのでは(?)と思います。
(3) そして、「相当の対価」を裁判所が決めるという制度には、致命的な欠陥があります。
それは、まず、一般に特許は、実施されるまでに10年、訴訟をしてまで争おうというくらい利益を生むまでにもう10年かかるとも言われ、この制度で企業が裁判上請求を受けるのは、発明からかなり後になってからだからです。多くの研究者にとっては、20年後の「相当の対価」よりも、直近の給料や賞与や待遇にインセンティブを感じるでしょう。また、産業界がいうように、20年後の多額の対価の支払いは(既に企業は給料・賞与・配当等でお金を使ってしまっているが故に)、企業に対する大きなダメージとなります。
次に、法律は「相当の対価」としか定めていないため、基準が甚だしく不明確なことです。有名な青色発光ダイオード事件のように、1審の認容金額が200億円たったのに対し、2審の(裁判所がかなり心証を開示したうえでの)和解金額が約6億円だったように、裁判官によって区々となってしまいます。裁判所が対価を決めるという制度にするとしても、少なくとももう少し基準を明確にしないと、当事者に予見可能性を全く与えません。企業の現場においても、この対価の算定に(研究者を巻き込みつつ)苦労しているのが実情なのです。その苦労を研究の方に振り向けた方が適当でしょう。
ところで、日本の法律には、このように抽象的な基準のみを規定し、裁判所に金額を決めてもらうという制度が多いのです。会社法における反対株主の株式買取請求の場合の「公正な価格」(同法116条1項、469条1項、785条1項、797条1項、806条1項)や、借地借家法における介入権行使の場合の「相当の対価」(同法19条3項)などが代表的な事例ですが、そのようなざっくりとした基準では、裁判所としても、金額を定めようがなく、最終的には、鑑定合戦となり、裁判遅延の大きな原因になっています。
このようなざっくりした基準で、裁判所に金額を決めてもらうという発想は、日本人のお上意識の反映なのかもしれませんが、立法技術としては、改善した方が良いのではないかと思います。