(弊事務所の先月号のメルマガに書いた記事ですが、このブログにもアップさせていただきます。)

少々マニアックな話になりますが、私が学生だった頃(今から20年以上も前のことです。)、民事訴訟法の学説の中に、『手続保障第三の波』というものがありました。学説というよりも、民事訴訟法の目的や機能について、「第三の波」と言われていた考え方をとる学者グループの名称という側面もあったので、学派というのが正しいかもしれません。


どのような考え方なのかというと、それまで裁判所中心に組み立てられていた手続理論を、当事者中心にして、民事手続きを「当事者相互の論争・対話という相互作用によって紛争を解決するルール」と捉え直します。そして、手続内における当事者の役割分担を意識した行為規範をきめ細かく探求していこうとする立場です。このように書くと、ますます良くわからなくなると思いますが、それまでの「上から目線」的な議論を、利用者・市民の側の目線によって再構築するものと考えればわかりやすいと思います。「市民のための民事訴訟」ではなく、「市民による民事訴訟」を目指したものです。具体的な結論においては、従来の考え方とそれ程違いが生じませんが、生身の人間としての当事者に着目しようという発想や、当事者間の論争・対話、和解による解決、裁判外の手続(ADR)を重視しようという発想には、とても広がりがありました。


当時、それまで有力だった東京大学の新堂幸司教授らの議論に真っ向から挑んだ(もしくは発展させた)のが、この『第三の波』学派であり、その中心人物が(当時)立教大学教授であった井上治典教授でした。井上教授がこの立場に立つことを宣言した『手続保障の第三の波』(法学教室28号・29号)という論文を読んだときには、私はとても感動して、血沸き肉躍るような状態になったことを覚えています。同論文には、当事者の主体性(自由)と自己責任を重視するというような、私の好きなフレーズがあったことと(要するに、「自由」を目指すようなイメージがあったということだと思います。)、これまでの権威に挑戦し、新たな解釈論を打ち立てるというような元気さがあったことに興奮したのだと思います。


それから、民事訴訟法をとても面白くさせてくれたのが、井上教授と東京大学の高橋宏志教授の共著『エキサイティング民事訴訟法』でした。この本は、テーマごとにゲストを招いて、井上教授と高橋教授と対談するというものでしたが、あたかもケンカが始まるような勢いで議論されていて、本当にエキサイティングでした。最近、もう一度読みたくなって、アマゾンで検索してみましたが、中古マーケットで2万5000円もしていました。なんであんな良い本を処分してしまったのだろうと、本当に「後悔先に立たず」状態であります。


私は、大学が違ったので、井上教授から直接教わったことはありません。しかし、司法試験の予備校の答案練習会の出題者講師として、2回ほど教えを受けたことがあります。この井上教授は、とにかく格好が良かった。長身ですらっと痩せていて、手足が長く、顔はちょっと岩城晃一に似ていました。言葉には、九州なまりがあり、目つきが鋭いので、ちょっと不良っぽい。不覚ながら、一遍にファンになってしまいました。


たしか2度目の答案練習会の時だったと思います。答案練習会が終わった後、あまりそのときの出題とは関係がなかったのですが、講師控室まで押しかけて、井上教授に対し、「第三の波が好きでいろいろ読んでいますが、判決効を理由中の判断まで及ぼす点は、主文中の判断のみに既判力を認める民訴法の規定とどのように整合性をとるのですか? 答案を書くときに書きづらくて。」などと生意気な質問をしてみました。すると、井上教授は、私の目をギロッと見据えられて、「君の質問はもっともだから、答案には第三の波で書かない方がいい。だけど、君が実務に出たときには、第三の波の考え方を忘れないでほしい。」と答えてくださったのです。私は、ちょっと感動して、平身低頭、「わかりました。」と言って、顔を上気させながら部屋を出てきたことを覚えています。


残念ながら、井上教授は、2005年10月にお亡くなりになられてしまいました。(私が言うのは大変僭越なのですが)とても惜しい人を亡くしました。


現在、私は実務に出ているわけですが、頭の中には、やはり学生時代に好きだった「第三の波」があります。


話は少し変わって、先日、同僚の萩原弁護士と労働審判事件を経験しました。この労働審判事件では、①原則当事者を同行する、②当事者対席で当事者にも事情を聞きながら審理する、③事前に書面は提出するものの、裁判官や労働審判官にその場で口頭で説明する、④原則として1回で解決できるようにする、というもので、「第三の波」の考え方に親和的であり、とても感銘を受けました。我々が100%勝ったわけではありませんが、事案に即した妥当な解決をしていただき、クライアントの満足も高かったと思います。全ての民事訴訟を労働審判型の審理方法にするのは難しいかもしれませんが、通常の民事訴訟にも取り入れられるところは多いように思いました。


このブログを読んでいただいている方には、同業者の方も多いと思いますが、皆さん、「第三の波」方式でいきませんか?きっと日本の民事司法は良くなると思います。