弁護士の説明義務について判断した初めての最高裁判決が出ました。

事案を説明すると、案件としては、『債務整理』を受任した弁護士の話です。
『債務整理』は業界用語なので、ちょっと説明すると、一般の人が、いわゆる消費者金融数社からお金を借りていて、返せなくなってしまった場合、弁護士が介入して、利息制限法上の利息で元利金の充当を計算し直して、①元金が残っていれば、その金額で分割弁済の合意をして、②元金が残っていなくて過払いになっているような場合には、その過払金の返還を求める、というような案件の処理をします。一時、東京では電車に乗るとこの種の案件の営業広告をたくさん見かけましたが、そのケースといえばイメージがわくかと思います。

で、この案件では、債務整理を引き受けたY弁護士が、元利金の充当計算をしたところ、A社、B社については元金が残っていましたが、C社、D社、E社については過払金が発生していたので、まず、C社、D社、E社から合計で約159万円を回収して、それを原資として、A社とB社に「元金の8割を一括で支払うから残額を免除しろ」式の和解交渉を行うという作戦に出ました。和解提案の書面には、「御社がこの和解に応じていただけない場合、預かったお金は返してしまい、5年の消滅時効を待ちたいと思います。」などと書かれていたということですので、かなり強気な交渉ですね。その結果、A社は和解に応じましたが、B社とは和解ができませんでした。そして、Y弁護士は、B社について本当に5年の消滅時効を待つ、という方針を実行することになりますが、その際の依頼人Xに対する説明は、最高裁判決によれば次のとおりです(名称は、「Y弁護士」「X」「B社」に変更しています。)。
 

Y弁護士は、平成18731日頃、依頼人X方に電話をかけ、Xに対し、回収した過払金の額やB社に対する残元本債務の額について説明したほか、B社についてはそのまま放置して当該債務に係る債権の消滅時効の完成を待つ方針(以下「時効待ち方針」という。)を採るつもりであり、裁判所やB社から連絡があった場合にはY弁護士に伝えてくれれば対処すること、回収した過払金に係る預り金を返還するがB社との交渉に際して必要になるかもしれないので保管しておいた方が良いことなどを説明した。

 また、Y弁護士は、その頃、Xに対し、「債務整理終了のお知らせ」と記載された文書を送付した。同文書には、B社に対する未払分として297840円が残ったが消滅時効の完成を待とうと考えているなどと記載されていた。


個人的には、電話での説明とはいえ、クライアントは、方針決定の際には、その方針で自分にリスクがないか質問してくるのが普通なので、Y弁護士は、「B社が訴えてきたら、時効は中断し、残元金以上の金額を支払わなければならない可能性がある(遅延損害金が加算されていくから)」というようなことを説明しなかったのかな???と思うのですが、判決に書かれていないということは、1審・2審において、「説明した」という認定はされなかったのでしょうね。

で、その後どうなったかというと、約3年後の平成21年になり、Y弁護士が、Xに電話をかけて、消費者金融業者の経営が厳しくなっているため提訴の可能性があり、12万円程度の資金を用意できれば、それを元に一括弁済での和解交渉ができるなどと説明したようなのですが、Y弁護士については、他の依頼者から債務整理を放置したことを理由にして損賠賠償請求を提起されたとの報道がされていたことから、Xは不安を感じ、Y弁護士を解任し、別の弁護士代理人を選任してB社と交渉して、総額50万円の分割払いで和解しました(Y弁護士の書面によると、B社の残元金は297840円のはずなのですが、何故、総額50万円になったのかは判決に書かれていないのでよくわかりません。)。 

そして、
Xは、Y弁護士を、債務整理の方針についての説明義務違反があったとして、債務不履行に基づく慰謝料等を求めて訴えました。

2
審の福岡高裁宮崎支部は、Xが上記引用の箇所のような説明を受け、Y弁護士の採る債務整理の方針に異議を述べず、その方針を黙示に承諾したと認められることなどからすれば、Y弁護士が説明義務に違反したとは認められないと判示しましたが、最高裁は次のように述べて、Y弁護士の説明義務違反を認定しました。 

本件においてY弁護士が採った時効待ち方針は、B社がXに対して何らの措置を採らないことを一方的に期待して残債権の消滅時効の完成を待つというものであり、債務整理の最終的な解決が遅延するという不利益があるばかりか、当時の状況に鑑みてB社がXに対する残債務の回収を断念し、消滅時効が完成することを期待し得る合理的な根拠があったことはうかがわれないのであるから、B社から提訴される可能性を残し、一旦提訴されると法定利率を超える高い利率による遅延損害金も含めた敗訴判決を受ける公算が高いというリスクをも伴うものであった。

 またY弁護士は、Xに対し、プロミスに対する未払分として297840円が残ったと通知していたところ、回収した過払金から被上告人の報酬等を控除してもなお48万円を超える残金があったのであるから、これを用いてプロミスに対する残債務を弁済するという一般的に採られている債務整理の方法によって最終的な解決を図ることも現実的な選択肢として十分に考えられたといえる。

 このような事情の下においては、債務整理に係る法律事務を受任したY弁護士は、委任契約に基づく善管注意義務の一環として、時効待ち方針を採るのであれば、Xに対し、時効待ち方針に伴う上記の不利益やリスクを説明するとともに、回収した過払金をもってB社に対する債務を弁済するという選択肢があることも説明すべき義務を負っていたというべきである。


(私のコメント)

私は、債務整理の案件をほとんどやったことがありませんので、平成
18年当時において、Y弁護士のような時効待ち方針というのがホントに合理的な根拠がなかったのかコメントできませんが、この最高裁判決の言っていることは、案件の方針を決める際には、クライアントにその方針に従った場合のリスクや、そのリスクを避けるための代替案がないかを良く説明しないさい、ということだと思われますので、全く異存ありません。 

一昔前の弁護士とクライアントの関係の中には、「俺に任せろ。方針についてはつべこべいうな。」「先生にすべて任せました」式で、この辺の遣り取りが曖昧であっても許されるようなところがありましたが、今は、この辺をきちんとしておかないと、後日クライアントからクレームが出て大変なことになってしまいますので、弊事務所では、単に口頭で説明するだけでなく、メールやメモ等の証拠に残る形にして説明することを心がけています。今の時代当然のことなのかもしれませんが、クライアントの中には、単にリスクの説明を聞くだけではなく、そのリスクが発現する確率はどれくらいか?というところまで突っ込んで質問される方が多いので、案件処理のうえで、最も気を遣うところです。

我々弁護士は、この最高裁判決を肝に銘じておかなければなければならないでしょう。



以上