金融・商事判例№1446(2014年8月1日号)の1頁「金融商事の目」に掲載されている本山敦立命館大学法学部教授の『認知症徘徊高齢者の惹起した損害と責任』というコラムはとても読みごたえがあります。

このコラムは、認知症の高齢者(91歳)の男性が、家族が目を離したすきに外出(徘徊)し、駅のホームから線路内に降りて、電車にはねられ死亡した事故について、鉄道会社が、男性の妻の4子に対し、振替輸送等の損害約719万円を請求した事件を扱ったものです。

一審の名古屋地裁(平成25年8月9日判決言渡し)は、妻と長男に全額の賠償を命じ、二審の名古屋高裁(平成26年4月24日判決言渡し)では、妻の責任のみを認め、賠償額を半分(約359万円)にしました。この両判決に対する、マスコミの反応は「トンデモ判決」というもので、在宅介護の高齢者を家に閉じ込めておけというのか?とか、介護で疲弊している家族に24時間365日監視しろというのか?とか、批判的な論調が多かったのです。

しかし、本山教授は、マスコミ報道では、男性が、「相当多数の不動産を所有するとともに、5000万円を超える金融資産を有し」(高裁)、妻子は男性を相続したという判決には明確に記載されているが、しかし、マスコミが作り上げた「かわいそうな家族の物語にとって不都合な事実」は無視されていると指摘して、逆に、「両判決は、それぞれに〈裁判官の健全なバランス感覚〉を示した判断だと思っている。」といいます。
鉄道会社には現実に損害が発生しており、男性側が資産家であることが判明したのに、責任を追及しないとすると、今度は鉄道会社の経営者が株主から責任を追及されるのではないか、また、仮に、列車が男性との衝突を避けて急ブレーキをかけ、乗客が重傷を負った場合、急ブレーキをかけたことに故意・過失が認められなければ、乗客は鉄道会社の責任を追及できないが、この場合に、もし男性側にも責任を追及できないとしたら、乗客は誰からも損害の回復を受けられないことになる、というのです。

私自身、この判決については、マスコミ報道の域を出ない理解しかできていなかったので、とても勉強になりました。私の要約では不足がありますので、興味のある方は、是非本山教授の原文を読んでいただければと存じます。

ところで、本山教授は、 


高裁判決は、「不法行為法における損害の公平の(ママ)分担の精神」を全面に押し出して、配慮の行き届いた判断をした。筆者は、最高裁が高裁判決をどのように評価するのか、今から注目している。


と述べています。そこで、高裁判決を読んでみましたが、かなり思い切った判断をしているように思いました。

高裁判決は、男性の妻について、民法714条1項の監督義務者責任を認め、鉄道会社側の約719万円の損害の発生を認め、さらに鉄道会社側に民法722条2項の過失相殺ができるような安全確保義務違反があったことを『否定』します。しかし、そこで判断を止めず、さらに次のように切り込んでいきます。

(とっても長い一文ですが、頑張って読んでみてください。)

民法714条により監督義務者等が負う損害賠償責任は、加害行為者としての責任無能力者に対する損害賠償責任を否定することの代償又は補充として、被害者の保護及び救済のために認められたものであり、無過失責任主義的な側面があり、責任無能力者の加害行為によって生じた損害についての代位責任的な面のあるものであることを考慮すると、監督義務者等が、責任無能力者の加害行為について故意又は過失があって、同法709条により損害賠償責任を負う場合と異なり、同法722条2項に定める被害者に過失相殺事由が認められない場合であっても、同項に体現されている不法行為法における損害の公平の分担の精神に基づき、裁判所は、責任無能力者の加害行為の態様、責任無能力者の資力、責任無能力者と監督義務者等との身分的又は社会的な関係(監督義務者等が責任無能力者の推定相続人であるか否かなど)、監督義務者等の責任無能力者に対する監督状況などの加害者側の諸事由と、被害者の被った損害の性質・内容・程度と被害者が受けた影響、責任無能力者と被害者との関係などの被害者側の諸事由とを総合的に勘案して、監督義務者等が被害者に対して賠償すべき額を、監督義務者等と被害者との間で損害の公平な分担を図る趣旨の下に、責任無能力者の加害行為によって被害者が被った損害の一部とすることができるものと解するのが相当である。


つまり、民法714条1項の監督義務者責任については、被害者側に民法722条2項の過失相殺に該当するような過失がなくても、損害の公平な分担をはかるという不法行為法の精神に基づいて、裁判所が損害賠償額の減額を認定できる、というのです。

そして、本件では、(各事情についてどのようなウエイトがかけられているのか少々不明なところがありますが)
加害者側の事情として
(ア) 本件の事故が、重度の認知症患者であった男性が線路内に入り込み、列車と衝突したというものであり、その結果、男性自身は死亡していること
(イ) 本件事故当時、男性は、「相当多数の不動産を所有するとともに、5000万円を超える金融資産を有していた」こと、妻は、男性の相続財産に対して2分の1の法定相続分を有するものであったこと
(ウ) 妻は、監督義務を怠らなかったとまではいえないものの、相当充実した介護体制を構築し、監督義務の履行に努めていたと評価できること
被害者側の事情として
(ア) 資本金が1000億円を超える日本有数の鉄道事業者であるが、本件事故によって被った損害は約720万円であること
(イ) 公共交通機関の担い手として、幼児や認知症患者のように危険を理解できない者の安全も確保できるよう施設・人員の拡充を図って安全の向上に努めるべきであり、駅での利用客等に対する監視が十分になされていれば、また、ホーム先端のフェンス扉が市場されていれば、本件事故が防止することができたと推認される事情もあったこと

を総合考慮して、妻が賠償責任を負うべき額を、損害額の5割にあたる約359万円と判断しています。

条文上からは直ちに読み取れないようなチャレンジングな解釈なので、今後、専門家の間では、かなり議論になるのではないかと思います。
この名古屋高裁判決には、鉄道会社および男性の妻の双方から上告されているようですので、本山教授がおっしゃるように、最高裁判決が注目されますね。