金融・商事判例2014年10月1日号(№1450)の1頁「金融商事の目」に掲載されている須藤典明東京高等裁判所部総括判事の『信頼される民事裁判のために』という記事は、本当に鋭い指摘だと思いました。私が理解したこの記事の要点を説明すると次のとおりです。
例えば、貸金返還請求訴訟では、原告側が、①金銭の交付と②返還約束の存在を立証しなければならないが、実務では、①についてはあまり争いにならず、②について、被告から金銭は受け取ったが、それは贈与であったとか、出資であったという形(積極否認)で争われるのが普通である。この場合、原告側が主張する返還約束の存在を示す事実と、被告側が主張する贈与等を示す事実は排他的な関係にあるから、実際の審理では、原告と被告との間で、返還約束の事実と贈与等を示す事実との立証比べとなる。そして、例えば、裁判官の心証が、返還約束の存在と贈与等との存在で、それぞれ8:2、7:3、6:4になった場合、従来の考え方からすれば、7:3、6:4の場合には、返還約束の存在が、裁判官の心証として「高度の蓋然性」(80%の心証)に達していないから、原告敗訴となる。
しかし、それは、結果的に30%や60%しか立証されていない贈与等の存在を認定したのと同じ結果をもたらし、いわば消極的誤判をもたらすことになる。
「このような事実認定のメカニズムが、民事裁判に対する当事者の信頼を損なう一因となっているのではないだろうか。高度の蓋然性という原則的証明責任の在り方を再検討すべきであろう。」
明確には記載されていないのですが、この記事には、
「貸金返還請求訴訟での認定判断は、返還約束の存在か贈与等かの選択であるところ、対等な当事者がお互いに立証を尽くしたのであるから、裁判官としては、より確からしいと立証した方を採用するのが公平で、当事者主義にもかなうはずである。」
と記載されていますので、須藤判事は、7:3、6:4の場合にも、原告を勝訴させるのが適当であると考えているのだと思います。
私は、従来から、民事裁判は、原告が要件事実を80%の蓋然性で存在するとの心証を裁判官に抱かせたから勝つのではなく、原告と被告の主張立証を対比し、どちらの主張が確からしいかで決まるという実感を持っていましたが、須藤判事の上記記事は、その実感に理論的な根拠を与えてくれたように思います。
確かに、原告と被告が、一方の主張が認められれば他方の主張は認められないという排他的な関係の主張をし合っているときには、実際の審理では、両者の主張が同時並行的に心理され、そのどちらが正しいかの立証比べになりますし、民事事件は、私人間の争いで、当事者主義(処分権主義・弁論主義)が妥当しますので、基本的には、どちら主張が正しそうかで決めてかまわないと思います。
立証に高度の蓋然性(80%)を要求するのは、刑事の世界ということになりましょうか。