『星の王子さま』という物語は、一般にどのような物語として理解されているのでしょう?おそらく、①有名な星めぐりの箇所から子供の純粋な心から見た大人社会への批判の書として、また、②「大事なことは目に見えない」などと言って、毒ヘビに自らをかませて、バラの待つ小さな星に帰ってゆくところから、純愛物語として、理解されているのではないでしょうか?

 

しかし、私には、全然そのような物語とは感じられませんでした。王子さまは、バラ(我ままで、自分勝手で、意地悪な性格)を捨てて自分の星から逃げてきたのに、何をとち狂ったのか「バラに責任がある」などと言いだして、バラのもとに帰っていくストーリーは、心優しい男の悲しい物語(悲劇)としか思えなかったのです。バラのもとに帰っても、バラの性格は変えられないので、またもとの我まま、自分勝手、意地悪に悩まされるだけなのに、どうしてバラに対して責任を感じる必要があるのでしょう。

 

ところが、この度、安冨先生の『誰が星の王子さまを殺したのか』を読んだところ、もっと鋭い、深い理解があることを知りました。この物語は単なる優しい男の悲劇ではなかったのです。

 

簡単にいうと、安冨先生は、王子さまはバラからモラル・ハラスメントを受けていて、それが嫌で小さな星から逃げ出して、星めぐりのすえ、ようやく地球にやってきたときに、友達になったキツネからハラスメントの二次被害を受け、最終的に、バラについて「自分は責任がある」などと思わせられて、精神的に混乱して、自らを毒ヘビに噛ませて自殺した、というのです。

 

安冨先生によると、モラル・ハラスメントとは、単に、ひどいことを相手に言って精神的な暴力・虐待を加えることではありません。よく小さい子供に対して、親が、「自分が叱っているのはあなたが悪いからだ。あなたのために叱っているのだ。」などと言って、実は親が子供を虐待しているのに、子供(被害者)の方では自分が悪いと思い込んでいる場合のように、被害者側に悪いと思わせる特徴があるとのことです。ドメスティック・バイオレンス(DV)の場合は、肉体的な暴力・虐待が伴うので、モラル・ハラスメント(物理的でないハラスメントの意味。)ではありませんが、被害者(多くの場合は女性側)の心の中では、「相手が暴力をふるう原因の一端は自分にある。」などと思っており、また加害者(多くの場合は男性側)側もそのように思わせるような言動をしているということで、被害者側の心象としては、モラル・ハラスメントと同じことが多いらしいです。

また、モラル・ハラスメントのもう一つの特徴として、被害者自身にもモラル・ハラスメントを受けていることがわからないように巧妙に行われるというところがあり(ハラスメントの隠ぺい)、そのために、加害者側は、脅し、すかし、なだめ等々、さまざまな手段を使い、ときには「誰にもいっちゃだめ。」というふうに情報統制をすることがあるとのことなのです。

 

で、前述のとおり、安冨先生は、王子さまはバラからモラル・ハラスメントを受けていたというのですが、その論旨はかなり説得的です。

 

たしかに、王子さまは、「一輪の花があってね・・・ぼくが思うに、彼女はぼくを飼いならした・・」と言っており、王子さまがバラを飼いならしたとは言っていないのです。それなのに、キツネは、王子さまに、「本質的なものは何であれ、目には見えない。」、「きみのバラのためにきみが無駄にした時間のゆえに、きみのバラはそんなにも大切なんだ」とか、「きみは忘れてはならない。きみが飼いならしたものに対しては、きみは永遠に責任を負うことになる。きみは、きみのバラに責任がある・・」などと論理のすり替えをして話すのです。王子さまは、キツネの説教を聞いて、すっかり混乱して、「ぼくは、ぼくのバラに責任がある・・・」などと立ちすくむのです。

この描写について、安冨先生は、夫のDVで目の周りに痣を作って、必死の思いで警察に避難して来た女性が、警察官から、「目に見えるものは、本質ではない。」(夫の暴力の背後にある愛情を心で受け止めなさい。)とか「あなたが夫のために時間を無駄にすればするほど(殴られれば殴られるほど)、夫はあなたにとって大切になる。」などと言われているのと同じで、強烈なハラスメントの二次被害だ、というのです。

 

ところで、サン=テグジュペリ自身は、この物語をどういうつもりで書いたのでしょう?おそらく、この本でも書かれていますが、私も、彼自身は、モラル・ハラスメントのことなど何も意識しないで、子供の純粋な気持ちや、大事なものは目に見えない、というような価値観を強調したくて書いたのだと思います。ところが、(おそらく奥さんとの関係で悩んでいたとのことですので)そこに無意識的にモラル・ハラスメントの物語が隠れこんでしまった。そこがこの物語が傑作であるゆえんとのことです。

興味のある方は是非!