金融商品取引法24条の4及び22条1項は、有価証券報告書の重要な事項について虚偽記載があり、または記載すべき重要事項もしくは誤解を生じさせないために必要な重要事実の記載が欠けているときは、当該有価証券報告書を提出した会社の提出時の役員(取締役、会計参与、監査役、執行役等)が、有価証券を取得した者に対し、虚偽記載または記載漏れにより生じた損害を賠償する責任があると規定しています。
しかし、この賠償責任には免責規定も定められており、「記載が虚偽であり又は欠けていることを知らず、かつ、相当な注意を用いたのにもかかわらずしることができなかったこと」(金商法21条2項1号)を証明すれば、役員は賠償責任を免れることができます。
次に紹介するのは、その免責が認められた事例。
事案は、東証マザーズに上場している株式会社Y1が、有価証券報告書に架空売上等の虚偽記載をしていたことが発覚し株価が大幅に下落したため、株主が、損害賠償を求めて、Y1とY1の取締役のY2からY5を訴えたというものです。東京地裁は、次のように述べて、Y5の免責を認めました。
「破産会社〔注1〕では各取締役の間で職務の分担がされており、財務に関する事項は、専らこれに関する専門的な知識、経験を有する被告Y2や被告Y4にゆだねられていたこと、被告Y5は、現場の実務を担当して財務に直接携わっていなかったこと、被告Y5は、ほぼ毎回取締役会に出席し、取締役会に提出される会計に係る報告書類に目を通していたが、これらの書類は、いずれも創業者Y2~Y4らにより証憑を偽造するなどして巧妙に虚偽記載が含まれることを判別できないようにされていた上、監査法人の無限定適正意見の付されたものであったこと、創業者Y2~Y4らは、不正な会計処理をするに当たり被告Y5を謀議から排除し、被告Y5がこれに気が付かないように秘密裡に事を進めていたことに照らすと、被告Y5は、本件虚偽記載等について知らず、かつ、相当な注意を用いたにもかかわらず知ることができなかったものと認めるのが相当である。」
〔注1〕Y1は虚偽記載発覚後、しばらくして破産しました。
(私の感想)
1 金商法21条2項1号の「相当な注意を用いた」の解釈についての事例判決というべきものです。通常は、このようにきれいな事実を揃えるのは難しいのですが、本件では、Y2、Y3、Y4が中学・高校の同級生であり、Y1社の創業取締役というべき立場にあったのに対し、Y5は、従業員としてY1社に入社し、従業員時代から一貫して現場を担当し、経理を見ていなかったことや、監査法人さえもY2〜Y3の不正経理を見抜けず、無限定適正意見を述べていたことが幸いしましたね。
2.認容された損害額は250万円ほど。平成23年に提起された訴訟のようなので、これでは弁護士費用の方が高かったのではなかと心配になるような額です。おそらくY1社が既に破産していたことなどもあって、他の株主は追随しなかったのかな?ただ、このような賠償額では、訴訟による権利実現は実際問題として抑止されてしまうので、我が国でも懲罰的賠償金を認めた方が良くないだろうか?