我々法曹の武器は「法律」です。
その法律が役に立たないことを認識することはとてもつらいことです。
先日も、そのつらい出来事に遭遇しました。
案件は、日本の会社がタイの会社と契約を締結していましたが、その契約が履行されず、決められたお金を払ってくれないため、契約書で専属的管轄裁判所と定められている東京地方裁判所に訴えを提起しようとしたというものです。
しかし、問題は、その会社はタイの会社であり、日本には支店も営業所もないことです。
ただ、インターネットで検索してみると、きちんとした英語のホームページを持っており、かなりの規模ですので、実体がない会社ではありません。
当初は、「きちんとお金を支払ってくれ」という内容の弁護士代理人名義の文書を国際郵便で送るとともに、相手の社長以下の担当者全員に電子メールで送りつけていましたが、うんともスンとも言ってきません。
そこで、東京地方裁判所に訴えを提起しようということになりましたが、東京地方裁判所に電話して聞いたり、タイを専門にしている弁護士に相談したりして調べてみてみましたが、その実態に愕然としました。
まず、タイのその会社に訴状等を裁判所から送達してもらわなければなりませんが、その送達は大使館を通して行うので、6か月以上はかかるというのです。
そして、大使館においても訴状を審査するので、全部タイ語に訳さなければならないとのことでした。
さらに、仮に東京地方裁判所で勝訴判決を得たとしても、その判決は、タイ国では執行できない(つまり判決に基づいて強制執行ができない)ということです。
①訴状送達だけで6か月以上、②訴状や証拠資料を全てタイ語に翻訳するとすると多額の費用負担の発生、③しかも勝訴したとしても執行ができない、これでは、裁判をする意味がありません。請求金額にもよりますが、数百万円の訴訟であれば、「やるな」といっているようなものでしょう。
確かに、司法は国家権力の作用ですから、国が違えば、法律も異なり、判決なども執行できなくなるのが原則です。しかし、この国際化の時代、国家同士が協力しあって条約を締結することにより、もうちょっとましな対応ができるはずです。これでは外国の会社とビジネスすることのハードルはまだまだ高いといわざるを得ず、安心して外国の会社とビジネスができません。それは、ひいては我が国の損失になっているはずです。我々法曹はこのような状況を恥ずべきと考えて、このような実務を変えていかなければなりませんね。