前回の記事でご紹介したイーサリアムですが、非常にホットな話題となっています。

前回の記事、見てないよ!という方にご説明しますと、イーサリアムは、ビットコインと同様の仕組みを採用した仮想通貨・・・のみならずプログラミング環境もセットになったものです。イーサリアムという環境上で、利用者は、独自のプログラムを作って動作させることができます。例えば、プログラムで仮想通貨を管理して、中央管理者のいない信託、のようなことが実現できるのです。


このイーサリアム、それ自体には問題はなかったですが、6月には、イーサリアムの環境上で稼働するプログラムにバグを有するものがあり、これにより、40億円相当以上の仮想通貨が流出する事件が発生しました。


これに対して、イーサリアムのコミュニティーがどう反応するか、注目されていたのですが、720日、流出した仮想通貨を「取り戻す」対応がなされました。いわゆる、ハード・フォークと呼ばれる対応です。

改ざんができないはずの仮想通貨を、取り戻すことなんてできるのか?とも思いますが、今回は、特殊事情があり、できてしまったのです。それは、イーサリアムのコミュニティーの大半が、「取り戻す」ことに賛成したからです。つまり、イーサリアムに参加する人たち(特に、イーサリアムの取引所を含む。)が、一致団結し、

  ・これまでの通常の取引データはそのままにする

  ・しかし、流出した仮想通貨は、流出先から戻す

という新しいルールのネットワークを作って、そこに、一斉に引っ越しをしてしまったのです。流出を否定する新しい仮想通貨を作って、皆がそれに乗り換えた、とも言えます。このようなダイナミックな対応が、ハード・フォークです。

これにより、仮想通貨の流出問題は一件落着、のようにも見えましたが、そう簡単にはいきませんでした。今回の対応は、いわば、「超」例外的措置で、当然、そんな例外みとめていいのか?という反論もありました。例外は、どのようなことがあっても認めるべきではない、というポリシーを持った人たちは、当然、ハード・フォークに反対しました。

反対派の人たちの中には、新しいネットワークに引っ越しをせず、元のネットワークに残った人たちがいます。その人達は、自らを、イーサリアム・クラッシックと名づけて、仮想通貨の取引を今でも継続しています。当初は、ごく僅かなハードフォーク反対派に限られると思われていたところ、なんと、仮想通貨の取引所が、次々とイーサリアム・クラッシックの取り扱いを始め、「僅か」とは言えない状況になってきています。

そのため、現在、面白いことに、イーサリアムは、仮想通貨として2種類存在し、

 ・(ハードフォーク後の)イーサリアム

 ・イーサリアム・クラッシック

が別々に取引されています。ただ、もちろん、ハードフォーク後のイーサリアム利用者のほうが圧倒的に多数です。

そこまでして反対するのか!?と、思う方もいるかもしれませんが、突き詰めてゆけば、賛成派・反対派、どちらが正しいという訳ではないように思います。両者の対立は、どことなく、(法学部の憲法の授業などで学ぶ)民主主義と自由主義の関係に似ている気がします。つまり、

  ・コミュニティーの大半が賛成して一部の者を守る

   と決めたことだから良いじゃないか、という民主

   主義的意見

  ・皆が良いと言っても、やってはいけないことが

   ある(守らなければならない「取引への不介入」

   という価値がある)と考える自由主義的意見

の対立です。

各国の憲法では、こういった民主主義の側面と自由主義の側面の双方を国家制度に組み込んでいますが、仮想通貨という「国」にも、自由主義と民主主義をどのように組み込んでゆくか、今後も議論する必要があるのかもしれません。

ちなみに・・・、ビットコインのコミュニティーが、例えば特定の利用者のビットコインの盗難事件が生じた際に、ハードフォークして救済するかというと、断言はできませんが、あまり考えられない気がします。実際、Mt.Goxの事件の当初、「ビットコインが流出した」と騒ぎになった際(これは後に否定されています。)にも、ハード・フォークして救済しよう、という大きな動きはなかったようです(ある意味ではドライ、見方を変えれば仮想通貨の理念に忠実ですね。)。

今回ハードフォークができたのは、イーサリアムの文化や機能の特殊性、登場してまだそれ程期間が経過していないという時期的な要素もあったように思います。