群馬県太田市と栃木県足利市、この隣り合った半径10キロ圏内の地域で、1979年から1996年までの17年間に、犯行の手口が似通った次の5件の幼女誘拐殺害事件(北関東連続幼女誘拐殺人事件)が起きる。
1.1979年 栃木県足利市 MFちゃん 5歳
2.1984年 栃木県足利市 YHちゃん 5歳
3.1987年 群馬県尾島町 TOちゃん 8歳
4.1990年 栃木県足利市 MMちゃん 4歳
5.1996年 群馬県太田市 YMちゃん 4歳
このうち、4.のMMちゃんについては、幼稚園の送迎用バス運転手の菅家利和さん(当時45歳)が逮捕され、現場に残された精液のDNA型鑑定が決定的な証拠となり無期懲役となった。菅家さんは、1から3の事件についても自白をしていたから、起訴はされていないものの、世間的には1から4はすべて菅家さんがやったものというふうに思われていた(5については、遺体も発見されていないので別事件と思われていた。)。
ところが、菅家さんが17年間も刑務所で服役した後の2009年になって、菅家さんの再審請求に基づきもう一度、現代の進んだ技術のもとでDNA型の鑑定をしてみたら、現場に残された精液と菅家さんのDNA型が違っていたことが判明し、菅家さんは再審無罪となった。以上は、有名な足利冤罪事件であり、当時大々的に報道されたので、ご存知の方も多いだろう。
この本は、この足利冤罪事件の裏に何があったかを日本テレビの調査報道の記者の清水潔さんが書いたものだ。正確にいうと、何があったかを書いたというよりも、清水さんは、独自の取材により初めから菅家さんは冤罪だと気が付いて、日本テレビで冤罪キャンペーンを打つなどして、ほぼ当事者的に活動する。そして、菅家さんの再審無罪を勝ち取るだけではなく、なんと真犯人(「ルパン」似の男。以下「ルパン」という。)の存在まで突き止めて、その情報を検察・警察に流し、逮捕させようと尽力する。その中で、警察や検察の自己保身や、マスコミの捜査当局との癒着など様々な問題点が明るみになるのだ。
ノンフェクション物ではあるが、ミステリー小説のような面もあり(実際、ノンフェクションなのに、ミステリー賞も受賞している。)、読者にぐいぐい読ませる。下手な小説よりもよほど迫力もある。私はこの本の存在を知っていたのに、なぜこれまで読まなかったのか?と本当に後悔した。読んで絶対損のない本です。
ぜひぜひ一読をお勧めします。
(以下、ネタバレです。)
この本には、我々法曹に対する重大な問題提起を含んでいます。それは、清水記者が真犯人を突き止めて、犯人が現場に残したDNA型とルパンのDNA型が一致しているという証拠もあるのに、検察・検察が動かず、いまだにルパン似の男が裁かれもしないで毎日パチンコでもしながらのうのうと暮らしていることです。
それで良いのか?ということになります。良いわけありません。
ただ、問題は、はたして「犯人が現場に残したDNA型とルパンのDNA型が一致している」といえるのか?というところなのです。
清水さんの主張は次のとおりです。
菅家さんの足利冤罪事件の再審では、弁護側のDNA型判定(本田鑑定)と検察側のDNA
型鑑定(鈴木鑑定)が行われていて、本田鑑定によれば、被害者のMMちゃんのシャツ(犯人の精液が付着している。)からは、そもそも事件当初に科警研(科学警察研究所)が行ったDNA型鑑定で犯人のDNA型とされた18-30とは別のDNA型18-24が検出されており、その18-24とルパンのDNA型が合致する。だからルパンは真犯人なのだ、というのである。
これに対して検察側の見解は、信頼できるのは検察の依頼により行われた鈴木鑑定であり、鈴木鑑定では、18-24などというDNA型は出されておらず、したがって、真犯人のDNA型は科警研鑑定の18-30であり、ルパンの18-24とはDNA型において異なる(つまりルパンは真犯人ではない)、というのだ。
これに対しては、さらに清水記者の反論があり、科警研の当初鑑定では、被害者(MMちゃん)のDNA型鑑定が行われていない。そこで、MMちゃんのへその緒からMMちゃんのDNA型鑑定をするとともに、MMちゃんと日ごろから接触していた母親のDNA型判定をしてみると、MMちゃんは18-31及び母親は30-31だった。つまり、科警研の当初の18-30というのは、このMMちゃんと母親のDNA型を掘り当ててしまった結果なのではないか?というのだ。
では、どっちの主張が正しいのか?
これは簡単なことで、まだMMちゃんのシャツ(真犯人の精液がついている。)が残っているので、最新の技術を使って、もう一度DNA型鑑定を行い、18-24が検出されるか確かめればよいのだ。本田鑑定と鈴木鑑定は、同じシャツといっても別々の箇所を資料としているので、本田鑑定で検出された18-24型が鈴木鑑定で検出されないことはあり得る。したがって、もう一度行ってみればよいだけのことなのだ。
しかし、そのシャツは現在検察が押収したままなのに、再鑑定は行われず、かつ、MMちゃんの母親に返却もされない。MMちゃんの母親が返却を要請しても、「MMちゃんの父親(妻とは離婚している。)が『検察がもっていてくれと。』と言っている。」との理由から、検察は返そうとしないのだという。そして、北関東幼女連続誘拐殺害事件の真犯人(ルパン)も逮捕しようとはしない。
このような事態について、清水記者は、もし、科警研が真実ちゃんや母親のDNA型を犯人のものと間違ったのであれば、科警研の信用は地に墜ち(きわめて初歩的なミス)、既に刑が執行されている福岡の飯塚事件などの他の事件にも波及する可能性があるから、検察、警察、科警研にとっては絶対に認められない一線であり、北関東幼女連続誘拐殺害事件の真犯人を逮捕するよりも、検察、警察、科警研の信用を守る方が重要だと判断しているのだと推測している。
で、実際のところはどうなのでしょう?
私は、自分も含め、あらゆる人はボジション・トークを免れないと思っています。弁護士という職業柄、ポジショントークであることすら気が付かず、心の底から嘘を真実と思って主張されている方にもときどき出会います。過去の警察や検察の不祥事のときに、警察や検察が組織防衛に走ったことも知っています。だから、清水記者の推測にも一理あるとは思うのです。
ただ、本当にそうなのかな?本当にそうだとすると、法曹の一人としてあまりにも悲しすぎます。いやいや、過去の検察官による証拠偽造事件のときも、検察内部から隠ぺいを告発する声はあったので、そこまで腐ってはいないのではないかな(個人的に信頼できる検察官を知っていますしね。)。というわけで、検察・警察の関係者(現役は無理だろうから、OB等々)から、この清水記者の本に対する反論を出してもらいたい、というように思います。そうでないとこの本の内容が真実になってしまうような・・・