今月7日(平成2977日)、基本給にあらかじめ割増賃金を含む旨の合意の有効性が問題になった最高裁判決が出た。結論は、当該合意によって割増賃金が支払われたということはできない、というものである。

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/897/086897_hanrei.pdf

 

事件の当事者は、勤務医とその勤務先である医療法人である。事実の概要をシンプルにすると次のとおり。

・年俸1700万円。その内訳は、(1)本給月額86万円、(2)諸手当月額341000円、(3)賞与(本給3か月分相当額を基準に成績勘案)。

・週5日勤務。所定労働時間は午前830分から午後530分まで(休憩1時間)。時間外労働あり。

・時間外労働については、医師時間外勤務給与規程に定めがあるが、これによるとすべての時間外労働が時間外手当の対象とはなっていない。

・上記規程に基づく時間外手当以外の時間外労働に対する割増賃金は、年俸1700万円に含まれることが合意。ただし、当該年俸のうち割増賃金に当たる部分は明らかにされていなかった。

・勤務医側は、割増賃金が支払われていないとして、その支払いを求めた。

 

原審である東京高裁平成27107日判決の判断の要旨は、次のとおり(最高裁判決から引用)。

「本件合意は、上告人の医師としての業務の特質に照らして合理性があり、上告人が労務の提供について自らの裁量で律することができたことや上告人の給与額が相当高額であったこと等からも、労働者としての保護に欠けるおそれはなく、上告人の月額給与のうち割増賃金に当たる部分を判別することができないからといって不都合はない。したがって、本件時間外規程に基づき実際に支払われたもの以外の割増賃金(略)は、上告人の月額給与及び当直手当に含めて支払われたものということができる。」

 

この原審の判断は、基本給の中の割増賃金に当たる部分が判別できないことを認めつつも、実質的に労働者保護に欠けるおそれはないとして、合意どおり、割増賃金が支払い済みとしてOKという立場であったといえる。

 

これに対して最高裁の立場はーーNO。今回、最高裁は、過去の最高裁判決を参照しながら、労働基準法37条の趣旨を説き、同趣旨から、「割増賃金をあらかじめ基本給等に含める方法で支払う場合においては、……労働契約における基本給等の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要であ」るとして、今回の合意によって、割増賃金が支払い済みということはできないと判断した。なお、判別可能性が必要という判示の箇所では、(a)最高裁平成6613日判決[高知県観光事件]、(b)最高裁平成2438日判決[テックジャパン事件]、(c)最高裁平成29228日判決を参照しているが、

私は、弊事務所のブログにて、このうち(b)のテックジャパン事件をとりあげている(2012415日付、http://blog.tplo.jp/archives/5498638.html)。

 

最高裁は労働基準法37条の趣旨について、以下のとおり解釈している(この解釈については最高裁昭和4746日判決を参照しているが、今回、明確に判示したことの意義は小さくないと思われる)。

「労働基準法37条が時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けているのは、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとする趣旨によるものであると解される……また、……労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるものと解され、労働者に支払われる基本給や諸手当(略)にあらかじめ含めることにより割増賃金を支払うという方法自体が直ちに同条に反するものではない。」

 

前述した原審東京高裁も、労働基準法37条の趣旨は同じ方向で、つまり、労働者保護のため(うち、補償の面にウェイトをおいていると推察される。)ということで解釈していたけれども、最高裁としては、ざっくりと労働者保護とまとめてしまうのではなく、「時間外労働を抑制するという目的のために法定された額を下回らない割増賃金の支払いを使用者に義務付ける」という点にウェイトをおいていると思われる。それ故、いくら年俸1700万円であろうと、そもそも使用者が(もちろん労働者も)法定された額を下回るか否かがわからないような合意が許されてしまうのであれば時間外労働を抑制するという目的が達成されないためNG、としたのであろう。

 

個人的には、今回の事件は、モルガン・スタンレー事件(東京地裁平成171019日判決・判タ1200196頁)を想起させるものであった。同事件は、外資系証券会社モルガン・スタンレーの従業員であった者が労基法37条の割増賃金の支払いを求めたものであり、同従業員は、1年間に年間基本給として2200万円余及び裁量業績賞与約5000万円と多額の報酬の支給を受けていたが、会社側はこれらの報酬に割増賃金は含まれていると反論した。東京地裁は、同従業員の請求を棄却した。すなわち、会社側の反論を認めた。

この東京地裁でも労働基準法37条の趣旨に立ち返りつつも、同事件の場合には、(1)給与は労働時間数いよって決まっているのではなく、会社にどのような営業利益をもたらし、どのような役割を果たしたのかによって決められていること、(2)会社は当該従業員の労働時間を管理しておらず、仕事の性質上、自分の判断で営業活動や行動計画を決め、会社もこれを許容していたこと、このため、そもそも当該従業員がどの位時間外労働をしたか、それともしなかったかを把握することが困難なシステムとなっていること、(3)当該従業員は会社から受領する年次総額報酬以外に超過勤務手当の名目で金員が支給されるものとは考えていなかったこと、(4)当該従業員は高額の報酬を受けており、基本給だけでも月額1833333円を超える額であり、170分間の超過勤務手当を基本給の中に含めて支払う合意をしたからといって労働者の保護に欠ける点はないとして、当該趣旨を没却するおそれがないと判断した。

この事件が、今の最高裁まであがっていたら、おそらくNGであった、東京地裁の判断は否定されていたのではないか、と思われる。モルガン・スタンレー事件のようなケースへの対応は、現行の労働基準法の解釈の域を超えており、最高裁が判別性要件が欠ける事案でOKを出すことはないと思われる。

法改正(例えば、今、ホットとなっているホワイトカラー・エグゼンプションなど)をして解決するかどうかという立法的問題だと考えられる。 

実務的には、各企業で、明瞭に区分されていなかった判別不可能な固定残業代制度を判別可能にするように対策が進んでいるというのが実感であるが、まだまだ理解が浸透していなかったり、過去の部分(時効が完成していない債務)をどうするのかという問題を抱えている企業も少なくないと思われる。