少々前のことになるが、女性国会議員の不倫疑惑が報道された。
彼女は、かつて人気女性グループで躍したが、結婚後、政治家になり、現在は国会議員をしている。
しかし、週刊誌が、彼女と市議会議員の男性との不倫疑惑を報道した。その雑誌には、新幹線の中で彼女が男性市議と手をつなぎながら寝ている写真が掲載されており、また、一緒に女性議員が東京に借りているマンションや大阪のホテルに泊まっていたことが書かれていた。しかし、彼女は、この市議と一緒にホテルにいたことは認めたが、男性が現在妻子ある身で、離婚調停中なので、きちんと身辺の整理がつくまではということで、「一線は超えていない」ことを強調した。「一線を越えていない」ということの意味は、肉体関係はないということである。

しかし、どうしてこの女性議員は「一線を越えていない」と答えたのだろう。
そこには何らかの法的な意味あいはあるのだろうか?
本当のことはわからないが、弁護士としてちょっと推測してみよう

報道によれば、市議は結婚しており、妻と子供が2人いる。しかし、市議によれば、5〜6年前から妻との婚姻関係は破たんしていて、昨年の夏からは別居を開始し、現在、離婚調停中とのことである。

日本の民法(家族法)では、夫と妻は、合意によって離婚できるが(民法763条)、合意が成立しない場合には、①相手方に不貞行為がある、②相手方から悪意によって遺棄された、③相手方の生死が3年間不明、④相手方が強度の精神病にかかり回復の見込みがない、⑤その他婚姻を継続しがたい重大な事由がある、場合しか、離婚をすることが認められない。
そして、最高裁の判例により、たとえ夫婦関係が破たんしていて、婚姻を継続しがたい重大な事由が認められる場合でも、破たんの原因を作った側からの離婚請求は棄却される(最高裁昭和27年2月19日判決)。つまり、たとえば、既に夫婦が長期間別居していて、婚姻関係を継続しがたい重大な事由がある場合という場合であっても、その別居が夫の不倫から開始されたのであれば、夫からの離婚請求は棄却される。これは「有責配偶者の理論」と言われている。

したがって、本件では、市議会議員としては、なんとしても不貞行為(女性議員との間の肉体関係)の存在を認めることはできないのだ。
もちろん、本件の場合、市議は昨年の夏から既に別居を開始しており、その時点で婚姻関係は破たんしていたと主張しているから、今回の不倫が婚姻関係を破たんさせた原因ではない可能性がある。しかし、報道によれば、妻は、婚姻関係はまだ破たんしていないと主張しているとのことであり、また、別居も彼が一方的に開始しただけだと主張している。したがって、婚姻関係が破たんした後に女性議員と関係をもったという彼の主張が否定される可能性はある。その場合のリスクを考えると、市議としては、少なくとも不貞の事実は認めたくないところであろう。

また、この女性議員にも、何としても肉体関係の存在を否定しなければならない理由がある。それは、この女性が、男性市議が妻帯者であることを知りながら肉体関係を持った場合、妻としての権利を侵害したものとされ、妻に対して不法行為に基づく損賠賠償金(慰謝料)を支払わなければならないというのが判例(最高裁昭和54年3月30日判決)だからだ。もちろん、関係をもった時点で既に夫婦関係が破たんしていたのであれば、女性議員が原因で妻としての権利が侵害されたわけではないので、損害賠償金を支払う必要はないのであるが(最高裁平成8年3月26日判決)、前述のとおり、破たんしていかどうかはどうもはっきりしない。したがって、女性議員としては、男性市議の離婚紛争に巻き込まれないためにも、肉体関係の存在を認めるわけにはいかないのだ。

ところで、この男性市議は、新幹線の中で女性議員と手をつないでいたり、ホテルの部屋に一緒に泊まっていたりしたのだから、一般的には「肉体関係はある」と推測するのが普通であろう。それなのに、「一線を越えてない」と言うのは、かえってこの女性議員と男性市議の誠実性を疑わせることにならないのであろうか?

この点は、日本の裁判所のことを良く知っていないと回答することは難しいだろう。というのは、私の経験からすると、日本の裁判官には、直接的な証拠がない限り、不貞の事実を認定しない傾向があるように思えるのだ。私が経験した例で最も甚だしかったのは、夫から(私のクライアントである)妻が離婚を請求された事例で、妻側が夫の携帯電話のメールを調べたところ、ある女性との間でベッド上での関係を描写した内容のメールのやり取りがあることがわかったのだ。私たちは、夫は有責配偶者であり、離婚請求をすることは許されないと主張したのだが、裁判所は、夫の言い訳を採用して、不貞関係を認めなかった。そのいい訳とは、「妻と別れたくて知り合いの女性にこのような嘘のメールを書いてもらった。妻がメールを覗き見ることはわかっていた。」などと言うのである。その女性の証言すらないのに、夫の言い訳を採用した裁判所の判断にはちょっとあきれたが、このように裁判所はなかなか不貞の事実を認めないように思うのである。

では、どうしてこのように不貞の事実の立証に辛い態度をとるのであろう?私の分析では、日本の裁判官も、この「有責配偶者の理論」が実は不合理な結果を生じさせていることが多いことに気が付いているからなのではないだろうか?一般に、有責配偶者の理論が問題となる案件では、夫婦の別居が長く続いており、婚姻関係としては完全に破たんしているケースが多い。それなのに離婚を認めないのは、いくら離婚を請求している配偶者に当初の原因があるといっても、(嫉妬と憎しみに満ち溢れた)何も生まないネガティブな関係だけが残るだけであって、社会的に見ても適当でないケースが多いのだ。

そこで、最高裁は、有責配偶者の理論に例外を認め、別居が相当期間経過し、夫婦に未成熟子がいない場合には、離婚によって相手方がきわめて過酷な状況におかれる等の著しく社会正義に反する特段の事情がない限り、有責配偶者からの請求を認めることにした(最判昭和62年9月2日判決)。
ただ、この例外が適用されるには別居が8年間以上は続いていなければならないなどといわれており、この例外をもってしても、なかなかハードルは高いなのだ。そこで、裁判官の感覚としては、そもそも有責配偶者などという変な論点が出てこないように、そもそも不貞の事実の立証を(無意識的に)厳しくしてしまっているのではなか、というのが私の分析なのだ。

ということで、冒頭の問題にもどって、なぜ女性議員は、「一線を越えていない。」ことを強調したのか?それは、一線を越えたことを認めてしまうと、恋人の市議会議員の男性が、今後の離婚調停・訴訟で不利益な立場になるからであり、自分にも火の粉が飛んでくるからであろう。では、なぜ「一線を越えていない」などというちょっと一般的には通じないような言い訳ができるのか。
それは、裁判所では、直接な証拠がない限り、なかなか不貞の事実は認められないからなのだ。

と私は思いましたが、以上は、事実関係に関しては何の根拠もない推測です。
女性議員と男性市議会議員は、彼らが言うように「講演の原稿の打ち合わせ」をしていただけなのであって、本当に一線を越えていないのかもしれません。したがって、このお話の取り扱いにはくれぐれもご注意くださいね。