IMG_2781(写真は、2020年7月17日お昼の銀座中央通。東京都の新規コロナ感染者が293人と過去最高だったからか、それとも梅雨の長雨が続いているからか、人通りがまばらで、寂しげな様子です。)



(この原稿は使用者サイドから見た法律関係を説明します。)


まず、使用者が設問のような命令を出すことができるか?ですが、使用者は労働者の業務や職場の環境について指揮命令権・管理権を有するとともに、労働者について安全配慮義務を負っています。

新型コロナウイルスの感染拡大が重大な問題となっている現在の状況で、ゴホゴホ咳をしていて、コロナ感染が疑われる従業員に勤務を続けさせることは、仮に本当にコロナに感染していたときは、他の従業員に対する安全配慮義務も尽していないことになるので、使用者としては、当然に、従業員に対する指揮命令権、職場環境についての管理権の一環として、帰宅するよう命じることができると考えてよいでしょう。
で、この従業員の仕事が自宅でできるものだったらよかったのですが、できない場合、労働者に休業させることになります。

次に、その場合、休業手当(給料の60%以上)を支払う必要があるかについて問題となります。多くの会社では、そこまで厳密な取り扱いはしておらず、従業員が風邪などで休んでも定額の給料を支払っているということかもしれませんが、法的に詰めて考えると、「ノーワーク・ノーペイ」が原則ですから、労働者が休業していた期間は給料を支払わなくてよいのでは?という疑問が発生するわけです。

この点について規定しているのが、労働基準法第26条です。

 

(休業手当)

26条  使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の60以上の手当を支払わなければならない。

 

つまり、コロナに感染している疑いのある労働者に帰宅を命ずることが、「使用者の責に帰すべき事由による休業」に該当するかがポイントです。

考え方としてはいくつかあるでしょう。
例えば、コロナに感染していることが確認されている従業員であればいざしらず、コロナ感染の「疑い」だけで、ノーペイという不利益を課すのは「推定無罪」という法原則に反すると考えて、「使用者の責に帰すべき事由による休業」に該当するという考え方もあるでしょう。

また、労働法という分野では労働者を社会的弱者と考えて保護することに重点が置かれますので、この問題を考えるにあたっても、労働者保護にウエイトを置き、コロナ感染の「疑い」で休業命令を出すのは、「使用者の責に帰すべき事由による休業」に該当するのだ、という考え方もあるでしょう。

しかし、ゴホゴホ咳をしていても、PCR検査でコロナ陽性が確定していない従業員に休業を命じると全て「使用者の責に帰すべき事由による休業」に該当すると考えるのは不合理です。なぜなら、実際にコロナウイルスに感染していることを確認してから休業命令を出すとするとコロナ感染予防対策として効果がなく、他の従業員に対する安全配慮義務も尽くせなくなるからです。

これに対しては、「いやいや使用者の指揮命令権の一環として休業命令自体は出せるのだから、使用者は休業手当の支払いを覚悟して休業命令を出せば良いではないか?」という人がいるかもしれません。

しかし、一方では(コロナ感染拡大予防対策などといって)休業命令を出すことを推奨しておきながら、他方ではその休業命令を出すことを躊躇させるような解釈をするのは、ベクトルの方向がちぐはぐで、良い解釈論とは言えないと思います。

そこで、労働者の状態がどの程度であれば、「使用者の責に帰すべき事由による休業」に該当するのか?という更に細かい議論に入っていきます。極端な例で言えば、労働者がちょっと咳をしただけで休業命令を出すとすれば、それは「使用者の責に帰すべき事由による休業」に該当し、休業手当の支払いの対象になるが、従業員が、ゴホゴホ、ゼーゼーしながら咳をしていて、見るからに苦しそうであれば「使用者の責に帰すべき事由による休業」に該当しないということについては誰もが納得すると思うのですが、その間の事案についてはどう考えればよいのか?ということです。

で、この点に言及しているのが、厚生労働省のHPにある次のQ&Aです。

 

〈感染が疑われる方を休業させる場合〉

3 新型コロナウイルスへの感染が疑われる方について、休業手当の支払いは必要ですか。

感染が疑われる方への対応は「新型コロナウイルスに関するQ&A(一般の方向け)症状がある場合の相談や新型コロナウイルス感染症に対する医療について問1「熱や咳があります。どうしたらよいでしょうか。」」(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00007.html#Q4-1)をご覧ください。

これに基づき、「帰国者・接触者相談センター」でのご相談の結果を踏まえても、職務の継続が可能である方について、使用者の自主的判断で休業させる場合には、一般的に「使用者の責に帰すべき事由による休業」に当てはまり、休業手当を支払う必要があります。

 
このAnswerの中で、「「帰国者・接触者相談センター」でのご相談の結果を踏まえても」という部分は、そんな相談をしている余裕はないので、適当ではないです。その点は置いておいて、上記のAnswerで引用されている「問1「熱や咳があります。どうしたらよいでしょうか。」(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00001.html#Q5-1)のQ&Aを見てみると、次のとおりです。

 

問1 熱や咳があります。どうしたらよいでしょうか。

 発熱などのかぜ症状がある場合は、仕事や学校を休んでいただき、外出は控えてください。休んでいただくことはご本人のためにもなりますし、感染拡大の防止にもつながる大切な行動です。そのためには、企業、社会全体における理解が必要です。厚生労働省と関係省庁は、従業員の方々が休みやすい環境整備が大切と考え、労使団体や企業にその整備にご協力いただくようお願いしています。
 咳などの症状がある方は、咳やくしゃみを手でおさえると、その手で触ったドアノブなど周囲のものにウイルスが付着し、ドアノブなどを介して他者に病気をうつす可能性がありますので、咳エチケットを行ってください。

 帰国者・接触者相談センター等にご相談いただく際の目安として、少なくとも以下の条件に当てはまる方は、すぐにご相談ください。

息苦しさ(呼吸困難)、強いだるさ(倦怠感)、高熱等の強い症状のいずれかがある場

重症化しやすい方(※)で、発熱や咳などの比較的軽い風邪の症状がある場合

※高齢者をはじめ、基礎疾患(糖尿病、心不全、呼吸器疾患(慢性閉塞性肺疾患など)など)がある方や透析を受けている方、免疫抑制剤や抗がん剤などを用いている方

上記以外の方で発熱や咳など比較的軽い風邪の症状が続く場合

(症状が4日以上続く場合は必ずご相談ください。症状には個人差がありますので、強い症状と思う場合にはすぐに相談してください。解熱剤などを飲み続けなければならない方も同様です。)

 

このAnswerを読んでも、使用者が従業員を休業させる場合に、従業員がどのような状態であれば、「使用者の責に帰す事由による休業」といえるのか直接の言及がないように思うのですが、なんとなく、

 

息苦しさ(呼吸困難)、強いだるさ(倦怠感)、高熱等の強い症状のいずれかがある場

重症化しやすい方(※)で、発熱や咳などの比較的軽い風邪の症状がある場合

※高齢者をはじめ、基礎疾患(糖尿病、心不全、呼吸器疾患(慢性閉塞性肺疾患など)など)がある方や透析を受けている方、免疫抑制剤や抗がん剤などを用いている方

上記以外の方で発熱や咳など比較的軽い風邪の症状が続く場合

(症状が4日以上続く場合は必ずご相談ください。症状には個人差がありますので、強い症状と思う場合にはすぐに相談してください。解熱剤などを飲み続けなければならない方も同様です。)

 
☆の場合には、「帰国者・接触者相談センター」にご相談ください、としているのですから、この場合には、休業命令を出すこともやむを得ないと考えているのかなと思います。


上記のような状態にある場合には、新型コロナウイルスへの感染の可能性が高いと合理的に判断できますので、使用者側が休業命令を出すこともやむを得ない、むしろ労働者が(何らかの理由により)無理をして出勤してきているような場合には、休業命令を出すべきといえます。

というわけで、私の結論としては、従業員が上記の状態に当てはまる場合には、使用者の判断で休業させても、「使用者の責に帰す事由による休業」には該当しないと考えます。