実務で、破産法関連の仕事をする場合、一番役立つのが、東京地裁破産実務研究会著の『破産管財の手引き』(きんざい、平成23年6月)という書籍です。この種のいわゆる実務本は世に沢山存在しますが、この本は、破産手続を運用している裁判所の裁判官と書記官が集まって書いた本ですので、役に立つのは当然です。

しかし、同じような本を大阪地方裁判所第6民事部(破産部)も書いています。こちらは、『破産・個人再生の実務Q&A はい6民ですお答えします』(大阪弁護士協同組合、2008年)という名称です。ただ、この大阪地裁第6民事部の本は、結構チャレンジングです。先日、ちょっと“おやっ”と思った記述を見つけたので紹介します。

たとえば、クリーニング屋を営むA社が、B社から、ビルの1階を借りて店を出していたとします。A社は、このところの不況のあおりを受けて破産してしまい、A社の破産管財人が選任されたとします。破産管財人がまずやるべきことは、破産法第53条第1項に基づきB社との賃貸借契約を解除して、お店の原状回復工事を行って、速やかにB社にお店を明け渡して、A社がB社に差し入れている敷金を回収することでしょう。ただし、未払い賃料があれば敷金から控除されることになりますし、また、破産管財人が自ら原状回復を行わず、賃貸人にやってもらった場合にも原状回復費が敷金から控除されることになります。これは、敷金とは、賃貸借契約に基づき賃借人が負担すべき一切の債務を控除し、残額があれば賃借人に返還するという賃貸人側の担保だからです(最判昭4822民集27-1-80)。担保権は、そもそも相手の経済状態が危機的な状態に陥ったときに最も効果を発揮しなければならないものですので、相手方が破産に陥ったとしても、担保権者は破産手続きの影響を受けずに自由に行使することが認められています(破産法第65条第1項参照)。


 


ただ、ここで問題があります。最近の賃貸借契約書の中には、賃借人側の事情で賃貸借契約が解除された場合、賃料の6ヶ月分とか1年分(さらには定期建物賃貸借契約の場合などには残期間)の賃料額に相当する違約金を支払わなければならないことが規定されていることがあり、この違約金を敷金から控除できるか?であります。

これがもし認められることになると、上記の例でいうと、B社(賃貸人)は、敷金から未払賃料や原状回復費のみならず、賃料の6ヶ月分とか1年分の違約金も控除することができるので、とても有利な地位に立つことになります。逆にいえば、A社(賃借人)の破産管財人は、違約金分敷金の回収が減ることになりますので、あまり嬉しくありません。


 


このような問題は、賃借人が破産に陥っていない場合にもしばしば問題になって判例に現れています。賃借人が破産に陥っていない場合のこの問題の回答は、次のようなものでしょう。すなわち、この種の違約金条項は、損害賠償の予定(民法第420条第3項)として有効であり、裁判所は、その金額が多いとか少ないとか口出しできないはずである(同条第1項第2文参照)。しかし、この種の違約金条項は、賃借人側の事情で突然賃貸借契約が終了し、次のテナントが決まるまでに賃貸人が被る有形・無形の損害をカバーしようとする趣旨のものであるから、あまりにも過大なものについては、公序良俗(民法第90条)に反するとして無効又は一部無効になる可能性がある。(私の知る限り、この問題について、最もわかりやすく解説されているのは、西村総合法律事務所〔現西村あさひ法律事務所〕編『ファイナンス法大全(下)』(商事法務、200310月)571頁~575頁〔小澤英明執筆部分〕ですので、ご一読をお勧めします。)。


 


そして上記の結論は、賃借人が破産しているか否かによって異ならないはずです。

なぜなら、敷金の設定やそれに何をカバーさせようとするかは、賃貸人と賃借人間で自由に決めるべき問題ですし、敷金には担保という側面がある以上、破産手続きが開始されなければ違約金を控除でき、破産手続きが開始されていれば控除できないというのでは、前述のとおり、担保権については破産手続きの影響を与えないとする破産法の建前(破産法第65条第1項参照)とは合致しないと考えられるからです。

また、破産手続が開始されたケースでよく問題とされるのが、他の債権者との公平という観点(「破産手続における債権者平等の観点」とも言われます。)ですが、敷金という枠の中での話ですので、その枠内では、担保権者である賃貸人を優先させてかまわないでしょう。そもそも未払賃料や原状回復費が多ければ、敷金は残らない運命ですし、枠が設定されている以上、他の債権者の予見可能性を害するということにもなりません。

問題なのは、暴利といえるくらい違約金が多い場合ですが、そのような場合には、公序良俗違反(民法第90条)として制限すれば十分だと思います。

さらに、当事者が自由な意思で決めた違約金条項を、破産手続きの開始を理由に無効(又は一部無効)などと解釈するとすれば、法的な予見可能性を害し、たとえば不動産の証券化などにおけるスキームの構築の阻害要因にもなるのであって、間接的な弊害も大きいということができます(これは本当です。)。

おそらくこの種の違約金条項の効力を否定したいと考える論者の頭の中には、賃貸人=社会的強者であり、賃借人=社会的弱者であって、賃貸人が社会的強者の立場で不当な違約金条項を押し付けているというようなイメージがあるのかもしれませんが、もはや都心の一等地でも半年のフリーレント(賃料なし)等の条件を提示しなければ借りてもらえない時代がきておりますので、そのような認識は時代遅れであると思います。


 


ところが、大阪地裁第6民事部の『はい6民です』は、(私から見ると)かなり「思い切った解釈論」(皮肉です。)を展開します。


 


まず、破産管財人の有する(双方未履行双務契約についての)破産法第53条の解除権について、伊藤眞教授の説を引用して、「破産法第531項は、契約の相手方による不利益を受忍させても、破産財団の維持、増殖を図るために、破産管財人に上記のような法定解除権を与えたものと解されます」などという基本的な発想に立ち、「破産管財人が破産法531項に基づく解除権を行使する場合には破産者にとって不利な契約条項には拘束されないものと解することによって初めて、上記のような法の趣旨を実現することが可能になるものと解されます。」、「当部では、破産管財人が破産法531項に基づいて賃貸借契約を解除した場合には、当該賃貸借契約中の違約金条項の適用はないものと解しています。」(149頁)というのです。


 


そのため、今何が起きつつあるかというと、テナントについて破産情報が流れたら、賃貸人において、(破産管財人と交渉する前に)いち早く、解除通知を出す、などという馬鹿げた運用です。賃貸人としては、賃貸借契約書中の違約条項の適用を排除されたくないため、破産管財人から解除される前に、自ら(賃料未払い等を理由に)解除権を行使せざるをえないのです。

しかし、そもそも破産管財人と賃貸人のどちらが先に解除権を行使したかにより、契約書中の違約金条項が適用されるか否かが決まるのは、何か変だ!と言わざるを得ません(そもそも多くの場合、破産管財人自身が倒産情報に一番早く正確にアクセスしていると思われますので、早い者勝ちにすると破産管財人が圧倒的に有利です。)。


 


次に、破産管財人が破産法第53条第1項の解除権を行使した場合、賃貸人は、破産法第54条第1項により、破産債権者として損害賠償請求権を行使できますが、この損害の範囲について、『はい6民です』は、違約金条項が反映されないように解釈します。

どのように解釈するかというと、「その範囲については、明文が存在しない以上、破産管財人の解除によって相手方が現に被った損害の限度で賠償請求権が生じるにすぎないものと解されます(具体的には、破産管財人が賃貸借契約を解除して賃借物を明け渡してから、新たな賃借人との間で賃貸借契約が締結されるまでの間の賃料相当額が、賃貸人の現に被った損害として観念できるのではないかと思われます。)」(150頁)などというのです。

しかし、賃貸借契約の当事者は、将来この損害が具体的にいくらになるのかが不明確であり、契約時に確定しておきたかったから違約金条項を規定したのです。違約金条項があるから賃料を低額に設定できる面もあるのであって、違約金条項の有効・無効がはっきりしないとすると、結局それは賃料に転嫁せざるを得ず、賃借人自身の首を絞めている面もあるのです。このような解釈は、契約自由の原則に対する過度な制約というべきでしょう。


 


さらに、『はい6民です』の思い切った解釈は続きます。

前述のとおり、破産管財人が破産法第53条第1項の解除権を行使して、賃貸借契約を解除しても、賃借人は、同法54条第1項として、破産債権者として、破産管財人に対し、損害賠償請求権を行使することができますが、その損害を敷金から当然に控除することができるかという問題があります。

そして、ここでも、『はい6民です』は、破産法第54条第1項についての伊藤教授の説を引用します。すなわち、破産法第54条第1項の損害賠償請求権は、本来的には破産管財人の解除権行使という行為によって生じたものであるから財団債権にすべきところ、財団債権にしたのでは財団の負担が過大となり破産管財人に特別の権能として同法第53条第1項の解除権を認めた趣旨が没却されるので、破産債権に格下げしたものだという理解にたち、「そうであるにもかかわらず、かかる損害賠償請求権につき、敷金からの当然控除を認めることは、実際上は賃貸人に財団債権としての行使を認めることと同じことになり、上記のような法の趣旨を没却することになりかねません。そうすると、破産法531項に基づく解除に伴う損害賠償請求権については、破産債権として配当によって満足を得ることのみが本来的に予定されており、敷金からの当然控除は認められないとの見解にも、相応の理由があるのではないかと思われます。」(150頁)と言うのです。

もっとも、さすがにここまで言うのは言い過ぎと思ったのか、続けて、「破産法541項の規定は、同法531項に基づく解除に伴う損害賠償請求権は破産手続においては破産債権として扱われる旨を規定したにすぎないものとみる余地もあり、そのような見地からは、破産法541項の存在ないしその趣旨のみによって直ちに敷金からの当然控除をも否定することは、解釈上は困難な面があると思われます。」(151頁)とフォローしています。


 


しかし、いずれにしても、『はい6民です』の解釈は、契約自由の原則への配慮を欠き、また、敷金の担保権としての性質についても見逃しており、大きなところで利益衡量を誤っていると思います。


 


実は、『はい6民です』が引用している伊藤教授も、この問題については『はい6民です。』とは異なる見解を述べています。すなわち、「解除に際して、賃貸借契約中の解約予告期間条項、敷金等放棄条項や違約金条項が破産管財人を拘束するかどうかについても議論があるが〔中略〕実体法上有効と認められる限り、破産管財人もその負担を受忍せざるをえず、これに拘束されると解すべきである(前掲東京地判平成20818もその有効性を認めている。)」(伊藤眞著『破産法・民事再生法(第2版)』(20096月)287頁(注64)参照)と言うのです。


 


ちなみに、東京地裁の『破産管財の手引』がどう述べているかというと、「賃貸借契約上、解除ないし解約に際し、解約予告期間条項、敷金等放棄条項、違約金条項が設けられている場合があります。これらの条項の破産手続開始後の効力を巡っては、破産管財人が破産法531項に基づく解除権を行使する場合は適用されないとか、当該条項は公序良俗に反するなど様々な見解があり、下級審裁判例をみても事案に即した判断がされているようです。/基本的には、解約解釈の問題であり、当該条項自体が破産管財人には適用されない、あるいや適用範囲を限定的に解することも可能な事案もあると思われます。したがって、当該契約の目的・内容や賃貸借期間、賃料額、解除後の残存期間等の諸事情を考慮して、個別具体的に判断することになりますので、破産管財人としては、上記の事情を考慮しながら賃貸人と交渉し、円満に解決することが求められます。」(182頁)と書いています。

こちらは、ちょっと官僚的だなという感じがしますが、『はい6民です』のように決めつけた書き方でないところは評価できますね。


 


少々細かい論点ですが、この問題にはこれからも注目していきたいと思います。