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本日(2015年3月10日)の日本経済新聞朝刊38頁の記事ですが、不正競争防止法違反(営業秘密開示)に問われた事件の判決が重くて、改めて、営業秘密保護の時代の流れを感じました。

 


東芝の半導体メモリーを巡るデータ漏洩事件で、不正競争防止法違反(営業秘密開示)の罪に問われた提携先の元技術者、S被告(53)の判決公判が9日、東京地裁であった。室橋雅仁裁判長は「極めて悪質な営業秘密の開示。犯行によって東芝の競争力が相当程低下した」として、懲役5年、罰金300万円(求刑懲役6年、罰金300万円)を言い渡した。

 


記事によると、S被告は、公判では起訴状記載の事実をおおむね認め、反省の弁を述べていたということですし、弁護側も執行猶予付の判決を求めていたということですので、(おそらく同種の前科もないでしょうから)執行猶予付の判決が貰えるという読みがあったかもしれませんが、民事事件の方では、東芝が、(S被告が情報を流していた)韓国半導体大手のハイニックスに対して、約1100億円の損害賠償請求訴訟を起こしたということですので(約330億円で和解が成立したとのことです。)、損害額の莫大さと、最近の機密情報保護の流れから、懲役5年の実刑という比較的重い刑になったのでしょうね。

 


同じ頁にある「秘密不正利用 抑止急ぐ」「重罰へ法改正 企業も積極対応」という見出しの記事には、

 


政府は今国会で、不正競争防止法の改正を目指す。企業秘密を海外企業が不正利用した場合、最大10億円の罰金を科す。国内企業への流出も、罰金を3億円から5億円に引き上げる。重罰化によって、新興国などの産業スパイを抑止する狙いがある。

 


とありますので、今後も秘密情報保護の動きはますます強くなりますね。

 


 


大幸薬品株式会社vsキョウトウ株式会社

今回ご紹介するのは、前回の記事でご紹介した「阪急電鉄vs阪急住宅」の判決の1週間後(平成24920日)に、大阪地方裁判所第26民事部の裁判体(合議体・山田陽三裁判長)が出した不正競争防止法に関する判決です。日本経済新聞をはじめ、テレビのニュース等でも紹介された事件です。

原告(訴えた側)は、「大幸薬品株式会社」、被告(訴えられた側)は、「キョウトウ株式会社」です。

大幸薬品はラッパのマークがついた正露丸を販売している会社です(ホームページのドメインも「seirogan」となっていますね。 http://www.seirogan.co.jp/ )。

他方、キョウトウ株式会社も、整腸剤として正露丸を販売している会社です。( http://www.kyokuto21.com/index.html )

 

本件の訴訟では商品表示が問題となったわけですが、その商品は、大幸薬品の「セイロガン糖衣A」(下記写真左側)とキョウトウの「正露丸糖衣」(下記写真右側)です。いずれもクレオソートを主成分とする胃腸薬のうち、一般に「糖衣錠」と称される種類の錠剤です。


大幸薬品側の主張

(1) 請求内容

大幸薬品のキョウトウに対する請求の主たる内容は、以下の3つです。
(i) キョウトウの「正露丸糖衣」に付された商品表示の使用を止めてください!(表示の使用差止め)

(ii) キョウトウの「正露丸糖衣」の包装を廃棄してください!(表示が付された包装の廃棄)

(iii) 1000万円を支払ってください!(損害賠償請求)

結論を先に申し上げますと、裁判所は大幸薬品の請求をいずれも棄却しました。

 

(2) 法的根拠

大幸薬品の請求は、不正競争防止法に基づくものです。法的根拠を先に整理してしまいましょう。前回の記事でも紹介しましたが、再度引用しますと、不正競争防止法第3条は、

 

不正競争防止法

3条(差止請求権)

1 不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、その営業上の利益を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。

2 不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、前項の規定による請求をするに際し、侵害の行為を組成した物(侵害の行為により生じた物を含む。第5条第1項において同じ。)の廃棄、侵害の行為に供した設備の除却その他の侵害の停止又は予防に必要な行為を請求することができる。

 

と定めています。大幸薬品は、キョウトウの「不正競争」により自己の営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがあるとして、その停止又は予防のため上記(1)の(i)(ii)の措置を求めました。

また、不正競争防止法第4条は、

 

不正競争防止法

4条(損害賠償)

 故意又は過失により不正競争を行って他人の営業上の利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責めに任ずる。ただし、第15条の規定により同条に規定する権利が消滅した後にその営業秘密を使用する行為によって生じた損害については、この限りでない。

 

と定めており、この第4条本文に基づいて、大幸薬品は、キョウトウに対して、損害の賠償を請求しました。

 

「不正競争」の具体的中身ですが、不正競争防止法第2条第1項第1号から第15号に規定されており、大幸薬品は、そのうちの第1号又は第2号に該当すると主張しました。

(なお、前回の記事の阪急電鉄vs阪急住宅の事件では、阪急電鉄は、第1号を予備的請求原因として位置づけていましたが、今回の事件では、大幸薬品は、第1号と第2号を並列にし、選択的請求原因として位置づけています。)

 

不正競争防止法

2条(定義)

1 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。

(1) 他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為

(2) 自己の商品等表示として他人の著名な商品等表示と同一若しくは類似のものを使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供する行為

 

(3) 具体的主張

判決によると、大幸薬品は、以下のような主張を展開したようです。

 

ア 大幸薬品側の商品表示について

大幸薬品が「セイロガン糖衣A」の商品表示を3つ挙げたようです。

★1つ目(原告表示1)は、「セイロガン糖衣A」という文字の表示。

★2つ目(原告表示2)は、「セイロガン」「糖衣」「A」を用いた以下の態様の表示。

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(大幸薬品のHPより引用)

★3つ目(原告表示3)は、商品の包装


x_hyouji3
 〔具体的構成〕

 ① 原告表示1及び2が正面及び左側面に大きく表示

 ② 全体としてオレンジ色

 ③ 正面下及び左側面右に、金色のアルファベットで大きく「A」と記載

 ④ 上記「A」の文字を横切るように、赤い線が水平に引かれている

 ⑤ 原告表示1及び2のうち「糖衣」の文字は、赤の背景に白抜きで記載

 ⑥ 「飲みやすい白い錠剤」と記載

 ⑦ 錠数を示す文字が正面右下に記載

 

また、これらの表示は、「それぞれ一連一体のものとして、自他商品識別機能を有する」と主張しました。

というのは、不正競争防止法第2条の「商品等表示」は、自他識別力又は出所表示機能を有するものでなければならず、表示が、単に用途や内容を表示するにすぎない場合には商品等表示に含まれないと解されているからです(経済産業省知的財産政策室「逐条解説不正競争防止法」49頁)。

そして、大幸薬品は、使用期間、市場占有率、広告宣伝の実績等から、これらの表示は、「平成74月までには著名となり、又は需要者の間に広く認識されるに至った」と主張しました。

 

イ キョウトウ側の商品表示について

大幸薬品が指摘したキョウトウの「正露丸糖衣」の表示は2つのようです。

★1つ目(被告表示1)は、「正露丸糖衣S」という表示。

★2つ目(被告表示2)は、商品の包装

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 〔具体的構成〕
 ① 被告表示1が正面及び右側面に大きく記載

 ② 全体としてオレンジ色を背景

 ③ 正面下側及び右側面右側には、金色のアルファベットで大きく「S」と記載

 ④ 上記「S」の文字を横切るように、赤い線が水平に引かれている

 ⑤ 被告表示1のうち「糖衣」の文字は、赤の背景に白抜きで記載

 ⑥ 錠数を示す文字が正面右下に記載

 

ウ 類似性について

類似性については、外観、称呼、観念及び取引の実情に分けて、以下のとおり主張しました。

(なぜ、外観、称呼、観念及び取引の実情に関する主張をしているかというと、類似性の判断が「取引の実情の下において、取引者、需要者が、両者の外観、称呼、又は観念に基づく印象、記憶、連想等から両者を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるか否かを基準」としてなされるからです。前回の記事をご参照ください。)

●外観

原告表示の外観は「セイロガン糖衣A」、被告表示の外観は「正露丸糖衣S」であり、薬剤名自体、これに続けて「糖衣」及びアルファベットの順で記載されていることは共通

包装の構成も共通

●称呼

原告表示の称呼は「セイロガントーイエー」、被告表示の称呼は「セイロガントーイエス」であり、最後の「-」と「ス」が異なるにすぎない

●観念

原告表示が周知著名な表示であること等からすれば、被告表示からは、原告商品またはそのシリーズ商品であるという観念が生じる

●取引の実情

原告表示と被告表示とが並列して陳列されている場合には、被告表示と原告表示の類似性は強まる。陳列されていない場合には、称呼のみで注文される場合もある。

 

キョウトウ側の主張

キョウトウ側の反論は、大要以下のとおりです。
(1) 大幸薬品の商品表示は、著名なものではないし、需要者の間に広く認識されているものでもない
(2) キョウトウの商品表示は、大幸薬品の商品表示と類似していない
(3) (第1号プロパーの反論として)キョウトウの商品表示は、大幸薬品の商品表示と類似していないし、キョウトウの商品の包装の左側面には、販売名として「正露丸糖衣『キョウトウ』」という記載があり、製造販売元としてキョウトウの社名及び住所も記載されているから、需要者がキョウトウの商品を大幸薬品の商品と混同することはない
(4) 損害額については否認する

 

まず、(1)については、

●原告表示1及び2は、普通名称である「正露丸」及び「糖衣」とアルファベットの「A」を組み合わせただけのものであり、自他商品識別機能を有するものではない

●原告表示3(包装)のうち、自他商品識別機能を有するのは、「ラッパのマーク」と「社名」のみである

と主張し、さらに、

需要者に広く知られているのは、本件医薬品の普通名称である「正露丸」であり、原告各表示ではない

と主張したようです。

次いで、(2)については、

●そもそも、被告表示1を使用していない

●被告表示2は、原告各表示と以下のとおり類似していない

①原告表示3は、赤色のカタカナで「セイロガン」と記載されているのに対し、被告表示2は黒色の漢字で大きく「正露丸」と記載されている。

②原告表示3は、社名とともにラッパのマークが重要箇所に記載されているのに対し、被告表示にはそのような記載はない。

③原告商品が84錠入りであるのに対し、被告商品はそれよりも多い90錠入りであるにもかかわらず、原告表示3の包装の方が被告表示2の包装よりも相当に大きい

④全体の色調は、原告表示3、黄色ないし黄色に近いオレンジ色であるのに対し、被告表示2は、橙色である(本件医薬品の包装において、最も多く使われている色にすぎない)。

⑤原告表示3のうち大きく記載されたアルファベットの「A」は、金色ではなく、金茶色であるのに対し、被告表示2のうち大きく記載されたアルファベットの「S」は、背景の一部がS字模様に見えるようにデザインをしたものであり、色は橙色である。

⑥原告表示3のうち「糖衣」の部分は極端に小さく記載され、「セイロガン」及び「A」の記載と一体のものとされているのに対し、被告表示2のうち「糖衣」の部分は他の部分と比べて相当に大きい。

と主張したとされています。

 

裁判所の判断

さて、当事者双方の主張を概観したところで、裁判所の判断を見てみましょう。

裁判所は、今回の訴訟の争点のうち、「被告各表示は、原告各表示と同一又は類似の商品表示であるか」という点について判断し、その結果類似性が認められなかったため、原告(大幸薬品)の請求を棄却しました。

 

裁判所は、各商品をつぶさに検討しております(商品の全体、正面、左側面、右側面、背面、上面、底面のそれぞれの記載を判決で指摘しています)。
そのうえで、キョウトウは「正露丸」「糖衣」「S」を明確に分けて記載しており、一連一体のものとして記載されているとはいえず、「正露丸糖衣S」という表示(被告表示1)を使用しているとは認められないとしました。


とすると、問題は被告表示2と原告表示の類似性ということになります。
判決においても、キョウトウの包装(被告表示2)と大幸薬品の主張する各表示(原告表示123)を以下のとおり比較検討しています。

 

(1) 被告表示2と原告表示1及び2

★被告表示2の包装

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★原告表示1は、「セイロガン糖衣A」という文字の表示

★原告表示2は、「セイロガン」「糖衣」「A」を用いた以下の態様の表示

x_hyouji2
(大幸薬品のHPより引用)

 ● 外観の点

被告表示2の構成をみると、「正露丸」「糖衣」「S」の各文字は、その大きさ、字体及び色が全く異なり、明確に分けて記載されていることが明らかであって、一連一体のものとして記載されているとはいえない。

したがって、一連一体のものとして「セイロガン」「糖衣」「A」の各文字を組み合わせた原告表示1及び2と、外観において明確に相違する。

● 称呼の点

被告表示2は、「正露丸」「糖衣」「S」の各文字が一連一体のものとして記載されているとはいえないから、「セイロガントーイエス」の称呼が生じるとは認められない(「セイロガントーイエー」の称呼と類似する称呼が生じるとは認められない)。

● 観念の点

原告は、外観及び称呼の点において類似するため、観念においても共通のものであると主張しているところ、上記のとおり、その前提を認めることができない。

 

(2) 被告表示2と原告表示3

★被告表示2の包装

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★原告表示3の包装

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● 原告表示3のうち自他商品識別機能を有する部分の特定

「胃腸薬」「第2類医薬品」「軟便」「下痢」「食あたり」「飲みやすい白い錠剤」「84錠」の各記載は、いずれも単に原告商品の効能、用途、数量について普通に用いられる方法で表示したにすぎない(つまり、自他商品識別機能なし)。

本件医薬品の包装について、直方体で包装箱の地色が橙色であることは、同種商品に見られるありふれた一般的な構成である(この構成についても、自他商品識別機能なし)。

さらに、医薬品において、医薬品名に続けてアルファベットで一文字を表示することがありふれた一般的表記であり、「A」の文字自体によって、原告商品を想起させるものであるという主張立証もない(Aの文字自体に、自他商品識別機能なし)。

そうすると、原告表示3のうち、自他商品識別機能を有するのは、原告表示2の部分とラッパのマークの部分である。

 

● 被告表示2のうち自他商品識別機能を有する部分の特定

「下痢・食あたり・水あたり」「正露丸」「SEIROGAN」「糖衣」「飲みやすい」「白い錠剤」「第2類医薬品」「90錠」の各記載は、いずれも単に原告商品の効能、用途、数量について普通に用いられる方法で表示したにすぎない(つまり、自他商品識別機能なし)。

本件医薬品の包装について、直方体で包装箱の地色が橙色であることは、同種商品に見られるありふれた一般的な構成である(この構成についても、自他商品識別機能なし)。

さらに、医薬品において、医薬品名に続けてアルファベットで一文字を表示することがありふれた一般的表記であり、「S」の文字自体によって、原告商品を想起させるものであるという主張立証もない。また、「S」は本件医薬品の普通名称である「SEIROGAN」の頭文字であるほか、スーパー、スペシャルなど、「優れた」をイメージするアルファベットである(Sの文字自体に、自他商品識別機能なし)。

そうすると、被告表示2のうち、自他商品識別機能を有するのは、左側面及び背面に記載された被告商品の販売名、被告の社名である。

 

● 結論

両者の自他商品識別機能を有する上記部分を比較しても、類似性は認められない。

 

(3) まとめ

以上のとおり、今回の判決は、各商品をつぶさに検討したうえで、類似性を否定しました。

判決を検討してみますと、今回鍵となったのは、キョウトウ側の商品について、「正露丸」「糖衣」「S」の各文字が一連一体のものとして記載されていると認められるか否かという点だといえそうです。

商品表示の類似性の判断について参考のため、ここに紹介させていただきました。

なお、大幸薬品のNews Releaseによりますと、即日控訴したとのことなので、今後、大阪高裁にて審理判断されることになります。

大阪地裁の本判決の結論が覆るのか否かに注目したいと思います。

 

※なお、判決の紹介及び検討という目的に照らして、判決文に記載されている 当事者の主張や裁判所の認定については、適宜纏めさせていただいておりますので、ご了承ください。

 

  1 阪急電鉄株式会社vs阪急住宅株式会社

大阪地方裁判所には知的財産権専門部として、第21民事部と第26民事部の2つの部が設置されています。今回ご紹介するのは、第26民事部の裁判体(合議体・山田陽三裁判長)が出した不正競争防止法に関する判決です。

原告(訴えた側)は、皆さんご存知の「阪急電鉄株式会社」です。http://dentetsu.hankyu.co.jp/

被告(訴えられた側)は、宅地建物取引業等を行う「阪急住宅株式会社」です。

 

  2 阪急電鉄側の主張

阪急電鉄の阪急住宅に対する請求の主たる内容は、以下の3つです。

 

(1) 「阪急住宅株式会社」の商号登記の抹消登記手続をしてください!(商号の抹消登記手続)

(2) 営業上の施設又は活動において、「阪急住宅株式会社」の表示を使用しないでください!(商号の使用差止め)

(3) 営業表示物件から「阪急住宅株式会社」の表示を抹消してください!(商号の営業表示物件からの抹消)

 

結論を先に申し上げますと、裁判所は阪急電鉄の請求を認めました。

阪急電鉄側の請求は、不正競争防止法に基づくものです。

不正競争防止法第3条は、

 

不正競争防止法

3条(差止請求権)

1 不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、その営業上の利益を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。

2 不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、前項の規定による請求をするに際し、侵害の行為を組成した物(侵害の行為により生じた物を含む。第5条第1項において同じ。)の廃棄、侵害の行為に供した設備の除却その他の侵害の停止又は予防に必要な行為を請求することができる。

 

と定めています。

阪急電鉄は、阪急住宅の「不正競争」により自己の営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがあるから、その停止又は予防として上記(1)から(3)の具体的な措置を求めたわけです。

さて、ここにいう「不正競争」の具体的中身ですが、不正競争防止法第2条第1項第1号から第15号に規定されており、阪急電鉄は、そのうちの第1号と第2号に該当すると主張しました。

 

不正競争防止法

2条(定義)

1 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。

(1) 他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為

(2) 自己の商品等表示として他人の著名な商品等表示と同一若しくは類似のものを使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供する行為

(※わかりやすくするため、条項の文言のフォントの色を変え、下線を施しています。)

 

阪急電鉄側は、第2号を優先的に主張し(主位的請求原因)、仮に第2号が認められないとしても第1号に該当すると主張しました(予備的請求原因)。

 

この理由は、(阪急電鉄の訴訟代理人ではありませんので、あくまでも私見となりますが、)以下のような点になるのではないかと考えられます。「著名」であるという認定を勝ち取れる可能性があることが前提です。

1号と第2号の条文のうち、下線部を見比べてみてください。第1号では、単なる使用等の行為のうち「他人の営業と混同を生じさせる」行為と限定されていることに対し、第2号では、そのような限定はありませんね。

本件に則していえば、阪急電鉄側の営業表示が「著名な」ものであり、その営業表示と「同一若しくは類似のものを使用」していることを立証できれば、他人の営業と混同を生じさせるか否かを判断するまでもなく、「不正競争」行為と認定してもらえることになるわけです。

また、今回の訴訟をはなれてマクロ的な視点からも、メリットがあったと思います。「阪急」という表示が、単に広く知られているというレベルにとどまらず、全国的に知られており「著名」であるという裁判所の判断をここで得ておくことのインパクトです。実際、今回の判決は、後記で取り上げるとおり、既に戦前に「阪急」という表示は著名性を獲得したという判断がなされているわけですが、例えば、今後同様のケースが生じたとしても、今回の判決が事実上影響を及ぼし、第2号の主張(著名性)が認められやすくなると考えられます。

 

  3 阪急住宅側の主張

阪急住宅側は、どのような反論をしたかといいますと、

(i)
 第1号・第2号に共通する反論
・商号の要部は「阪急住宅」であるから、阪急電鉄側の営業表示と「同一又は類似のもの」ではない(故に「不正競争」に該当しない
(ii) 第2号に対する反論
・阪急住宅は、阪急電鉄側の営業表示が著名になる前から、商号を不正な目的なく使用している

(iii) 第1号に対する反論
①原告の営業と混同を生じさせる行為ではない(故に「不正競争」に該当しない)
②阪急住宅は、阪急電鉄側の営業表示が需要者の間に広く認識される前から、商号を不正な目的なく使用している


ということになります。

上記(ii)(iii)②は、「不正競争」の該当性そのものを争うのではなく、不正競争防止法第19条第1項第3号及び第4号に基づく「第3条の規定は適用されない」という主張(抗弁)です。

 

不正競争防止法

19条(適用除外等)

1 第3条から第15条まで、第21条(第2項第7号に係る部分を除く。)及び第22条の規定は、次の各号に掲げる不正競争の区分に応じて当該各号に定める行為については、適用しない。

(3) 第2条第1項第1号に掲げる不正競争 他人の商品等表示が需要者の間に広く認識される前からその商品等表示と同一若しくは類似の商品等表示を使用する者又はその商品等表示に係る業務を承継した者がその商品等表示を不正の目的でなく使用し、又はその商品等表示を不正の目的でなく使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供する行為

(4) 第2条第1項第2号に掲げる不正競争 他人の商品等表示が著名になる前からその商品等表示と同一若しくは類似の商品等表示を使用する者又はその商品等表示に係る業務を承継した者がその商品等表示を不正の目的でなく使用し、又はその商品等表示を不正の目的でなく使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供する行為

 

上記条項は、他人の商品等表示が著名性や周知性を獲得する前から、それと同一若しくは類似の商品等表示を、不正な目的なく使用してきている場合には、既得権保護の見地からその使用を認めるものです。第3条が適用されないということは、仮に第2条第1項第1号又は第2号に該当する行為であっても、相手方に当該行為の防止等を求めることはできないということになります。

 

  4 裁判所の判断

さて、阪急電鉄側及び阪急住宅側の主張を概観したところで、裁判所の判断を見てみましょう。争点は、大きく分類すると3つです。

 

(1) 争点1―類似性(被告商号は、原告営業表示と同一又は類似のものであるか)

裁判所は、類似性について、「取引の実情の下において、取引者、需要者が、両者の外観、称呼、又は観念に基づく印象、記憶、連想等から両者を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるか否かを基準として判断するのが相当である」という規範を立てています。

この規範は、最高裁昭和58107日判決(民集3781082頁・マンパワー事件)、最高裁昭和59529日判決(民集387920頁・アメリカンフットボール事件)がたてた規範と同じ内容です。

そして、実務上、「類似性の判断にあたっては、商品等表示の自他識別機能又は出所表示機能が生ずる特徴的な部分を抽出した上で、特徴的な部分を中心に全体的に比較対照」されることになります(経済産業省知的財産政策室編著「逐条解説不正競争防止法」有斐閣、53頁)。

例えば、上記のマンパワー事件の最高裁判決においても、当事者双方の商号の「要部」(商品等表示の自他識別機能又は出所表示機能が生ずる特徴的な部分)を抽出したうえで、比較対照しております。

今回の判決をみると、まず、阪急住宅の商号のうち「住宅株式会社」の部分は、事業内容を一般的な名称で表現したものにすぎず、営業の出所識別標識として、取引者・需要者の注意を惹く部分であるとは認められないとし、他方で、「阪急」の部分は、阪急電鉄の商号の略称である固有名詞であって、著名なものであるから、営業の出所識別機能として取引者・需要者の注意を特に惹き付ける部分であると認めました。

そして、阪急住宅側の商号の要部は「阪急」であるから、阪急電鉄側の営業表示である「阪急」と外観、称呼及び観念において同一のものであるとして、類似性を肯定しました。

 

(2) 争点24―著名性・周知性獲得前からの先使用(阪急電鉄側の営業表示が「著名」ないし「需要者の間に広く認識される」前から、商号を使用していたか)

阪急住宅側は、昭和33年から「阪急住宅社」の名称で事業を開始していた旨主張しておりましたが、裁判所は、そもそもそれを裏付ける客観的な証拠は全くなく、しかも、阪急電鉄側の営業表示は、戦前から全国的に著名な営業表示であったということを認定し、阪急住宅側の主張には理由がないとしています。

 

原告側の営業表示に関して、裁判所が認定した事実を簡単にまとめると、


・明治40年に会社設立、当初の商号は「箕面有馬電気軌道株式会社」

・その後、神戸線を開業し、他の会社との合併等により京都線を取得し、商号も大正72月に「阪神急行電鉄株式会社」、昭和18年に「京阪神急行電鉄株式会社」、昭和484月「阪急電鉄株式会社」に変更

・「阪急」は、大正72月以降、原告の略称として一般に使用開始

・大正9年、梅田駅上(現JR大阪駅前)に「阪急ビルディング」(5階建てビル)を建設、2階において「阪急直営食堂」の名称で食堂事業を開始

・大正14年、同ビル2階・3階において「阪急マーケット」の名称で百貨店事業を開始

・昭和4年、「梅田阪急ビルディング」(8階建てビル)を建設、「阪急百貨店」の名称で百貨店事業を開始

・ビル建設等について、当時の新聞でも大きく報道

・百貨店事業は、昭和22年に設立された㈱阪急百貨店に継承、東京・福岡等全角各地に支店等が設けられた

・昭和11年、プロ野球の球団として「大阪阪急野球協会」を結成し、結成当初から「阪急」と称し、戦前から全国紙においても「阪急」と表記

・戦前から、関西圏において、自らの鉄道事業及び百貨店事業等に関し、原告営業表示を付した数多くの新聞広告を行っていた


ということになります(私は、もちろん阪急グループが非常に大きいことや現在のオリックス・バファローズの前身が阪急という名称がついた球団であったことは知っていましたが、上記のような戦前の社史については知りませんでした。設立当初の商号は「箕面有馬電気軌道株式会社」だったのですね!)。

 

阪急電鉄側の営業表示が、著名になった時期は戦前(昭和16年前)であるということで、阪急住宅側の主張は通らなかったわけですが、裁判所の認定事実をみると、事業展開の時期・場所・内容、メディアによる周知の状況、広告の時期・範囲・内容等がポイントとなることがよくわかります。訴訟において、このようなポイントを証拠に基づいて的確に立証していくことが重要となってきます。特定の営業表示が、瞬間的に「著名」になったり、「需要者の間に広く認識される」ということはないので、時間的に幅がある事情の主張立証が必要になるということになります。

 

なお、「著名」については、単に広く認識されている以上のものであり、具体的には全国的に知られているようなものが想定されています(前掲「逐条解説不正競争防止法」58頁)。わかりやすくいえば「著名>需要者の間に広く認識される」ということですので、本件では上記のとおり戦前に著名性を獲得したとされたことから、当然、阪急住宅側が商号を使用したと主張している時点(昭和33年)では、既に、需要者の間に広く認識されていたと判断されています。

 

(3) 争点3―混同惹起性(被告の行為は、原告の営業と混同を生じさせる行為であるか)

裁判所は、「証拠及び弁論の全趣旨によると、原告及びその企業グループは、多角的な事業を行っていることが認められるから、被告が原告営業表示と類似する被告商号を使用して営業を行うことは、取引者又は需要者において、その営業間に混同を生じさせるおそれがある。少なくとも、被告が原告又はその企業グループと何らかの関係があるのではないかという混同を生じさせるおそれがあるといえる。」として、被告の行為は、原告の営業と混同を生じさせる行為であることを認めました。

「原告及びその企業グループは、多角的な事業を行っていること」という点がポイントとなっています。

 

不正競争防止法の平成5年改正前の「混同ヲ生ぜシムル行為」についても、最高裁は、「他人の周知の営業表示と同一又は類似のものを使用する者が同人と右他人とを同一営業主体として誤信させる行為のみならず、両者間にいわゆる親会社、子会社の関係や系列関係などの緊密な営業上の関係が存するものと誤信させる行為をも包含するものと解するのが相当である。」とされてきたところで(前掲マンパワー事件最高裁判決。前掲アメリカンフットボール最高裁判決も同旨)、改正後も、同じ解釈をとるべきであるということが最高裁判決によって確認されています(最高裁平成10910日判決判タ986181頁・スナックシャネル事件)。

 

確かに、阪急阪神グループのサイトを見てみましたが、非常に多角的な事業を行っています。阪急不動産株式会社等、不動産事業を行っている会社もあります。

http://www.hankyu-hanshin.co.jp/company/group.html

このような事情から、「阪急住宅株式会社」という商号は、「あっあの『阪急』さんね」「阪急グループ企業の1つかな」という誤信を生ぜしめるという判断をしたのでしょう。

 

(4) まとめ

裁判所は、各争点について以上の判断をしたうえで、阪急住宅の商号使用行為は、不正競争防止法第2条第1項第1号及び第2号のいずれにも該当する「不正競争」であり、かつ、阪急住宅側の同法第19条第1項第3号及び第4号(適用除外)の主張には理由はないため、阪急電鉄側の請求を全て認容しました。

今回の判決は、従前の最高裁判決に沿って判断したものですが、被告が原告の営業表示の著名性・周知性は争わず(そのため争点とはなっていません)、他方で先使用(適用除外)が主張されたケースで、同法第2条第1項第2号の著名表示冒用行為も認められた裁判例としてここに紹介させていただきました。

 

なお、本件の事件とは全く関係ありませんが、本文中で引用・参照しました文献を紹介しておきます。
経済産業省知的財産政策室が不正競争防止法の1つ1つの条項について解説をした文献です。非常にコンパクトにまとめられています(約400頁)。代表裁判例も脚注で紹介されており、実務家にとっては必携といえるでしょう。


逐条解説 不正競争防止法 平成21年改正版
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