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最近「逃げるは恥だが役に立つ」(主演:新垣結衣、星野源)というテレビドラマに出てくる恋ダンスという踊りが流行っていると聞きました。恋ダンスは、主演の星野源さんが歌う主題歌「恋」に合わせて、ドラマの出演者が踊っているもので、そのダンスを一般の方だけでなく出演者以外の芸能人やスポーツ選手なども踊り、各々その動画をネットにアップロードしているようです。

 

さて、恋ダンスを踊り、その動画をネットにアップロードしたりする等して無断で公表することは許されるのか、ということについて考えたいと思います。

 

まず、恋ダンスのBGMの「恋」という曲は、著作物として著作権法上の保護を受けます(1011号、同2号)。

次に、恋ダンスの振り付け部分は、「舞踏」(1013号)に該当して著作物といえるかどうかが問題になります。ダンスの振り付けは全て著作権法上の「舞踏」に当たるかというとそうでもなく、特徴の無い簡単な振り付けであれば著作物性が否定されます。例えば、映画「Shall we ダンス?」(主演:役所広司、草刈民代)に出てくる社交ダンスの振り付けの著作物性が問題になった裁判では、ダンスの振り付けに著作物性が認められるためには「顕著な特徴を有するといった独創性」が必要であるとされています(判決では、映画の社交ダンスの振り付け部分について著作物性は否定されました)。

 

恋ダンスを見ると、ロボットみたいな動きや細かい指の動きなど、なかなか他に見たことがない振り付けですので、おそらく独創性があり、「舞踏」(1013号)に該当するとして著作権法上の保護を受けるものと思われます。

 

そうすると、恋ダンスを踊って、公衆に見せることを目的として無断でその動画をネットにアップロードすることは、原則として著作権法上の公衆送信権(23条)の侵害に当たります(なお、例えば恋ダンスを家の中で特定の数人に見せるために

踊るのであれば、公衆送信権や上演権(22条)の侵害には当たりません)。

そのため、恋ダンスを踊って、公衆に見せることを目的として無断でその動画をネットにアップロードすることは、権利者の許可を受ける必要があります。

 

著作権の帰属先は契約内容によることになりますが、特に契約で規定していない場合は、原則として著作物を作成した著作者に帰属します(ただし、職務著作の場合には会社や法人に帰属します。)。

この点について、恋ダンスの楽曲使用部分については、星野源さん所属のレコード会社が、「すでに多くの皆様が“恋ダンス”を楽しんでいらっしゃる現状を考慮のうえ、CD配信で購入いただいた音源を使用し、ドラマエンディングと同様の90秒程度の“恋ダンス”動画をドラマ放送期間中にYouTubeに公開することに対し、弊社から動画削除の手続きをすることはございません。但し、この音源を使った動画を営利目的に利用する等、その利用方法が不適切であると判断したものに関しては、予告なく削除手続きを行う可能性もございますので予めご了承ください。」(http://www.jvcmusic.co.jp/

-/Information/A023121.html?article=news132#news132と発表しており、また、ダンス部分について、振り付けを行ったMIKIKO氏(Perfumeの振り付けも行っている方。)も同じ考えであるそうです。

 

この条件を守って動画をYouTubeで公表するのであれば少なくとも動画削除の手続きはされないことになりますが、あくまでも「動画削除の手続き」をしないと述べただけなので、許可をしたのかどうか明確にして欲しかったところです。法律家としては、結局著作権法上はどうなったの?という疑問が拭えません。

 

ちなみに、著作者には著作者人格権として同一性保持権(20条)という、勝手に著作物を改変されない権利を持っています。そのため、恋ダンスとは違った振り付けのダンスを踊って、これを恋ダンスです、とは言えないということになりますので、恋ダンスを踊るのならば、キチンと踊りましょう。

2016年2月24日の日本経済新聞39頁の記事ですが、

「政府は漫画の海賊版などを被害者の告訴なしで摘発できるようにする方針を決めた。環太平洋経済連携協定(
TPP)に伴う制度改正で、著作権侵害罪を「非親告罪」に変えるのに合わせた。オリジナル作品を基にした二次創作の同人誌は原則として対象外とする。ただ判断が難しいケースもあり、制作者側にはなお不安もくすぶっている。」

という記事が面白いと思いました。

 アニメや漫画ファンの世界では、同人誌などでオリジナル作品のキャラクターを登場させる作品を書くのだそうですが、

「現代の漫画文化は、この『描いて描かれてまた描いて』というサイクルの中で生まれた幅広い二次創作作品が裾野を支えている。」(記事中のゆうきまさみさんの発言)

のだそうで、

「こうした活動は著作権侵害に当たる恐れがある。だが現行制度では著作権侵害は親告罪で、原作者などの著作権者が捜査当局に被害を訴えないと立件されない。漫画の二次創作は従来、原作者が事実上黙認するケースが多かった。」

とのことです。

 今回予定された制度改正では、こうした漫画界の実情に配慮して、同人誌は原則対象外にして、「利益目的で原作をそのままコピーした海賊版」のみを非親告罪、すなわち捜査機関の判断のみで摘発対象にできるようにするそうなのですが、「原作を多く引用した商業目的の二次制作」はグレーゾーンとして残る可能性があるため、コミックマーケット(コミケ)の運営者などから懸念が示されているとのことです。

恥ずかしながら、私は、このような世界があることを初めて知りました。弁護士的には、すぐに「無断で二次創作をされたら損害賠償だ!」などと世知辛いことを発想してしまうのですが、著作者が大目にみるのが普通という世界があったのですね。ちょっと癒されました。色々と議論はあるかと思いますが、漫画界の実情を反映した制度なることを願っております。

今回は、図書館における地図の複製と著作権のことについて書こうと思います。

現在、多くの図書館では、住宅地図などの地図を、見開き半ページを越えてコピーすることが禁じられています。「あれ?図書館なら、なんでもかんでもコピーし放題じゃないの??」なんて思われる方も多いかと思いますが、図書館での著作物の複製にも、何かと制限がございます。

「地図が見開き半分までしかコピー不可」という運用ですが、この原因は、以下の3つの点に起因します。
①著作権法上、図書館における著作物の複製は、特に新品の本などの場合、「著作物の一部分」しか認められない。
②実務上、一部分とは、著作物の半分以内とされている。
③実務上、住宅地図は、見開き1頁が1つの著作物として扱われることが多い。

つまり、住宅地図は、見開き半ページを超えると、もはや「著作物の一部分」ではなくなり、著作権法上、図書館で複製が認められないことになるのです。

詳しく見てゆきますと、①については、いわゆる図書館におけるコピーが認められる範囲について、著作権法が次のような規定をしていることに由来します。

【著作権法第31条 第1項 第1号】
図書館等の利用者の求めに応じ、その調査研究の用に供するために、公表された著作物の一部分(発行後相当期間を経過した定期刊行物に掲載された個々の著作物にあつては、その全部。第三項において同じ。)の複製物を一人につき一部提供する

場合、つまり、著作権法上、少なくとも新品の著作物を図書館で複製する場合、「公表された著作物の一部分」しか認められていません。

では、「一部分」とは何かといいますと、②に挙げたとおり、(法律上明確な定義があるわけではありませんが)実務上、著作物の半分を超えたらもはや「一部分」ではない、という扱いがされています。

それなら、「100頁ある住宅地図の50頁までは「一部」か?」とも思われますが、そこは注意が必要です。著作権法上、図書館で認められる複製は、「本の一部」ではなく、「著作物の一部」なのです。そうすると、「じゃあ著作物って本のどこからどこまでなんだ?」という疑問が湧いてきますが、通常であれば、物理的な本の全ページ=著作物全体ということになります。しかし、場合によっては、本の一部が一つの著作物とされるケースもございます。それが顕著であるのが、地図で、実際の現場では、見開き1頁が1つの著作物として扱われることが多いようです。

そのため、最初にも書いた通り、見開き全ページの複製は図書館では認められない扱いとされているのです。

・・・もっとも、多くの地図は、端で切れている部分については、「●頁に続く」などと記載され、本一冊全体で一体性を有しているのですから、私の感覚では、一冊で一つの著作物と扱ってもいいような気がします。また、現実問題として、見開き半分だけコピーできても、複写したい箇所が、見開き全頁にまたがっている場合などは、不便ですよね。

こういったところの小回りがきかないのが日本の著作権法の難点だと思います。

裁判所によって否定された「まねきTV」サービスとは?

「海外にいて日本のTV番組が見られる画期的サービス」
そう評価していらっしゃった方も少なくなかったと思います。
そして、最高裁判所の平成23118日判決、さらには知財高裁の平成24131日判決が出されて、
「法律はここまで規制するのか」
そう落胆された方も少なくなかったようです。

ご存じの方も多いと思いますが、先日213日に、最高裁が「まねきTV」を提供しているサービス業者の上告を棄却しました。
これにより、「まねきTV」サービスは、放送事業者の権利を侵害するという判断が確定しました。

今回は、この事件を振り返ってみたいと思います。

「まねきTV」サービスは、ざっくりといえば海外その他の放送地域外に居住しており、本来であれば当該放送番組を見ることのできない多数の利用者に対し、インターネット回線を通じて、有料でTV番組を視聴させることを目的とするサービスで、その仕組みは大要以下のようなものです。
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         (東京地裁平成20年6月20日判決・別紙2)


【サービスの仕組み】
  放送事業者
  ↓  ・アナログ放送の電波
  業者の事務所がある建物のTVアンテナ
  ↓
  業者の事務所内のTVアンテナ端子
  ↓
  業者設置のブースター・分配機
  ↓  ・ブースターは、受信された放送波の出力を高める機器
  ↓  ・分配器は、各ベースステーションに供給するための分岐点の役目を果たす機器
  ソニー製「ロケーションフリー」(ベースステーション)
  ↓  ・放送波をデジタルデータ化
  ↓  ・利用者の指示によりデータ送信
  業者設置のハブ
  ↓  ・LAN回線を束ねる
  業者設置のルーター
  ↓  ・インターネット経由でデータ送信
  各利用者の専用モニター又はPC
     ・データ受信
     ・視聴

※上記の流れは、地デジ放送開始前のもの。地デジ放送開始後は、業者は、デジタル-アナログ変換機器を設置して対応していたとのこと。


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(当事務所の11月号のメルマガに載せた記事ですが、ブログにもupさせていただきます。)

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27日の日経新聞に、作家の東野圭吾さん、浅田次郎さん、漫画家の弘兼憲史さんら7名が、本や漫画を私的に電子化する「自炊」(じすい)を請負う自炊代行業者7社を、著作権侵害を理由に東京地裁に訴えたことが報道されていました。昨年の12月にも、東野圭吾さんらは、自炊代行業者2社を訴えましたが、このときは、業者側が要求を受け入れたため、訴えを取り下げたとのことです。しかし、今回の7社は、前回の提訴後も事業を継続しているので、「極めて悪質」と判断して、今回の訴え提起になったとのことでした。

「自炊」とは、何かというと、書籍や雑誌の背表紙と真ん中の頁と頁を繋げている部分(ノリがついた部分)を裁断して、1頁ずつばらばらにしたうえで、スキャナーにかけて、PDF等の電子データにすることです。電子データ化された書式は、コンピューターやipadkindleなどで読むことになります。

むかしは、このようなことができるとは夢にも思いませんでしたが、スキャナーとPDFソフトの進化により、素人でも簡単にできるようになりました。

まず、この問題を法的に説明すると、自炊する際には、複写の方法により有形的に再製することが伴いますので、著作権法第第2条第1項第15号が定義している著作物の『複製』に該当し、本来的には、著作権者(著者)の許諾がなければできないはずです(著作権法第21条参照)。

しかし、著作権法第30条は、

「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること(以下「私的使用」という。)を目的とするときは、〔中略〕その使用する者が複製することができる」
と例外を定めていますので、私的使用目的のために、自分自身が自炊を行う分には、適法と理解されています。

では、自分で自炊するわけではなく、自炊代行業者にやってもらう場合はどうなるのでしょう。

この点については、自炊代行業者が行うときには、①「その使用する者が複製」していないから違法であるという見解と、②自炊代行業者はその使用する者の単なる手足に過ぎず、その使用する者が複製していることには変わりがないから、適法であるという見解に分かれ、今はまだ判例はないものの、どちらかというと違法説の方が強く主張されているという感じであります。

ただ、ちょっと私が不思議に思うのは、自炊代行業者の存在は作家にとって本当に有害なのか? という点です。

確かに、紙の本が電子データ化され、それが違法又は不正に流通するようになると(電子データなので紙より違法又は不正に流通しやすいため)、紙の本が売れなくなったり、また、(既に電子データが出回っているため)将来、紙の本が電子化されたときにその電子書籍が売れなくなったりする可能性が考えられます。

しかし、これからの世の中、紙の書籍は確実に電子書籍化されて、kindleipadで読まれるようになっていくはずです。そのような流れの中で、一般の家の本棚の中にある書籍も、一部のマニアは別にして、電子化されなければ捨てられていく運命にあるのではないでしょうか(かつて一般家庭にあった大きなステレオとレコードのコレクションが小さなコンポとCDのコレクションとなり、いまやipod一つになったように・・・)。

作家の目からすれば、どうせ捨てられてしまうのであれば、作品が電子化され、一人でも多くの人の目に触れるような状態にしておいた方が、作品が再評価される可能性もあるのだし、幸せなのではないか?と思うのですが、いかがでしょう?

そんなに自炊をしたいのであれば、自分で自炊すれば良いと言うのかもしれません。しかし、実は、自炊は大変なのです。

私は、20108月に西村あさひ法律事務所を退職したとき、事務所の部屋に置いていた法律雑誌と書籍を電子データ化しようとして、当時一番性能がよいと言われていた裁断機とスキャナーを買い込み、自宅でせっせと自炊を始めました。しかし、1PDF化するのに、裁断の時間も含めると、少なくとも1015分位はかかりますので、1時間で多くて6冊、110時間やって60冊くらいが限界です。法律雑誌と書籍とで合計1000冊以上はありましたので、結局私が全てを自炊し終わるのに、まるまるひと夏をつぶしてしまったという経験があります。

実質的な論点としては、著作権法第30条が私的使用目的による例外を認めているのは、私的使用目的の複製であれば著作物の複製が著作権者に与える影響は少ないと考えられるからですので、「自炊代行業者を野放しにしておくと、紙の本が売れなくなり、将来電子化されたときに電子書籍も売れなくなる」というような可能性が、どれだけ客観的に認められるのか、というところで勝負が決まるように思われます。この点を科学的、定量的に証明する方法はないですかね?

このケースでは、東京地裁判決東京高裁(知財高裁)判決の結論が分かれ(現在、最高裁に上告中)、マスコミ等でかなり話題になりましたが、私も少し考えたことがありますので、このブログに書いてみたいと思います。

東京地裁判決と東京高裁判決で、判断が分かれたのは、DeNAの釣りゲームの「魚の引き寄せ画面」が、先行するグリーの釣りゲームの「魚の引き寄せ画面」を翻案(ほんあん)したものであり、グリーの著作権及び同一性保持権を侵害していないか?という争点についてです(引き寄せ画面については、1審判決から引用した下の画面をご参照ください。なお、原告作品とはグリーの作品、被告作品とはDeNAの作品のことを言います。)。

グリー 判例


ここで「翻案」(ほんあん)とは、知財高裁判決の言葉を借りると、
既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が毀損の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為

のことを言います。

そして、また知財高裁の言葉を借りると、

思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創造性がない部分において既存の著作物と同一性を有するにすぎない著作物を創作する行為は、既存の著作物の翻案に当たらない(最高裁平成11年(受)第922号同13628日第一小法廷判決・民集554837頁参照)。

ということになります。

ここでの論点は2つ。

① DeNAの「魚の引き寄せ画面」とグリーの「魚の引き寄せ画面」の共通する部分は、アイデアの部分にあるのか?それとも表現の部分にあるのか? (なぜなら、著作権法の保護対象は、表現であり、アイデアは保護されないから)

② (上記①で表現の部分にあるとして)DeNAの「魚の引き寄せ画面」とグリーの「魚の引き寄せ画面」の共通する部分は、表現上の創造性が無い部分にあるのか?(なぜなら、著作権の保護対象は、単なる表現ではなく、創造的な表現であるから)

という点です。

そして、判決では、色々な要素が比較されていますが、最も重要だと思えるのは、「水中に三重の同心円を表示する」という点であると考えられます。

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