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少々前のことになるが、女性国会議員の不倫疑惑が報道された。
彼女は、かつて人気女性グループで躍したが、結婚後、政治家になり、現在は国会議員をしている。
しかし、週刊誌が、彼女と市議会議員の男性との不倫疑惑を報道した。その雑誌には、新幹線の中で彼女が男性市議と手をつなぎながら寝ている写真が掲載されており、また、一緒に女性議員が東京に借りているマンションや大阪のホテルに泊まっていたことが書かれていた。しかし、彼女は、この市議と一緒にホテルにいたことは認めたが、男性が現在妻子ある身で、離婚調停中なので、きちんと身辺の整理がつくまではということで、「一線は超えていない」ことを強調した。「一線を越えていない」ということの意味は、肉体関係はないということである。

しかし、どうしてこの女性議員は「一線を越えていない」と答えたのだろう。
そこには何らかの法的な意味あいはあるのだろうか?
本当のことはわからないが、弁護士としてちょっと推測してみよう

報道によれば、市議は結婚しており、妻と子供が2人いる。しかし、市議によれば、5〜6年前から妻との婚姻関係は破たんしていて、昨年の夏からは別居を開始し、現在、離婚調停中とのことである。

日本の民法(家族法)では、夫と妻は、合意によって離婚できるが(民法763条)、合意が成立しない場合には、①相手方に不貞行為がある、②相手方から悪意によって遺棄された、③相手方の生死が3年間不明、④相手方が強度の精神病にかかり回復の見込みがない、⑤その他婚姻を継続しがたい重大な事由がある、場合しか、離婚をすることが認められない。
そして、最高裁の判例により、たとえ夫婦関係が破たんしていて、婚姻を継続しがたい重大な事由が認められる場合でも、破たんの原因を作った側からの離婚請求は棄却される(最高裁昭和27年2月19日判決)。つまり、たとえば、既に夫婦が長期間別居していて、婚姻関係を継続しがたい重大な事由がある場合という場合であっても、その別居が夫の不倫から開始されたのであれば、夫からの離婚請求は棄却される。これは「有責配偶者の理論」と言われている。

したがって、本件では、市議会議員としては、なんとしても不貞行為(女性議員との間の肉体関係)の存在を認めることはできないのだ。
もちろん、本件の場合、市議は昨年の夏から既に別居を開始しており、その時点で婚姻関係は破たんしていたと主張しているから、今回の不倫が婚姻関係を破たんさせた原因ではない可能性がある。しかし、報道によれば、妻は、婚姻関係はまだ破たんしていないと主張しているとのことであり、また、別居も彼が一方的に開始しただけだと主張している。したがって、婚姻関係が破たんした後に女性議員と関係をもったという彼の主張が否定される可能性はある。その場合のリスクを考えると、市議としては、少なくとも不貞の事実は認めたくないところであろう。

また、この女性議員にも、何としても肉体関係の存在を否定しなければならない理由がある。それは、この女性が、男性市議が妻帯者であることを知りながら肉体関係を持った場合、妻としての権利を侵害したものとされ、妻に対して不法行為に基づく損賠賠償金(慰謝料)を支払わなければならないというのが判例(最高裁昭和54年3月30日判決)だからだ。もちろん、関係をもった時点で既に夫婦関係が破たんしていたのであれば、女性議員が原因で妻としての権利が侵害されたわけではないので、損害賠償金を支払う必要はないのであるが(最高裁平成8年3月26日判決)、前述のとおり、破たんしていかどうかはどうもはっきりしない。したがって、女性議員としては、男性市議の離婚紛争に巻き込まれないためにも、肉体関係の存在を認めるわけにはいかないのだ。

ところで、この男性市議は、新幹線の中で女性議員と手をつないでいたり、ホテルの部屋に一緒に泊まっていたりしたのだから、一般的には「肉体関係はある」と推測するのが普通であろう。それなのに、「一線を越えてない」と言うのは、かえってこの女性議員と男性市議の誠実性を疑わせることにならないのであろうか?

この点は、日本の裁判所のことを良く知っていないと回答することは難しいだろう。というのは、私の経験からすると、日本の裁判官には、直接的な証拠がない限り、不貞の事実を認定しない傾向があるように思えるのだ。私が経験した例で最も甚だしかったのは、夫から(私のクライアントである)妻が離婚を請求された事例で、妻側が夫の携帯電話のメールを調べたところ、ある女性との間でベッド上での関係を描写した内容のメールのやり取りがあることがわかったのだ。私たちは、夫は有責配偶者であり、離婚請求をすることは許されないと主張したのだが、裁判所は、夫の言い訳を採用して、不貞関係を認めなかった。そのいい訳とは、「妻と別れたくて知り合いの女性にこのような嘘のメールを書いてもらった。妻がメールを覗き見ることはわかっていた。」などと言うのである。その女性の証言すらないのに、夫の言い訳を採用した裁判所の判断にはちょっとあきれたが、このように裁判所はなかなか不貞の事実を認めないように思うのである。

では、どうしてこのように不貞の事実の立証に辛い態度をとるのであろう?私の分析では、日本の裁判官も、この「有責配偶者の理論」が実は不合理な結果を生じさせていることが多いことに気が付いているからなのではないだろうか?一般に、有責配偶者の理論が問題となる案件では、夫婦の別居が長く続いており、婚姻関係としては完全に破たんしているケースが多い。それなのに離婚を認めないのは、いくら離婚を請求している配偶者に当初の原因があるといっても、(嫉妬と憎しみに満ち溢れた)何も生まないネガティブな関係だけが残るだけであって、社会的に見ても適当でないケースが多いのだ。

そこで、最高裁は、有責配偶者の理論に例外を認め、別居が相当期間経過し、夫婦に未成熟子がいない場合には、離婚によって相手方がきわめて過酷な状況におかれる等の著しく社会正義に反する特段の事情がない限り、有責配偶者からの請求を認めることにした(最判昭和62年9月2日判決)。
ただ、この例外が適用されるには別居が8年間以上は続いていなければならないなどといわれており、この例外をもってしても、なかなかハードルは高いなのだ。そこで、裁判官の感覚としては、そもそも有責配偶者などという変な論点が出てこないように、そもそも不貞の事実の立証を(無意識的に)厳しくしてしまっているのではなか、というのが私の分析なのだ。

ということで、冒頭の問題にもどって、なぜ女性議員は、「一線を越えていない。」ことを強調したのか?それは、一線を越えたことを認めてしまうと、恋人の市議会議員の男性が、今後の離婚調停・訴訟で不利益な立場になるからであり、自分にも火の粉が飛んでくるからであろう。では、なぜ「一線を越えていない」などというちょっと一般的には通じないような言い訳ができるのか。
それは、裁判所では、直接な証拠がない限り、なかなか不貞の事実は認められないからなのだ。

と私は思いましたが、以上は、事実関係に関しては何の根拠もない推測です。
女性議員と男性市議会議員は、彼らが言うように「講演の原稿の打ち合わせ」をしていただけなのであって、本当に一線を越えていないのかもしれません。したがって、このお話の取り扱いにはくれぐれもご注意くださいね。

我が国では、結婚をしようとする男女は、結婚する意思及び夫婦関係を成立させる意思を持っていれば、婚姻届を役所に提出することで結婚することができます(民法739条)(婚姻適齢、重婚でない等の要件を充たしていることが前提ですが)。

たとえ外国に住んでいたとしても、日本人間であれば、その国の駐在大使、領事等に婚姻届を提出すれば結婚できます(民法741条)。

ただし、日本で結婚する場合は、婚姻届を提出すれば基本的には受理されて、提出日=入籍日となるのが通常だと思いますが、外国で婚姻届を提出する場合は、まずは日本から戸籍謄本を取り寄せてから婚姻届を駐在大使等に提出し、各関係機関を通じてから日本の役所に提出するので、日本の役所に届くまで何ヶ月もかかります。

日本の役所に届いて受理された日が入籍日になるため、自分達で入籍日を決めることができません。

しかし、たとえ海外にいたとしても、日本にいる人に代理人になってもらえば、書類に不備が無ければ婚姻届を受理してもらえるので、民法741の出番は限定的です。

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7月26日午前7時5分にgooニュースに配信されていた産経新聞の記事の抜粋です。

 

 5月の名古屋高裁の決定などによると、40代男性は昨年5月、別居中の妻と一緒に暮らす長女と毎月2回の面会をできる家裁の審判が確定したが、昨年6月に面会した後、妻が長女の体調不良などを理由に面会を中止した。男性は家裁に面会の間接強制を求め、1回面会できないごとに制裁金を1万円とする決定がなされた。ところが、その後も面会が実現しなかったため男性が10月に抗告した。

 高裁は長女の体調不良を裏付ける客観的な資料が「一切提出されていない」とし、面会拒否は妻の意思によるものと判断し、制裁金を4倍に増額した。

 

私は、以前から、我が国においては子供との面会交流がきちんと行われていないことを問題視していましたが、今回の名古屋高裁はよくやってくれた、と言う感じです。この問題に対処するには、(例外はあるわけですが、原則論として)面会交流は守られなければならない、というルールの徹底だと思います。もちろん、以前からこのルールはあったわけですが、何かと理由が付けられて強制力が極めて弱いものだったので、多くの人が守らないという悲しい事態を生んでしまっています。夫婦の問題と親子の問題(日本では更に実家の問題が加わる。)は別だということを肝に銘じなければならないと思います。


今朝(2015年2月19日)の新聞各紙で大々的に報道されていますが、民法の、①夫婦別姓を認めない規定(750条)と、②女性には離婚後6か月間再婚を認めない再婚禁止規定(733条1項)が、最高裁で憲法判断を受けるようです。



夫婦別姓を認めないことと、女性の再婚禁止期間を定めた民法の規定が、憲法に違反するかが争われた2件の訴訟について、最高裁第3小法廷は18日、審理を大法廷(裁判長・寺田逸郎長官)に回付した。いずれの訴訟も最高裁が初の憲法判断を示す見通し。

(日本経済新聞2015年9月19日朝刊1頁)



家族法に詳しい棚村政行・早稲田大学学術院教授は「大法廷に回付された2件は法制審が96年に見直しを提案し、国際社会から女性差別に当たるとして再三批判されてきた懸念事項。動かない立法に代わって司法が重い腰を上げたと言える。婚外子(非嫡出子)の相続格差規定に違憲判決が出て民法改正が実現したように、最高裁が法改正を促すメッセージを発する可能性が高まった」と指摘している。

(日本経済新聞2015年2月19日朝刊38頁)


このニュースは、法曹会、いやいや我が国にとって間違いなくビックニュースだと思います。

再婚禁止規定については、昔から合理性が疑わしいと言われており、現実問題として、女性が離婚後にすぐに結婚できるようになったとしても、今の時代、生まれてきた子供が、前の夫の子供なのか今の夫の子供なのか確定できないなどという問題は(ほどんど)生じないように思いますので、最高裁としても躊躇なく違憲判決が出せると思うのですが、夫婦別姓の方は、ご承知のとおり、とても、とても価値観の対立が激しい分野ですので、これについて最高裁が積極的に違憲判断を示すとすると、「最高裁。凄いね!イメージ変わっちゃいます。」という感じだと思います。

なお、夫婦別姓というと、同姓でいたい人も別姓にしなければならない制度と勘違いしている人もいるようなのですが、立法が検討されているのは、別姓にするか、同姓にするかを夫婦が選択できる制度で、同姓でいたい夫婦は同姓でいればよいのです。つまり、我が国の家族の在り方が、突然、180度変わってしまう、というようなものでもなく、別姓にしたい夫婦がいるのであれば認めてあげても全然構わないのではないかと思うのですが、いかがでしょう?


2015年1月15日の日本経済新聞朝刊34頁に「面会交流の調停 増加」という見出しで、次のような記事(抜粋)が載っていました。


厚生労働省の人口動態統計によると、2013年の離婚件数は全国で23万1383件で、結婚件数の減少とともに減っている。一方、司法統計によると、子供の「面会交流」を申し立てる調停の新規受理件数は12年度は9945件で、10年間で約3倍に増えた。


この問題には、このブログでも何度かコメントしていますが、(まだまだ頻度や面会時間などで不十分だとは思いますが)裁判所的には、面会交流を積極的に認めようという姿勢ですし、また、それと裏腹の問題である養育費についても、統一的な算定表が作られるなど、基準がなかったかつての時代よりもはるかに認められやすくなっています。不履行が起きたときも、裁判所が間に入って履行勧告を出してくれるなど、この面で家庭裁判所はかなり仕事をしてくれているように思います。


ところが、我が国では、子供と面会させない元配偶者、養育費を支払わない元配偶者の話が後を絶ちません。


私としては、この問題は、人々の意識(社会認識)の問題が大きいのではないかなと思っています。


DVなどの問題がある場合は別ですが、自分や実家の感情の問題から子供と面会させない元配偶者は最悪であり、また、身勝手に養育費を支払わない元配偶者も最悪であるという社会認識を広めた方がよいと思います。


自分たちはうまくいかなかったが、自分たちの間に生まれた子供については別問題なので、可能な限り協力していきましょう、という感じでできないものかな?そのように離婚に伴う問題をいわば軽やかに割り切ることは、離婚後の子供の幸せにとっても、また、両親の幸せにとっても良いと思うのですが・・・

民法819条1項は、「父母が協議上の離婚をするときには、その協議で、その一方を親権者と定めなければならない。」と規定していて、未成年の子供がいる夫婦が離婚するときは、必ず夫又は妻のどちらか一方を親権者として定めなければなりません(単独親権制)。


しかし、欧米では、離婚後も両親が親権を持つ共同親権制が主流であり、単独親権制という制度が離婚にとって必然の制度であるわけではないのです。

では、どうして我が国は単独親権制度なのかというと、戦前の「家」制度の名残です。
少々古い文献で恐縮ですが、手元にある我妻榮・有泉亨著『民法3 親族法・相続法第3版』(昭和55年・有斐閣)の111頁~112頁から引用すると、



旧法では、「家を同じくする」父母のみが親権者になった。そして、夫婦が離婚すると、原則として一方がその家から去ことになっていて、しかもその場合、子はその者に従って「家」を出ない建前になっていたから、子と「家」を同じくする父または母、すなわち、その家から去らない方の父または母が親権者(旧877条)となり、監護者(旧812条)となるのが原則であった。新法は一方で、「家」の制度を廃止し、他方で、父母は共同で親権を行使すべきものとしたが、離婚した父母に親権の円満な共同行使を要求するのは困難なので、離婚に当たって、父母の一方を親権者と定める――いいかえれば他方の親権を失わせる――ことが必要となったのである。


ということです。

ただ、この単独親権制を採用した法の趣旨は、現在では妥当性を欠くのではないでしょうか?

上記の文献は、単独親権制を残した趣旨として、「離婚した父母に親権の円満な行使を要求するのは困難」と言い切っていますが、私は、離婚後も協力して子供を養育している元夫婦を知っています。元夫・元妻ともに再婚していて、特に仲が良いというわけではありませんが、元妻が引き取った子供については、養育費をきちんと支払い、月2回の面接交渉も行われ、ときに子供の教育問題などについて話し合いがもたれています。


私としては、(離婚の際に、両親のいずれかから、自分の子供に対する権利及び義務を奪う結果となる制度は人権侵害なのではないか?と思うのですが、それは価値観の問題であり決着がつかない問題でしょうから措いておいて)むしろ、このような単独親権制の根底にある家制度的な考え(離婚して家を出たら、子供に対する権利も義務も失う。自分と子供とは関係がなくなる。子供を引き取った親が子供の面倒をみるべきだ。むしろ自分はあまり口出しをすべきではない。)が、今の我が国で顕在化している離婚後の問題、つまり、離婚後に養育費と支払わなくなってしまう元夫が多いことや、子供を引き取った元妻・元夫が、元夫・元妻に子供と会うことを色々な理由を付けて認めないことに繋がっているのではないかという気がします。


このように言うと、元夫・元妻の対立が激しくて、共同親権がうまく行使できない場合はどうするのか?と言われそうですが、それは社会的な効用の比較の問題なのかな、と思います。
①離婚後も共同親権を原則として、うまくいかない場合のみ裁判所が介入して一方の親権に制限をかける制度と

②現状のように、単独親権しか認めない制度
の比較です。


一般に、離婚事件の70%~80%は協議により成立し、残り30%~20%程度に裁判所(調停・裁判)が関与することになりますが、裁判所に持ち込まれたとしても、多くは和解により解決していくので、最終手に判決まで行くのがわずか1%であると言われています。裁判所の関与の強弱はありますが、99%は当事者の話し合いにより解決しているのですから、離婚後に共同親権の問題でこじれるケースは意外に少なく、その処理にかかるコストそれほど心配する必要はないのではないでしょうか。

それに対して、もし単独親権制にすることが、養育費を払わない無責任な親や面接交渉を認めない意固地な親の基本的な考え方、および我が国の貧困な面接交渉制度の現状に繋がっているとすれば、その意識を改善できるメリットは無視できません。その意識が改善することにより、結果として、子供たちの幸せにつながります。

したがって、私としては、社会的効用としては①の共同親権制の方が大きいのでは?という気がしているのです。


それと、(あまり重要ではないかもしれませんが)離婚事件では、子供の親権を巡って激烈な争いが行われるケースも多いのですが、共同親権にすればそのようなケースの緩和にも役立つように思います。

みなさまはどのように思われるでしょうか?

離婚をする際の金銭的な問題としては、

① 未成年の子供がいる場合の養育費の問題

② 結婚期間中に夫または妻のどちらか一方で築いたいわゆる夫婦共同財産の清算(財産分与)の問題

③ 浮気(不貞行為)など、離婚の責任が夫または妻のどちらか一方にある場合の慰謝料の問題

の3つがあります。

そこで、今回は財産分与について説明いたします。

 

たとえば、結婚後は、もっぱら夫が働きに出て、妻は専業主婦、働いてもパート程度という夫婦の場合、自宅や預金は夫名義で行われているパターンが多いのではないでしょうか。しかし、夫が外に働きに出て財産を形成できたのは、妻の協力があったからこそ、と法律は考えます。そこで、離婚の際には、結婚期間中に夫名義で築いた自宅や預金などの財産も、実質的には半分は妻のものであるとして、その2分の1を妻に譲渡しなければなりません(2分の1というのは原則で、正確にいうと、財産に対する貢献や寄与度によって異なる可能性がありますが、今の実務では、相当なことがない限り、2分の1の割合となります)。これを財産分与(民法7681項)と言っています。

 

たとえば、結婚中に築いた夫名義の財産として、自宅(2000万円)と預金(200万円)があり、他方、妻がパートやへそくりからためた妻名義の預金(100万円)があるとします。

この場合、財産分与の基礎となる財産は、自宅2000万円+夫預金200万円+妻預金100万円ですので、2300万円ということになり、これを夫と妻で1150万円ずつになるよう分けることになります。したがって、この場合、(後述の自宅の問題がなく、お金で清算するとすれば)財産分与の問題としては、夫が妻に1050万円を支払え、ということになるのです。

 

ただ、ここで問題があります。

それは自宅には往々にして住宅ローンがついている(住宅ローンの抵当権が設定されている)、ということです。

 

まず、住宅ローンは、夫婦共同生活のための負債ですので、財産分与の算定では、マイナスの財産として評価されることになります。自宅の評価額から控除されますし、地価等の下落により、住宅ローンの残高の方が自宅の評価額よりも大きい場合(いわゆる「オーバーローン」状態)には、自宅の評価を超えて、財産分与の基礎財産から控除されることになります。

たとえば、自宅2000万円、住宅ローン3000万円、夫預金200万円、妻預金100万円の場合、プラスの財産は2300万円ですが、マイナスの財産が3000万円ですので、財産分与がないどころか、下手をすると、妻が夫に350万円(=(3000万円-2300万円)÷2)を支払えとか、(妻が有する財産の限度ということで)100万円を支払え、などと判決が出ることがあります。妻に収入がない場合、この結論は非常に厳しいので、私としては問題があるのではないかと考えておりますが、残念ながら、以上が一般的な理解です。

 

次に、住宅ローンがついた財産の分け方ですが、(a)売却して、住宅ローン支払い後に残った残金を夫婦で分ける、というのが一番公平な感じがしますが、オーバーローン状態であったり、妻側に住む場所がなかったりする場合などには、売らずに(b)名義を妻に移して、(実質的に)妻がローンを返済する方法や、(c)名義は夫名義のままにして、妻は夫に賃料を支払うというような方法などが考えられます。しかし、(b)(c)などは、夫と妻の関係が、離婚後も続くことを前提としますので、(夫と妻が対立している)裁判離婚の際の和解の際には避けられる傾向にありますし、判決になった場合には、このような複雑な分け方を記載することには技術的な問題があり、出来ません(判決主文に反映できない。)。

結局、自宅に住宅ローンがついていて、オーバーローンだったりすると、(オーバーローンの金額次第により)妻は財産分与で何も得られないし、住む場所も失われるのに対し、夫側は、毎月の収入により、銀行ローンも返済していけるので、自宅を維持できてしまうという、妻側にかなり不利になる結論が導かれるというのが私の印象です。

 

以上の不公平感は、結局、結婚中に形成された夫と妻の収入を得る力の格差が、離婚の財産分与の場面では何も評価されていないことに起因しているように思います。

この点は、今後の理論の展開により克服されるべき問題ではないでしょうか。

勝手に離婚届を提出される、そんなことがあるの?

と思うかもしれませんが、実は、実務上、ままあることなのです。

もちろん、夫又は妻の署名を偽造して離婚届を作成して、役所に届ければ、私文書偽造罪及び同行使罪(刑法第159条、第161条)ということになってしまいますので、例は少ないでしょう。
しかし、夫婦げんかをした際に、離婚届に署名押印して相手に預ける、というようなことがあり、後で離婚の意思がなくなっても、その離婚届が役所に提出されてしまうということは少なからずあります。

そのような場合、離婚は成立するのでしょうか?

いえいえ、ご安心ください。

離婚は、①離婚するという意思(離婚意思)の存在と、②離婚届の役所への提出の2つが成立要件となっており(民法第763条、第764条、第739条)、しかも①の離婚意思は離婚届提出の時に必要とされていますので、離婚届提出の際に、離婚意思がないのであれば、離婚は成立しません。


しかし、まだまだ問題はあります。

離婚届を受理する役所の担当者は、形式的に書類を審査するだけで、いちいち夫婦双方に離婚意思があるかなどということはチェックしないで、離婚届は受理されてしまします。つまり、戸籍上は、離婚意思がなくとも離婚したことになってしまうのです。

これを元通り回復するのは、まず離婚無効の調停を申し立てなければなりませんし、調停から審判に進んで、離婚無効の審判が出たとしても、相手方から異議がでれば、今度は、離婚無効確認の訴えという裁判を提起しなければなりません(人事訴訟法第2条第1号)。

このように、いったん戸籍が変わってしまうと、それをもとに戻すには大変苦労することになります。

そこで、もし離婚届に署名押印したけれど、離婚する気持ちがなくなったというような場合には、役所の戸籍課に「離婚届不受理申出」という書面を提出しておく方法があります(戸籍法第27条の23項)。この書類を提出しておけば、離婚届は受理されないので、ひとまずは安心でしょう。

ではでは。

離婚相談を受けていると、離婚をしたい理由としてもっとも多いのが「性格の不一致」です。浮気や暴力などの決定的な理由はないが、どうしても相手方(夫または妻)と相性があわなくて離婚したいというわけです。では、性格の不一致で離婚ができるのでしょうか? 

まず、注意しなければならないのが、夫婦がお互いに話し合って、離婚に合意して、役所に離婚届を提出することによって成立する協議離婚の場合には、離婚の理由は問われないので、性格の不一致で離婚できるといことです。

厚生労働省が平成21年に公表した「離婚に関する統計」では、平成
20年度に離婚した夫婦のうち、87.8%が協議離婚で、裁判所が関与する調停離婚・裁判離婚は、12.2%しかありません。したがって、世の中の離婚は大部分、性格の不一致を原因にして行われているのではないでしょうか。 

ただ、問題は夫婦の一方が離婚を拒否して、離婚調停をしても離婚の合意にいたらず、離婚訴訟をする場合です。この場合は、相手の意思に反して、国家が強制的に離婚させるわけですから、これを正当化する法律上の理由(「離婚事由」などといいます。)が必要です。

それを定めているのが民法第770条第
1項で、次のような条文になっています。 

(裁判上の離婚)
第770条  夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。
 配偶者に不貞な行為があったとき。
 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。
 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。
 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。

第1号から第4号までに「性格の不一致」が該当しないことは明らかだと思います。では、第5項の「婚姻を継続し難い重大な事由」に該当するかですが、これは夫婦関係が破たんして回復の見込みがないことが客観的にみてとれる状態を意味しています。代表的なものは、家庭内暴力、過度な宗教活動、犯罪行為、性交不能などがありますが、残念ながら、単なる「性格の不一致」は(おそらくすべての夫婦に多かれ少なかれあるものですので)これにあたらないと一般的には理解されています。単なる性格の不一致ではだめで、たとえば、性格の不一致が原因で、夫婦喧嘩が絶えることがなく、夫婦の一方が精神的におかしくなっているというような+αが要求されるのです(ちなみに、多くの離婚事件では、この+αをどのように裁判で主張立証していくかが弁護士の腕の見せ所になります。)。

ところで、実務上、多くの事件では、この+αとして「別居」が主張されることになります。1996年に法務省が発表した民法改正案では「5年以上の別居」が離婚事由として加えられましたので、5年が大体の目安になりますが、実務的な感覚としては、3年別居すればこの+αとして十分主張できるように感じています。

というわけで、相手方が同意してくれない場合には、単なる性格の不一致では離婚できませんので、ご注意ください。

別れた妻が再婚した、ということはよくありますね。
では、その場合、別れた妻との間の子のために支払っていた養育費はどうなるのか?が今回の記事のテーマです。

まず、養育費は、民法上の親の子に対する扶養義務(民法第877条以下)に基づくもので、別れた妻が再婚したからといって、子供との親子関係がなくなるわけではないので、養育費の支払義務は消滅しないと考えられています。つまり別れた妻が再婚した後も、養育費は支払続けなければなりません。
支払先が別れた妻の場合、妻のために支払っていると勘違いしそうですが、養育費はあくまでも子供のために支払っているものだからです。

ただ、妻の再婚によって子供の生活レベルがはるかによくなってしまったという場合には、養育費を決めた際の事情に変更があったとして、金額の変更は認められるかもしれません。ただ、それは養育費一般に認められる問題ですね。

他方、別れた妻が再婚するだけでなく、新しい旦那さんが子供を養子にしたケースではどうでしょうか?
これもよくあるケースだと思います。

これについては、

①まず、札幌家裁小樽支部昭和46 年11月11日審判(家月25巻1号75頁)によると、

「養子縁組の制度は未成年子の保護養育を主たる目的とし、縁組は子の福祉と利益のためになされなければならないものであり、未成年子との養子縁組には子の養育を、扶養をも含めて全面的に引き受けるという合意が含まれているものと解され、養親の資力の点から養親において十分に扶養の義務を履行できない場合を除いては、実親の扶養義務は順位において、養親のそれに後れるものと解すべきである。」(要旨)

として、養子縁組後の実親の養育費支払い義務の免除を認めています。

②次に、長崎家裁昭和51年9月30日審判(家月 29巻4号141頁)も、

「養親は、未成熟子の福祉と利益のために、親の愛情をもってその養育を、扶養をも含めて全面的に引受けるという意思のもとに養子縁組をしたと認めるのが相当であって、このような当事者の意思からいっても、養子制度の本質からいっても、事件本人に対する扶養義務は先ず第一次的に養親である申立人両名に存し、養親が親としての本来の役割を果しているかぎり、実親の扶養義務は後退し、養親が資力がない等の理由によって充分に扶養義務を履行できないときに限って、実親である相手方は次順位で扶養義務(生活保持の義務)を負うものと解すべきである。」(要旨)

として、養親から実親に対してなされた養育費の支払い請求を却下しました。

③さらに、神戸家裁姫路支部平成12年9月4日審判(家月 53巻2号151頁)は、

「養子制度の本質からすれば、未成熟の養子に対する養親の扶養義務は親権者でない実親のそれに優先すると解すべきである」
として、養父に十分な資力があることを理由に、別れた妻の元夫に対する養育費の申し立てを却下しました。

いずれも下級審の判例ではありますが、以上の判例からすると、別れた妻が再婚し、新しい旦那さんが子供を養子にした場合には、養親に資力がないなどの事情がない限り、実父の養育費支払義務は免除(ないし減額)されると考えられます。

したがって、別れた妻にアドバイスするとすれば、子供のためにも、新しい旦那さんの資力をよく考えて養子縁組を判断したほうが良い、ということになります(えっ、そんなこと言われなくてもわかっているですって。失礼致しました。)。

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