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来年(2020年)4月1日から施行される改正民法の勉強をしていて、あれっ???と思ったことの第二弾です。まずは条文から。


(債務者の取立てその他の処分の権限等)
第423条の5 債権者が被代位権利を行使した場合であっても、債務者は、被代位権利について、自ら取立てその他の処分をすることを妨げられない。この場合においては、相手方も、被代位権利について、債務者に対して履行をすることを妨げられない。



この条文の趣旨については、法務省の立法担当者による筒井・松村編著「一問一答 民法(債権関係)改正」(商事法務)93頁から94頁にかけて次のように説明されています。長くなりますが以下引用。

「4 債務者の処分権限の制限の見直し
 旧法化の判例(大判昭和14年5月16日)は、債権者が代位行使に着手して、債務者にその事実を通知し、又は債務者がそのことを了知した場合には、債務者は被代位権利について取立てその他の処分をすることができないとしていた。また、下級審裁判例の中には、債務者による処分が制限されることを前提に、この場合には、相手方が債務者に対して債務の履行をすることもできないとするものがあった。
 しかし、債権者代位権は、債務者の責任財産を保全するため、債務者が自ら権利を行使しない場合に限って債権者に行使が認められるものであるから、債権者が代位行使に着手した後であっても債務者が自ら権利を行使するのであれば、それによって責任財産の保全という所期の目的を達成することができる。それにもかかわらず、債務者による処分を制限するのは、債務者の財産管理に対する過剰な介入である。また、債務者による取立てが制限された結果相手方が債務者に対して債務の履行をすることも禁止されると解した場合には、相手方は債権者代位権の要件が充足されているかを債務を履行する前に判断しなければならなくなるが、相手方は、その判断に必要な情報を有しているとは限らない。
 そこで、新法においては、債権者が被代位権利を行使した場合であっても、債務者はその権利について取立てその他の処分をすることができ、相手方も債務者に対して履行をすることを妨げないとしている(新法第423条の5)。」


(私の感想)
 えっえっ!そうなの???私の実務的感覚としては、債権者代位権が行使される場面は、債務者がとてもお金に困窮しているときであり(いわゆる無資力)、方々からお金の督促をされているようなときなので、債務者のもとにお金が入ってくると、すぐに使われてしまうというものです。だから、従来の判例は、債権者が代位権行使に着手したときは、債務者に被代位権利の取立等をすることができないと解釈するとともに、債権者は相手方に対し、(債務者ではなくて)自分に支払えと請求できるようにしていたという理解なのです(注1)。つまり、債権者代位権が行使されているのに、債務者が被代位債権の取立等をすることを認めると、債務者の責任財産の保全という目的も実質的には達成されなくなるから、債務者の取り立てや、債務者への支払いを禁止していたと考えるのです。

 現実的に考えても、債権者代位権が行使された場合、債務者は相手方に「頼むから自分に払ってくれ。長い付き合いじゃないか。迷惑は絶対にかけない。」と頼むでしょう。で、その際に、新法第423条の5により確かに債務者に支払ってもOKということになると、相手方としては、(債権者代位権を行使してきた見知らぬ第三者ではなく)従来から付き合いがある債務者に心置きなく払えることになるのです。かくして、債権者代位権の実効性はおそろしく低下するでしょう。

 まぁ、そもそも債権者代位権は、債務者の無資力を立証するのが難しかったり、被代位権利を探索することが難しかったりして、実務上はあまり使われない制度なのですが、この第423条の5により、ますます使われなくなるのではないでしょうか???


(注1)この後者の点は、第423条の3で法定された。であれば、どうして前者について、反対のことを法定してしまったのか???

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まずは、次の条文を読んでほしいと思います。これは、東京弁護士会内の最大派閥・法友会の若手弁護士の会である法友全期会の債権法改正特別委員会が『改正民法 不動産売買・賃貸借契約とモデル書式』という本の中で発表した土地建物売買契約書(例)の条文です。

 

(契約不適合責任)

第11条 買主は売主に対し、本件物件に下記(1)ないし(4)の瑕疵があるなど、本件物件が本契約の内容に適合しないものであった場合、相当の期間を定めて当該瑕疵の修補等、履行の追完を催告し、その期間内に履行がないときは、買主はその不適合の程度に応じて代金の減額を請求できる。この場合、減額する代金額は、当事者間での協議により決定するが、協議がまとまらない場合には、契約内容不適合がなければ本件物件が有したであろう価値に対して、本件物件の実際の価値との間で成立する比率に従って代金額を減額するものとする。

(1) 雨漏り

(2) シロアリの害

(3) 建物構造上主要な部位の腐蝕

(4) 給排水管(敷地内埋設給排水管を含む。)の故障

 なお、買主は売主に対し、本件物件について、前記瑕疵を発見したとき、すみやかにその瑕疵を通知して、修復に急を要する場合を除き売主に立ち会う機会を与えなければならない。

〔以下、省略〕

 

この契約書(例)の条文について違和感を感じないでしょうか?この違和感を感じるには202041日から施行される改正民法における瑕疵担保責任のことを知っておくことが必要です。

 

これまで、不動産(土地・建物)や中古動産(自動車・機械)などの特定物の売買については、その物自体を売却するという契約なのだから、その物自体を引き渡せば売主の責任は果たしたことになるが(いわゆる特定物ドグマ)、ただ、目的物に隠れた瑕疵(=通常有すべき品質・性能を欠くことがある)ときに売主に何も責任追及できないとすると買主に酷なので、瑕疵担保責任という責任を法律が特別に認めたのだ(法定責任説)と解されていたのです。

それに対し、改正民法では、いえいえ特定物であろうが、不特定物であろうが、売買の当事者は、その合意した一定の品質・性能を有する目的物を売買の対象にすることを意図していたのであるから、その意図した目的物が引き渡されなかったのであれば、契約上の責任が発生するのだ(契約責任説)という立場に立っています。つまり、瑕疵担保責任といっても、それは債務不履行責任と同じだというのです。

そこから、

1.これまでは「隠れた」瑕疵しか責任追及できなかったが、改正民法では、隠れていたか否かにかかわらず、目的物が契約に不適合なものであれば、債務の履行が行われたとは言えないので、売主に対して責任を追及できる。

2.これまでは、瑕疵担保責任は法定責任という前提があったため、そこにおける損害賠償は信頼利益(現実に発生した損害)のみが対象になると考えられていたが、改正民法では、通常の債務不履行と異ならないから、逸失利益(得べかりし利益)も対象になる。
などの違いが導かれるのです。

 

そして、ここが重要な点なのですが、「瑕疵」という用語は、国民一般からは理解しにくい用語ですし、従来から判例上「瑕疵」は「契約の内容に適合しないこと」と解釈されていたところ(最判平成22.6.1、最判平成25.3.22)、「瑕疵」という用語では、当事者が目的物上のキズを問題にしていなくとも客観的にキズがあれば売主に責任が発生するなどいう誤解を招くおそれもあるので、積極的に使わないとの決断がなされ、民法典からは一掃されてしまったのです(「一問一答 民法(債権関係)改正」(275頁)参照)。

 

ですから、上記の条文で、「本件物件に下記(1)ないし(4)の瑕疵があるなど」とか、「当該瑕疵の修補等、履行の追完を催告し」とか「前記瑕疵を発見したとき」とか、「瑕疵」という用語を使うのは、民法改正の趣旨をよくわかっていないと言わざるを得ないと思うのです。私としては「欠陥」とか「不適合」とかもっと現代的な言い回しにした方がいいと思います。


ただ、いずれにしても、改正民法は202041日から施行されますので、クライアントの皆様にとっては、契約書式の見直しが急務になりますね。

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来年(2020年)4月1日から施行される改正民法の151条には、「協議を行う旨による時効の完成猶予」の条文が新設されています。
長くなりますが、条文を引用すると次のとおりです。



(協議を行う旨の合意による時効の完成猶予)
第151条 権利についての協議を行う旨の合意が書面でされたときは、次に掲げる時のいずれか早い時までの間は、時効は、完成しない。
一 その合意があった時から1年を経過した時
二 その合意において当事者が協議を行う期間(1年に満たないものに限る。)を定めたときは、その期間を経過した時
三 当事者の一方から相手方に対して協議の続行を拒絶する旨の通知が書面でされたときは、その通知の時から6箇月を経過した時
2 前項の規定により時効の完成が猶予されている間にされた再度の合意は、同項の規定による時効の完成猶予の効力を有する。ただし、その効力は、時効の完成が猶予されなかったとすれば時効が完成すべき時から通じて5年を超えることができない。
3 催告によって時効の完成が猶予されている間にされた第1項の合意は、同項の規定による時効の完成猶予の効力を有しない。同項の規定により時効の完成が猶予されている間にされた催告についても、同様とする。
4 第1項の合意がその内容を記載した電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下同じ。)によってされたときは、その合意は、書面によってされたものとみなして、前三項の規定を準用する。
5 前項の規定は、第1項第3号の通議について準用する。

このような時効完成猶予事由を新設した理由については、法務省で民法改正を担当していた筒井・松村著『一問一答 民法(債権関係)改正』49頁によれば、「旧法の下においては、当事者が権利をめぐる争いを解決するための協議を継続していても、時効の完成が迫ると、完成を阻止するためだけに訴訟の提起や調停の申立てなどの措置をとらざるを得ず、当事者間における自発的で柔軟な紛争解決の障害となっていた。そのため、このような協議を行っている期間中は、時効が完成しないように手当をする必要がある。」とのことです。

また、単に協議をしているという事実状態のみでは足りず、当事者間で協議を行う旨の合意をしていることが必要なのは、同書によれば、「どのような状態に至れば協議といえるかは不明瞭であるのに対して、協議を行うことを対象とした合意の存否であればその判断は比較的用意であり、事後的な紛争を招きにくいから」ということのようです。

さらに、書面又は電磁的記録による合意を要件にしたのは、「事後的に時効の完成猶予がされたか否か等をめぐり分省が生ずる事態を避けるため」とのことです。もっとも、書面又は電磁的記録の様式自体には制限はないから、署名や記名押印が必要であるということではなく、「また、一通の書面である必要もない。例えば、電子メールで協議の申し入れがされ、その返信で受諾の意思が表示されていれば、電磁的記録によって協議を行う旨の合意がされたことになる。」とのことです。

で、ここからは私の意見ですが、この「協議を行う旨による時効の完成猶予」は、実務で使われるようになるでしょうか?

実は、私は、あまり使われないのではないか、と思っています。

売掛金の請求などの権利の存在がはっきりしているものは、まずは、請求書や内容証明を送付して、支払いの催告をするでしょうから、催告による時効の完成猶予の効力が発生し(第150条1項)、その後に、支払いのスケジュールのために協議を行おうということになっても、第151条第3項により、この合意による時効完成猶予の効力を有しません。したがって、この制度は、当事者間で権利の存在について争いがあるような場合に利用されるのかな、と思うのですが、そもそも権利の存在について債務者側が争っている場合には、債務者側は協議にはのってこないでしょうし、さらに協議に時効完成猶予効があるなどと知ったら、一層、協議をすること自体を拒否してくると思うのです。強いて言えば、権利の存在自体には争いはないが、その金額について争いがあるような場合には、「権利についての協議」ができそうですが、その場合にも、通常は、まずは債権者側が内容証明等で権利主張をするでしょうから、はじめに催告が行われることになるのではないかと思うのです。

まぁ、使われるか使われないかは、実際に改正民法が施行されて数年たたないと分かりませんが、実務家としての経験からすると、「使われないんじゃないかな~」と思います。
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今日(2018年1月9日)の日経新聞(電子版)に「夫婦別姓選べず『戸籍法は違憲』 サイボウズ社長が提訴」という見出しの記事が掲載されていました。

(以下記事の抜粋)

「結婚時に戸籍上の姓に旧姓を選べないのは法の下の平等を保障する憲法に反するとして、ソフトウエア開発会社「サイボウズ」の青野慶久社長(46)ら4人が9日、国に計220万円の損害賠償を求める訴えを東京地裁に起こした。」

「民法750条は「夫婦は婚姻の際に夫または妻の氏を称する」と定めている。15年12月、最高裁大法廷は、この民法の規定を「合憲」とする初の憲法判断を示した。」

「民法の規定については合憲判断が確定しているため、青野社長らは戸籍法に着目した。日本人と外国人の結婚・離婚や、日本人同士の離婚の際には戸籍上の姓を選べるのに、日本人通りの結婚だけ姓を選べない点を挙げ、「法律の不備であり、法の下の平等に反して違憲だ」と主張する。」

(飛田のコメント)
民法750条については、実際上、結婚の際に女性の方が圧倒的に氏を変更しているという実態を背景に、憲法24条1項の両性の平等規定に違反するとの主張がなされてきましたが、形式上は、男性側の姓を選んでも女性側の姓を選んでもどちらでも良い(ただ、どっちかに決めなければいけない)という制度であるため、少々男女差別だという主張に馴染みにくいところがありました。
ところが、上記の訴訟では外国人との比較から夫婦同姓制度は憲法14条の法の下の平等規定に違反すると理由づけているようであり、非常に良い着眼だと思います。国側は、外国人にできることが、なぜ日本人にはできないのか?そのように区別することに合理性があるのか?という点を主張立証していかなければならず、結構、その立証は難しいのではないでしょうか。
訴訟の行方を注目したいと思います。
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森友学園、加計学園、共謀罪といったニュースに押されて世間的にはあまり大きなニュースにはなりませんでしたが、去る平成29年5月26日に改正民法案(債権法関係)が国会で成立いたしました。

 実は、今の民法(債権法関係)は、明治29年(1896年)4月に成立したもので、今回の改正は約120年ぶりの大改正だったのです。1896年というと、まだ日清戦争が終わった1年後で、アメリカではユタ州が45番目の州になり(ちなみに、ハワイがアメリカの自治領になったのは1898年のこと)、アテネでは第1回夏季オリンピックが開催され、日本の東北には明治三大大津波が押し寄せてきて2万人の死者が出ています。日本で鉄道(新橋・横浜間)が初めて走ったのは1872年(明治5年)と比較的早いのですが、電話回線(東京・熱海間)が初めて敷設されたのが1893年、自動車が作られるようになったのは1910年代になってからです。今は平成29年ですが、私なぞはまだ昭和の気持ちで生活していますので、おそらく明治29年当時もまだ江戸時代の気持ちで生活していた人も沢山いたことでしょう。

 というわけで、今の民法はとてつもなく古いので、「錯誤」とか「瑕疵」とか古めかしい言葉が残っているし、その後の時代の変化によって条文の文言どおり解釈するとうまくいかなくなったところを判例で補っているので、条文だけを読んでも結論がよくわからないなどという不都合があります。さらに、民法制定時には想定していなかったようなインターネットなどというものの発達もあったり、もうかなり時代遅れな法律になっていたのです。そこで、一般の人が読んでも意味がとれるようにしたり、これまで判例でつぎはぎ的に補ってきた解釈を条文だけで解釈できるようにしたり、さらに新しい時代に対応する制度を設けたりしたのが、今回の大改正なのです。

 ちょっと一例をあげると、債権を行使しないと債権が消滅してしまう消滅時効期間。これまで原則として10年でしたが、飲食代金や弁護士報酬などは何故か2年であったりとバラバラだったのです。そこで今回の改正で一律5年に統一されました。

 次に、履行遅滞の場合の利率。これまでは5%でしたが、デフレの低金利時代には高すぎますので3%に引き下げられました。また、3年ごとに見直す変動制がとられることになります。

 さらに、連帯保証制度の見直し。「他人の保証人にはなるな!」を家訓としている家があるように、良かれと思って保証人になってしまうと人生を狂わせるような過酷な事態が生じることがよくあります。そこで、これからは、公証人が保証人の意思を確認しないと、保証は認められないことになります。公証人の確認というプロセスで一息入れることで、本当に保証人になっていいものか考える機会を与えるのです。

 加えて、敷金返還のルール。これまで、民法には敷金に関する規定がたったの1条(619条2項)しかなく、しかもとてもざっくりしたものだったのですが、この改正により経年劣化に伴う修繕費については賃借人が負担しなくても良いことなどが明文化されました。

 また、インターネット通販など不特定多数の消費者に提示される「約款」に関する規定も新たに設けられました。消費者の利益を一方的に害すると認められる内容のものは無効とすると定められて消費者保護が図られています。

 この民法改正案は、2009年に法制審議会に諮問されてから、5年以上かけて改正要綱案にまとめられ、2015年3月に国会に法案が提出されました。しかし、安保法案とか、その時々の政局があって、審理が延び延びになっていたものが、ようやく先日可決されたものです。法曹関係者の中には、現在の民法を変える必要がないなどという人もいましたが、やっぱり古かったと思います。改正民法は、公布から3年以内に施行されるとのことですので、まだまだ我々の生活に適用されるようになるのは先ですが、法曹の一人として、この民法の運用を通じて少しでもより良い社会を実現していかなければと思います。

 我々の事務所でも、契約書のひな型の見直しや新しい民法の適用に関する情報を適宜発信していく予定です。こうご期待!

 

 

 

 

 

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2017年5月26日の日本経済新聞夕刊1頁の「改正民法が成立 契約ルール120年ぶり抜本見直し」という見出しの記事から抜粋です。

「企業や消費者の契約ルールを定める債権関係規定(債権法)に関する改正民法が26日午前の参議院本会議で与野党の賛成多数で可決、成立した。民法制定以来、約120年ぶりに債権部分を抜本的に見直した。インターネット取引の普及など時代の変化に対応し、消費者保護も重視した。改正は約200項目に及び、公布から3年以内に施行する。」

ようやく成立したか、という感じですが、現民法はいかにも古かったし、条文だけ読んでても意味が分からないところが散見されたので、改正民法の成立は良かったと思います。

改正民法については、一応勉強しましたが、今後実際に使うにあたって、ブラッシュアップをしていこうと思います。事務所の民法関係の書籍も買いそろえなければなりませんね。やらなければならないことが沢山あるので、頑張りましょう!

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ちょっと時間がたってしまいましたが、今年(平成29年)の1月31日に、注目すべき最高裁決定が出ました。

事案は、児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律違反の容疑で逮捕され、処罰された方の氏名と居住する県の名称をキーワードとしてネットで検索すると、この方が逮捕されたことが記載されているウェブサイトが表示されるため、人格権侵害を理由に、検索業者に対して、この検索結果の削除を求める仮処分の申し立てをしたという案件です。

最高裁は、検索業者が検索結果を提供する行為には、検索業者の表現行為という側面を有し、他方、公衆がインターネット上に情報を発信したり、インターネット上の膨大な量の情報の中から必要なものを入手したりすることを支援するものであり、現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしていると前置きしたうえで、次のように判示しました。

「以上のような検索事業者による検索結果の提供行為の性質等を踏まえると、検索事業者が、ある者に関する条件による検索の求めに応じ、その者のプライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL等情報を検索結果の一部として提供する行為が違法となるか否かは、当該事実の性質及び内容、当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度、その者の社会的地位や影響力、上記記事等の目的や意義、上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化、上記記事等において当該事実を記載する必要性など、当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので、その結果、当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には、検索事業者に対し、当該URL等情報を検索結果から削除することを求めることができるものと解するのが相当である。」

「当該公表されない法的利益が優越する」というだけではダメで(「きわどいけど、どちらかというと公表されない利益が優越する」というのではダメ)、そのことが「明らかな場合」と言えなければならないようです。つまり、公表されない利益がかなり優越しますといえる必要があるということでしょうか。

具体的な判断としても、

「児童買春をしたとの被疑事実に基づき逮捕されたという本件事実は、他人にみだりに知られたくない抗告人のプライバシーに属する事実であるものではあるが、児童買春が児童に対する性的搾取及び性的虐待と位置付けられており、社会的に強い非難の対象とされ、罰則をもって禁止されていることに照らし、今なお公共の利害に関する事項であるといえる。また、本件検索結果は抗告人の居住する県の名称及び抗告人の氏名を条件とした場合の検索結果の一部であることなどからすると、本件事実が伝達される範囲はある程度限られたものであるといえる
以上の諸事情に照らすと、抗告人が妻子と共に生活し、〔中略〕罰金刑に処せられた後は一定期間犯罪を犯すことなく民間企業で稼働していることがうかがわれることなどの事情を考慮しても、本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえない。」

として、児童買春をした者の公表されない法的利益が優越することが明らかとは言えないと判断しています。
プライバシー保護と表現の自由の交錯する非常に難しい問題ですが、児童買春をして処罰されると、刑は終了しても一生その記録がネット上からは消えず、非常に厳しい人生を送らなければならないということは言えそうです。児童買春なんてしてはいけません。

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金融・商事判例2016年2月1日号(№1483)の巻頭「金融商事の目」の金山直樹慶応義塾大学大学院法務研究科教授の「無責任男の再来」というコラムは、とても示唆的で良いコラムだと思いました。

「例えば、詐欺によって
Xが不動産を購入してしまったとしよう。その場合、Xに対して詐欺行為を行っていたのが、売主Yではなく、独立のセールスマンAだったとすると、XYを訴えても、勝てる可能性はほとんどない。AY<関係>を証明できない限り、715条や96条2項の要件が壁となって、YAの違法行為につき責任を負わないのが原則だからである。」

おっしゃるとおりで、我々実務家は似たような事例にいつも頭を悩ませているのですが、我が国には、ディスカバリー制度等の証拠収集制度が存在しないので、
Xが通常関知していないAYの関係に関する証拠を集めることは、(警察が捜査でもしてくれない限り)かなり難しいといわなければなりません。そのため、多くの消費者が、AYとの間に怪しい関係が推定されるのに、泣き寝入りをせざるを得ないということになっています。

そこで、金山教授は、

法典の欠缺を補うため、Yが、Aによる契約締結補助行為を認容・利用した上で、契約を締結した場合には、Aの違法行為はY自身の違法行為として評価されるべきだと考える。YAの詐欺行為を知っていたか、あるいは、Aと指揮命令関係にあったかは、全く問題にならない。それは、あたかも履行補助者の故意・過失について債務者が責任を負うのと同じことである。具体的には、Xには、Aの詐欺行為を理由として、契約の取消権、および、Yに対する損害賠償請求権が付与されることになる。」

との解釈論を展開しているとのこと。
(『現代における契約と給付』137頁以下(有斐閣・2013年、法学研究88巻7号1頁(2015年)に議論を展開しているとのことです。)。

この問題は、証拠の収集方法を強化するよう法制度を変えるか、実体法の解釈の方を変えていくのかの問題だと思うのですが、前者には色々と議論があるでしょうし、実際問題として立法作業が伴うためなかなか前に進まないでしょうから、私としては、金山教授のアプローチが良いように思います。新しい問題に対処するため、新しい解釈論が提唱されることに期待します。

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金融・商事判例2016115日号(No.1482)の巻頭『金融商事の目』には、昨年3月に裁判官を退官された加藤新太郎先生が『債権法改正と裁判実務との関係』という題名でコラムを書かれています。加藤新太郎先生といえば、スーパー裁判官で、現役の裁判官時代から、たくさんの法律書、実務書の執筆をされており、私(飛田)も、いくつかの案件で、加藤先生の著書を参照させていただいたことがあります。実は、約20年前に私が司法修習生だったころ、司法研修所の事務局長をされていました(もちろん面識はありません。)。

 加藤先生は、このコラムの中で、第
1に、民法債権法改正の保証に関する規定のように、「立法事実が明確であり、議論の方向性にコンセンサスのみられる法改正部分は、改正の効果が直ちにあらわれる」といい、第2に、逆に、「立法事実が乏しく、机上で構想された要素の強い法改正部分は、実際には法規範として使われず、裁判実務にもあらわれないことになろう」といっています。個人的には、どのような改正部分が裁判規範として使われなくなるのか興味がありますね。
 そして、第3に、「議論状況に対立がみられた法改正部分」については、「立法担当者の開設にもかかわらず、解釈論はわかれるであろう」と言い、その例として、債務不履行の解釈について、契約責任論(無過失責任主義)をとるか、伝統的理解(過失責任主義)をとるかという議論を挙げています。

 私が注目したのは、このコラムの最後の部分。加藤新太郎先生は、この解釈状況に対立がみられた法改正部分について、最終的には、「裁判例の蓄積により、裁判規範が形成されていくのである」と前置きしたうえで、次のように続けています。

このプロセスを効果的に機能させるために、研究者には、外在的批判でなく(外在的批判とともに)内在的な規範構造を解明する解釈論を実務家に向けて発信する役割を果たすことが要請される。強調しておきたいのは、法制審議会民法(債権関係)部会関係者の解釈論と非関係者のそれとの優劣は、論理的に成り立ち得る解釈論である限り、原理的には等価であることだ。

とても難しい言い回しですが、内在的な規範構造を解明する解釈論を実務家に向けて発信せよ!とか、法制審議会民法(債権関係)部会関係者の解釈論と非関係者の解釈論とに優劣はない!とかいうメッセージには、裁判官を退官されて研究者になった加藤先生の気概が感じられてイイですね。

なんの面識もなく、はるかに
年下の私がいうのも何なのですが、加藤先生には、これからどんどん発信していただいて、我が国の司法を盛り上げていっていただきたいと思います。

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第189通常国会に、民法改正案が提出されていましたが、ご存じのとおり、同国会は、安全関連法案を巡って与野党が対立し、提出されていた法案の審議に遅れが出たため、民法改正案については、なんと審議もできなかったとのことです。

2015年日本経済新聞電子版抜粋
「債権や契約に関する規定を抜本的に見直す民法改正案も民法制定以来の大改革と位置づけられたが、審議できなかった。両法案を所轄する法務省幹部は「完全にとばっちりを受けた」と嘆く。」

 個人的には、せっかく改正案についての勉強をしていたのに、残念!
次の国会に期待したいと思います。
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