カテゴリ:一般民事・家事 >   賃貸借契約

2018年11月19日の日本経済新聞に、「旧基準の大型建物、25年までの回収難しく」との見出しの、興味深い記事がありました。この記事によると「旧耐震基準の大規模建物で、震度6強以上の地震により『倒壊・崩壊する危険性が高い』と診断された全国1千棟のうち、耐震改修・除却計画の策定が4割弱にとどまっている」「国は2015年までに全ての建物で耐震性不足の解消を目指しているが、達成は難しい状況だ」とのことです。

 

地震大国である我が国では、建物の耐震性は非常に重要な問題ですので、平成7年に「建築物の耐震改修の促進に関する法律」を制定し、さらに最近の改正では、ホテル・旅館・百貨店・映画館などの大保建築物のオーナーに対し建物の耐震診断を行い、自治体にこれを報告することを義務づけました。そして、自治体にこれを公表することを義務づけ、倒壊・崩壊の危険性が高い建物については、建物のオーナーが、耐震改修・除却計画を作成することを促進しています。今回の報道は、この耐震改修・除却計画が進んでいないことを報道したものなのです。

 

ところで、私はこの問題が報道されるたびに思うのが、建物にテナントが入居している場合に、建物のオーナーが耐震改修または建て替えのため賃貸借契約を解除できるか?ということなのです。耐震診断が義務化されている建物は大型建物なので、多くの場合テナントが入居しています。はたして耐震改修や建て替えのためにそのテナントを立ち退かせることができるのでしょうか?ということです。法的には、借地借家法という法律があって、賃貸人が賃貸借契約の更新拒絶をしたり、中途解釈をするには「正当な事由」が必要とされますので、その「正当な事由」が認められるか?という問題として定式化されます。

 

この点、弊事務所の馬場弁護士の協力を得ながら、これまでの耐震と正当事由の関係を調査したところ、次のような判例の傾向にあることがわかりました。

(1)老朽化がかなりの程度進行し、崩壊の危険性を有する場合や構造上の安全性を確認できない場合には正当事由が認められる。

(2)建物の改築の必要性が差し迫っていない場合であっても、早晩改築が必要となるときや、消防法上の改善指導を受けているような場合であれば、立退料の補完があれば正当事由が認められる。(耐震改修の必要性があるというだけではダメで、立退料の支払が必要であるところがポイント)

(3)建物が老朽化しておらず、崩壊の危険性が認定できない場合には、正当事由が認められない。

 

で、今回の報道により「倒壊・崩壊する危険性が高い建物」とされたといっても、震度6強以上のかなり大きな地震が起きることが前提ですし、現時点で実際に使用されている建物がほとんどですので、上記の分類からすると、(2)に分類されるものが大部分だと思われます。そうすると、弁護士的には、現行法上、立退料に関する金額の基準がなく、まさにケース・バイ・ケースの判断になるので、賃借人と立ち退きについて合意するまでにかなりの費用と時間を要することになるという点が頭の痛いところなのです。本当は急いで耐震改修をしなければならないのに、賃借人の立ち退きがうまくいかなくて、なかなか耐震改修ができないということも起きてきます。

 

そもそも借地借家法上の賃貸借契約を終了させるためには「正当事由」が必要との建て付けは、太平洋戦争後、住宅供給が逼迫して、賃借人保護が強く叫ばれたときにつくられたもので、現時点では、時代にマッチしないものとなっています。また、「立退料の補完」などといわれても、肝心かなめの立退料の算定基準が定められておらず、ゴネ得を許す(つまり、賃借人が居座って時間をかせぐと賃貸人が困って立退料を上げざるを得ない)ようなシステムになっています。

 

私は、「建築物の耐震改修の促進に関する法律」を作っておきながら、借地借家法の「正当事由」について手当をしていないのは手落ちだったと思います。この点はいずれ必ず問題になってくると思います。国全体で耐震問題を考えなければならないときなので、この問題は何とかしなければならないでしょう。

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1.最近、私にとってはちょっと意外に思える判例と解釈論に触れました。

 それは、定期建物賃貸借契約における中途解約条項を無効と判断する判例と解釈論です。

 

 その判例というのは、東京地方裁判所平成25820日判決(ウエストロー・ジャパン文献番号2013WLJPCA08208001)で、確かに、「定期建物賃貸借契約である本件契約において、賃貸人に中途解約権の留保を認める旨の特約を付しても、その特約は無効と解される(借地借家法30条)。」と言い切っているのです。

 また、この判例と同様の結論を述べる文献にも触れました。それは、水本浩・遠藤浩・田山輝明編『基本法コンメンタール第二版補訂版/借地借家法』(2009年月、日本評論社)で、119頁に、「家主からの中途解約権を認める特約は、契約の終了期限が不確定なものとなるので、定期建物賃貸借契約の制度趣旨に鑑み、無効と解すべきである。」などと書いてあるのです。

 

2.しかしながら、私としては、どうもこの結論には納得できません。

 上記の判例のいう借地借家法第30条というのは、「この節の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものは、無効とする。」という規定ですが、普通賃貸借契約においても、賃貸人の中途解約権を留保するような特約は有効と解されており、なぜ普通賃貸借で許されるものが、定期建物賃貸借契約では許されなくなるのかが説明し切れていないように思います。

 おそらく上記の学説は、これに実質的な説明を示そうとして「家主の中途解約を認めると契約の終了期限が不確定となり定期建物賃貸借契約の制度趣旨に反する」という説明を試みているものと思われるのですが、定期建物賃借契約の制度趣旨は契約の更新のない賃貸借契約を認めようとするところにあり、更新の話と中途解約の話は別問題と考えることもできますので、この説明は説得的ではないように思います。

 

3.そもそも定期建物賃貸借契約の立法時の国会における議論を紐解いてみると、定期建物賃貸借契約であっても、普通賃貸借契約と同様、賃貸人・賃借人を問わず中途解約条項は有効であり、ただ賃貸人側から中途解約権を行使するには、借地借家法28条により正当事由が必要となるとの趣旨の答弁がなされており(第146回国会 参議院国土・環境委員会会議録438頁)、賃貸人の中途解約権を認める特約を無効とするような解釈はとられていません。

 

 また、文献上も、稲本洋之助・澤野順彦編『コンメンタール借地借家法 第3版』(平文社、20103月)301頁には、「賃貸人は、賃借人との合意によって中途解約権を留保している場合以外は、解約権を有しない。」と記載されており、合意した場合には賃借人の中途解約条項が有効であることが前提とされていたことは間違いありません。

 

4.そして、この問題にきちんとした理由を付して説明しているのが小澤英明、(株)オフィスビル総合研究所編『定期建物法ガイダンス』(住宅新報社、2005月)です。ここでは、小澤英明弁護士がとても分かりやすく説明してくださっているので、同書224頁〜225頁の該当箇所を引用したいと思います。

 

(以下、引用)

 解約権留保の定期建物賃貸借契約は定期借家契約に該当するのだろうか。例えば、「本契約は、期間を2年とし、更新しない。ただし、借主は6か月前の通知により、期間中といえでも本契約を解約することができる。」という規定がある建物賃貸借契約は定期建物賃貸借契約に該当するのだろうか。これは、期間の定めのある契約で、更新しないことが明確であるから、定期借家契約に該当する。中途解約権があれば必ずしも期間満了で終了するわけではないから、借地借家法新382項の説明ができないため定期借家ではないという屁理屈もあるかもしれないが、同条項はコウシンしない契約であることにつき不注意な借主による契約の締結を防止しようとする意図によるものであることは明白であるから、それ以上に同条項に意味をもたせるべきではない。

 それならば、借主に中途解約権がある場合はどうだろうか。これも同様である。問題は、中途解約権が貸主に与えられている場合に、中途解約権の効果が約定どおり認められるか否かということである。これは認められない。なぜならば、貸主による中途解約は借地借家法271項、28条および30条の適用があり、これを排除することは新しい借地借家法38条でも認められていないからである。つまり、中途解約権を行使する場合は、正当事由が必要である。もっとも、このような解釈に対しては、借地借家法271項は期間の定めのない賃貸借の場合の規定であり、また、28条は271項による解約の場合であるから、定期借家には適用がないのではないかという疑問も提起され得る。しかし、借地借家法271項および28条の規定は、民法の特則である。民法617条およびこれを準用している618条では、期間の定めのある賃貸借において、中途解約権が与えられている場合、解約申入れを行って3か月経過して終了することを定めている。これを貸主からの解約の場合は、6か月にして、かつ、正当事由の具備を求めたのが借地借家法271項および28条である。そうであれば、271項や28条は、期間の定めのある賃貸借にも適用がある。従って、貸主の中途解約権の行使には従来どおり、正当事由が必要と解せざるを得ない。

(引用終わり)

 

長々と引用しましたが、私としては、この小澤弁護士の見解が、立法時の考え方に最も合致しているし、とても説得的なので、適切であると思います。

 

5.なお、一番新しく出版された田山輝明・澤野順彦・野澤正充編『新基本法コンメンタール借地借家法』(新日本評論社、20145月)233頁〔吉田修平執筆部分〕では、賃借人の中途解約権を認める特約は有効であるし、しかも、その場合、中途解約をするには正当事由も要求されないとの見解が述べられています。面白い見解なので引用すると、

 

(以下、引用)

 本条〔注:借地借家法28条〕1項の文言上、「30条の規定にかかわらず」と定めていることで、本法26条および28条の規定が適用されないことが明確化されているから、定期借家契約においては賃貸人からの解約権の行使に正当事由が要求されることはない。

 そして民法618条によれば、当事者が賃貸借の期間を定めた場合であっても、その一方または双方がその期間内に解約をする権利を留保した場合には、同法617条を準用することになる。同法617条によれば、当事者の解約申入れにより、建物賃貸借は解約申入れから3カ月の経過によって終了する。

 すると、定期借家契約の場合については民法618条および同617条により、賃貸人からの期間内の解約権を定めたときは、解約申入れにより3カ月で終了するとかいすることになる。

 よって、賃貸人と賃借人が真に自由な意思によって合意した以上、その合意通りの効力が認められるものと解さざるを得ない。

(引用終わり)

 

 私としては、この見解に従えば、当事者間の合意により「正当事由」の有無の厄介な判断まで回避できるので、大変魅力的ではあると思うのですが、当初述べた通り、「更新の問題」と「正当事由の問題」は別と考えており、「30条の規定にかかわらず」と規定されていても、そこから、27条、28条の規定の不適用まで読み取るのは難しいと考えています。

 

6.ただ、いずれにしても、定期建物賃貸借契約の立法時の考え方、借地借家法と民法の条文解釈さらには普通賃貸借契約とのバランスからして、賃貸人側の中途解約権を無効とするような東京地方裁判所平成25820日判決の考え方には違和感があります。

 

この記事が、この論点を考えるにあたって一つの参考になれば幸いです。

 

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私は数年前に賃料保証会社の仕事を比較的多く行っていたことがあります。
その際に、問題となっていたのが、借家人が賃料の延滞を開始してから、どのタイミングで賃貸借契約を解除するか?ということでした。
賃料保証会社では、借家人から一定の保証料を支払っていただき、借家人の家主に対する賃料の支払いを家主に対して保証します。
たとえば、借家人が一時的にお金がなく、家主に月末に賃料を支払えなくても、翌月の15日あたりに賃料保証会社が家主に賃料を立替払い(代位弁済)をしてくれるわけです。これにより、借家人としては、賃貸借契約を解除されて、借りている部屋から退去しなければならない、というような事態を避けることができます。

しかし、当然のことながら、賃料保証会社としても、ビジネスとして保証をしているわけですので、保証期間には限度がありますし(一般的には6か月?)、1度でも延滞すれば賃料保証会社から借家人に督促が入り、3ヶ月も延滞すれば、(通常、賃料保証会社と家主との間で合意書が締結されているのが普通ですので)賃料保証会社の主導のもと、賃料保証会社が用意した弁護士が賃貸人の代理人となり、賃貸借契約の解除の通知が送られるということになります。また、言うまでもありませんが、借家人は賃料保証会社が立て替えた賃料を、賃料保証会社に支払わなければなりません。

しかし、ここに難問がありました。

賃貸借契約書には、借家人が1回でも(又は2回以上)賃料の支払いを怠ったときは賃貸人は賃貸借契約を解除することができる、などという条項があるのが通常ですので、この場合、当然解除が認められるのではないかと思いがちなのですが、賃料保証会社が翌月には賃料の代位弁済をしている関係から、賃貸借契約自体は債務不履行となっていない(または債務不履行状態が常に解消される。)とも考えられるのです。
そこで、裁判所に建物明渡訴訟を提起すると、20件に1件くらいの割合ですが、裁判官から、「賃貸借契約が債務不履行になっていないのだから、解除は認められないのではないか?」ということを言われたことがあったのです。このような裁判官の見解は、契約書に基づく解除の問題と、民法541条に基づく債務不履行解除の問題と、いわゆる信頼関係破壊の議論とがごっちゃ混ぜになっており、本来的にはおかしいと思うのです。
しかし、1審で論争して、2審でさらに結論をいただくなどということをしていては、コストがかかってしかたありませんので(その間借家人は無償で住み続けるのが通常です。)、実務では、3ヶ月延滞後はいったん保証会社の立替払いを止め、債務不履行状態を発生させてから賃貸借契約の解除通知を送付するとか、月末から翌月15日ころまでに債務不履行状態が生じている期間を狙って、解除通知を送付する、などという工夫を行っていました。


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2014年66日の朝日新聞デジタルの報道によると、
不動産仲介業大手の〔中略:A社〕(東京)が福岡市内の2件のマンション物件について、以前の入居者が室内で自殺したことを説明せず、新たな入居者に賃貸していたことがわかった。〔中略:A社〕は、物件の説明義務を定めた宅地建物取引業法に『違反した可能性がある』として、入居者に謝罪したという。社内のシステムに正確な物件情報が入力されていなかったことが理由、と同社は説明している。
ということです。 

宅地建物取引業法では、自殺や殺人があったいわゆる「事故物件」であることは、第35条の重要事項の説明の項目としては挙げていませんが、同法第47条第1号ニでは、「宅地建物取引業者の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすこととなるもの」について、故意に事実を告げなかったり、又は不実のことを告げることが禁止されており、日本の裁判所は、自殺や殺人があった事故物件であることは、この「相手方等の判断に重要な影響を及ぼす」事項に該当すると解釈しています。これに違反して事故物件であることを説明しないと、仲介業者は説明義務違反を問われることになり、上場会社だったりすると、ニュースバリューがあるということで、今回のように朝日新聞のネットのページで報道されてしまうのです。

ただ、どうでしょう?みなさん、この事故物件であることを仲介業者は説明しなければならないという解釈について何か違和感がないでしょうか?えっ、ない。そうですね。我々日本人としては全然違和感はないのでしょうね。

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建物賃貸借契約の中に、よく「賃貸人または賃借人は、相手方について、破産手続開始、民事再生手続開始、会社更生手続き開始または特別清算手続開始の各申立てがあったときは、何らの催告を要せず賃貸借契約を解除することができる。」という規定があることがあります。
そうすると、もしそのような規定がある賃貸借契約なのであれば、表題の問題については、賃借人が破産した、つまりその前提として破産の申立てがあったのですから、当然、家主は賃貸借契約を解除することができる、という結論になるように思います。

ところが、そういう結論にならないところが法解釈の不思議なところ。
この点については、最高裁判例(最判S43.11.21・民集22-12-2728)があり

建物の賃借人が差押えを受け、または破産宣告の申立てを受けたときは、賃貸人は直ちに賃貸借契約を解除することができる旨の特約は、賃貸人の解約を制限する借家法1条ノ2の規定の趣旨に反し、賃借人に不利なものであるから同法6条により無効と解すべきであるとした原審の判断は正当であって、原判決には何ら所論の違法はなく、論旨は理由がない。

と判示しています。
平成4年8月1日に借地借家法が制定され、借家法は廃止されましたが、同法の基本的な構造は借地借家法に受け継がれており、借家法1条ノ2は借地借家法28条に、借家法6条は借地借家法30条になっていますので、上記の判例を現在の借地借家法に当てはめて読むと、「借地借家法28条の規定の趣旨に反し、賃借人に不利なものであるから同法30条により無効と解すべきである」ということになります。

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ひまわり



銀座の花屋さんのひまわりです。
このところの暑さでちょっと元気がないかな。






とてもマニアックな話で恐縮ですが、最近、賃貸建物の売買の案件で、「賃貸人たる地位は免責的に承継されました」という文章をめぐって、少々、考えることがありました。

第三者に賃貸している建物の売買の場合、賃貸建物の売買(所有権の移転)に伴って、賃貸人たる地位も、売主から買主に承継されます。
そこで、売主(旧賃貸人)と買主(新賃貸人)の連名で、賃借人に対し、①賃貸人が変わったことや、②敷金の返還も新賃貸人に請求してほしいことや、③新賃貸人のもとでの新しい賃料の振込先等、を連絡するため、書面(通知書)を賃借人に送付しなければなりませんが、その文面として、よく、「賃貸建物の所有権の移転に伴い、賃貸人たる地位も旧賃貸人から新賃貸人に『免責的』に承継されました。」という文章が使われることがあるのです。

しかし、よくよく考えてみると、新賃貸人は、旧賃貸人の責任を免責するわけではないし、そもそも、旧賃貸人が賃貸借契約上負っている債務は賃借人に対するものなので、旧賃借人と新賃借人との間で免責をうんぬんすることなどできないはずなのです。つまり、賃借人しか旧賃借人の債務を免責することなんてできないはずなんです。

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マンション外観


(以下の記事は、弁護士飛田博及び弁護士萩原勇の意見にとどまり、裁判等における結果を保証するものではないので、ご注意ください。)

 

残置物の処分と法律的な論点

 

建物の賃貸人(管理会社及び保証会社)が日々頭を悩ませている問題として、賃借人が、賃料を支払わないようになり、その後、いわゆる夜逃げをしてしまったような場合、建物内に残った残置物をどのように処分したらよいか? という問題があります。

この問題に関する法律的な論点は次の3点となります。

 

(1) 契約関係の処理

賃貸借契約をどのように解除したら良いのか(具体的には、賃借人の居場所がわからないため、解除の意思表示が賃借人に到達しないのではないか)?

 

(2) 物件への立ち入り

賃借人に無断で部屋に立ち入った場合、住居侵入罪(刑法130条)は成立しないか?

立入りは、不法行為(民法709条)に該当し、損害賠償義務を負わないか?

 

(3) 残置物の処分

賃借人の同意なく残置物を処分した場合、器物損害罪(刑法261条)が成立しないか?

処分は、不法行為(民法709条)に該当し、損害賠償義務を負わないか? 
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実務で、破産法関連の仕事をする場合、一番役立つのが、東京地裁破産実務研究会著の『破産管財の手引き』(きんざい、平成23年6月)という書籍です。この種のいわゆる実務本は世に沢山存在しますが、この本は、破産手続を運用している裁判所の裁判官と書記官が集まって書いた本ですので、役に立つのは当然です。

しかし、同じような本を大阪地方裁判所第6民事部(破産部)も書いています。こちらは、『破産・個人再生の実務Q&A はい6民ですお答えします』(大阪弁護士協同組合、2008年)という名称です。ただ、この大阪地裁第6民事部の本は、結構チャレンジングです。先日、ちょっと“おやっ”と思った記述を見つけたので紹介します。

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先日、知人から「借家で賃借人が自殺した場合、賃借人の遺族(相続人)は、賃貸人から損害賠償請求を受けることがあるのか?」との質問を受けました。  


一般に、マンション等を販売したり、賃貸したりしようとしている不動産業者(及び仲介業者)は、そのマンションで自殺があったような場合には、買主又は賃借人に対し、当該マンションで自殺があったことを告知し、説明しなければならないと解されています(参考判例:東京地判平20.4.28 判タ1275-329)。これは、物件の中で自殺があると、事故物件として物件の価格や賃料は下がることになりますので、これを故意に隠しながら販売したり、賃貸したりすると、購入者や賃借人を騙しているようなことになり、宅地建物取引の公正が確保されないと考えられるからでしょう(宅建業法第47条参照)。  


このような知識はありましたが、私としては、今回のご質問のような、「借家で自殺が発生した場合に遺族が家主から損害賠償を請求されるのか?」というような話はあまり聞いたことがありませんでした。しかし、確かに、家主の立場からすれば、貸室の中で自殺されると、その後、貸室を新たな賃貸人に貸そうとするときに賃料を減額せざるを得ない等の悪影響がでるわけですから、遺族に損害賠償を請求したくなるのかもしれません。そこで調べてみたところ、やっぱりこのような事例についての判例はあるのですね(ただし、いずれもネットによる有料の判例検索のサービスで、刊行物としては無いようです。)。

1.東京地方裁判所平成131129日判決

事案は、借上げ社宅としてある会社に賃貸していたところ、住んでいた従業員が自殺してしまったので、賃貸人(原告)が、賃借人である会社(被告)に対し、10年間にわたって貸室を通常よりも安い賃料でしか貸せなくなったとして、10年間の賃料差額相当額の支払いを求めたものです。
東京地裁は、次のように述べて、賃貸人の請求を認めました。
 
 

「貸室において入居者の自殺という事故があると、少なくともその直後においては、通常人からみて心理的に嫌悪すべき事由(いわゆる心理的瑕疵)があるものとして、当該貸室を他に賃貸しようとしても、通常の賃料額で賃貸することは難しく、通常の賃料額よりもかなり減額した賃料額で賃貸せざるを得ないのが実状であると推察される。」

「被告は、原告に対し、本件賃貸借契約上の債務として、善良なる管理者の注意をもって本件貸室を使用し保存すべき債務(賃貸借契約書第5条、民法400条)を負っていたというべきであり、その債務には、本件貸室につき通常人が心理的に嫌悪すべき事由を発生させないようにする義務が含まれるものと解するのが相当である。」

「しかるに、被告は、上記債務について、履行補助者たるD(社宅に住んでいた従業員)が本件貸室において通常人が心理的に嫌悪すべき自殺をしたことにより、不履行があったものと認められ、かつ、その債務不履行について被告の責めに帰すことができない事由があるものとは認められない。」

「以上によれば、原告は、被告の債務不履行によって、〔中略〕損害を受けたということができる。」  


ただし、損害については、「本件のような貸室についての心理的瑕疵は、年月の経過とともに稀釈されることが明らかであり、本件貸室が大都市である仙台市内に所在する単身者用のアパートの一室であることをも斟酌すると、本件貸室について、本件事故があったことは、2年程度を経過すると、瑕疵と評することはできなくなる(したがってまた、原告において、他に賃貸するに当たり、本件事故があったことを告げる必要はなくなる)ものとみるのが相当である。」として、2年間分の賃料差額相当額しか、損害としては認めませんでした。


2.東京地方裁判所平成19810日判決

この案件は、貸室内で賃借人が死亡したため、家主が、賃借人の相続人と、賃借人の連帯保証人に対し、6年間分の予想賃料差額を損害として、請求したものです。

これについても、東京地裁は、  


「賃貸借契約における賃借人は、賃貸目的物の引渡しを受けてからこれを返還するまでの間、賃貸目的物を善良な管理者と同様の注意義務をもって使用収益する義務がある(民法400条)。そして、賃借人の善管注意義務の対象には、賃貸目的物を物理的に損傷しないようにすることが含まれることはもちろんのこと、賃借人が賃貸目的物内において自殺をすれば、これにより心理的な嫌悪感が生じ、一定期間、賃貸に供することができなくなり、賃貸できたとしても相当賃料での賃貸ができなくなることは、常識的に考えて明らかであり、かつ、賃借人に賃貸目的物内で自殺しないように求めることが加重な負担を強いるものとも考えられないから、賃貸目的物内で自殺しないようにすることも賃借人の善管注意義務の対象に含まれるというべきである。」


として、故賃借人の債務不履行を認めています。そのうえで、損害については


「自殺があった建物(部屋)を賃借して居住することは、一般的に、心理的に嫌悪感を感じる事柄であると認められるから、賃貸人が、そのような物件を賃貸しようとするときは、原則として、賃借希望者に対して、重要事項の説明として、当該物件において自殺事故があった旨を告知すべき義務があることは否定できない。
しかし、自殺事故による嫌悪感も、もともと時の経過により希釈する類のものであると考えられることに加え、一般的に、自殺事故の後に新たな賃借人が居住をすれば、当該賃借人が極短期間で退去したといった特段の事情がない限り、新たな居住者である当該賃借人が当該物件で一定期間生活をすること自体により、その前の賃借人が自殺したという心理的な嫌悪感の影響もかなりの程度薄れるものと考えられる。

自殺事故の後の最初の賃借人には自殺事故があったことを告知すべき義務があるというべきであるが、当該賃借人が極短期間で退去したといった特段の事情が生じない限り、当該賃借人が退去した後にさらに賃貸するに当たり、賃借希望者に対して自殺事故があったことを告知する義務はないというべきである。」


として、1年間の賃貸不能期間、及び賃料が半額となる2年間の一契約期間のみ仮定して、その賃料差額分を損害として認容しました。


ところで、トリビア的知識になりますが、自殺は、キリスト教やイスラム教では禁止されていて、刑法上の犯罪になる国もあると聞いたことがあります。しかし、我が国の刑法上は犯罪を構成せず、ただ、他人が自殺することを教唆したり幇助したりしたときのみ自殺関与罪(刑法第202条)が成立するに過ぎません。我が国の刑法のこの立場について、有力な学説は、「人には自己の生命について処分の自由を有するから、自殺には違法性がない」(違法阻却説・放任行為説)と説明するのですが、今回のリサーチ結果によると、そのような説明ができるのは、国家と国民との関係が問題となる刑事法の分野だけで、民事法上は色々な関係が問題となるので、今回取り上げた借家契約などとの関係で、借家内で自殺すると違法となることもあるということになりそうです。


というわけで、借家に住んでいると、うかうか自殺もできないというお話でした。

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 不動産賃貸業を営まれる顧問先の方々から、「賃貸借契約解除後の賃貸物件への立入り及び残置物の処分」というテーマについて、よく相談を受けます。ここでは、このテーマについて、より深く検討した結果を報告したいと思います。

[ケース] 

 建物の賃借人が賃料の不払いを継続したため賃貸人が賃貸借契約を解除した場合(注1)、賃貸物件の立入り及び残置物の処分が問題となるのは、以下のようなケースです。

(ケース①―「夜逃げケース」)

 賃借人と連絡がとれず、しかも賃借人が、借りている部屋に数ヶ月間帰宅している形跡がなく、部屋の中にも無価値な物(又は必ずしも無価値とまでは言えないが、ほとんど価値がなく賃借人が捨てて行ったとしか思われないような物)しか残っていない場合

(ケース②―「退去表明ケース」)

 退去交渉の中で、賃借人が一定の日に退去することを表明したが、その後連絡がとれなくなり、その一定の日に退去したかどうかが不明であるものの、その後賃借人が部屋に帰宅している形跡はなく、部屋の中にも無価値な物(又は必ずしも無価値とまでは言えないが、ほとんど価値がなく賃借人が捨てて行ったとしか思われないような物)しか残置されていない場合

(注1)  本ケースにおいては、あくまでも賃貸借契約が解除されたことを前提としています。賃貸借契約が解除されていない限り、賃借人は賃貸物件(部屋)について賃借権という明確な権利を有しているので、賃貸物件への無断立入りは、原則として住居侵入罪(刑法第130条)を構成し、損害賠償(民法第709条)の対象になると考えられるからです。

 ただし、東京弁護士会易水会編『賃貸住居の法律Q&A〔4訂版〕』(住宅新法社、2008年10月)285頁〔弁護士荻野明一執筆部分〕は、「賃貸借の期間中とはいえ、賃借人が黙ったまま家財道具や荷物を運び出して室内をからっぽにしたまま出ていき、何の連絡もなく戻って来ないうえ、また賃料も払わないといった状態が相当長い間続くなど、社会常識的にみて賃借人がみずから賃貸借契約を終了させて賃貸物件を明け渡したと認められるような例外的な場合には、新入居者を入れても住居妨害にはならないでしょう。」との記述もあります。

[問 題] 

 上記のケースにおいて、賃貸人としては、賃貸物件を開錠し、立ち入ったうえで、残置物を処分したいと考えるのが通常です。そこで、「果たして、これらの行為をして法的に問題はないのか」ということが問題となります。

 この問題を、より分析的に記述すると、以下のとおりとなります。

1. 賃貸人(賃貸人から部屋の管理業務の委託を受けている管理会社も含む。以下同じ。)が、賃借人に無断で解錠し、賃貸物件(部屋)の中に立ち入った場合、刑事の問題として、住居侵入罪(刑法第130条)が成立するか? また、民事の問題として、不法行為(民法第709条)を理由に損害賠償請求の対象になるか?

2. 賃貸人が、賃借人の残置物を無断で処分した場合、刑事の問題として器物損壊罪(刑法第261条)が成立するか? また、民事の問題として、不法行為(民法第709条)を理由として損害賠償請求の対象になるか?

[検 討]

 さて、それでは、上記の問題について検討していきたいと思います。

第1 一般的な理解及び本問の特殊性

 (1) 類似質問についての一般的な理解

 弁護士に相談すると、どのような回答が返ってくるのでしょうか。

 まず、本問に類似する質問に対する一般的な理解を調査してみますと、次のような書籍の記載がありました。

① 水本浩他編『借家の法律相談(第3版補訂版)法律相談シリーズ』(有斐閣、2002年2月)406頁~407頁〔水本浩=東川始比古執筆部分〕は、「賃借人が夜逃げした場合、荷物を処分し空家にして他の人に貸せるか」という設問について、次のように回答しております。

 「最近、サラ金などの借金苦のため、借家人が家財道具をそのままにして夜逃げをする例がよくあるそうです。そのような場合、借家人が残していった荷物を運び出したり、残された家財道具を勝手に処分して滞納した家賃に充当していることもあるそうですが、そのような行為は、強制執行手続による明渡および他人の財産の差押・競売による滞納家賃の充当という法的手続を潜脱する違法な行為なのです。したがって、夜逃げした賃借人やその家族から後にそのような行為の責任を追及された場合、損害賠償等の民事上の責めを負うことになるのはもちろん、場合によっては窃盗や横領などの刑事上の責任を追及されかねませんので、そのような手段は避けるべきでしょう。」

② また、野辺博編『借地借家の法律実務』(学陽書房、2001年3月)207頁~210頁〔上條司執筆部分〕も、「建物の賃借人が長期不在となってしまいました。賃貸人としては、借家契約を解除して、建物を明け渡してもらいたいのですが、どのように対処すればいいでしょうか。」という設問について、次のように回答しております。

 「賃借人の部屋に勝手に入る行為は、たとえ賃貸人であっても刑事上は住居侵入罪などの犯罪行為に該当する可能性があり、また、民事上も違法な行為として慰謝料などを請求される可能性が高いと考えます。したがって、賃借人に無断でその部屋へ入るべきではありません。」

 「長期不在の賃借人との借家契約が解除できたとしても、賃借人が建物内にその所有物などを残していたばあい、賃貸人としては、その残置物を搬出しなければ、他の者に建物を貸すことができませんし、また、残置物を廃棄処分できないとなると、近親者などが保管してくれないかぎり、その置き場にも困ることとなります。

 しかしながら、賃貸人が困るとはいっても、勝手に賃借人の残置物を廃棄処分することができないのは当然です。」

 したがって、弁護士に本問のような質問をすると、弁護士の標準的な回答は、「無断立入りには住居侵入罪(刑法第130条)、残置物の処分には器物損壊罪(刑法第261条)が成立する可能性があり、無断立入り・残置物の処分のいずれについても不法行為として損害賠償の対象になる可能性がある(民法第709条)。建物明渡訴訟を提起し、判決(債務名義)を取得したうえで、建物明渡の強制執行を実施し、その中で処理した方が適当である。」というものと考えられます(注2)。

(注2) このように考える背景として、賃貸人の自力救済は、強制執行手続を潜脱する違法な行為に該当する可能性があるので、可能な限り避けるべきであること、及び、この場合に賃貸人に(自力救済ではなく)建物明渡訴訟・強制執行といった法的手続きの履践を求めても、公示による意思表示(民法第98条ノ2)により賃貸借契約は解除でき、建物明渡訴訟の提起、判決の取得、強制執行の申立てにより、強制的に賃借人を退去させることができ、執行手続の中で残置物も処分できるため、何の支障もないという認識があるものと思われます(前掲・水本浩編『借家の法律相談(第3版補訂版)法律相談シリーズ』407頁参照)。

  しかしながら、本問のような夜逃げケース及び退去表明のケースの中には、もはや賃借人が住居から退去しているとみられるケースが多く存在し、あえて賃貸人が「自力救済」をしたとか、強制執行手続を潜脱したとか言うほどの必要もないと思われます。また、現実の実務では、建物明渡訴訟の提起、判決の取得、強制執行の実施といった手順を踏むには、最短でも3か月から5か月(公示による意思表示や公示送達を行う必要がある場合には更に時間がかかる。)の時間を要するのが通常であり、賃貸人にとって決して軽い負担ではありません。

 もう少し事案を細かく分析して、裁判制度を利用する必要のないケースを検討すべきではないだろうかというのが当職の問題意識です。

 (2) 一般的理解の評価

① 確かに、刑法第130条(住居侵入罪)は、「正当な理由がないのに、人の住居〔中略〕に侵入し〔中略〕た者は、3年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。」と定めているところ、判例は、「住居侵入罪は故なく人の住居〔中略〕に侵入す〔中略〕〔る〕ことによって成立するのであり、その居住者〔中略〕が法律上正当な権限を以って居住〔中略〕するか否かは犯罪の成立を左右するものではない〔傍点は筆者による。〕」(最判昭28.5.14刑集7巻5号1042頁)と判示するため、たとえ賃貸借契約が解除され、実体的には不法占拠者に過ぎない可能性がある者であっても、居住権者として認められることになり、その住居に無断で立ち入れば、住居侵入罪(刑法第130条)が成立する可能性があるということができます。

② また、民法第709条(不法行為による損害賠償)は、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護されている利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」と定めているところ、上記のとおり、賃貸借契約が解除された後であっても、賃借人の住居に対する居住権(占有)が刑法上保護される以上、民法上も賃借人には法律上保護される利益があるというべきであるから、賃貸人が無断で住居に立ち入る行為は、その利益を侵害することとなり、民法第709条により損害賠償の対象になる可能性があるということになります(注3)。

(注3) 建物賃借人が賃借建物から退去し、約半年間賃料の支払いを怠り連絡がない場合に、賃貸人が同建物の施錠を破壊し内部に立ち入って残置物を廃棄処分した事案について、大阪高判昭和62年10月22日(判タ667号161頁)は、賃借人から賃貸人に対するプライバシー侵害を認め慰謝料請求の一部を認容しました。

③ さらに、たとえ賃借人が退去したと認められるような場合であっても、賃借人が残置物の所有権を放棄したとは限らないから、賃貸人が賃借人の同意を得ることなく残置物を処分すれば、刑事的には、その態様により、窃盗罪(刑法第235条)、占有離脱物横領罪(刑法第254条)、器物損壊罪(刑法第261条)が成立する可能性があり(注4)、さらに民事的には、民法第709条の不法行為により損害賠償請求の対象になる可能性があるということになります。 

(注4) 賃借人の住居に対する占有が失われていなければ、賃貸人が残置物を第三者に売却して処分する場合、不法領得の意思に基づく占有侵害が認められるから、窃盗罪(刑法第235条)が成立することになると思われます。それに対して、賃借人の住居に対する占有が失われていれば、残置物は占有離脱物になるから、第三者に売却する場合等不法領得の意思が認められれば占有離脱物横領罪(刑法第254条)、単に廃棄処分する場合には器物損壊罪(刑法第261条)ということになると考えられます。


 したがって、上記の各書籍の見解は、上記の各書籍でとりあげれた質問への回答としては、いずれも正しいとの評価が可能です。

 しかしながら、このような見解を本問にそのままあてはめることは適当ではないと考えられます。

 というのは、個々の案件には、それぞれ特徴があるので、個々のケースを具体的・詳細に考えなければなりません。そのうえで、本当に刑法犯が成立し、民事賠償の対象になるといえるかが問題なのです
(3) 本問の特殊性

 上記(1)で検討した書籍の設問は、「夜逃げ」又は「長期不在」は認められるものの、もっぱら残置物の処分を問題にしていることからして、賃借人が賃貸物件(部屋)の中に私物を殆ど残していったことが想定されています。これに対して、本問については、賃借人は残置物がないか、あったとしても無価値(又は必ずしも無価値とはいえないが、ほとんど価値がなく、賃借人が捨てて行ったとしか思えないような物)といえるような物です。

 つまり、これまで上記の各書籍で検討されている案件は、賃借人の行方が不明であるものの、まだ客観的には住居内に多くの残置物が残っている等の事情から、賃借人の住居に対する占有が認められるような案件であるのに対し、本問の事例は、残置物もなく(又はほとんどなく)そもそも賃借人に「占有」が認められるかが争点となるようなケースであるといえます。 

 実務上、賃借人が夜逃げ等をするケースでは、住居内にあるもののうち必要なものは賃借人が持って出るのが通常であり、賃借人が着の身着のままで逃げることはむしろ稀です。したがって、従来の設問は、実務において問題となる多くの案件を補足できないうらみがあるといえます。

 では、本問を具体的に検討した場合、どのように考えればよいのでしょうか。以下、本問のケースについて、立入りと残置物の処分に分けて検討していきます。

 

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