カテゴリ:一般民事・家事 >   賃貸借契約

法律事務所に勤務する弁護士には縁のないものですが、いわゆる企業内弁護士として働いている同期の弁護士の中に、勤め先の会社の社宅に住んでいるという話を聞きました。
都内にありながら、使用料として23万円支払えばその他の費用はかからないと聞き、非常に羨ましく思いました。
住宅手当は自由な転居が可能となるメリットはありますが、給与の一部になるとして課税の問題があり、その点社宅の場合はその意味での課税の問題はないようです。

さてこの社宅ですが、会社が倒産した時や、会社を解雇又は退職したときは、今まで社宅に住んでいた従業員はどうなるのでしょうか。有無を言わさず社宅から立ち退きをしなければならないのでしょうか。賃貸住宅に住んでいる場合には、借地借家法という借主にとって非常に強い味方がついているわけですが、社宅の場合にもこの借地借家法が適用されるのかが問題になってきます。

借地借家法の適用があれば、新しい家主に対して、自分の賃借権を主張できますし(法311項)、家主(会社)から解約されても「正当の事由」(法28条)がなければ立ち退く必要もありません。

社宅の利用に借地借家法の適用があるかどうかは、社宅の使用料が決め手になってきます。

社宅の使用料を全く支払っていなければ、それは無償で貸し渡したということですので、使用貸借(民法593条)になります。使用貸借であれば、借地借家法の適用はないので、最初の取り決め(契約)のとおりに社宅を明け渡さなければなりません。

社宅の使用料を支払っているのであれば、話は変わってきます。一般の家賃とは比較にならないほどの安い使用料(維持費にも満たないもの)であれば、その使用料は家賃としては扱われず、賃貸借関係にないとして借地借家法の適用はありません(最高裁判決昭和30513日・判タ5021頁参照)

逆に、通常の相場に比べて、それほど安いとはいえない使用料であれば、賃貸借関係があるとして借地借家法の適用があるとされる場合があります。

そのため、会社としては、従業員から社宅の明渡しを求める際のリスク(借地借家法を盾に、明渡しを拒まれるリスク)を考えた上で、使用料の設定をする必要があります。

同期の話では、社宅は確かに安いが、居住者が皆会社の関係者であることや、家主が会社であることから騒音等のトラブルがあっても文句を言いにくいという不満があるらしく、家賃が多少高くついても住宅手当を貰って好きな場所に住みたい、いうことでした。
社宅も住宅手当も、私にとっては羨ましい話ですが、そういえば修習時代に知り合った裁判官も、騒音トラブルで官舎から出て自分の好きな所に家を借りていましたね。

最近すこしずつ暖かくなってきましたが、寒くなる日もあるので、体温調整にはお気を付けください。

私は数年前に賃料保証会社の仕事を比較的多く行っていたことがあります。
その際に、問題となっていたのが、借家人が賃料の延滞を開始してから、どのタイミングで賃貸借契約を解除するか?ということでした。
賃料保証会社では、借家人から一定の保証料を支払っていただき、借家人の家主に対する賃料の支払いを家主に対して保証します。
たとえば、借家人が一時的にお金がなく、家主に月末に賃料を支払えなくても、翌月の15日あたりに賃料保証会社が家主に賃料を立替払い(代位弁済)をしてくれるわけです。これにより、借家人としては、賃貸借契約を解除されて、借りている部屋から退去しなければならない、というような事態を避けることができます。

しかし、当然のことながら、賃料保証会社としても、ビジネスとして保証をしているわけですので、保証期間には限度がありますし(一般的には6か月?)、1度でも延滞すれば賃料保証会社から借家人に督促が入り、3ヶ月も延滞すれば、(通常、賃料保証会社と家主との間で合意書が締結されているのが普通ですので)賃料保証会社の主導のもと、賃料保証会社が用意した弁護士が賃貸人の代理人となり、賃貸借契約の解除の通知が送られるということになります。また、言うまでもありませんが、借家人は賃料保証会社が立て替えた賃料を、賃料保証会社に支払わなければなりません。

しかし、ここに難問がありました。

賃貸借契約書には、借家人が1回でも(又は2回以上)賃料の支払いを怠ったときは賃貸人は賃貸借契約を解除することができる、などという条項があるのが通常ですので、この場合、当然解除が認められるのではないかと思いがちなのですが、賃料保証会社が翌月には賃料の代位弁済をしている関係から、賃貸借契約自体は債務不履行となっていない(または債務不履行状態が常に解消される。)とも考えられるのです。
そこで、裁判所に建物明渡訴訟を提起すると、20件に1件くらいの割合ですが、裁判官から、「賃貸借契約が債務不履行になっていないのだから、解除は認められないのではないか?」ということを言われたことがあったのです。このような裁判官の見解は、契約書に基づく解除の問題と、民法541条に基づく債務不履行解除の問題と、いわゆる信頼関係破壊の議論とがごっちゃ混ぜになっており、本来的にはおかしいと思うのです。
しかし、1審で論争して、2審でさらに結論をいただくなどということをしていては、コストがかかってしかたありませんので(その間借家人は無償で住み続けるのが通常です。)、実務では、3ヶ月延滞後はいったん保証会社の立替払いを止め、債務不履行状態を発生させてから賃貸借契約の解除通知を送付するとか、月末から翌月15日ころまでに債務不履行状態が生じている期間を狙って、解除通知を送付する、などという工夫を行っていました。


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2014年66日の朝日新聞デジタルの報道によると、
不動産仲介業大手の〔中略:A社〕(東京)が福岡市内の2件のマンション物件について、以前の入居者が室内で自殺したことを説明せず、新たな入居者に賃貸していたことがわかった。〔中略:A社〕は、物件の説明義務を定めた宅地建物取引業法に『違反した可能性がある』として、入居者に謝罪したという。社内のシステムに正確な物件情報が入力されていなかったことが理由、と同社は説明している。
ということです。 

宅地建物取引業法では、自殺や殺人があったいわゆる「事故物件」であることは、第35条の重要事項の説明の項目としては挙げていませんが、同法第47条第1号ニでは、「宅地建物取引業者の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすこととなるもの」について、故意に事実を告げなかったり、又は不実のことを告げることが禁止されており、日本の裁判所は、自殺や殺人があった事故物件であることは、この「相手方等の判断に重要な影響を及ぼす」事項に該当すると解釈しています。これに違反して事故物件であることを説明しないと、仲介業者は説明義務違反を問われることになり、上場会社だったりすると、ニュースバリューがあるということで、今回のように朝日新聞のネットのページで報道されてしまうのです。

ただ、どうでしょう?みなさん、この事故物件であることを仲介業者は説明しなければならないという解釈について何か違和感がないでしょうか?えっ、ない。そうですね。我々日本人としては全然違和感はないのでしょうね。

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建物賃貸借契約の中に、よく「賃貸人または賃借人は、相手方について、破産手続開始、民事再生手続開始、会社更生手続き開始または特別清算手続開始の各申立てがあったときは、何らの催告を要せず賃貸借契約を解除することができる。」という規定があることがあります。
そうすると、もしそのような規定がある賃貸借契約なのであれば、表題の問題については、賃借人が破産した、つまりその前提として破産の申立てがあったのですから、当然、家主は賃貸借契約を解除することができる、という結論になるように思います。

ところが、そういう結論にならないところが法解釈の不思議なところ。
この点については、最高裁判例(最判S43.11.21・民集22-12-2728)があり

建物の賃借人が差押えを受け、または破産宣告の申立てを受けたときは、賃貸人は直ちに賃貸借契約を解除することができる旨の特約は、賃貸人の解約を制限する借家法1条ノ2の規定の趣旨に反し、賃借人に不利なものであるから同法6条により無効と解すべきであるとした原審の判断は正当であって、原判決には何ら所論の違法はなく、論旨は理由がない。

と判示しています。
平成4年8月1日に借地借家法が制定され、借家法は廃止されましたが、同法の基本的な構造は借地借家法に受け継がれており、借家法1条ノ2は借地借家法28条に、借家法6条は借地借家法30条になっていますので、上記の判例を現在の借地借家法に当てはめて読むと、「借地借家法28条の規定の趣旨に反し、賃借人に不利なものであるから同法30条により無効と解すべきである」ということになります。

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ひまわり



銀座の花屋さんのひまわりです。
このところの暑さでちょっと元気がないかな。






とてもマニアックな話で恐縮ですが、最近、賃貸建物の売買の案件で、「賃貸人たる地位は免責的に承継されました」という文章をめぐって、少々、考えることがありました。

第三者に賃貸している建物の売買の場合、賃貸建物の売買(所有権の移転)に伴って、賃貸人たる地位も、売主から買主に承継されます。
そこで、売主(旧賃貸人)と買主(新賃貸人)の連名で、賃借人に対し、①賃貸人が変わったことや、②敷金の返還も新賃貸人に請求してほしいことや、③新賃貸人のもとでの新しい賃料の振込先等、を連絡するため、書面(通知書)を賃借人に送付しなければなりませんが、その文面として、よく、「賃貸建物の所有権の移転に伴い、賃貸人たる地位も旧賃貸人から新賃貸人に『免責的』に承継されました。」という文章が使われることがあるのです。

しかし、よくよく考えてみると、新賃貸人は、旧賃貸人の責任を免責するわけではないし、そもそも、旧賃貸人が賃貸借契約上負っている債務は賃借人に対するものなので、旧賃借人と新賃借人との間で免責をうんぬんすることなどできないはずなのです。つまり、賃借人しか旧賃借人の債務を免責することなんてできないはずなんです。

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マンション外観


(以下の記事は、弁護士飛田博及び弁護士萩原勇の意見にとどまり、裁判等における結果を保証するものではないので、ご注意ください。)

 

残置物の処分と法律的な論点

 

建物の賃貸人(管理会社及び保証会社)が日々頭を悩ませている問題として、賃借人が、賃料を支払わないようになり、その後、いわゆる夜逃げをしてしまったような場合、建物内に残った残置物をどのように処分したらよいか? という問題があります。

この問題に関する法律的な論点は次の3点となります。

 

(1) 契約関係の処理

賃貸借契約をどのように解除したら良いのか(具体的には、賃借人の居場所がわからないため、解除の意思表示が賃借人に到達しないのではないか)?

 

(2) 物件への立ち入り

賃借人に無断で部屋に立ち入った場合、住居侵入罪(刑法130条)は成立しないか?

立入りは、不法行為(民法709条)に該当し、損害賠償義務を負わないか?

 

(3) 残置物の処分

賃借人の同意なく残置物を処分した場合、器物損害罪(刑法261条)が成立しないか?

処分は、不法行為(民法709条)に該当し、損害賠償義務を負わないか? 
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実務で、破産法関連の仕事をする場合、一番役立つのが、東京地裁破産実務研究会著の『破産管財の手引き』(きんざい、平成23年6月)という書籍です。この種のいわゆる実務本は世に沢山存在しますが、この本は、破産手続を運用している裁判所の裁判官と書記官が集まって書いた本ですので、役に立つのは当然です。

しかし、同じような本を大阪地方裁判所第6民事部(破産部)も書いています。こちらは、『破産・個人再生の実務Q&A はい6民ですお答えします』(大阪弁護士協同組合、2008年)という名称です。ただ、この大阪地裁第6民事部の本は、結構チャレンジングです。先日、ちょっと“おやっ”と思った記述を見つけたので紹介します。

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先日、知人から「借家で賃借人が自殺した場合、賃借人の遺族(相続人)は、賃貸人から損害賠償請求を受けることがあるのか?」との質問を受けました。  


一般に、マンション等を販売したり、賃貸したりしようとしている不動産業者(及び仲介業者)は、そのマンションで自殺があったような場合には、買主又は賃借人に対し、当該マンションで自殺があったことを告知し、説明しなければならないと解されています(参考判例:東京地判平20.4.28 判タ1275-329)。これは、物件の中で自殺があると、事故物件として物件の価格や賃料は下がることになりますので、これを故意に隠しながら販売したり、賃貸したりすると、購入者や賃借人を騙しているようなことになり、宅地建物取引の公正が確保されないと考えられるからでしょう(宅建業法第47条参照)。  


このような知識はありましたが、私としては、今回のご質問のような、「借家で自殺が発生した場合に遺族が家主から損害賠償を請求されるのか?」というような話はあまり聞いたことがありませんでした。しかし、確かに、家主の立場からすれば、貸室の中で自殺されると、その後、貸室を新たな賃貸人に貸そうとするときに賃料を減額せざるを得ない等の悪影響がでるわけですから、遺族に損害賠償を請求したくなるのかもしれません。そこで調べてみたところ、やっぱりこのような事例についての判例はあるのですね(ただし、いずれもネットによる有料の判例検索のサービスで、刊行物としては無いようです。)。

1.東京地方裁判所平成131129日判決

事案は、借上げ社宅としてある会社に賃貸していたところ、住んでいた従業員が自殺してしまったので、賃貸人(原告)が、賃借人である会社(被告)に対し、10年間にわたって貸室を通常よりも安い賃料でしか貸せなくなったとして、10年間の賃料差額相当額の支払いを求めたものです。
東京地裁は、次のように述べて、賃貸人の請求を認めました。
 
 

「貸室において入居者の自殺という事故があると、少なくともその直後においては、通常人からみて心理的に嫌悪すべき事由(いわゆる心理的瑕疵)があるものとして、当該貸室を他に賃貸しようとしても、通常の賃料額で賃貸することは難しく、通常の賃料額よりもかなり減額した賃料額で賃貸せざるを得ないのが実状であると推察される。」

「被告は、原告に対し、本件賃貸借契約上の債務として、善良なる管理者の注意をもって本件貸室を使用し保存すべき債務(賃貸借契約書第5条、民法400条)を負っていたというべきであり、その債務には、本件貸室につき通常人が心理的に嫌悪すべき事由を発生させないようにする義務が含まれるものと解するのが相当である。」

「しかるに、被告は、上記債務について、履行補助者たるD(社宅に住んでいた従業員)が本件貸室において通常人が心理的に嫌悪すべき自殺をしたことにより、不履行があったものと認められ、かつ、その債務不履行について被告の責めに帰すことができない事由があるものとは認められない。」

「以上によれば、原告は、被告の債務不履行によって、〔中略〕損害を受けたということができる。」  


ただし、損害については、「本件のような貸室についての心理的瑕疵は、年月の経過とともに稀釈されることが明らかであり、本件貸室が大都市である仙台市内に所在する単身者用のアパートの一室であることをも斟酌すると、本件貸室について、本件事故があったことは、2年程度を経過すると、瑕疵と評することはできなくなる(したがってまた、原告において、他に賃貸するに当たり、本件事故があったことを告げる必要はなくなる)ものとみるのが相当である。」として、2年間分の賃料差額相当額しか、損害としては認めませんでした。


2.東京地方裁判所平成19810日判決

この案件は、貸室内で賃借人が死亡したため、家主が、賃借人の相続人と、賃借人の連帯保証人に対し、6年間分の予想賃料差額を損害として、請求したものです。

これについても、東京地裁は、  


「賃貸借契約における賃借人は、賃貸目的物の引渡しを受けてからこれを返還するまでの間、賃貸目的物を善良な管理者と同様の注意義務をもって使用収益する義務がある(民法400条)。そして、賃借人の善管注意義務の対象には、賃貸目的物を物理的に損傷しないようにすることが含まれることはもちろんのこと、賃借人が賃貸目的物内において自殺をすれば、これにより心理的な嫌悪感が生じ、一定期間、賃貸に供することができなくなり、賃貸できたとしても相当賃料での賃貸ができなくなることは、常識的に考えて明らかであり、かつ、賃借人に賃貸目的物内で自殺しないように求めることが加重な負担を強いるものとも考えられないから、賃貸目的物内で自殺しないようにすることも賃借人の善管注意義務の対象に含まれるというべきである。」


として、故賃借人の債務不履行を認めています。そのうえで、損害については


「自殺があった建物(部屋)を賃借して居住することは、一般的に、心理的に嫌悪感を感じる事柄であると認められるから、賃貸人が、そのような物件を賃貸しようとするときは、原則として、賃借希望者に対して、重要事項の説明として、当該物件において自殺事故があった旨を告知すべき義務があることは否定できない。
しかし、自殺事故による嫌悪感も、もともと時の経過により希釈する類のものであると考えられることに加え、一般的に、自殺事故の後に新たな賃借人が居住をすれば、当該賃借人が極短期間で退去したといった特段の事情がない限り、新たな居住者である当該賃借人が当該物件で一定期間生活をすること自体により、その前の賃借人が自殺したという心理的な嫌悪感の影響もかなりの程度薄れるものと考えられる。

自殺事故の後の最初の賃借人には自殺事故があったことを告知すべき義務があるというべきであるが、当該賃借人が極短期間で退去したといった特段の事情が生じない限り、当該賃借人が退去した後にさらに賃貸するに当たり、賃借希望者に対して自殺事故があったことを告知する義務はないというべきである。」


として、1年間の賃貸不能期間、及び賃料が半額となる2年間の一契約期間のみ仮定して、その賃料差額分を損害として認容しました。


ところで、トリビア的知識になりますが、自殺は、キリスト教やイスラム教では禁止されていて、刑法上の犯罪になる国もあると聞いたことがあります。しかし、我が国の刑法上は犯罪を構成せず、ただ、他人が自殺することを教唆したり幇助したりしたときのみ自殺関与罪(刑法第202条)が成立するに過ぎません。我が国の刑法のこの立場について、有力な学説は、「人には自己の生命について処分の自由を有するから、自殺には違法性がない」(違法阻却説・放任行為説)と説明するのですが、今回のリサーチ結果によると、そのような説明ができるのは、国家と国民との関係が問題となる刑事法の分野だけで、民事法上は色々な関係が問題となるので、今回取り上げた借家契約などとの関係で、借家内で自殺すると違法となることもあるということになりそうです。


というわけで、借家に住んでいると、うかうか自殺もできないというお話でした。

 不動産賃貸業を営まれる顧問先の方々から、「賃貸借契約解除後の賃貸物件への立入り及び残置物の処分」というテーマについて、よく相談を受けます。ここでは、このテーマについて、より深く検討した結果を報告したいと思います。

[ケース] 

 建物の賃借人が賃料の不払いを継続したため賃貸人が賃貸借契約を解除した場合(注1)、賃貸物件の立入り及び残置物の処分が問題となるのは、以下のようなケースです。

(ケース①―「夜逃げケース」)

 賃借人と連絡がとれず、しかも賃借人が、借りている部屋に数ヶ月間帰宅している形跡がなく、部屋の中にも無価値な物(又は必ずしも無価値とまでは言えないが、ほとんど価値がなく賃借人が捨てて行ったとしか思われないような物)しか残っていない場合

(ケース②―「退去表明ケース」)

 退去交渉の中で、賃借人が一定の日に退去することを表明したが、その後連絡がとれなくなり、その一定の日に退去したかどうかが不明であるものの、その後賃借人が部屋に帰宅している形跡はなく、部屋の中にも無価値な物(又は必ずしも無価値とまでは言えないが、ほとんど価値がなく賃借人が捨てて行ったとしか思われないような物)しか残置されていない場合

(注1)  本ケースにおいては、あくまでも賃貸借契約が解除されたことを前提としています。賃貸借契約が解除されていない限り、賃借人は賃貸物件(部屋)について賃借権という明確な権利を有しているので、賃貸物件への無断立入りは、原則として住居侵入罪(刑法第130条)を構成し、損害賠償(民法第709条)の対象になると考えられるからです。

 ただし、東京弁護士会易水会編『賃貸住居の法律Q&A〔4訂版〕』(住宅新法社、2008年10月)285頁〔弁護士荻野明一執筆部分〕は、「賃貸借の期間中とはいえ、賃借人が黙ったまま家財道具や荷物を運び出して室内をからっぽにしたまま出ていき、何の連絡もなく戻って来ないうえ、また賃料も払わないといった状態が相当長い間続くなど、社会常識的にみて賃借人がみずから賃貸借契約を終了させて賃貸物件を明け渡したと認められるような例外的な場合には、新入居者を入れても住居妨害にはならないでしょう。」との記述もあります。

[問 題] 

 上記のケースにおいて、賃貸人としては、賃貸物件を開錠し、立ち入ったうえで、残置物を処分したいと考えるのが通常です。そこで、「果たして、これらの行為をして法的に問題はないのか」ということが問題となります。

 この問題を、より分析的に記述すると、以下のとおりとなります。

1. 賃貸人(賃貸人から部屋の管理業務の委託を受けている管理会社も含む。以下同じ。)が、賃借人に無断で解錠し、賃貸物件(部屋)の中に立ち入った場合、刑事の問題として、住居侵入罪(刑法第130条)が成立するか? また、民事の問題として、不法行為(民法第709条)を理由に損害賠償請求の対象になるか?

2. 賃貸人が、賃借人の残置物を無断で処分した場合、刑事の問題として器物損壊罪(刑法第261条)が成立するか? また、民事の問題として、不法行為(民法第709条)を理由として損害賠償請求の対象になるか?

[検 討]

 さて、それでは、上記の問題について検討していきたいと思います。

第1 一般的な理解及び本問の特殊性

 (1) 類似質問についての一般的な理解

 弁護士に相談すると、どのような回答が返ってくるのでしょうか。

 まず、本問に類似する質問に対する一般的な理解を調査してみますと、次のような書籍の記載がありました。

① 水本浩他編『借家の法律相談(第3版補訂版)法律相談シリーズ』(有斐閣、2002年2月)406頁~407頁〔水本浩=東川始比古執筆部分〕は、「賃借人が夜逃げした場合、荷物を処分し空家にして他の人に貸せるか」という設問について、次のように回答しております。

 「最近、サラ金などの借金苦のため、借家人が家財道具をそのままにして夜逃げをする例がよくあるそうです。そのような場合、借家人が残していった荷物を運び出したり、残された家財道具を勝手に処分して滞納した家賃に充当していることもあるそうですが、そのような行為は、強制執行手続による明渡および他人の財産の差押・競売による滞納家賃の充当という法的手続を潜脱する違法な行為なのです。したがって、夜逃げした賃借人やその家族から後にそのような行為の責任を追及された場合、損害賠償等の民事上の責めを負うことになるのはもちろん、場合によっては窃盗や横領などの刑事上の責任を追及されかねませんので、そのような手段は避けるべきでしょう。」

② また、野辺博編『借地借家の法律実務』(学陽書房、2001年3月)207頁~210頁〔上條司執筆部分〕も、「建物の賃借人が長期不在となってしまいました。賃貸人としては、借家契約を解除して、建物を明け渡してもらいたいのですが、どのように対処すればいいでしょうか。」という設問について、次のように回答しております。

 「賃借人の部屋に勝手に入る行為は、たとえ賃貸人であっても刑事上は住居侵入罪などの犯罪行為に該当する可能性があり、また、民事上も違法な行為として慰謝料などを請求される可能性が高いと考えます。したがって、賃借人に無断でその部屋へ入るべきではありません。」

 「長期不在の賃借人との借家契約が解除できたとしても、賃借人が建物内にその所有物などを残していたばあい、賃貸人としては、その残置物を搬出しなければ、他の者に建物を貸すことができませんし、また、残置物を廃棄処分できないとなると、近親者などが保管してくれないかぎり、その置き場にも困ることとなります。

 しかしながら、賃貸人が困るとはいっても、勝手に賃借人の残置物を廃棄処分することができないのは当然です。」

 したがって、弁護士に本問のような質問をすると、弁護士の標準的な回答は、「無断立入りには住居侵入罪(刑法第130条)、残置物の処分には器物損壊罪(刑法第261条)が成立する可能性があり、無断立入り・残置物の処分のいずれについても不法行為として損害賠償の対象になる可能性がある(民法第709条)。建物明渡訴訟を提起し、判決(債務名義)を取得したうえで、建物明渡の強制執行を実施し、その中で処理した方が適当である。」というものと考えられます(注2)。

(注2) このように考える背景として、賃貸人の自力救済は、強制執行手続を潜脱する違法な行為に該当する可能性があるので、可能な限り避けるべきであること、及び、この場合に賃貸人に(自力救済ではなく)建物明渡訴訟・強制執行といった法的手続きの履践を求めても、公示による意思表示(民法第98条ノ2)により賃貸借契約は解除でき、建物明渡訴訟の提起、判決の取得、強制執行の申立てにより、強制的に賃借人を退去させることができ、執行手続の中で残置物も処分できるため、何の支障もないという認識があるものと思われます(前掲・水本浩編『借家の法律相談(第3版補訂版)法律相談シリーズ』407頁参照)。

  しかしながら、本問のような夜逃げケース及び退去表明のケースの中には、もはや賃借人が住居から退去しているとみられるケースが多く存在し、あえて賃貸人が「自力救済」をしたとか、強制執行手続を潜脱したとか言うほどの必要もないと思われます。また、現実の実務では、建物明渡訴訟の提起、判決の取得、強制執行の実施といった手順を踏むには、最短でも3か月から5か月(公示による意思表示や公示送達を行う必要がある場合には更に時間がかかる。)の時間を要するのが通常であり、賃貸人にとって決して軽い負担ではありません。

 もう少し事案を細かく分析して、裁判制度を利用する必要のないケースを検討すべきではないだろうかというのが当職の問題意識です。

 (2) 一般的理解の評価

① 確かに、刑法第130条(住居侵入罪)は、「正当な理由がないのに、人の住居〔中略〕に侵入し〔中略〕た者は、3年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。」と定めているところ、判例は、「住居侵入罪は故なく人の住居〔中略〕に侵入す〔中略〕〔る〕ことによって成立するのであり、その居住者〔中略〕が法律上正当な権限を以って居住〔中略〕するか否かは犯罪の成立を左右するものではない〔傍点は筆者による。〕」(最判昭28.5.14刑集7巻5号1042頁)と判示するため、たとえ賃貸借契約が解除され、実体的には不法占拠者に過ぎない可能性がある者であっても、居住権者として認められることになり、その住居に無断で立ち入れば、住居侵入罪(刑法第130条)が成立する可能性があるということができます。

② また、民法第709条(不法行為による損害賠償)は、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護されている利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」と定めているところ、上記のとおり、賃貸借契約が解除された後であっても、賃借人の住居に対する居住権(占有)が刑法上保護される以上、民法上も賃借人には法律上保護される利益があるというべきであるから、賃貸人が無断で住居に立ち入る行為は、その利益を侵害することとなり、民法第709条により損害賠償の対象になる可能性があるということになります(注3)。

(注3) 建物賃借人が賃借建物から退去し、約半年間賃料の支払いを怠り連絡がない場合に、賃貸人が同建物の施錠を破壊し内部に立ち入って残置物を廃棄処分した事案について、大阪高判昭和62年10月22日(判タ667号161頁)は、賃借人から賃貸人に対するプライバシー侵害を認め慰謝料請求の一部を認容しました。

③ さらに、たとえ賃借人が退去したと認められるような場合であっても、賃借人が残置物の所有権を放棄したとは限らないから、賃貸人が賃借人の同意を得ることなく残置物を処分すれば、刑事的には、その態様により、窃盗罪(刑法第235条)、占有離脱物横領罪(刑法第254条)、器物損壊罪(刑法第261条)が成立する可能性があり(注4)、さらに民事的には、民法第709条の不法行為により損害賠償請求の対象になる可能性があるということになります。 

(注4) 賃借人の住居に対する占有が失われていなければ、賃貸人が残置物を第三者に売却して処分する場合、不法領得の意思に基づく占有侵害が認められるから、窃盗罪(刑法第235条)が成立することになると思われます。それに対して、賃借人の住居に対する占有が失われていれば、残置物は占有離脱物になるから、第三者に売却する場合等不法領得の意思が認められれば占有離脱物横領罪(刑法第254条)、単に廃棄処分する場合には器物損壊罪(刑法第261条)ということになると考えられます。


 したがって、上記の各書籍の見解は、上記の各書籍でとりあげれた質問への回答としては、いずれも正しいとの評価が可能です。

 しかしながら、このような見解を本問にそのままあてはめることは適当ではないと考えられます。

 というのは、個々の案件には、それぞれ特徴があるので、個々のケースを具体的・詳細に考えなければなりません。そのうえで、本当に刑法犯が成立し、民事賠償の対象になるといえるかが問題なのです
(3) 本問の特殊性

 上記(1)で検討した書籍の設問は、「夜逃げ」又は「長期不在」は認められるものの、もっぱら残置物の処分を問題にしていることからして、賃借人が賃貸物件(部屋)の中に私物を殆ど残していったことが想定されています。これに対して、本問については、賃借人は残置物がないか、あったとしても無価値(又は必ずしも無価値とはいえないが、ほとんど価値がなく、賃借人が捨てて行ったとしか思えないような物)といえるような物です。

 つまり、これまで上記の各書籍で検討されている案件は、賃借人の行方が不明であるものの、まだ客観的には住居内に多くの残置物が残っている等の事情から、賃借人の住居に対する占有が認められるような案件であるのに対し、本問の事例は、残置物もなく(又はほとんどなく)そもそも賃借人に「占有」が認められるかが争点となるようなケースであるといえます。 

 実務上、賃借人が夜逃げ等をするケースでは、住居内にあるもののうち必要なものは賃借人が持って出るのが通常であり、賃借人が着の身着のままで逃げることはむしろ稀です。したがって、従来の設問は、実務において問題となる多くの案件を補足できないうらみがあるといえます。

 では、本問を具体的に検討した場合、どのように考えればよいのでしょうか。以下、本問のケースについて、立入りと残置物の処分に分けて検討していきます。

 

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1 はじめに

 建物の賃貸人・管理会社・保証会社の担当者の方の多くは、「賃借人が賃料の滞納を続けるため賃貸借契約を解除したにもかかわらず、一向に退去しない」とか、「夜逃げ同然で既に本人はどこかに行ってしまったのに、部屋の中はそのままの状態でとても明け渡しを受けたといえるような状態ではない」という事件を経験したことがあるかと思います。このような場合、裁判(建物明渡請求訴訟)を提起して、判決を取得したうえで、さらに、建物明け渡しの強制執行をしなければなりませんが、実際に裁判を提起してみると、裁判の提起から明け渡しの強制執行を終えるまでに6カ月とか1年とか、かなりの時間がかかってしまうため、「やっぱり裁判は割にあわないな」などという印象をもたれた方も多いかと思います。

 これはある面で仕方がない面があります。なぜなら、裁判は国家権力の発動によって権利の実現を図る制度ですから、逆の立場にいる人々、つまり、義務を強制される側にも配慮して、慎重に審理する必要があるからです。よく言われるように、実際に「裁判には時間がかかる」のです。

 しかし、建物明渡請求事件の多くは、賃借人の賃料不払い、賃貸借契約の解除といった事実関係に争いはなく(したがって、賃借人の明渡義務は比較的簡単に認定することができる。)、ただ、訴訟『手続』や強制執行『手続』を進めるために時間がかかっているという側面が多分にあります。したがって、賃貸人(原告・債権者)の代理人である弁護士側の工夫次第で、建物明渡請求事件の処理にかかる時間をある程度は縮めることができます。

そこで、以下では、建物明渡請求事件の手続について簡単に説明するとともに、これを迅速に処理するために弊事務所が実践している工夫についても記載したいと思います。


2 「訴訟手続」と「執行手続」

 よく誤解されている方がいますが、賃貸借契約を解除したからと言って、裁判所に行けば、直ぐに執行官が出てきて、建物明渡の強制執行をやってもらえる、というわけではありません。その前に、まず、裁判(訴訟手続)を経て、賃借人に建物の明渡しを命じる判決(勝訴判決と言えばわかりやすい。)を取得しなければならないのです。

 何故、このような迂遠な制度になっているかというと、それは、(もちろん当事者は明らかなのですが)賃借人が本当に賃料を支払っていないのかとか、賃貸借契約が適法に解除されたのかとか、まだ賃借人が建物を占有しているのかとかいう(建物明渡請求権を認定するための)事実の存否については、第三者にはよくわからないので、国家権力(裁判所の執行機関)によって強制的に賃借人を部屋から退去させる前に、中立公正な第三者(裁判所の判決機関)によってこれを確認する作業が必要だと考えられているからです[注1]。そのため、強制執行の申立てをする際には、確定判決等のいわゆる「債務名義」と言われている書類を添付する必要があるとされています(民事執行法第22条参照)。

 したがって、建物明渡請求事件を処理するためには、まずは、建物明渡請求訴訟を提起して、その訴訟手続を迅速に進めなければならないということになります。

3 訴訟手続の迅速化の工夫

(1) 訴訟提起前

 当たり前のことですが、法律事務所からすると、クライアントから相談を受けてから、一刻も早くしっかりとした訴状を裁判所に提出することが、訴訟手続を迅速に進めるための第一歩です。そのために、弊事務所では、次のような工夫を行っています。 

①    クライアントに相談にいらしていただく前に、クライアント側で用意していただきたい書類(賃貸借契約書・賃貸借部分の図面・駐車場賃貸借契約書・建物登記簿謄本・賃借人の入金の記録・交渉経緯について記載した書面・解除通知書・会社謄本等々)の一覧表を事前に交付して、相談の効率化を図っています。 

②    建物明渡請求事件の種類(賃料不払か用法違反か、催告解除か無催告解除か、夜逃げ案件か、駐車場はあるか、明渡遅延損害金の額は賃料の1倍か2倍か等々)ごとに訴状の雛形を作成しておいて、訴状作成のスピードアップを図っています。 

③    事件の種類ごとに雛形を作成していても、個々の案件には、それぞれ特徴がありますので、どうしても雛形におさまらない加工(カスタマイズ)が必要になってきます。そこで、過去に扱った事件をそれぞれの特徴ごとにデータベース化し、新件の訴状作成に活用しています。 

④    被告の住所の記載が1か所間違っていた、未払金の合計金額が間違っていた等のミスがあると、後日、訴状を訂正する必要があり、その分、手続きが遅滞していきます(訂正するまで、裁判所は後記(3)で述べる送達手続を実施してくれません)。そのため、ドラフトした訴状については、弁護士及びパラリーガルによるダブルチェックを徹底しています。 

 これにより、弊事務所では、相談を受けてから、(代理人として、賃貸借契約の解除通知を送付する必要があるなど特別な事情がない限り)5営業日以内に、裁判所に訴状等を提出して、訴訟提起を行うようにしています。

(2) 訴状審査・第1回口頭弁論期日の指定

 裁判所の受付に訴状を提出すると、事件番号が付され、それぞれ担当する部に配転され、裁判官による訴状審査が行われます。その訴状審査をクリアーすると、裁判所書記官から事務所に電話があり、約1ヶ月くらい後の開廷日について第1回口頭弁論期日が指定されることになります。

 しかし、この訴状審査が、建物明渡請求事件の時間管理における最大のクセ者です。というのは、担当する裁判官・書記官によっては、なかなか訴状審査を行わず、平気で10日くらい経過してしまうことがあるからです。弊事務所の経験からいうと、不思議なことに、東京地裁のような事件の多い裁判所では、比較的このようなことがなく、事件があまり多くはないと思われる地方の裁判所の方が訴状審査が遅い傾向があるようです(地方の裁判所は人手不足なのかもしれませんし、地方の裁判所の支部などでは、そもそも裁判官が勤務している日が限られていることが影響しているのかもしれませんが、原因は不明です。)。

 そこで、弊事務所では、原則として、訴状提出から3営業日が経過したら、「第1回口頭弁論期日の日程の打ち合わせをしたい。」などと口実を作って、裁判所の担当書記官に電話を入れるようにしています。この時点では、まだ書記官が訴状審査に着手できていないこともよくありますが、そのような場合には、「あまり事実関係には争いがない単純な案件ですので、早めにお願いします。」などと言ってプレッシャーをかけます。実務では、このような些細な努力が結構重要だったりします。

 なお、第1回口頭弁論期日は、裁判所から提示される候補日のうち、もっとも早い日を指定してもらうようにすることについては言うまでもありません。夏休みや正月休みを挟むような時期には、2ヶ月くらい後の日を候補日として打診されることもありますが、そのような場合には、「もう少し早いところで入れられませんか。この案件、6ヶ月も賃料が支払われていないので、かなり急いでいるので。」などと交渉して、可能な限り、第1回口頭弁論期日を早めます。

(3) 「送達」について

 前述のとおり、建物明渡請求事件の場合、未払の賃料の額、賃貸借契約解除の通知、それ以降の不法占有、等の主要な事実にはほとんど争いがありません。また、賃借人の方でも、答弁書を提出せずに、かつ、第1回口頭弁論期日に出頭しないのが通常です(きっと、出頭しても何も言い訳できないし、和解するようなお金もないから、ギリギリまで放っておこうというのが実情だと思います。)。したがって、大部分の案件は、第1回口頭弁論期日で、(専門的に言うと擬制自白が成立して)結審され、1週間から2週間後に設定される第2回期日に原告勝訴の判決の言渡しとなります。したがって、審理自体にはさほど時間がかからないのです。 

 しかし、ここにネックがあります。それは、審理に入る前の「送達」です。「送達」とはなにかというと、訴状を裁判所に提出して、前述の訴状審査が終わり、第1回口頭弁論期日の日程が決まると、裁判所書記官は、原告から提出された訴状(副本)や書証(証拠)を、第1回口頭弁論期日の呼出状とともに、被告に送ることになります。この「送る」ことを「送達」というのです。被告に届いたことを「送達できた」などと言いますが、法律上は、この「送達できた」状態にならないと、裁判(審理)を開始できません。

 このように言うと、建物明渡請求訴訟では、被告が住んでいる場所(=物件の所在地)はわかっているので、何故送達ができないのか不思議に思うかもしれませんが、賃借人が意図的に訴状を受け取らなかったり、そもそも夜逃げをして居場所がわからなかったりして、この「送達」ができないことが多いのです。この「送達」をどのようにして早めるかが建物明渡請求事件の一番の肝なのです。

 ここで、通常、裁判所の送達がどのようになされるかを理解しておく必要があります。 

 民事訴訟法上、訴状等の送達事務は裁判所書記官が行うことになっています(民事訴訟法(以下「民訴法」という。)第98条第2項)。「裁判所書記官」と言われてもピンとこないかもしれませんが、個々の裁判官には、事務的な仕事を補佐してくれる秘書のような人が付いており、これが「裁判所書記官」です[注2]。 

一般に、裁判所書記官は、まず、訴状に記載されている被告の住所地に宛てて、訴状等を発送[注3]します(民訴法第103条第1項)。

 もし、訴状等が「不在」を理由に戻ってきた場合には、休日を指定して送達したり、それでも送達ができないときは、原告代理人に上申書を提出させて、被告の勤務地に訴状等を送ることになります(民訴法第103条第2項)。

しかし、そのような被告の住所地に宛てた通常の送達、休日送達、就業場所への送達ができないときは、郵便に付する送達(民訴法第107条)を実施することになります。郵便に付する送達は、被告の住所地に被告が居住していることが明らかな場合に実施されるものであり、この送達は、発送した時に「送達ができた」という効果が発生します(民訴法第107条第3項)。したがって、被告が不在がちだったり、部屋の中にはいても居留守を使って訴状等を受領しないときには、とても効果的な送達方法ということができます。

 これに対して、訴状等が「宛所に尋ね当たらず」を理由に戻ってきた場合には、公示送達(民訴法110条ないし113条)を実施することになります。公示送達は、被告の住所地、居所、就業場所が不明なときに、裁判所の掲示板に、訴状と呼出状を掲示して行われるもの(民訴法第111条)で、掲示を始めた日から2週間経過したときに「送達ができた」ことになります(民訴法第112条)。裁判所の掲示板などほとんど誰も見てはいないと思いますので、多分に擬制的な制度なのですが、このような制度がなければ、いつまでたっても「送達」ができず、裁判が始められないので、やむを得ず認められている制度なのでしょう。

 この「郵便に付する送達」とか「公示送達」は、実際に被告本人が訴状等を受け取ったことを裁判所が確認しないまま「送達できた」ことを認める制度ですので、裁判所としては、結構神経質になります[注4]。原告側に対して、被告の住民票の取り寄せを要求するのは当然のこととして、現地調査を行い、部屋の外観(窓から住んでいる様子がわからないか、洗濯物が干していないかetc.)、いわゆるライフラインの状況(電気、ガス、水道は供給されているか、止められていないか)、近所の人への聞き込み等により、被告である賃借人が、その建物に居住しているか否かについて報告書を作成し、その報告書を添付した上申書の提出を要求されるのです。

 では、このような送達の実務を前提にして、弊事務所が行っている工夫について説明したいと思います。

 一般的に言うと、裁判所書記官は、原告側が訴状提出の段階から「被告は夜逃げしており、(賃借していた)建物には居住していない。」というような上申書を提出したとしても、それが本当のことか否かはわからないので、まず、訴状記載の被告の住所地(建物明渡訴訟では、賃借していた建物の住所地の場合がほとんどでしょう。)に訴状等を送付します。ここまでは変えようがありません。しかし、その後、休日送達をするか、就業場所への送達をするか、それらを省略して、いきなり郵便に付する送達をするか、公示送達をするかについては、ある程度原告代理人の意見を聞いてくれます。

 そこで、弊事務所では、送達について問題が生じそうな案件の場合は、最初の送達は訴状記載の被告の住所地宛に行われることは承知しつつ、戦略として、訴状提出の段階から、調査報告書添付の上申書を提出して、裁判所書記官に注意を促しておきます。そして、期日の日程の打ち合わせの際に「この賃借人は、我々が内容証明を出しても、全て不在による留め置き期間経過により返送されてきているし、現場に行っても、中にいることは明らかなのに出てこないので、訴状等は受け取らない可能性が高いです。働いてもいないようで、郵便に付する送達になる可能性が高いと思います。そこで、1回目の送達が不成功になったら、すぐに改めて上申しますので、お電話をいただけないでしょうか?」とか、「実は、部屋の中に残置物が多かったので、訴訟を提起せざるを得なかったのですが、賃借人自身は、すでに夜逃げをしていて、建物には居住していません。住民票を取り寄せてありますが、住所を移していないので、現在どこにいるのか行方不明です。公示送達になる可能性が高いので、第1回目の送達が失敗に終わったら、すぐに上申書を提出しますので、お電話いただけないでしょうか?」とか話しておくのです。これにより、休日送達等の無駄な送達を省略して、時間を短縮することができるのです。

 このようなコミュニケーションを書記官ととっていないとどういうことになるかというと、期日直前になって書記官から、「まだ送達できていません。」などと電話がかかってきて、第1回口頭弁論を1か月後ぐらいに延期しなければならなかったり、甚だしい場合は、第1回口頭弁論期日に出頭したときに、その場で、裁判官から、「まだ送達できていないので、今日は審理できませんね。次回期日を指定します。」などと言われてしまうのです。

したがって、建物明渡請求事件においては、「送達」について、書記官とのコミュニケーションを十分に図っておくことが重要[注5]なのであり、弊事務所では、書記官に「ウイズダム法律事務所」という名前を覚えてもらうような覚悟で毎回接するように心がけているのです。

(4) 和解について

 稀な例ではありますが、たまに、裁判所外で賃借人が○年○月までに退去するなどと申し入れてきて、裁判手続の中で和解を成立させることもあります。そのような場合、弊事務所では、既に何十件も実績を積んでいますので、必ず期日までに条件を詰め、期日には和解条項(案)を持参し、その期日において和解を成立させるように心がけています。 


(5) 建物明渡強制執行について

 建物明渡強制執行は、①強制執行の申立て、②執行官との打合せにより明渡催告日を決める、③明渡催告の実施、④明渡断行の実施、という流れで進みます。この中で、注意すべき点は次のとおりです。 

① 判決が出たら、直ちに強制執行の申立てをすることが望ましいのですが、申立てに必要な賃貸人の委任状や(賃貸人が法人の場合の)資格証明書が手元になかったり、判決に執行文が付与されていなかったり、判決送達証明書が取得できていなかったりすることが多いのです。一般に弁護士は忙しいので、どうしてもこのような事務的な作業が遅れがちになります。そこで、弊事務所では、この辺の作業が自動的に処理できるようマニュアルを作成し、事務局が効率的に強制執行の申立てに必要な書類の整備を行うようにしています。強制執行の申立ての際には、1件7万円~10万円の予納金を裁判所に納めなければなりませんが、その仕事も事務局が行います。  

② 次に明渡催告日については、(当然のことではありますが)早い期日を入れてもらうようにしています。法律事務所によっては、明渡催告の際に弁護士は立ち会わず、事務局を立ち会わせているところもあるようですが、現場では何が起きるのかわかりませんので、弊事務所の場合は、全件弁護士が立ち会うことにしています。現場に賃借人がいれば、弁護士から任意の退去を促すことになります。

③ 明渡断行日における注意点は、いわゆる夜逃げ案件の場合などには、残置物について執行官に無価値認定をしてもらうようにしています。執行官に無価値と言っていただかないと、執行業者は、残置物を執行官が指定する1か月くらい後の売却期日まで倉庫で保管しなければならず、それまで執行が終わりませんし、倉庫の保管費用もクライアントにかけることになるからです。

 ただ、現実に(元)賃借人がまだ生活している建物に、明渡断行をする場合には、執行官も搬出する家財道具等の動産について無価値認定はしてくれません。その場合には、倉庫に保管される家財道具等がはやく売却されるように執行官に可能な限り早い日を売却期日に指定してもらうよう交渉することになります。

④ なお、上記のように、明渡断行を行う際には、執行業者を連れて行かなければならず、その費用は、債権者(賃貸人)側が用意することになります。もちろん、後日債務者(賃借人)に対して請求することができますが、債務者(賃借人)はお金がないのが通常ですので、回収は期待できないでしょう。この執行業者に支払う費用は、残置物の量等によって異なりますが、現実に人が住んでいる建物に明渡断行をかけるとすれば、感覚として、一人住まいのワンルームマンションであれば、40万円くらい、一家四人が住んでいる100㎡ぐらいのマンションであれば100万円を超えることもある、という感じです。したがって、賃貸人によってはかなりの負担です。何カ月も家賃を滞納されて、弁護士費用まで支払って裁判と強制執行を行い、挙句の果てに執行業者に対して40万円~100万円も支払わなくてはならないということは、まさに「泣きっ面に蜂」状態なのです。弊事務所では、いくつかの執行業者と一緒に仕事をしており、クライアントにとって最も価格競争力があり、適切に業務を遂行できる業者を選ぶことができることを最後に申し上げたいと存じます。

注:

[1] したがって、既に裁判所の即決和解手続を経ることにより、賃借人の明渡義務の存在が明らかになっている場合には、訴訟手続を経ることなく、即決和解の調書を添付することにより、建物明渡の強制執行をすることができます(民事執行法第22条第7号、民事訴訟法第267条)。

[2] ちなみに、検察庁では、個々の検察官を補佐するのは「検察事務官」と呼ばれます。法律事務所では、特に法律上の呼び名があるわけではありませんが、「事務員」「秘書」「パラリーガル」「スタッフ」などと呼ばれます。(豆知識)

[3] 実務においては、大部分が郵便による交付送達(実務では「特別送達」と称されます)であり、日本郵便(郵便局)が利用されています。

[4]  場合によっては、裁判所書記官が、本来「郵便に付する送達」や「公示送達」が可能でないにもかかわらず、それを行ったとして、国が損害賠償請求をされるリスクがあります(過去に、最高裁まで争われた事件もあります)。

[5]  本文で述べてきましたとおり、送達事務は裁判所書記官が司っております。大枠の法律や規則はありますが、実際の運用は、各裁判所の書記官によって区々です。例えば、ほとんどの書記官は、訴状等の返戻理由を重視し、「不在」であれば、再度送達を試みようとします。郵便局員が「不在」(居住しているが不在)の理由をつけて裁判所に返送すると、原告代理人がどんなに「居住していません。夜逃げです。」と言っても、直ちに公示送達の手続をとってもらえず、再度同所に送達します。ただし、中には、再度送達をせずに、原告代理人からの報告書を重視して、公示送達を行ってくれる書記官もいます。

 送達の運用については立法的手当てが必要であると考えておりますが、現在のところ、その事件の担当書記官の運用に応じて、原告代理人弁護士が柔軟に処理することが求められているといえます。

今後も、いかに早く送達手続を実現するかという点については研究を積み重ね、書記官への働きかけを続けていきたいと考えております。例えば、最初から休日送達(休日送達は2回郵便局が訪問して交付を試みます)を実施すれば、再度同所への送達を経ることなく付郵便送達や公示送達をしてくれる運用も過去にありましたので、そのような処理をしてもらえるかの交渉を実践するなどです。


弁護士 飛田 博
2011年11月11日


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