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ちょっと前の2015年5月23日の日本経済新聞朝刊の記事ですが、「『弁護士保険』普及の功罪 10年で交通事故4割減、損賠訴訟は5倍 泣き寝入り減るが弊害も」という見出しの記事があります。


交通事故の賠償金をめぐる裁判が増え続けている。2000年以降、損害保険各社が自動車保険などの特約で扱うようになった「弁護士保険」の影響のようだ。被害者の泣き寝入りは減った一方、「弁護士報酬目的に見える裁判もある」との批判もあり、制度の見直しが始まった。

全国の交通事故件数は04年の952709件から10年連続で減少し、14年は573842件と4割減った。一方、全国の簡易裁判所に起こされた交通事故の損害賠償訴訟は03年の3252件から、13年は15428件と4.7倍になった。


弁護士保険ができて裁判が増えたという部分は、「弁護士が関与するようになったから」という面があることは否定しませんが、それよりもなによりも、交通事故の損害賠償の実務に制度的な問題があったから、ということが言えるかと思います。

この世界に詳しい方はご存じのとおり、交通事故の損害賠償の算定基準には、自賠責保険の支払いの際に使われる自賠責基準、任意保険の支払の際に使われる各保険会社の基準、裁判所・弁護士が使っている「赤本」基準(この基準が記載されている本が赤いので、「赤本」と言われています。)の3つがあり、赤本基準が最も高額な基準なのです。

したがって、基本的には、交通事故の被害者にとっては、裁判をした方が賠償金額が高くなりますが、裁判を思いとどまらせる主な原因は、弁護士費用の問題だったわけです。しかし、弁護士保険の登場により、そのハードルがなくなったわけですので、被害者にとっては、一種の裁定取引であり、保険会社と示談するより裁判をした方がほぼ確実に経済的に得ということなるので、裁判が増えたのだと思います。

では、この問題に対処するにはどうしたらよいか?
損害賠償の基準を一つにするほかないでしょう。本当の裁定取引であれば、自然と価格は一つになりますが、この問題ではどうなるのか注目したいと思います。

なお、高額の弁護士費用欲しさに訴訟をする弁護士の問題について、弁護士保険の弁護士報酬額の上限について、いまよりも低くすれば直ぐに解決すると思いますよ。

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新年早々、有名女性アナウンサーC氏が交通事故を起こしたとの報道がありました。C氏は、駐車場内を運転中、過って被害者1名を轢き、死亡させてしまったとのことです。
このような事故では、被害者やご遺族の方には本当にいたたまれないことであると思うし、また加害者のC氏にとっても、今後の人生にとって大変な痛みを負う出来事であると思います。

ところで、この事件において、警察はC氏を逮捕せず、書類送検する方針を固めたと報じられたことで、C氏を逮捕すべきであったのかどうかについてマスコミやネット上で論じられ、物議を醸しています。

逮捕すべきであったと主張する人は、
① 人の生命が奪われるという重大な結果が発生したのであるから、逮捕されてしかるべきである
② 同種の事件で逮捕された人もいるのに、不公平である
③ 有名人であるとか身内に有力者がいるから逮捕されなかったのは不公平である
ということを理由しているようです。

この点、法律上はどうなっているかというと、逮捕状により逮捕(通常逮捕)をする場合は、その要件が定められており、
① 被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由
② 逮捕の必要性
2点を充たすことが必要とされていいます(刑事訴訟法第199条第2項)。

これは、「逮捕」とは、重大な人権侵害にあたる身体拘束であるため、たとえ罪を犯したことが疑わしい人物であっても、安易に身体拘束することは許されず、逃亡のおそれとか罪証隠滅のおそれといった「逮捕の必要性」も備わっていることが求められているからです。

交通事故で逮捕される場合は、(逮捕状による逮捕ではなく)現行犯逮捕が多いのですが、現行犯逮捕の場合には、条文上「逮捕の必要性」は明記されてはいません。しかし、警察が逮捕する場合には安易な身体拘束は許されないため、やはり「逮捕の必要性」が必要だと考えざるを得ないと思います。

この点について、国家公安委員会の定める犯罪捜査規範においても、「身柄拘束に関する注意」として、

交通法令違反事件の捜査を行うに当たっては、事案の特性にかんがみ、犯罪事実を現認した場合であっても、逃亡その他の特別の事情がある場合のほか、被疑者の逮捕を行わないようにしなければならない(第219条)。
と定められており、逮捕にあたっては「逃亡」や「特別の事情」が必要とされています。

以上からすれば、安易に「被疑者を逮捕せよ」と主張することは適当ではなく、個々のケースに鑑みて、逮捕の必要性が認められる事案であるか否かを注意深く検討することが必要ということになります。

今回の事件についてC氏が逮捕されなかったのは、C氏が罪を犯したことは疑いないにせよ、逃亡のおそれとか罪証隠滅のおそれといった「逮捕の必要性」の有無を検討した結果、身体拘束の必要なしと判断されたものであると考えられるのです。

先に紹介した、逮捕すべきとする意見については、
①については、捜査と刑罰を混同しているということがいえると思います。たしかに人の生命を奪うという重大な結果を引き起こした以上、その責任をとるべきであることは間違いないのですが、それは「刑罰」によってなされるもので、捜査を行うための逮捕とは性質が異なります。たとえ逮捕されなかったからといっても、逮捕された場合より刑罰が軽くなることではなく、犯した罪に対する相応の刑罰が科されることになります。

また、故意に人の生命を奪ったような被疑者であれば、刑が重くなることを見越して逃亡してしまう可能性が高まるとも考えられますが、通常の交通事故の場合は、公訴が提起されても(即ち裁判が行われても)、現在の量刑相場では執行猶予となることが一般的ですので、重大な結果を起こしたから逃亡のおそれが大きくなるということもいえないと思います。

②については、同じ類型の事故であるとしても、逮捕の必要性や、逮捕すべき特別の事情の有無については、個々の被疑者の状況に鑑みてケースバイケースあるため、扱いが異なるのはやむを得ないということがいえるでしょう。

③については、根拠のない憶測のようなのですが、実務的な感覚としては、交通事故で死亡事故を起こした場合でも逮捕されないケースは多くあり、有名人であるとか、身内に有力者がいるから逮捕されなかった、というわけではないように思います。

「交通事故」は他の犯罪と異なり、一般の人でも加害者となり得るものですので、「死亡事故を起こしたら即逮捕」という運用になることの方が危険だと思うのですが、いかがでしょうか。
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