元日亜化学工業株式会社の技術者で、青色LED(発光ダイオード)の発明を行い、 現在は、アメリカのカリフォルニア大学教授の中村修二氏に2014年のノーベル物理学賞が贈られることになりました。

中村教授といえば、我々の世界では、日亜化学に対し職務発明の相当対価を求めた裁判で有名です。平成161月の東京地裁の第一審判決では、約600億円という巨額の相当対価が認定されましたが(ただし、一部しか請求していなかったので、判決としては200億円を支払え、というものです。)、2審の東京高裁では、裁判所からかなり強い和解勧告がなされ、最終的に、相当対価約6億円、遅延損害金約2億円の合計約8億円で和解になりました。
和解したとはいうものの、中村教授は、結論には大いに不満で、「日本の司法は腐っている。」と我が国の司法を批判しています。  


中村教授に関して私が思うのは次の2点。 

(
) すみません

前述のとおり、中村教授は我が国の司法に対する強烈な批判者ですが、私が「一番耳が痛い」と感じるのは次の言葉。

[
以下、日経ビジネスオンラインの2014年10月7日の小笠原啓氏の記事から中村教授の言葉を引用します。]

私は米国でも裁判を経験しているので、日本の裁判制度自体に非常に矛盾を感じるんですよ。
米国では証拠書類の開示が本当に徹底しています。相手側の弁護士が要求する書類を全部出さないとダメ。パソコンは全部押収されましたし、私が消したアダルト関連の迷惑メールまでチェックされるんですよ。
ところが日本では、そんなのないんです。今回の訴訟に関する証拠、私の研究ノートや特許書類は全部日亜化学が持っています。持ち出したら本当に企業秘密漏洩になりますからね(笑)。それを提出しろと言っても完全に無視。
しかも裁判所は何も言わない。そのくせ日亜化学側は、自分たちに有利な証拠書類だけを出してくる。
一方、こちらは記憶だけが頼りですからね。日亜化学側が提出した証拠書類に反論したり、我々に有利なことが書いてある部分を引用したりはできますが、十分とはいえない。こんな状況では対等な裁判なんてできませんよ。
だから日本では真実がよくわからないんですよ。そこで裁判長が「お前ら両方の主張はよくよく分からんから、わしが全部決める。落としどころの判決はこれじゃー」と言って終わり。封建制度そのままの、まさに裁判長の独壇場。江戸時代から全く変わっていない。 


日本の弁護士として言い訳させていただくと、アメリカには「ディスカバリー」という強力な証拠開示制度があるのに対し、日本にはそのような制度がないので仕方がない面がありますし、「封建制度そのまま」とは言い過ぎだろうと思うのです。
しかし、たしかに日本の民事裁判は、真実探究という点で遅れているところがあり、当事者からみると、不十分な証拠で、まだ事実関係が明らかになっていないのに、判断されてしまっているかのようなイメージあるのでしょう。
で、客観的な事実が明らかになっていないのに判断されていることが全くないかといえば、私は、民事裁判では、けっこうあるように思っています。前述のとおり、日本の場合、制度的に限界がありますが、しかし、真実が明らかになっていないのに判断されてしまうと思われることは司法制度としては致命的な欠点だと思います。
我が国の司法に携わるものとして、利用者に満足していただけるような制度になっていなくて、本当に恥ずかしい。 

() 優秀な技術者はアメリカに行った方がよいです

中村教授の相当対価が、どうして600億円から6億円になってしまったか?

東京地裁判決と東京高裁の和解勧告を見ると、一つには、中村教授の特許発明が日亜化学にもたらした(及びこれからもたらす)利益の考え方に違いがありますが、 もう一つには、この発明に対する中村教授及び日亜化学の貢献度をどう考えるかが大きく影響しています。

1審の東京地裁では、「被告会社においては青色LEDに関する技術情報の蓄積も、研究面において原告を指導ないし援助する人的スタッフもいない状況にあったなか、 原告は、独力で、全く独自の発想に基づいて本件特許発明を発明した」とか「中小企業の貧弱な環境の下で、従業員発明者が個人的能力と独創的な発想により、競業会社をはじめとする世界中の研究機関に先んじて、産業界待望の世界的発明をなしとげたという、職務発明としては全く稀有な事例である」とか認定して、中村教授の特許発明に対する貢献度を「少なくとも50%を下回らない」と認定しています。 

これに対し、2審の東京高裁の和解勧告では、まず、職務発明の相当対価制度について、「企業等が厳しい経済情勢及び国際的な競争の中で、これに打ち勝ち、発展していくことを可能とするものであるべきであり」と述べ、従業員に対する相当対価が高額になるときは制限するというニュアンスの趣旨を述べます。そのうえで、 それまでに相当対価が1億円を超えた2つの前例で、使用者の貢献度が80%及び95%であることや、「本件が極めて高額の相当の対価になるとの事情を斟酌し、」日亜化学の貢献度を95%、つまり中村教授の貢献度を5%としたのです。
東京高裁の和解勧告の中に明示的に記載されているわけではありませんが、職務発明の相当対価の制度は、あくまでも会社の存在を前提とした制度であり、巨額の相当対価を支払うことを許容したら、会社としては、「厳しい経済情勢及び国際的な競争の中で、これに打ち勝ち、発展していく」ことができなくなるので、そういう制度は許容できないということなのでしょう。 

ただ、特許の職務発明の相当対価の制度については、制度自体に色々な議論があるところであり、このような東京高裁の判断が不当ということではありません。法解釈としては、一つの有力な考え方として成り立っています(だから、中村教授は、不満がありながらも和解に応じたのでしょう。)。
したがって、もし腕に自信がある技術者の方が職務発明の相当対価の制度を期待しているようであれば、あまり期待しない方が良いということはアドバイスさせていただきます。ほとんど独力でノーベル賞級の発明をしても、会社の貢献度が95%で、あなたの貢献度は5%に過ぎません。

というわけで、中村教授のように優秀な技術者はどんどん海外に出ていくべきだと思います
(既に出て行っているという噂がありますが・・・)。

かえって、どんどん海外に出ていけば、日本の会社の制度設計やマインドも変わる かもしれませんね。