今月1日(平成28年12月1日)、最高裁判所の判決が出されました。

有期労働契約を締結していた短期大学の元教員が、学校法人からの雇止めを争い、労働契約上の地位の確認(雇用継続)と賃金の支払いを求めていた、以下のような事案です。

・1年間の有期労働契約を最初に締結。

・1年後に雇止め、同雇止めを争い、教員が訴訟提起

・採用から2年後に(予備的に)雇止めの通知

・採用から3年後に(さらに予備的に)雇止めの通知

・職員規程には、契約職員の雇用期間の更新上限を3年とする定め、及び、法人側が任用を必要と認めた場合には無期労働契約への異動を可能とする定め等がある

 

この事件、第一審判決(福岡地裁小倉支部平成26年2月27日)は、1回目の雇止めも2回目の雇止めも客観的に合理的な理由を欠くものとして、教員側の主張を認め、第二審判決(福岡高裁平成26年12月12日判決)では、これに加えて、第一審判決後の3回目の雇止めについても認めず、「採用当初の3年の契約期間に対する上告人の認識や契約職員の更新の実態等に照らせば、上記3年は試用期間であり、特段の事情のない限り、無期労働契約に移行するとの期待に客観的な合理性があるものというべきであ」り、教員側から「無期労働契約への移行を希望するとの申込みをしたものと認めるのが相当であ」り、法人側においてこれを「拒むに足りる相当な事情が認められない」として、無期労働契約への移行を認めました。

これに対し、最高裁判所は、3年後の雇止めは有効と認め、無期労働契約への移行は否定し、原判決のうち3年を超える部分は破棄し、当該部分の第一審判決を取り消したうえで、教員側の労働契約上の地位確認と3年経過以降の賃金の支払いの請求を棄却しました。

理由部分を一部引用すると、次のとおりです。


本件労働契約は、期間1年の有期労働契約として締結されたものであるところ、その内容となる本件規程には、契約期間の更新限度が3年であり、その満了時に労働契約を期間の定めのないものとすることができるのは、これを希望する契約職員の勤務成績を考慮して上告人[法人]が必要であると認めた場合である旨が明確に定められていたのであり、被上告人[教員]もこのことを十分に認識した上で本件労働契約を締結したものとみることができる。上記のような本件労働契約の定めに加え、被上告人[教員]が大学の教員として上告人[法人]に雇用された者であり、大学の教員の雇用については一般に流動性のあることが想定されていることや、上告人[法人]の運営する三つの大学において、3年の更新限度期間の満了後に労働契約が期間の定めのないものとならなかった契約職員も複数に上っていたことに照らせば、本件労働契約が期間の定めのないものとなるか否かは、被上告人[教員]の勤務成績を考慮して行う上告人[法人]の判断に委ねられているものというべきであり、本件労働契約が3年の更新限度期間の満了時に当然に無期労働契約となることを内容とするものであったと解することはできない。


非常にシンプルな理由となっており、わかりやすいです。

当たり前のことですが、労働契約の内容(規程の整備)、そして運用の実態がポイントとなることがよくわかります。

最高裁判所の判決全文は、以下のURLからご覧いただけます。

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=86307

「主文」があり、次に、その「理由」が記載されています。理由欄は、「よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。」と一度締めくくられつつ、「なお、裁判官櫻井龍子の補足意見がある。」として補足意見が付されています。

最高裁判決に表示される意見には、「意見」「補足意見」「反対意見」の3種類があります(なお、これらの意見が表示される根拠は裁判所法11条)。

・意見とは、主文に賛成であるが理由が異なる場合の個別意見。

・補足意見とは、主文及び理由に賛成であるが、なお補足した個別意見。

・反対意見とは、主文に反対である場合の個別意見。

 

櫻井裁判官の補足意見は、その冒頭で述べられているとおり、「近年、有期労働契約の雇止めや無期労働契約への転換をめぐって、有期契約労働者の増加、有期労働契約濫用の規制を目的とした労働契約法の改正という情勢の変化を背景に種々議論が生じているところであるので、若干の補足意見を付記しておきたい。」として、展開されています。櫻井裁判官は、労働省でのキャリアを有する行政官出身の裁判官です。定額残業代の最高裁判決やマタハラの最高裁判決でも、補足意見を書いていらっしゃいます。

 

今回の櫻井裁判官の補足意見の内容の当否は措くとして、そもそも補足意見を書くことの意義はなんだろう?と思いました。すごく難しいところがあります。補足意見が出されると、それは法廷意見ではないとしても、やはり実務では注目しますし、影響を及ぼすこともあります。

確かに、法廷意見が形成された合議の内容を示唆し、法廷意見をより深く解釈するために有益な場合はあると思います。ですので、積極的な(プラス)評価もできます。が、しかし、事案から離れて本当に個人的な意見を書かれてしまうと、裁判所の役割からしてどうなのかな?という違和感も拭えませんし、実務に混乱を招く可能性もあるのでは?と思ったりもします。

法廷意見は、合議のうえで無駄を徹底的にそぎ落とした、いわば「ライザップ」された文章だと思いますので、「あー、言い足りない」「これも言っておきたい」という思いが個人的に生じることは想像できるのですが、他方で「書きすぎにはならないか」、という意識もお持ちいただくことも重要では、と思ったりします(私が言うのも大変烏滸がましいのですが、、、)。

皆様、どう思われますか。