タグ:耐震

あけましておめでとうございます。16()から本年の業務を開始いたしました。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

飛田&パートナーズ法律事務所は、銀座6丁目(通称:銀座シックス)の昭和通りを築地側に越えた新橋演舞場の近くにあります。このあたりでは、現在、ビルの建て替えが急速に進んでおり、そのほとんどがホテルになるようです。これもオリンピックを控えた2020年という年を象徴しているのかもしれません。

 

ところで、なぜ建て替えが進んでいるかと言うと、もともと銀座は古い街で、築40年~50年経過している建物が多いからですが、その他に、耐震の問題があります。2013年に耐震改修促進法が改正され、旧耐震基準の大規模建物については耐震診断が義務付けられるともに、もし震度6強以上の地震により「倒壊・崩壊する危険性が高い」と判明される場合、耐震診断の提出を受けた自治体が、その結果を公表することになりました。そのため、2018年ころから、耐震診断の結果が公表され始め、日経新聞の同年1126日の記事では「『倒壊危険高い』首都圏に140棟、旧耐震基準の大型建物」と言う見出しの記事も出ました。それらの記事により、渋谷の「109ビル」、新橋の「ニュー新橋ビル」等々の有名な建物も耐震に問題があることが判明したことを覚えている方も多いかと思います。(ちなみにそれらのビルは、補強または建て替えが進められています。)。そこで、ビルのオーナーとしては、耐震に問題がある以上、これは放っておくことができないとして、建物の建て替えを進めているのでしょう。

 

では、耐震の診断の結果、耐震性に問題があるとされたにもかかわらず、そのまま放っておいたらどうなるのでしょうか? 耐震改修促進法第11条は、「〔ビルの〕所有者は、耐震診断の結果、地震に対する安全性の向上を図る必要があると認められるときは、〔中略〕耐震改修を行うよう努めなければならない。」と定めていますが、これは「努めなければならない」という文言からわかるとおり、努力義務にとどまり、耐震改修をする法的な義務があるわけではありません。ですから、現状でも、耐震性に問題がありながら、耐震改修をされず存続している建物がたくさんあります。では、本当に震度6以上の地震が起こって建物が倒壊し、入居者やその建物の利用者に被害が出た場合、ビルのオーナーはその被害を賠償しなければならないのでしょうか?報道によれば、政府の地震調査委員会が策定した全国地震動予測地図(2015年版)によると、今後30年間に震度6以上の直下型地震が来る確率は、横浜市役所で78%、東京都庁で48%とのことですので、これは切実な問題です。

 

これを法的に考えると、民法709条の不法行為の問題となり、同条1項は、「故意過失によって他人の権利を侵害したものは、それによって生じた損害を賠償しなければならない。」と定めています。そして、過失とは、あらかじめ損害の発生を予見でき、回避も可能だったのに、その予見または回避義務を怠り、損害を発生させることと理解されています。したがって、耐震診断によってビルの倒壊や入居者または利用者の被害を予測でき、かつ物理的には耐震工事などを実施することにより被害の発生を回避することができたのにもかかわらず、被害が発生してしまった場合には、過失ありと判断され、民法709条の損害賠償責任を負わなければならないとも考えられます。しかも、建物のような土地の工作物の場合、民法717条に工作物責任という不法行為の特別規定があり、工作物の所有者は無過失責任終わっなければならないと規定されています。したがって、民法709条の「過失」についての議論をすることなく、同法7171項の工作物責任によって、当然に建物の所有者は地震によって発生した被害(損害)を賠償しなければならないと考えるのが自然なように思います。

 

ところが、少々複雑な問題があります。それは端的にいうと、建築基準法上、昭和56年に建物の耐震基準が旧耐震から新耐震に変ったわけですが、変更後も、旧耐震の建物は、違法ではなく、既存不適格建物として適法建物である(建築基準法32項参照)と解釈されていることに起因しています。少々説明が長くなりますが、お付き合いください。

 

前提として、民法717条1項は、「土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは〔中略〕所有者がその損害を賠償しなければならない。」と規定しているのですが、この工作物の「瑕疵」(かし)とは、「通常備えているべき安全性を欠いていること」をいい、「設置の瑕疵」とは当初の設置段階から瑕疵があること、「保存の瑕疵」とは設置後管理等が悪くて瑕疵があることになったことをいうとされています(ここまでは特に異論がないと思います。)。そうすると、旧耐震の建物については、建築時には当時の基準で耐震性をクリアーしていたので、「設置の瑕疵」があるとはいえないので、「保存の瑕疵」があるかが問題になるわけですが、前述のとおり、耐震基準が旧から新に移っても、法的には適法建物なのであるから「保存の瑕疵」があるとはいえないのではないか?という疑問があるのです。

 

この疑問を強める判例もあります。それは、 仙台地判昭和5658日 で、事案は、1978年の宮城沖地震で、ブロック塀が倒れ、通行人が死亡したので、遺族がブロック塀の所有者に損害賠償請求をしたというものです。この事案では、ブロック塀が、建築基準法改正後の新しい耐震基準に適合しなくなっていましたが、所有者には、法令上の補修や改造義務はなく、一般にそのような補修や改造を期待することもできないから、「保存の瑕疵」もないと判断されたのです。この判決の論理に従えば、耐震改修促進法によって、旧耐震基準の大規模建物の所有者には、耐震診断をして、耐震診断の結果、耐震性能が不足していることがあきらかになっても、耐震改修をする法的義務はないと解されていることから、「工作物の保存の瑕疵」があるとはいえないのではないか?という解釈が成り立つわけです。

 

で、私は頭を悩ましていたのですが、最近、この問題に明快な回答を与える論文を発見しました。TMI法律事務所の富田裕弁護士が日本不動産学会誌第28巻第3号に発表している「工作物責任との関わりでいる耐震改修促進法の改正の考察」(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jares/28/3/28_97/_pdf)という論文です。201412月の雑誌なので、耐震改修促進法の改正直後には既に、現在私が悩んでいるような問題について検討がされて、一定の回答が出ていたのですね。ちなみに、富田弁護士は、一級建築士で、社団法人日本建築士事務所協会連合会の理事もされているようですので、その道の専門家です。

 

富田弁護士は、「改正後の耐震改修法の規律は、ある建築物について、一方で「地震の振動及び衝撃に対して倒壊し、又は崩壊する危険性が高い。」と公表しつつ、この建築物について、改修の法的義務はないとする。この規律は、いわば「地震により崩壊する危険が高い」ものの放置を認めるという矛盾を内容した規律である。」と端的に指摘しつつ、民法7171項の「保存の瑕疵」の解釈との関係では、「危険性が高い建物」と評価された以上、通常備えるべき安全性を備えた建築物とはいえないので、瑕疵ある工作物と判断すべきであり、この瑕疵は、後発的瑕疵ということになるから、「保存の瑕疵」と解釈すべきであると主張するのです。そして、法社会学の観点からしても、そのように解釈することで、危険な建物の改修が進められることになるので望ましいこと、前述の仙台地裁の判決も、「すべて新規の技術に従って在来のブロック塀を補修ないし改造することが法令によって要求されるか、或いはそうでなくても、その指摘がされて一般に行われていたような特別な事情があれば格別」という例外を設けているので、耐震改修法上、建物の危険性が公表されるに至ったような場合には、この特別な事情があると考えられるので、このような結論は判例とも矛盾しないというのです。

 

そして、富田弁護士は更に踏み込んでいて、民法7171項の工作物責任は一次的には占有者に発生し、ただ「占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは」所有者に無過失責任を負わせるという構成になっているのですが、「建物所有者が建物を貸しに出し、賃借人が当該建物を借りて店舗を営んでいる場合において、当該建物の危険性が公表された時、店舗を運営する占有者は、店を別の安全な建物に移転させ、当該建物から退去することで事故の発生を防止することができる。そうであれば、建物の占有者も事故の発生を防止することはできるから、占有者にも責任があるとすべきである。」というのです。これは、危険性があるとして公表された建物内で営業しているテナントにとっては、かなり影響を与える解釈だと思います。

 

というわけで、新年早々から長い原稿になってしまい、申し訳ありません。
ただ、上記のような解釈がありますので、今後ますます旧耐震の大規模建物の耐震改修や建て替えが進むようになるでしょう。
今後の動向に注目したいと思います。

このエントリーをはてなブックマークに追加

2018年11月19日の日本経済新聞に、「旧基準の大型建物、25年までの回収難しく」との見出しの、興味深い記事がありました。この記事によると「旧耐震基準の大規模建物で、震度6強以上の地震により『倒壊・崩壊する危険性が高い』と診断された全国1千棟のうち、耐震改修・除却計画の策定が4割弱にとどまっている」「国は2015年までに全ての建物で耐震性不足の解消を目指しているが、達成は難しい状況だ」とのことです。

 

地震大国である我が国では、建物の耐震性は非常に重要な問題ですので、平成7年に「建築物の耐震改修の促進に関する法律」を制定し、さらに最近の改正では、ホテル・旅館・百貨店・映画館などの大保建築物のオーナーに対し建物の耐震診断を行い、自治体にこれを報告することを義務づけました。そして、自治体にこれを公表することを義務づけ、倒壊・崩壊の危険性が高い建物については、建物のオーナーが、耐震改修・除却計画を作成することを促進しています。今回の報道は、この耐震改修・除却計画が進んでいないことを報道したものなのです。

 

ところで、私はこの問題が報道されるたびに思うのが、建物にテナントが入居している場合に、建物のオーナーが耐震改修または建て替えのため賃貸借契約を解除できるか?ということなのです。耐震診断が義務化されている建物は大型建物なので、多くの場合テナントが入居しています。はたして耐震改修や建て替えのためにそのテナントを立ち退かせることができるのでしょうか?ということです。法的には、借地借家法という法律があって、賃貸人が賃貸借契約の更新拒絶をしたり、中途解釈をするには「正当な事由」が必要とされますので、その「正当な事由」が認められるか?という問題として定式化されます。

 

この点、弊事務所の馬場弁護士の協力を得ながら、これまでの耐震と正当事由の関係を調査したところ、次のような判例の傾向にあることがわかりました。

(1)老朽化がかなりの程度進行し、崩壊の危険性を有する場合や構造上の安全性を確認できない場合には正当事由が認められる。

(2)建物の改築の必要性が差し迫っていない場合であっても、早晩改築が必要となるときや、消防法上の改善指導を受けているような場合であれば、立退料の補完があれば正当事由が認められる。(耐震改修の必要性があるというだけではダメで、立退料の支払が必要であるところがポイント)

(3)建物が老朽化しておらず、崩壊の危険性が認定できない場合には、正当事由が認められない。

 

で、今回の報道により「倒壊・崩壊する危険性が高い建物」とされたといっても、震度6強以上のかなり大きな地震が起きることが前提ですし、現時点で実際に使用されている建物がほとんどですので、上記の分類からすると、(2)に分類されるものが大部分だと思われます。そうすると、弁護士的には、現行法上、立退料に関する金額の基準がなく、まさにケース・バイ・ケースの判断になるので、賃借人と立ち退きについて合意するまでにかなりの費用と時間を要することになるという点が頭の痛いところなのです。本当は急いで耐震改修をしなければならないのに、賃借人の立ち退きがうまくいかなくて、なかなか耐震改修ができないということも起きてきます。

 

そもそも借地借家法上の賃貸借契約を終了させるためには「正当事由」が必要との建て付けは、太平洋戦争後、住宅供給が逼迫して、賃借人保護が強く叫ばれたときにつくられたもので、現時点では、時代にマッチしないものとなっています。また、「立退料の補完」などといわれても、肝心かなめの立退料の算定基準が定められておらず、ゴネ得を許す(つまり、賃借人が居座って時間をかせぐと賃貸人が困って立退料を上げざるを得ない)ようなシステムになっています。

 

私は、「建築物の耐震改修の促進に関する法律」を作っておきながら、借地借家法の「正当事由」について手当をしていないのは手落ちだったと思います。この点はいずれ必ず問題になってくると思います。国全体で耐震問題を考えなければならないときなので、この問題は何とかしなければならないでしょう。

このエントリーをはてなブックマークに追加

↑このページのトップヘ