タグ:賃貸借契約

2018年11月19日の日本経済新聞に、「旧基準の大型建物、25年までの回収難しく」との見出しの、興味深い記事がありました。この記事によると「旧耐震基準の大規模建物で、震度6強以上の地震により『倒壊・崩壊する危険性が高い』と診断された全国1千棟のうち、耐震改修・除却計画の策定が4割弱にとどまっている」「国は2015年までに全ての建物で耐震性不足の解消を目指しているが、達成は難しい状況だ」とのことです。

 

地震大国である我が国では、建物の耐震性は非常に重要な問題ですので、平成7年に「建築物の耐震改修の促進に関する法律」を制定し、さらに最近の改正では、ホテル・旅館・百貨店・映画館などの大保建築物のオーナーに対し建物の耐震診断を行い、自治体にこれを報告することを義務づけました。そして、自治体にこれを公表することを義務づけ、倒壊・崩壊の危険性が高い建物については、建物のオーナーが、耐震改修・除却計画を作成することを促進しています。今回の報道は、この耐震改修・除却計画が進んでいないことを報道したものなのです。

 

ところで、私はこの問題が報道されるたびに思うのが、建物にテナントが入居している場合に、建物のオーナーが耐震改修または建て替えのため賃貸借契約を解除できるか?ということなのです。耐震診断が義務化されている建物は大型建物なので、多くの場合テナントが入居しています。はたして耐震改修や建て替えのためにそのテナントを立ち退かせることができるのでしょうか?ということです。法的には、借地借家法という法律があって、賃貸人が賃貸借契約の更新拒絶をしたり、中途解釈をするには「正当な事由」が必要とされますので、その「正当な事由」が認められるか?という問題として定式化されます。

 

この点、弊事務所の馬場弁護士の協力を得ながら、これまでの耐震と正当事由の関係を調査したところ、次のような判例の傾向にあることがわかりました。

(1)老朽化がかなりの程度進行し、崩壊の危険性を有する場合や構造上の安全性を確認できない場合には正当事由が認められる。

(2)建物の改築の必要性が差し迫っていない場合であっても、早晩改築が必要となるときや、消防法上の改善指導を受けているような場合であれば、立退料の補完があれば正当事由が認められる。(耐震改修の必要性があるというだけではダメで、立退料の支払が必要であるところがポイント)

(3)建物が老朽化しておらず、崩壊の危険性が認定できない場合には、正当事由が認められない。

 

で、今回の報道により「倒壊・崩壊する危険性が高い建物」とされたといっても、震度6強以上のかなり大きな地震が起きることが前提ですし、現時点で実際に使用されている建物がほとんどですので、上記の分類からすると、(2)に分類されるものが大部分だと思われます。そうすると、弁護士的には、現行法上、立退料に関する金額の基準がなく、まさにケース・バイ・ケースの判断になるので、賃借人と立ち退きについて合意するまでにかなりの費用と時間を要することになるという点が頭の痛いところなのです。本当は急いで耐震改修をしなければならないのに、賃借人の立ち退きがうまくいかなくて、なかなか耐震改修ができないということも起きてきます。

 

そもそも借地借家法上の賃貸借契約を終了させるためには「正当事由」が必要との建て付けは、太平洋戦争後、住宅供給が逼迫して、賃借人保護が強く叫ばれたときにつくられたもので、現時点では、時代にマッチしないものとなっています。また、「立退料の補完」などといわれても、肝心かなめの立退料の算定基準が定められておらず、ゴネ得を許す(つまり、賃借人が居座って時間をかせぐと賃貸人が困って立退料を上げざるを得ない)ようなシステムになっています。

 

私は、「建築物の耐震改修の促進に関する法律」を作っておきながら、借地借家法の「正当事由」について手当をしていないのは手落ちだったと思います。この点はいずれ必ず問題になってくると思います。国全体で耐震問題を考えなければならないときなので、この問題は何とかしなければならないでしょう。

このエントリーをはてなブックマークに追加

 不動産賃貸業を営まれる顧問先の方々から、「賃貸借契約解除後の賃貸物件への立入り及び残置物の処分」というテーマについて、よく相談を受けます。ここでは、このテーマについて、より深く検討した結果を報告したいと思います。

[ケース] 

 建物の賃借人が賃料の不払いを継続したため賃貸人が賃貸借契約を解除した場合(注1)、賃貸物件の立入り及び残置物の処分が問題となるのは、以下のようなケースです。

(ケース①―「夜逃げケース」)

 賃借人と連絡がとれず、しかも賃借人が、借りている部屋に数ヶ月間帰宅している形跡がなく、部屋の中にも無価値な物(又は必ずしも無価値とまでは言えないが、ほとんど価値がなく賃借人が捨てて行ったとしか思われないような物)しか残っていない場合

(ケース②―「退去表明ケース」)

 退去交渉の中で、賃借人が一定の日に退去することを表明したが、その後連絡がとれなくなり、その一定の日に退去したかどうかが不明であるものの、その後賃借人が部屋に帰宅している形跡はなく、部屋の中にも無価値な物(又は必ずしも無価値とまでは言えないが、ほとんど価値がなく賃借人が捨てて行ったとしか思われないような物)しか残置されていない場合

(注1)  本ケースにおいては、あくまでも賃貸借契約が解除されたことを前提としています。賃貸借契約が解除されていない限り、賃借人は賃貸物件(部屋)について賃借権という明確な権利を有しているので、賃貸物件への無断立入りは、原則として住居侵入罪(刑法第130条)を構成し、損害賠償(民法第709条)の対象になると考えられるからです。

 ただし、東京弁護士会易水会編『賃貸住居の法律Q&A〔4訂版〕』(住宅新法社、2008年10月)285頁〔弁護士荻野明一執筆部分〕は、「賃貸借の期間中とはいえ、賃借人が黙ったまま家財道具や荷物を運び出して室内をからっぽにしたまま出ていき、何の連絡もなく戻って来ないうえ、また賃料も払わないといった状態が相当長い間続くなど、社会常識的にみて賃借人がみずから賃貸借契約を終了させて賃貸物件を明け渡したと認められるような例外的な場合には、新入居者を入れても住居妨害にはならないでしょう。」との記述もあります。

[問 題] 

 上記のケースにおいて、賃貸人としては、賃貸物件を開錠し、立ち入ったうえで、残置物を処分したいと考えるのが通常です。そこで、「果たして、これらの行為をして法的に問題はないのか」ということが問題となります。

 この問題を、より分析的に記述すると、以下のとおりとなります。

1. 賃貸人(賃貸人から部屋の管理業務の委託を受けている管理会社も含む。以下同じ。)が、賃借人に無断で解錠し、賃貸物件(部屋)の中に立ち入った場合、刑事の問題として、住居侵入罪(刑法第130条)が成立するか? また、民事の問題として、不法行為(民法第709条)を理由に損害賠償請求の対象になるか?

2. 賃貸人が、賃借人の残置物を無断で処分した場合、刑事の問題として器物損壊罪(刑法第261条)が成立するか? また、民事の問題として、不法行為(民法第709条)を理由として損害賠償請求の対象になるか?

[検 討]

 さて、それでは、上記の問題について検討していきたいと思います。

第1 一般的な理解及び本問の特殊性

 (1) 類似質問についての一般的な理解

 弁護士に相談すると、どのような回答が返ってくるのでしょうか。

 まず、本問に類似する質問に対する一般的な理解を調査してみますと、次のような書籍の記載がありました。

① 水本浩他編『借家の法律相談(第3版補訂版)法律相談シリーズ』(有斐閣、2002年2月)406頁~407頁〔水本浩=東川始比古執筆部分〕は、「賃借人が夜逃げした場合、荷物を処分し空家にして他の人に貸せるか」という設問について、次のように回答しております。

 「最近、サラ金などの借金苦のため、借家人が家財道具をそのままにして夜逃げをする例がよくあるそうです。そのような場合、借家人が残していった荷物を運び出したり、残された家財道具を勝手に処分して滞納した家賃に充当していることもあるそうですが、そのような行為は、強制執行手続による明渡および他人の財産の差押・競売による滞納家賃の充当という法的手続を潜脱する違法な行為なのです。したがって、夜逃げした賃借人やその家族から後にそのような行為の責任を追及された場合、損害賠償等の民事上の責めを負うことになるのはもちろん、場合によっては窃盗や横領などの刑事上の責任を追及されかねませんので、そのような手段は避けるべきでしょう。」

② また、野辺博編『借地借家の法律実務』(学陽書房、2001年3月)207頁~210頁〔上條司執筆部分〕も、「建物の賃借人が長期不在となってしまいました。賃貸人としては、借家契約を解除して、建物を明け渡してもらいたいのですが、どのように対処すればいいでしょうか。」という設問について、次のように回答しております。

 「賃借人の部屋に勝手に入る行為は、たとえ賃貸人であっても刑事上は住居侵入罪などの犯罪行為に該当する可能性があり、また、民事上も違法な行為として慰謝料などを請求される可能性が高いと考えます。したがって、賃借人に無断でその部屋へ入るべきではありません。」

 「長期不在の賃借人との借家契約が解除できたとしても、賃借人が建物内にその所有物などを残していたばあい、賃貸人としては、その残置物を搬出しなければ、他の者に建物を貸すことができませんし、また、残置物を廃棄処分できないとなると、近親者などが保管してくれないかぎり、その置き場にも困ることとなります。

 しかしながら、賃貸人が困るとはいっても、勝手に賃借人の残置物を廃棄処分することができないのは当然です。」

 したがって、弁護士に本問のような質問をすると、弁護士の標準的な回答は、「無断立入りには住居侵入罪(刑法第130条)、残置物の処分には器物損壊罪(刑法第261条)が成立する可能性があり、無断立入り・残置物の処分のいずれについても不法行為として損害賠償の対象になる可能性がある(民法第709条)。建物明渡訴訟を提起し、判決(債務名義)を取得したうえで、建物明渡の強制執行を実施し、その中で処理した方が適当である。」というものと考えられます(注2)。

(注2) このように考える背景として、賃貸人の自力救済は、強制執行手続を潜脱する違法な行為に該当する可能性があるので、可能な限り避けるべきであること、及び、この場合に賃貸人に(自力救済ではなく)建物明渡訴訟・強制執行といった法的手続きの履践を求めても、公示による意思表示(民法第98条ノ2)により賃貸借契約は解除でき、建物明渡訴訟の提起、判決の取得、強制執行の申立てにより、強制的に賃借人を退去させることができ、執行手続の中で残置物も処分できるため、何の支障もないという認識があるものと思われます(前掲・水本浩編『借家の法律相談(第3版補訂版)法律相談シリーズ』407頁参照)。

  しかしながら、本問のような夜逃げケース及び退去表明のケースの中には、もはや賃借人が住居から退去しているとみられるケースが多く存在し、あえて賃貸人が「自力救済」をしたとか、強制執行手続を潜脱したとか言うほどの必要もないと思われます。また、現実の実務では、建物明渡訴訟の提起、判決の取得、強制執行の実施といった手順を踏むには、最短でも3か月から5か月(公示による意思表示や公示送達を行う必要がある場合には更に時間がかかる。)の時間を要するのが通常であり、賃貸人にとって決して軽い負担ではありません。

 もう少し事案を細かく分析して、裁判制度を利用する必要のないケースを検討すべきではないだろうかというのが当職の問題意識です。

 (2) 一般的理解の評価

① 確かに、刑法第130条(住居侵入罪)は、「正当な理由がないのに、人の住居〔中略〕に侵入し〔中略〕た者は、3年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。」と定めているところ、判例は、「住居侵入罪は故なく人の住居〔中略〕に侵入す〔中略〕〔る〕ことによって成立するのであり、その居住者〔中略〕が法律上正当な権限を以って居住〔中略〕するか否かは犯罪の成立を左右するものではない〔傍点は筆者による。〕」(最判昭28.5.14刑集7巻5号1042頁)と判示するため、たとえ賃貸借契約が解除され、実体的には不法占拠者に過ぎない可能性がある者であっても、居住権者として認められることになり、その住居に無断で立ち入れば、住居侵入罪(刑法第130条)が成立する可能性があるということができます。

② また、民法第709条(不法行為による損害賠償)は、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護されている利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」と定めているところ、上記のとおり、賃貸借契約が解除された後であっても、賃借人の住居に対する居住権(占有)が刑法上保護される以上、民法上も賃借人には法律上保護される利益があるというべきであるから、賃貸人が無断で住居に立ち入る行為は、その利益を侵害することとなり、民法第709条により損害賠償の対象になる可能性があるということになります(注3)。

(注3) 建物賃借人が賃借建物から退去し、約半年間賃料の支払いを怠り連絡がない場合に、賃貸人が同建物の施錠を破壊し内部に立ち入って残置物を廃棄処分した事案について、大阪高判昭和62年10月22日(判タ667号161頁)は、賃借人から賃貸人に対するプライバシー侵害を認め慰謝料請求の一部を認容しました。

③ さらに、たとえ賃借人が退去したと認められるような場合であっても、賃借人が残置物の所有権を放棄したとは限らないから、賃貸人が賃借人の同意を得ることなく残置物を処分すれば、刑事的には、その態様により、窃盗罪(刑法第235条)、占有離脱物横領罪(刑法第254条)、器物損壊罪(刑法第261条)が成立する可能性があり(注4)、さらに民事的には、民法第709条の不法行為により損害賠償請求の対象になる可能性があるということになります。 

(注4) 賃借人の住居に対する占有が失われていなければ、賃貸人が残置物を第三者に売却して処分する場合、不法領得の意思に基づく占有侵害が認められるから、窃盗罪(刑法第235条)が成立することになると思われます。それに対して、賃借人の住居に対する占有が失われていれば、残置物は占有離脱物になるから、第三者に売却する場合等不法領得の意思が認められれば占有離脱物横領罪(刑法第254条)、単に廃棄処分する場合には器物損壊罪(刑法第261条)ということになると考えられます。


 したがって、上記の各書籍の見解は、上記の各書籍でとりあげれた質問への回答としては、いずれも正しいとの評価が可能です。

 しかしながら、このような見解を本問にそのままあてはめることは適当ではないと考えられます。

 というのは、個々の案件には、それぞれ特徴があるので、個々のケースを具体的・詳細に考えなければなりません。そのうえで、本当に刑法犯が成立し、民事賠償の対象になるといえるかが問題なのです
(3) 本問の特殊性

 上記(1)で検討した書籍の設問は、「夜逃げ」又は「長期不在」は認められるものの、もっぱら残置物の処分を問題にしていることからして、賃借人が賃貸物件(部屋)の中に私物を殆ど残していったことが想定されています。これに対して、本問については、賃借人は残置物がないか、あったとしても無価値(又は必ずしも無価値とはいえないが、ほとんど価値がなく、賃借人が捨てて行ったとしか思えないような物)といえるような物です。

 つまり、これまで上記の各書籍で検討されている案件は、賃借人の行方が不明であるものの、まだ客観的には住居内に多くの残置物が残っている等の事情から、賃借人の住居に対する占有が認められるような案件であるのに対し、本問の事例は、残置物もなく(又はほとんどなく)そもそも賃借人に「占有」が認められるかが争点となるようなケースであるといえます。 

 実務上、賃借人が夜逃げ等をするケースでは、住居内にあるもののうち必要なものは賃借人が持って出るのが通常であり、賃借人が着の身着のままで逃げることはむしろ稀です。したがって、従来の設問は、実務において問題となる多くの案件を補足できないうらみがあるといえます。

 では、本問を具体的に検討した場合、どのように考えればよいのでしょうか。以下、本問のケースについて、立入りと残置物の処分に分けて検討していきます。

 

続きを読む
このエントリーをはてなブックマークに追加

1 はじめに

 建物の賃貸人・管理会社・保証会社の担当者の方の多くは、「賃借人が賃料の滞納を続けるため賃貸借契約を解除したにもかかわらず、一向に退去しない」とか、「夜逃げ同然で既に本人はどこかに行ってしまったのに、部屋の中はそのままの状態でとても明け渡しを受けたといえるような状態ではない」という事件を経験したことがあるかと思います。このような場合、裁判(建物明渡請求訴訟)を提起して、判決を取得したうえで、さらに、建物明け渡しの強制執行をしなければなりませんが、実際に裁判を提起してみると、裁判の提起から明け渡しの強制執行を終えるまでに6カ月とか1年とか、かなりの時間がかかってしまうため、「やっぱり裁判は割にあわないな」などという印象をもたれた方も多いかと思います。

 これはある面で仕方がない面があります。なぜなら、裁判は国家権力の発動によって権利の実現を図る制度ですから、逆の立場にいる人々、つまり、義務を強制される側にも配慮して、慎重に審理する必要があるからです。よく言われるように、実際に「裁判には時間がかかる」のです。

 しかし、建物明渡請求事件の多くは、賃借人の賃料不払い、賃貸借契約の解除といった事実関係に争いはなく(したがって、賃借人の明渡義務は比較的簡単に認定することができる。)、ただ、訴訟『手続』や強制執行『手続』を進めるために時間がかかっているという側面が多分にあります。したがって、賃貸人(原告・債権者)の代理人である弁護士側の工夫次第で、建物明渡請求事件の処理にかかる時間をある程度は縮めることができます。

そこで、以下では、建物明渡請求事件の手続について簡単に説明するとともに、これを迅速に処理するために弊事務所が実践している工夫についても記載したいと思います。


2 「訴訟手続」と「執行手続」

 よく誤解されている方がいますが、賃貸借契約を解除したからと言って、裁判所に行けば、直ぐに執行官が出てきて、建物明渡の強制執行をやってもらえる、というわけではありません。その前に、まず、裁判(訴訟手続)を経て、賃借人に建物の明渡しを命じる判決(勝訴判決と言えばわかりやすい。)を取得しなければならないのです。

 何故、このような迂遠な制度になっているかというと、それは、(もちろん当事者は明らかなのですが)賃借人が本当に賃料を支払っていないのかとか、賃貸借契約が適法に解除されたのかとか、まだ賃借人が建物を占有しているのかとかいう(建物明渡請求権を認定するための)事実の存否については、第三者にはよくわからないので、国家権力(裁判所の執行機関)によって強制的に賃借人を部屋から退去させる前に、中立公正な第三者(裁判所の判決機関)によってこれを確認する作業が必要だと考えられているからです[注1]。そのため、強制執行の申立てをする際には、確定判決等のいわゆる「債務名義」と言われている書類を添付する必要があるとされています(民事執行法第22条参照)。

 したがって、建物明渡請求事件を処理するためには、まずは、建物明渡請求訴訟を提起して、その訴訟手続を迅速に進めなければならないということになります。

3 訴訟手続の迅速化の工夫

(1) 訴訟提起前

 当たり前のことですが、法律事務所からすると、クライアントから相談を受けてから、一刻も早くしっかりとした訴状を裁判所に提出することが、訴訟手続を迅速に進めるための第一歩です。そのために、弊事務所では、次のような工夫を行っています。 

①    クライアントに相談にいらしていただく前に、クライアント側で用意していただきたい書類(賃貸借契約書・賃貸借部分の図面・駐車場賃貸借契約書・建物登記簿謄本・賃借人の入金の記録・交渉経緯について記載した書面・解除通知書・会社謄本等々)の一覧表を事前に交付して、相談の効率化を図っています。 

②    建物明渡請求事件の種類(賃料不払か用法違反か、催告解除か無催告解除か、夜逃げ案件か、駐車場はあるか、明渡遅延損害金の額は賃料の1倍か2倍か等々)ごとに訴状の雛形を作成しておいて、訴状作成のスピードアップを図っています。 

③    事件の種類ごとに雛形を作成していても、個々の案件には、それぞれ特徴がありますので、どうしても雛形におさまらない加工(カスタマイズ)が必要になってきます。そこで、過去に扱った事件をそれぞれの特徴ごとにデータベース化し、新件の訴状作成に活用しています。 

④    被告の住所の記載が1か所間違っていた、未払金の合計金額が間違っていた等のミスがあると、後日、訴状を訂正する必要があり、その分、手続きが遅滞していきます(訂正するまで、裁判所は後記(3)で述べる送達手続を実施してくれません)。そのため、ドラフトした訴状については、弁護士及びパラリーガルによるダブルチェックを徹底しています。 

 これにより、弊事務所では、相談を受けてから、(代理人として、賃貸借契約の解除通知を送付する必要があるなど特別な事情がない限り)5営業日以内に、裁判所に訴状等を提出して、訴訟提起を行うようにしています。

(2) 訴状審査・第1回口頭弁論期日の指定

 裁判所の受付に訴状を提出すると、事件番号が付され、それぞれ担当する部に配転され、裁判官による訴状審査が行われます。その訴状審査をクリアーすると、裁判所書記官から事務所に電話があり、約1ヶ月くらい後の開廷日について第1回口頭弁論期日が指定されることになります。

 しかし、この訴状審査が、建物明渡請求事件の時間管理における最大のクセ者です。というのは、担当する裁判官・書記官によっては、なかなか訴状審査を行わず、平気で10日くらい経過してしまうことがあるからです。弊事務所の経験からいうと、不思議なことに、東京地裁のような事件の多い裁判所では、比較的このようなことがなく、事件があまり多くはないと思われる地方の裁判所の方が訴状審査が遅い傾向があるようです(地方の裁判所は人手不足なのかもしれませんし、地方の裁判所の支部などでは、そもそも裁判官が勤務している日が限られていることが影響しているのかもしれませんが、原因は不明です。)。

 そこで、弊事務所では、原則として、訴状提出から3営業日が経過したら、「第1回口頭弁論期日の日程の打ち合わせをしたい。」などと口実を作って、裁判所の担当書記官に電話を入れるようにしています。この時点では、まだ書記官が訴状審査に着手できていないこともよくありますが、そのような場合には、「あまり事実関係には争いがない単純な案件ですので、早めにお願いします。」などと言ってプレッシャーをかけます。実務では、このような些細な努力が結構重要だったりします。

 なお、第1回口頭弁論期日は、裁判所から提示される候補日のうち、もっとも早い日を指定してもらうようにすることについては言うまでもありません。夏休みや正月休みを挟むような時期には、2ヶ月くらい後の日を候補日として打診されることもありますが、そのような場合には、「もう少し早いところで入れられませんか。この案件、6ヶ月も賃料が支払われていないので、かなり急いでいるので。」などと交渉して、可能な限り、第1回口頭弁論期日を早めます。

(3) 「送達」について

 前述のとおり、建物明渡請求事件の場合、未払の賃料の額、賃貸借契約解除の通知、それ以降の不法占有、等の主要な事実にはほとんど争いがありません。また、賃借人の方でも、答弁書を提出せずに、かつ、第1回口頭弁論期日に出頭しないのが通常です(きっと、出頭しても何も言い訳できないし、和解するようなお金もないから、ギリギリまで放っておこうというのが実情だと思います。)。したがって、大部分の案件は、第1回口頭弁論期日で、(専門的に言うと擬制自白が成立して)結審され、1週間から2週間後に設定される第2回期日に原告勝訴の判決の言渡しとなります。したがって、審理自体にはさほど時間がかからないのです。 

 しかし、ここにネックがあります。それは、審理に入る前の「送達」です。「送達」とはなにかというと、訴状を裁判所に提出して、前述の訴状審査が終わり、第1回口頭弁論期日の日程が決まると、裁判所書記官は、原告から提出された訴状(副本)や書証(証拠)を、第1回口頭弁論期日の呼出状とともに、被告に送ることになります。この「送る」ことを「送達」というのです。被告に届いたことを「送達できた」などと言いますが、法律上は、この「送達できた」状態にならないと、裁判(審理)を開始できません。

 このように言うと、建物明渡請求訴訟では、被告が住んでいる場所(=物件の所在地)はわかっているので、何故送達ができないのか不思議に思うかもしれませんが、賃借人が意図的に訴状を受け取らなかったり、そもそも夜逃げをして居場所がわからなかったりして、この「送達」ができないことが多いのです。この「送達」をどのようにして早めるかが建物明渡請求事件の一番の肝なのです。

 ここで、通常、裁判所の送達がどのようになされるかを理解しておく必要があります。 

 民事訴訟法上、訴状等の送達事務は裁判所書記官が行うことになっています(民事訴訟法(以下「民訴法」という。)第98条第2項)。「裁判所書記官」と言われてもピンとこないかもしれませんが、個々の裁判官には、事務的な仕事を補佐してくれる秘書のような人が付いており、これが「裁判所書記官」です[注2]。 

一般に、裁判所書記官は、まず、訴状に記載されている被告の住所地に宛てて、訴状等を発送[注3]します(民訴法第103条第1項)。

 もし、訴状等が「不在」を理由に戻ってきた場合には、休日を指定して送達したり、それでも送達ができないときは、原告代理人に上申書を提出させて、被告の勤務地に訴状等を送ることになります(民訴法第103条第2項)。

しかし、そのような被告の住所地に宛てた通常の送達、休日送達、就業場所への送達ができないときは、郵便に付する送達(民訴法第107条)を実施することになります。郵便に付する送達は、被告の住所地に被告が居住していることが明らかな場合に実施されるものであり、この送達は、発送した時に「送達ができた」という効果が発生します(民訴法第107条第3項)。したがって、被告が不在がちだったり、部屋の中にはいても居留守を使って訴状等を受領しないときには、とても効果的な送達方法ということができます。

 これに対して、訴状等が「宛所に尋ね当たらず」を理由に戻ってきた場合には、公示送達(民訴法110条ないし113条)を実施することになります。公示送達は、被告の住所地、居所、就業場所が不明なときに、裁判所の掲示板に、訴状と呼出状を掲示して行われるもの(民訴法第111条)で、掲示を始めた日から2週間経過したときに「送達ができた」ことになります(民訴法第112条)。裁判所の掲示板などほとんど誰も見てはいないと思いますので、多分に擬制的な制度なのですが、このような制度がなければ、いつまでたっても「送達」ができず、裁判が始められないので、やむを得ず認められている制度なのでしょう。

 この「郵便に付する送達」とか「公示送達」は、実際に被告本人が訴状等を受け取ったことを裁判所が確認しないまま「送達できた」ことを認める制度ですので、裁判所としては、結構神経質になります[注4]。原告側に対して、被告の住民票の取り寄せを要求するのは当然のこととして、現地調査を行い、部屋の外観(窓から住んでいる様子がわからないか、洗濯物が干していないかetc.)、いわゆるライフラインの状況(電気、ガス、水道は供給されているか、止められていないか)、近所の人への聞き込み等により、被告である賃借人が、その建物に居住しているか否かについて報告書を作成し、その報告書を添付した上申書の提出を要求されるのです。

 では、このような送達の実務を前提にして、弊事務所が行っている工夫について説明したいと思います。

 一般的に言うと、裁判所書記官は、原告側が訴状提出の段階から「被告は夜逃げしており、(賃借していた)建物には居住していない。」というような上申書を提出したとしても、それが本当のことか否かはわからないので、まず、訴状記載の被告の住所地(建物明渡訴訟では、賃借していた建物の住所地の場合がほとんどでしょう。)に訴状等を送付します。ここまでは変えようがありません。しかし、その後、休日送達をするか、就業場所への送達をするか、それらを省略して、いきなり郵便に付する送達をするか、公示送達をするかについては、ある程度原告代理人の意見を聞いてくれます。

 そこで、弊事務所では、送達について問題が生じそうな案件の場合は、最初の送達は訴状記載の被告の住所地宛に行われることは承知しつつ、戦略として、訴状提出の段階から、調査報告書添付の上申書を提出して、裁判所書記官に注意を促しておきます。そして、期日の日程の打ち合わせの際に「この賃借人は、我々が内容証明を出しても、全て不在による留め置き期間経過により返送されてきているし、現場に行っても、中にいることは明らかなのに出てこないので、訴状等は受け取らない可能性が高いです。働いてもいないようで、郵便に付する送達になる可能性が高いと思います。そこで、1回目の送達が不成功になったら、すぐに改めて上申しますので、お電話をいただけないでしょうか?」とか、「実は、部屋の中に残置物が多かったので、訴訟を提起せざるを得なかったのですが、賃借人自身は、すでに夜逃げをしていて、建物には居住していません。住民票を取り寄せてありますが、住所を移していないので、現在どこにいるのか行方不明です。公示送達になる可能性が高いので、第1回目の送達が失敗に終わったら、すぐに上申書を提出しますので、お電話いただけないでしょうか?」とか話しておくのです。これにより、休日送達等の無駄な送達を省略して、時間を短縮することができるのです。

 このようなコミュニケーションを書記官ととっていないとどういうことになるかというと、期日直前になって書記官から、「まだ送達できていません。」などと電話がかかってきて、第1回口頭弁論を1か月後ぐらいに延期しなければならなかったり、甚だしい場合は、第1回口頭弁論期日に出頭したときに、その場で、裁判官から、「まだ送達できていないので、今日は審理できませんね。次回期日を指定します。」などと言われてしまうのです。

したがって、建物明渡請求事件においては、「送達」について、書記官とのコミュニケーションを十分に図っておくことが重要[注5]なのであり、弊事務所では、書記官に「ウイズダム法律事務所」という名前を覚えてもらうような覚悟で毎回接するように心がけているのです。

(4) 和解について

 稀な例ではありますが、たまに、裁判所外で賃借人が○年○月までに退去するなどと申し入れてきて、裁判手続の中で和解を成立させることもあります。そのような場合、弊事務所では、既に何十件も実績を積んでいますので、必ず期日までに条件を詰め、期日には和解条項(案)を持参し、その期日において和解を成立させるように心がけています。 


(5) 建物明渡強制執行について

 建物明渡強制執行は、①強制執行の申立て、②執行官との打合せにより明渡催告日を決める、③明渡催告の実施、④明渡断行の実施、という流れで進みます。この中で、注意すべき点は次のとおりです。 

① 判決が出たら、直ちに強制執行の申立てをすることが望ましいのですが、申立てに必要な賃貸人の委任状や(賃貸人が法人の場合の)資格証明書が手元になかったり、判決に執行文が付与されていなかったり、判決送達証明書が取得できていなかったりすることが多いのです。一般に弁護士は忙しいので、どうしてもこのような事務的な作業が遅れがちになります。そこで、弊事務所では、この辺の作業が自動的に処理できるようマニュアルを作成し、事務局が効率的に強制執行の申立てに必要な書類の整備を行うようにしています。強制執行の申立ての際には、1件7万円~10万円の予納金を裁判所に納めなければなりませんが、その仕事も事務局が行います。  

② 次に明渡催告日については、(当然のことではありますが)早い期日を入れてもらうようにしています。法律事務所によっては、明渡催告の際に弁護士は立ち会わず、事務局を立ち会わせているところもあるようですが、現場では何が起きるのかわかりませんので、弊事務所の場合は、全件弁護士が立ち会うことにしています。現場に賃借人がいれば、弁護士から任意の退去を促すことになります。

③ 明渡断行日における注意点は、いわゆる夜逃げ案件の場合などには、残置物について執行官に無価値認定をしてもらうようにしています。執行官に無価値と言っていただかないと、執行業者は、残置物を執行官が指定する1か月くらい後の売却期日まで倉庫で保管しなければならず、それまで執行が終わりませんし、倉庫の保管費用もクライアントにかけることになるからです。

 ただ、現実に(元)賃借人がまだ生活している建物に、明渡断行をする場合には、執行官も搬出する家財道具等の動産について無価値認定はしてくれません。その場合には、倉庫に保管される家財道具等がはやく売却されるように執行官に可能な限り早い日を売却期日に指定してもらうよう交渉することになります。

④ なお、上記のように、明渡断行を行う際には、執行業者を連れて行かなければならず、その費用は、債権者(賃貸人)側が用意することになります。もちろん、後日債務者(賃借人)に対して請求することができますが、債務者(賃借人)はお金がないのが通常ですので、回収は期待できないでしょう。この執行業者に支払う費用は、残置物の量等によって異なりますが、現実に人が住んでいる建物に明渡断行をかけるとすれば、感覚として、一人住まいのワンルームマンションであれば、40万円くらい、一家四人が住んでいる100㎡ぐらいのマンションであれば100万円を超えることもある、という感じです。したがって、賃貸人によってはかなりの負担です。何カ月も家賃を滞納されて、弁護士費用まで支払って裁判と強制執行を行い、挙句の果てに執行業者に対して40万円~100万円も支払わなくてはならないということは、まさに「泣きっ面に蜂」状態なのです。弊事務所では、いくつかの執行業者と一緒に仕事をしており、クライアントにとって最も価格競争力があり、適切に業務を遂行できる業者を選ぶことができることを最後に申し上げたいと存じます。

注:

[1] したがって、既に裁判所の即決和解手続を経ることにより、賃借人の明渡義務の存在が明らかになっている場合には、訴訟手続を経ることなく、即決和解の調書を添付することにより、建物明渡の強制執行をすることができます(民事執行法第22条第7号、民事訴訟法第267条)。

[2] ちなみに、検察庁では、個々の検察官を補佐するのは「検察事務官」と呼ばれます。法律事務所では、特に法律上の呼び名があるわけではありませんが、「事務員」「秘書」「パラリーガル」「スタッフ」などと呼ばれます。(豆知識)

[3] 実務においては、大部分が郵便による交付送達(実務では「特別送達」と称されます)であり、日本郵便(郵便局)が利用されています。

[4]  場合によっては、裁判所書記官が、本来「郵便に付する送達」や「公示送達」が可能でないにもかかわらず、それを行ったとして、国が損害賠償請求をされるリスクがあります(過去に、最高裁まで争われた事件もあります)。

[5]  本文で述べてきましたとおり、送達事務は裁判所書記官が司っております。大枠の法律や規則はありますが、実際の運用は、各裁判所の書記官によって区々です。例えば、ほとんどの書記官は、訴状等の返戻理由を重視し、「不在」であれば、再度送達を試みようとします。郵便局員が「不在」(居住しているが不在)の理由をつけて裁判所に返送すると、原告代理人がどんなに「居住していません。夜逃げです。」と言っても、直ちに公示送達の手続をとってもらえず、再度同所に送達します。ただし、中には、再度送達をせずに、原告代理人からの報告書を重視して、公示送達を行ってくれる書記官もいます。

 送達の運用については立法的手当てが必要であると考えておりますが、現在のところ、その事件の担当書記官の運用に応じて、原告代理人弁護士が柔軟に処理することが求められているといえます。

今後も、いかに早く送達手続を実現するかという点については研究を積み重ね、書記官への働きかけを続けていきたいと考えております。例えば、最初から休日送達(休日送達は2回郵便局が訪問して交付を試みます)を実施すれば、再度同所への送達を経ることなく付郵便送達や公示送達をしてくれる運用も過去にありましたので、そのような処理をしてもらえるかの交渉を実践するなどです。


弁護士 飛田 博
2011年11月11日


このエントリーをはてなブックマークに追加

↑このページのトップヘ