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2022年10月29日 日経新聞朝刊42頁

「『大将』社長射殺容疑で逮捕」「工藤会系組幹部の受刑者 証拠乏しく立証に壁も 京都府警」との見出しの記事から

「捜査関係者によると、たばこの吸い殻は事件の現場となった本社付近で見つかった。DNA型鑑定などの結果、15年に付着物が田中容疑者のものと一致したことが判明。府警は重要証拠と位置づけた。」
「甲南大学の園田寿名誉教授(刑法)は「(現場付近の吸い殻は)男が現場にいたことを示せても、射殺の直接的な証拠にはならない」と指摘。「容疑者が犯人だと確信できるまで複数の間接証拠を積み上げる必要があり、立証のハードルは高い。」とみる。」


(飛田コメント)

 私がこの記事で注目したのは、2015年には警察・検察は現場に落ちていたたばこの吸い殻が田中容疑者のDNAと一致していたのに、これまで逮捕しなかったということ。園田名誉教授がいうように、たばこの吸い殻だけでは射殺事件の証拠として不十分であるから、今まで捜査を続けていたはずで、何かを手にしたから、今回逮捕に踏み切ったのではないかな?などと推測してしまいます。その何かが何なのか、今後明らかになってくると思いますので、注目したいと思います。
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新年早々、有名女性アナウンサーC氏が交通事故を起こしたとの報道がありました。C氏は、駐車場内を運転中、過って被害者1名を轢き、死亡させてしまったとのことです。
このような事故では、被害者やご遺族の方には本当にいたたまれないことであると思うし、また加害者のC氏にとっても、今後の人生にとって大変な痛みを負う出来事であると思います。

ところで、この事件において、警察はC氏を逮捕せず、書類送検する方針を固めたと報じられたことで、C氏を逮捕すべきであったのかどうかについてマスコミやネット上で論じられ、物議を醸しています。

逮捕すべきであったと主張する人は、
① 人の生命が奪われるという重大な結果が発生したのであるから、逮捕されてしかるべきである
② 同種の事件で逮捕された人もいるのに、不公平である
③ 有名人であるとか身内に有力者がいるから逮捕されなかったのは不公平である
ということを理由しているようです。

この点、法律上はどうなっているかというと、逮捕状により逮捕(通常逮捕)をする場合は、その要件が定められており、
① 被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由
② 逮捕の必要性
2点を充たすことが必要とされていいます(刑事訴訟法第199条第2項)。

これは、「逮捕」とは、重大な人権侵害にあたる身体拘束であるため、たとえ罪を犯したことが疑わしい人物であっても、安易に身体拘束することは許されず、逃亡のおそれとか罪証隠滅のおそれといった「逮捕の必要性」も備わっていることが求められているからです。

交通事故で逮捕される場合は、(逮捕状による逮捕ではなく)現行犯逮捕が多いのですが、現行犯逮捕の場合には、条文上「逮捕の必要性」は明記されてはいません。しかし、警察が逮捕する場合には安易な身体拘束は許されないため、やはり「逮捕の必要性」が必要だと考えざるを得ないと思います。

この点について、国家公安委員会の定める犯罪捜査規範においても、「身柄拘束に関する注意」として、

交通法令違反事件の捜査を行うに当たっては、事案の特性にかんがみ、犯罪事実を現認した場合であっても、逃亡その他の特別の事情がある場合のほか、被疑者の逮捕を行わないようにしなければならない(第219条)。
と定められており、逮捕にあたっては「逃亡」や「特別の事情」が必要とされています。

以上からすれば、安易に「被疑者を逮捕せよ」と主張することは適当ではなく、個々のケースに鑑みて、逮捕の必要性が認められる事案であるか否かを注意深く検討することが必要ということになります。

今回の事件についてC氏が逮捕されなかったのは、C氏が罪を犯したことは疑いないにせよ、逃亡のおそれとか罪証隠滅のおそれといった「逮捕の必要性」の有無を検討した結果、身体拘束の必要なしと判断されたものであると考えられるのです。

先に紹介した、逮捕すべきとする意見については、
①については、捜査と刑罰を混同しているということがいえると思います。たしかに人の生命を奪うという重大な結果を引き起こした以上、その責任をとるべきであることは間違いないのですが、それは「刑罰」によってなされるもので、捜査を行うための逮捕とは性質が異なります。たとえ逮捕されなかったからといっても、逮捕された場合より刑罰が軽くなることではなく、犯した罪に対する相応の刑罰が科されることになります。

また、故意に人の生命を奪ったような被疑者であれば、刑が重くなることを見越して逃亡してしまう可能性が高まるとも考えられますが、通常の交通事故の場合は、公訴が提起されても(即ち裁判が行われても)、現在の量刑相場では執行猶予となることが一般的ですので、重大な結果を起こしたから逃亡のおそれが大きくなるということもいえないと思います。

②については、同じ類型の事故であるとしても、逮捕の必要性や、逮捕すべき特別の事情の有無については、個々の被疑者の状況に鑑みてケースバイケースあるため、扱いが異なるのはやむを得ないということがいえるでしょう。

③については、根拠のない憶測のようなのですが、実務的な感覚としては、交通事故で死亡事故を起こした場合でも逮捕されないケースは多くあり、有名人であるとか、身内に有力者がいるから逮捕されなかった、というわけではないように思います。

「交通事故」は他の犯罪と異なり、一般の人でも加害者となり得るものですので、「死亡事故を起こしたら即逮捕」という運用になることの方が危険だと思うのですが、いかがでしょうか。
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