ルーシー・ブラックマン事件を覚えているだろうか?2000年7月に、元英国航空客室乗務員で、六本木の外人バーでホステスをしていたルーシー・ブラックマンさん(当時21歳)が行方不明になり、しばらくして、Oという変わった性癖の人が逮捕され、その年の12月に三浦半島の洞窟でバラバラ死体になって発見されたあの事件のことだ。イギリスから父親と妹が来日して、何度も記者会見を開いて、ワイドショーなどで大々的に報道されたので、日本中が大騒ぎになった。

しかし、この事件がどんな事件だったのかと聞かれると、あまりよくは知らないのが実情ではないか。実は私もそうだった。当時、六本木とは目と鼻の先のアークヒルズで働いていたのに、六本木がどんな街なのかも知らなかった。

この本を読んで、この事件の背後に、様々な人間のドラマがあることを知った。

ルーシーさんはどんな女性だったのか?なぜ日本に来て、六本木でホステスをしていたのか?当時の六本木はどんなところだったのか? なぜこの事件は、当時のトニーブレア首相が森総理に善処をお願いするまでの大事件になったのか?Oはどのような家庭環境で育ち、どのような仕事をしていたのか?その財産状況は?その後の裁判の進捗、(後になってちょっと報道された)ルーシーさんの父親と母親の愛憎劇、ルーシーさんの喪失が、家族・友人に与えた影響等々、(このようにいっては本当に不謹慎だと思うけど)下手な映画や小説などより何倍もおもしろかった。

特に、父親のチィム・ブラックマンは興味深い人だと思った。驚くべき行動力を発揮して、この事件を、警視庁が威信をかけて捜査しなければならないものに仕立て上げたかと思うと、ルーシーさんだけに自分の生活が奪われるのは嫌だといって、クリスマスを再婚後の家族と海辺の街に旅行して過ごしたり、Oから提示された見舞金1億円を受けとって、ルーシー・ブラックマン基金の資金にしたり、(はてまた)ヨットを買って、航海に出かけたりと、あまり感情的にならず、前頭葉で考えるタイプの人というか、ちょっと我々にはない感覚(でも、見習うべきところが多々ある。)かもしれない。

弁護士としての職業の観点からいうと、イギリス人の目からみた日本の刑事司法や刑事裁判の問題点がよく描かれており、とても参考になった。日本語訳には、冒頭陳述のことが訴状と書かれていたりする等ちょっと専門用語の誤訳があるが、内容が面白いので、全然気にならない。やはり一番の問題は、1審判決が出るまでに6年もかかったことだろう。これは、裁判員制度導入により、大分改善されているようなので、とても良いことだと思う。

ここに出てくる登場人物は、どれも良いことばかりではなく、暗部も抱えていて、しかもそのことも隠さず書かれているところがこの本の凄いところだと思った。いろいろな人生を垣間見ることができる。

著者の視点を大胆に入れて、ところどころに、筆者も登場し、ミステリー調のストーリー展開にしているのも秀逸だ。とても優れたノンフィクションものです。元早稲田大学ルポルタージュ研究会の私が言うので間違いない。興味のある方は是非。